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第13話 電子遊戯
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「仕事、終了」
いやいや今日も、お疲れ様。今日の仕事を無事に終えて、これ以上に「ホッ」とする事はない。最近は、何かと忙しかったかな。自分の趣味自体はやれても、身体のどこかには見えない倦怠感を残っていた。今日の仕事も、「それ」との見事な戦いである。仕事の内容はそんなに難しくはなくても、一つ一つの細かい作業が、石積みのように重なって、それが終わった頃にはもう、不思議な倦怠感を覚えていた。倦怠感の裏には満足感も潜んでいたが、封土の現場から離れて、そこから自分の館に帰る間は、その満足感よりも倦怠感をより覚えてしまい、部屋の中に入った時だって、倦怠感の残滓に思わず潰されてしまった。
この感覚はたぶん、実際に味わってみないと分からない。頭の中では「仕事は既に終わっているのだ」と分かっているが、精神の方では「まだ終わっていない」と叫んでいる状態だったからだ。これには、流石に参ってしまう。身体と精神の疲れが離れている以上は、どんなに休んでも休んだ気がしないからだ。自分は、常に働いている。いや、ある意味では「働かされている」と言った方が正しいかもしれない。「お前の役割はこう、君の役割はコレ」と言う感じにね。「ホッ」としたくても、「ホッ」とできないのだ。「今日が終わった」と言う感覚の後ろでは、「明日もある」と言う感覚が控えている。
封土の領民達は「これ」をほとんど感じていないようだが、一応の休憩時間がある俺にとっては、ある意味で拷問のようにも思えていた。働いても、働いても終わらない拷問。拷問の先に待っている、ひとときの休み時間。その休み時間にできる事は少ないが、それも積みかさなれば……まあ、結構な時間になるからね。少なくても、部屋の中を見わたせる時間はできる。それができれば、今日の趣味も自ずと見えてくるだろう。「今日は、どれを楽しもうかな?」って、一種の余裕が出てくるわけさ。
「ううん」
俺は自分の顎をつまんで、「今日の趣味はどれにするか?」と考えた。その結果がこれ、映像器(別名「テレビジョン」とも呼ばれ、その画面に綺麗な映像を映す道具である)の前に置かれて電子遊戯(これの別名は「映像ゲーム」と言い、「画面器」と呼ばれる道具の画面に映像を映す事で、その内容を楽しめる仕組みになっている)である。電子遊戯は俺と同年代くらいの少年や少女達に人気な道具だが、俺よりも上の年齢層にも受けているらしく、それで日々の生活費を稼いでいる者や、貴族並みの生活を送っている平民すらもいた。
正に夢の道具。「仕事」も「娯楽」も与える、凄い道具なのである。かく言う俺も、数年前にこの電子遊戯を買ってしまった。最近はあまり遊んでいないが、こう言う機会の時には、電子遊戯の起動装置をポチッと押している。そして今日も、その起動装置をポチッと押していた。……うん、いい感じだ。画面の起動音も、いい音を奏でている。これは、気分が高まるね。画面の起動音は自然にはない音だが、それだけに人間の力が感じられて、画面の上に印が出てくる時は、いつ見てもワクワクしてしまった。
俺は「ニコッ」と笑って、電子遊具の操作器を握った。電子遊戯の操作器は握りやすい構造になっていて、自分の手が余程に大きくなければ、大抵はすぐに合うような感じだった。そこに付いている物(俺達は、「十次キー」とか「丸ボタン」とか呼んでいるが)も、使い手の使用感を重んじているようで、違和感はそんなに覚えられない。むしろ、爽快感すら覚えてしまった。不向きな人は「これ」に苦しめられるようだが、俺の場合は運が良かったらしく、取扱説明書を少し読んだだけで、すぐに「こんなモノかな?」と扱えてしまった。
今回楽しむ電子遊戯も、そんなふうに覚えた物である。少年貴族の間で流行っている格闘遊戯。自分の好きな疑似人間を戦わせて、その勝敗を決する遊戯だ。これが、かなり面白い。少年達の中には「経営系が好き」と言う者も多いが、経営は(俺の場合は)実際にやっているし、それはあくまでも経営風な遊びなので、現実の領地経営とはかなり掛けはなれていた。現実の料理経営は、遊戯のように甘くはない。電子遊戯の領地経営は「遊び手が飽きないように」、「遊び手の不満を促さないように」が主題になっているので、現実ではありえないところでいい事が起こったり、反対に悪い出来事が起こったりと、ありえない出来事がてんこ盛りになっていた。「すべては、遊び手の心を満たすために」と、あらゆるところに配慮がなされているのである。
それには、俺も思わず苦笑いしてしまった。これでは、領地経営の大変さが伝わらない。それがどんなに辛くて、苦しくても。電子遊戯の素晴らしいところは、そう言う部分は排せるところだが……。「辛い」も「苦しい」もない世界は、やはり何処か歪に感じられた。楽しさだけが搾りとられた世界。「娯楽」の意味では正しいのかもしれないが、それが変なふうに曲がって、「これが現実だ」と思うようになったら? おそらくは、怖い事になるだろう。それこそ、今の現実を壊すような出来事すら起きるかもしれない。「娯楽」を突きすすめた先には、そう言う罠が待っている。俺が今日、やろうとしている電子遊戯も……。
「ある意味じゃ、『それ』と同じかもしれないな」
現実の人間を殴る代わりに、虚構の存在を殴る。「現実の人間を傷つけなくて済む」と言う点では優れているかもしれないが、それも何かがおかしくなれば、本来の意義を失って、その部分がすっかり変わってしまう危険性もあった。例えば、「人を殴るのに抵抗がなくなる」と言った感じに。人間の道徳心がすっかり失われてしまう可能性もある。その意味では、この電子遊戯も「やりすぎてはいけないゲーム」、「程々が一番いいゲーム」だった。
「まあ、俺もそんなにやる方じゃないけどね? こう言う時以外は、さ」
俺は「ニコッ」と笑って、映像器の画面に目をやった。画面の上には、選択可能な疑似人間が移っている。彼等は細別や年齢の差こそあるものの、大体は何らかの武器を装っていて、大柄な男は大木を、小柄な少女は短剣などを握っていた。俺が選んだ疑似人間の騎士も、その右手に剣を携えている。初心者から上級者にも優しい武器、大体の男が大好きな聖剣を持っていた。
俺は画面の最初で選んだ物語編を進んで、そこに出てくる相手を「さて」と倒しはじめた。最初の敵は、魔術師の青年だった。魔術師の青年は中級者以上、特に上級者向けの疑似人間で、打撃技はそんなに強くないが、細かい魔法で繋げる連続攻撃が手ごわく、電子遊戯の難易度を「やさしい」にしないと、ほとんどの人間がすぐに殺されてしまう相手だった。これの覇を競う大会でも、この魔術師を使う人間は少なくない。またその容姿も優れているので、「絵師」と呼ばれる人々、特に女性絵師の間では、抜群の人気を誇っていた。そんな凄い疑似人間をこれから倒していくわけである。
俺は素人の技量を上手く使って、この相手を何とか戦いつづけた。騎士の剣術を巧みに使い、「ハメ技」と呼ばれる技術を生かして、相手の生命値をゴリゴリと削っていったのである。その途中で何度もやられ掛けても、その体勢をサッと戻し、相手の身体に攻撃をいくども当てつづけた。それがいい感じに溜まっていったおかげで、自分の生命値もかなり危なかったものの、制限時間内に魔術師の青年を何とか倒せたが、その興奮もすぐに収まってしまった。彼の次にもまだ、倒さなければならない敵は控えている。今度の敵は、男性支持者の中でも特に人気な修道女だった。
「コイツも、なかなか侮れない」
物理攻撃の類いはそんなに強くないが、「神の加護」と言う特殊技能を持っているおかげで、自分の生命値が半分になると、その防御力が二倍にまで上がってしまうのだ。これが、なかなかに厄介な技能である。他の疑似人間にも「それ」と似た特殊技能があるが、それらは魔力の回復速度が上がったり、自分の移動速度が上がったりで、疑似人間の防御力を上げる特殊機技能はこれしかなかった。俺が使っている騎士の特殊技能も、その攻撃力が一割二分五厘上がるだけである。だから、この特殊技能はほとんど卑怯技に近かった。相手の防御力が上がれば、倒すのがそれだけ難しくなるからね。男性支持者は、その特殊技能が好きなようだけど。騎士使いの俺としては、本当に困る相手だった。騎士と修道女の相性は、冗談抜きで最悪だったからである。「正直、かなり苦手な相手だけどね。もう、何回負けたか分からないくらいに」
俺は両手の操作器に力を入れて、画面の騎士をサッと動かした。騎士は、俺の操作に応えてくれた。俺の操作は単純な動きが多いので、「連続技」と呼ばれる物を除き、相手の生命値をそれなりにしか削れなかったが、「必殺技」と呼ばれる奥義のような技を出した時は、その生命値をゴリゴリと削られた。その効果もまた、宝石のように美しい。必殺技が決まる瞬間は、画面の絵が一瞬だけ止まって、そこから凄まじい攻撃の様子が描かれた。疑似人間が蝶のように舞い、剣が蜂のように舞う。現実の世界にも魔法は一応あったが、これは映像だからこそ見られる物、虚構の存在だからこそ味わえる光景に思えた。現実の世界をも越えた光景。虚構の中でしか描けない光景。それに魅せられた人々が、この電子遊戯にはまっていくのである。俺もそう言う趣向が強かったが、一日中これをやっているかもしれなかった。
俺は画面の騎士を動かして、敵の修道女を何とか倒す事ができた。
「よっしゃ!」
そう言って握った自分の拳は、自分が思った以上に汗ばんでいた。今の勝利がたぶん、自分の想像以上に嬉しかったらしい。修道女の次にも強い敵がまだまだ控えていたが、それすらも忘れてしまうくらいに喜んでしまった。「この調子で、どんどん勝っていこう」と、そう内心で思ってしまったのである。いつもの自分を忘れてしまうくらいにね。事実、それから先もずっと同じような感じだった。「呪い」を使う古代の蛇使いと戦った時も、「竜」になれる町の少女と戦った時も。両手の操作器を荒っぽく使ってしてしまったが、規則性のない動きが良い流れを作った事で、それらの敵を次々と倒す事ができた。彼等の最後に現れる敵も……そんな感じにいけばよかったが、こいつは流石にそうはいかなかった。強い技をいくども繰りだし、俺の騎士をどんどん追いつめる。俺も一応は「それ」に抗うが、流石は最後の敵であって、「再挑戦」と呼ばれる機能を何度も使ってしまった。
「くっ!」
俺は真面目な顔で、画面の敵と戦いつづけた。画面の敵が「ニヤリ」と笑った時はもちろん、俺の騎士を吹きとばした時も。あらゆる雑念を捨てて、そいつの生命値を削りつづけたのである。例のお世話係が「領主様、お食事の用意ができましたよ?」と現れた時も、その声だけを聞いて、目の前の敵にずっと挑みつづけた。その結果は、「やった!」の声からも分かるだろう? かなり危ないところだったが、相手の作った僅かな隙をついて、その強敵を何とか倒す事ができた。それも、騎士の必殺技で。美しい一撃を叩きこんだのである。
俺は「それ」に胸を高鳴らせたあまり、お世話係の存在をすっかり忘れて、子どものように「ヒャホォー!」と飛びあがってしまった。
「どんなもんだ! これで」
「確かに終わりです」
それで我に返った俺が、「ポカン」としたのは想像に難しくないだろう。俺は間抜けな顔で、自分の後ろを振りかえった。
「あう、そ、そうだな」
「まったく。電子遊戯もいいですが、程々して下さい」
「う、うん、分かった。ごめん」
俺は自分の頬を掻いて、部屋の中から歩きだした。今日の夕食を食べにいくためである。
「まあ、恥ずかしくはあったけどね。楽しかったから」
うん。
「さて。明日は、何をしようかな?」
いやいや今日も、お疲れ様。今日の仕事を無事に終えて、これ以上に「ホッ」とする事はない。最近は、何かと忙しかったかな。自分の趣味自体はやれても、身体のどこかには見えない倦怠感を残っていた。今日の仕事も、「それ」との見事な戦いである。仕事の内容はそんなに難しくはなくても、一つ一つの細かい作業が、石積みのように重なって、それが終わった頃にはもう、不思議な倦怠感を覚えていた。倦怠感の裏には満足感も潜んでいたが、封土の現場から離れて、そこから自分の館に帰る間は、その満足感よりも倦怠感をより覚えてしまい、部屋の中に入った時だって、倦怠感の残滓に思わず潰されてしまった。
この感覚はたぶん、実際に味わってみないと分からない。頭の中では「仕事は既に終わっているのだ」と分かっているが、精神の方では「まだ終わっていない」と叫んでいる状態だったからだ。これには、流石に参ってしまう。身体と精神の疲れが離れている以上は、どんなに休んでも休んだ気がしないからだ。自分は、常に働いている。いや、ある意味では「働かされている」と言った方が正しいかもしれない。「お前の役割はこう、君の役割はコレ」と言う感じにね。「ホッ」としたくても、「ホッ」とできないのだ。「今日が終わった」と言う感覚の後ろでは、「明日もある」と言う感覚が控えている。
封土の領民達は「これ」をほとんど感じていないようだが、一応の休憩時間がある俺にとっては、ある意味で拷問のようにも思えていた。働いても、働いても終わらない拷問。拷問の先に待っている、ひとときの休み時間。その休み時間にできる事は少ないが、それも積みかさなれば……まあ、結構な時間になるからね。少なくても、部屋の中を見わたせる時間はできる。それができれば、今日の趣味も自ずと見えてくるだろう。「今日は、どれを楽しもうかな?」って、一種の余裕が出てくるわけさ。
「ううん」
俺は自分の顎をつまんで、「今日の趣味はどれにするか?」と考えた。その結果がこれ、映像器(別名「テレビジョン」とも呼ばれ、その画面に綺麗な映像を映す道具である)の前に置かれて電子遊戯(これの別名は「映像ゲーム」と言い、「画面器」と呼ばれる道具の画面に映像を映す事で、その内容を楽しめる仕組みになっている)である。電子遊戯は俺と同年代くらいの少年や少女達に人気な道具だが、俺よりも上の年齢層にも受けているらしく、それで日々の生活費を稼いでいる者や、貴族並みの生活を送っている平民すらもいた。
正に夢の道具。「仕事」も「娯楽」も与える、凄い道具なのである。かく言う俺も、数年前にこの電子遊戯を買ってしまった。最近はあまり遊んでいないが、こう言う機会の時には、電子遊戯の起動装置をポチッと押している。そして今日も、その起動装置をポチッと押していた。……うん、いい感じだ。画面の起動音も、いい音を奏でている。これは、気分が高まるね。画面の起動音は自然にはない音だが、それだけに人間の力が感じられて、画面の上に印が出てくる時は、いつ見てもワクワクしてしまった。
俺は「ニコッ」と笑って、電子遊具の操作器を握った。電子遊戯の操作器は握りやすい構造になっていて、自分の手が余程に大きくなければ、大抵はすぐに合うような感じだった。そこに付いている物(俺達は、「十次キー」とか「丸ボタン」とか呼んでいるが)も、使い手の使用感を重んじているようで、違和感はそんなに覚えられない。むしろ、爽快感すら覚えてしまった。不向きな人は「これ」に苦しめられるようだが、俺の場合は運が良かったらしく、取扱説明書を少し読んだだけで、すぐに「こんなモノかな?」と扱えてしまった。
今回楽しむ電子遊戯も、そんなふうに覚えた物である。少年貴族の間で流行っている格闘遊戯。自分の好きな疑似人間を戦わせて、その勝敗を決する遊戯だ。これが、かなり面白い。少年達の中には「経営系が好き」と言う者も多いが、経営は(俺の場合は)実際にやっているし、それはあくまでも経営風な遊びなので、現実の領地経営とはかなり掛けはなれていた。現実の料理経営は、遊戯のように甘くはない。電子遊戯の領地経営は「遊び手が飽きないように」、「遊び手の不満を促さないように」が主題になっているので、現実ではありえないところでいい事が起こったり、反対に悪い出来事が起こったりと、ありえない出来事がてんこ盛りになっていた。「すべては、遊び手の心を満たすために」と、あらゆるところに配慮がなされているのである。
それには、俺も思わず苦笑いしてしまった。これでは、領地経営の大変さが伝わらない。それがどんなに辛くて、苦しくても。電子遊戯の素晴らしいところは、そう言う部分は排せるところだが……。「辛い」も「苦しい」もない世界は、やはり何処か歪に感じられた。楽しさだけが搾りとられた世界。「娯楽」の意味では正しいのかもしれないが、それが変なふうに曲がって、「これが現実だ」と思うようになったら? おそらくは、怖い事になるだろう。それこそ、今の現実を壊すような出来事すら起きるかもしれない。「娯楽」を突きすすめた先には、そう言う罠が待っている。俺が今日、やろうとしている電子遊戯も……。
「ある意味じゃ、『それ』と同じかもしれないな」
現実の人間を殴る代わりに、虚構の存在を殴る。「現実の人間を傷つけなくて済む」と言う点では優れているかもしれないが、それも何かがおかしくなれば、本来の意義を失って、その部分がすっかり変わってしまう危険性もあった。例えば、「人を殴るのに抵抗がなくなる」と言った感じに。人間の道徳心がすっかり失われてしまう可能性もある。その意味では、この電子遊戯も「やりすぎてはいけないゲーム」、「程々が一番いいゲーム」だった。
「まあ、俺もそんなにやる方じゃないけどね? こう言う時以外は、さ」
俺は「ニコッ」と笑って、映像器の画面に目をやった。画面の上には、選択可能な疑似人間が移っている。彼等は細別や年齢の差こそあるものの、大体は何らかの武器を装っていて、大柄な男は大木を、小柄な少女は短剣などを握っていた。俺が選んだ疑似人間の騎士も、その右手に剣を携えている。初心者から上級者にも優しい武器、大体の男が大好きな聖剣を持っていた。
俺は画面の最初で選んだ物語編を進んで、そこに出てくる相手を「さて」と倒しはじめた。最初の敵は、魔術師の青年だった。魔術師の青年は中級者以上、特に上級者向けの疑似人間で、打撃技はそんなに強くないが、細かい魔法で繋げる連続攻撃が手ごわく、電子遊戯の難易度を「やさしい」にしないと、ほとんどの人間がすぐに殺されてしまう相手だった。これの覇を競う大会でも、この魔術師を使う人間は少なくない。またその容姿も優れているので、「絵師」と呼ばれる人々、特に女性絵師の間では、抜群の人気を誇っていた。そんな凄い疑似人間をこれから倒していくわけである。
俺は素人の技量を上手く使って、この相手を何とか戦いつづけた。騎士の剣術を巧みに使い、「ハメ技」と呼ばれる技術を生かして、相手の生命値をゴリゴリと削っていったのである。その途中で何度もやられ掛けても、その体勢をサッと戻し、相手の身体に攻撃をいくども当てつづけた。それがいい感じに溜まっていったおかげで、自分の生命値もかなり危なかったものの、制限時間内に魔術師の青年を何とか倒せたが、その興奮もすぐに収まってしまった。彼の次にもまだ、倒さなければならない敵は控えている。今度の敵は、男性支持者の中でも特に人気な修道女だった。
「コイツも、なかなか侮れない」
物理攻撃の類いはそんなに強くないが、「神の加護」と言う特殊技能を持っているおかげで、自分の生命値が半分になると、その防御力が二倍にまで上がってしまうのだ。これが、なかなかに厄介な技能である。他の疑似人間にも「それ」と似た特殊技能があるが、それらは魔力の回復速度が上がったり、自分の移動速度が上がったりで、疑似人間の防御力を上げる特殊機技能はこれしかなかった。俺が使っている騎士の特殊技能も、その攻撃力が一割二分五厘上がるだけである。だから、この特殊技能はほとんど卑怯技に近かった。相手の防御力が上がれば、倒すのがそれだけ難しくなるからね。男性支持者は、その特殊技能が好きなようだけど。騎士使いの俺としては、本当に困る相手だった。騎士と修道女の相性は、冗談抜きで最悪だったからである。「正直、かなり苦手な相手だけどね。もう、何回負けたか分からないくらいに」
俺は両手の操作器に力を入れて、画面の騎士をサッと動かした。騎士は、俺の操作に応えてくれた。俺の操作は単純な動きが多いので、「連続技」と呼ばれる物を除き、相手の生命値をそれなりにしか削れなかったが、「必殺技」と呼ばれる奥義のような技を出した時は、その生命値をゴリゴリと削られた。その効果もまた、宝石のように美しい。必殺技が決まる瞬間は、画面の絵が一瞬だけ止まって、そこから凄まじい攻撃の様子が描かれた。疑似人間が蝶のように舞い、剣が蜂のように舞う。現実の世界にも魔法は一応あったが、これは映像だからこそ見られる物、虚構の存在だからこそ味わえる光景に思えた。現実の世界をも越えた光景。虚構の中でしか描けない光景。それに魅せられた人々が、この電子遊戯にはまっていくのである。俺もそう言う趣向が強かったが、一日中これをやっているかもしれなかった。
俺は画面の騎士を動かして、敵の修道女を何とか倒す事ができた。
「よっしゃ!」
そう言って握った自分の拳は、自分が思った以上に汗ばんでいた。今の勝利がたぶん、自分の想像以上に嬉しかったらしい。修道女の次にも強い敵がまだまだ控えていたが、それすらも忘れてしまうくらいに喜んでしまった。「この調子で、どんどん勝っていこう」と、そう内心で思ってしまったのである。いつもの自分を忘れてしまうくらいにね。事実、それから先もずっと同じような感じだった。「呪い」を使う古代の蛇使いと戦った時も、「竜」になれる町の少女と戦った時も。両手の操作器を荒っぽく使ってしてしまったが、規則性のない動きが良い流れを作った事で、それらの敵を次々と倒す事ができた。彼等の最後に現れる敵も……そんな感じにいけばよかったが、こいつは流石にそうはいかなかった。強い技をいくども繰りだし、俺の騎士をどんどん追いつめる。俺も一応は「それ」に抗うが、流石は最後の敵であって、「再挑戦」と呼ばれる機能を何度も使ってしまった。
「くっ!」
俺は真面目な顔で、画面の敵と戦いつづけた。画面の敵が「ニヤリ」と笑った時はもちろん、俺の騎士を吹きとばした時も。あらゆる雑念を捨てて、そいつの生命値を削りつづけたのである。例のお世話係が「領主様、お食事の用意ができましたよ?」と現れた時も、その声だけを聞いて、目の前の敵にずっと挑みつづけた。その結果は、「やった!」の声からも分かるだろう? かなり危ないところだったが、相手の作った僅かな隙をついて、その強敵を何とか倒す事ができた。それも、騎士の必殺技で。美しい一撃を叩きこんだのである。
俺は「それ」に胸を高鳴らせたあまり、お世話係の存在をすっかり忘れて、子どものように「ヒャホォー!」と飛びあがってしまった。
「どんなもんだ! これで」
「確かに終わりです」
それで我に返った俺が、「ポカン」としたのは想像に難しくないだろう。俺は間抜けな顔で、自分の後ろを振りかえった。
「あう、そ、そうだな」
「まったく。電子遊戯もいいですが、程々して下さい」
「う、うん、分かった。ごめん」
俺は自分の頬を掻いて、部屋の中から歩きだした。今日の夕食を食べにいくためである。
「まあ、恥ずかしくはあったけどね。楽しかったから」
うん。
「さて。明日は、何をしようかな?」
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