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第5話 天体観測♪
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「仕事、終了」
さて、ここからは自由な時間だ。「自分がこうしたい」と思う事を自由にやられる時間。周りの誰にも妨げられず、自分の好きな事を楽しめる時間だが。今日のそれは、すぐには楽しめない。ある程度の時間、窓の外に見える太陽が沈まなければならないのだ。あの太陽が沈んでくれなければ、今回の趣味は楽しめないのである。何たって、自然相手の趣味だからね。自分の気持ちを押しとおすわけにもいかないのだ。
自然は人間よりも遙かに偉大で、この世界その物を形づくっている。人間はただ、その加護を受けているだけだ。自然の与える恩恵はもちろん、それのもたらす災害も。すべては、自然の産物からできている。最近は自然と人間を分ける学問、その学問自体はとても好きだが、「科学」とか言う学問が大きくなっていて、今までの常識……例えば、一つの神を崇める宗教とか、王の力にすがる諸侯とか、そう言う諸々の力が前よりも弱くなっていた。
科学の力で解きあかせない物は、どんな物でも信じない。そう信じる科学者達がたくさん現れて、「錬金術」の基礎は化学に、「数学」の基礎は数論に、「伝説」の多くは歴史や地学、民俗学へとその姿を変えはじめていた。俺が今日の夜に楽しもうとしている趣味、「天体観測」もまた地学の中に含まれる天文学から生まれた遊びある。
俺達の住んでいる世界、昔の人々は楽園、今の科学者は「地球」と呼んでいるが、それの周りを太陽が回っているのではなく、「地球が太陽の周りを回っている」と言う説を出した事で、古くから「地球が宇宙の中心」と考えている宗教とは、ある種の争いを生みだしていた。「お前達の考えは、おかしい」、「いや、おかしくない!」と、そんな論争を繰りひろげていたのである。「太陽が地平線の彼方に沈むのは、地球が太陽の周りを回っている証拠である」と。彼等は自分達の考えを信じて、相手の主義を必死に潰そうとしていた。
「俺には、そんなのどうでも良い事だけどね?」
科学の説が正しかろうが、宗教の説が正しくなかろうが、それは各々が自由に感じる事で、「その正誤を言いあう事ではない」と思っているからだ。真実ばかりでは息苦しくなるし、虚妄ばかりでもアホらしくなる。現実逃避は、それすらも超える行為だ。目の前の現実からどんなに逃げようとしても、現実の方から追い掛けてくる。俺が「どんなに逃げたい」と思っても。だったら、そこから逃げなければいい。目の前の現実と向きあって、現実の浪漫を追いもとめればいい。そうすれば、苦しい事も楽しくなってくる。今日の夜にやろうとしている天体観測もまた、そんな理由からやろうとした事だった。
天界観測には、様々な道具が要る。孤独な天文学者が使うような望遠鏡から、夜の眠気を誤魔化す刺激物まで。星を観るのに必要な物が、山ほどあるのだ。こうして、夜の世界を待つ時間もまた同じ。昼間の退屈と戦わなければならないのである。それがとても辛いわけだが……まあ、仕方ない。こう言う辛抱もまた、部屋の中でじっとしている時間も、趣味への大事な時間なのだから。ここは、じっと耐えつづけよう。
俺は椅子の上に座って、窓の外をじっと眺めつづけた。外の景色が暗くなったのは、俺が帳面の頁を開いた時だったか? 俺は椅子の上から立ちあがって、窓の前にそっと歩みより、そこから外の景色を眺めてみた。外の景色は、やはり夜。しかも、月の綺麗な夜だった。これなら、周りの星も良く観られる。天体観測の道具をどんなに揃えても、肝心の空が曇っていたら意味ないからな。これは、「幸運」としか言いようがない。
「うん!」
俺は自分の足下に夜食を置いて、窓の所に置いてある望遠鏡を覗きはじめた。望遠鏡の覗き穴から観られた光景は、本当に美しかった。夜空の月はもちろん、その周りに散らかっている星々も、互いの領土を奪う事もなく、ある星は少し明るめに、またある星は少し暗めに光って、空の黒金に鮮やかな点を作っていった。星々の周りを回っている小さな星(科学者達曰く、これは「衛星」と言うらしい)も、その光こそ見えなかったが、星々が自分の光を放つ事で、それが存在を薄らと感じさせている。それらの衛星が漂っている空間も、波のない川、底のない海を思わせていた。
「今夜は、本当についているな」
こんなにも美しい夜空が観られるなんて、「本当についている」としか言いようがない。いつもの夜空は……いつもの夜空もそう変わらないのかもしれないが、雨の日はもちろん観られないし、曇りや雪の日も観られない。雲の厚化粧にホッとして、自分の素顔をすっかり隠してしまう。あんなにも美しい素顔を、自然の厚化粧で誤魔化してしまうのだ。それは、あまりにもったいない。美しい物は、美しいままでいいのだ。本来の美を、本来のままに保っていればいいのだ。無理して、本来の美を押しつぶさなくても。分かる人には、分かってくる。本来の美を読みとってくれる。「あなたは、そんなに美しいのに?」と、だから……「今夜は、本当についているんだ」
俺は「ニコッ」と笑って、空の星々を眺めつづけた。それが要因になったのか? 空の流れ星に驚いたところで、ある遊びを思いついてしまった。「そうだ! 空の星々を繋いで、自分だけの星座を作ろう!」と、そう内心で思ってしまったのである。
「星座の事はもちろん、俺も知っているけれど。これは、楽しい遊びになるかもしれない」
うん! と、俺はうなずいた。
「さっそくやってみるか!」
俺は星と星の間に線を引いて、その夜空に絵を描きはじめた。自分の知識とできるだけ被らないように、星と星とがなるべく争わないように。思考の絵筆を使って、夜空の上に一つ、また一つと、新しい星座を作っていったのである。俺は足下の夜食をふと思いだした時も、夜食のサンドイッチから意識をすぐに逸らして、目の前の作業にまた意識を戻した。
その作業は、本当に楽しかった。空の星座を形づくっている星々(これらは、「恒星」と言うらしい)は動かせないので、作業の難しさはあったが、その難しさすらも、新しい星座を作った時にはもう、綺麗さっぱり無くなっていた。この感覚は最早、「浪漫」とか言いようがない。未開の地に足を踏みいれるような浪漫。世界の謎を解きあかしたような興奮。それらの快感が、大軍をなして押しよせてきたからである。それには、思わず唸らざるを得なかった。
「すごい」
語彙の力も、弱くなった。
「本当にすごい」
感動の表現も、弱くなった。
「これは、星の魔法だ」
光と闇とを併せもつ力。人間の力では、到底敵わない魔法。俺は今、その魔法を味わっているのだ。人間が世界の一部を切りとって、そこを「自分の部屋」と決めた場所から。部屋の中に置いた望遠鏡、その小さな覗き穴から。自然の魔法を受けとって、その魔力をはっきりと感じていたのである。これは、文字通りの感動だ。それ以外の言葉では、言いあらわせない。俺は、どんな黄金にも勝る光景を眺めているのだ。
「それなのに」
どうして、自分の胸が苦しいのだろう? 胸の奥が痛むのだろう? 俺の前には、あんなにも美しい景色が広がっているのに? 景色の裏に潜む闇が、それのもたらす災いが、どうしても見えてしまうのだ。まるで星々の説教を聞かされているかのように、見えない短剣が自分の胸に隙刺さってしまうのである。
「これは、俺の闇なんだろうか?」
俺自身が分かっていない闇。俺の光に隠れている影。それが星の光に照らされて、気持ちの表に現れてしまったのだろうか? その答えは、どんなに考えても分からない。望遠鏡の覗き穴から視線を逸らして、夜食のサンドイッチを頬張っても分からない。それはすべて、闇の中。その奥を漂っている。俺がどんなに足掻いても、決して届かない闇の奥を。
俺はその暗闇に震えつつも、夜食のサンドイッチを食べおえた時にはまた、真面目な顔で望遠鏡の覗き穴を覗いていた。そうするのがたぶん、今の俺には必要だったから。このモヤモヤとした気持ち、何だか分からない壮大な疑問と向きあうためにも。望遠鏡の覗き穴から視線を逸らそうとする気持ちは、まったく湧いてこなかった。俺は夢中で、望遠鏡の覗き穴を覗きつづけた。
それがつづけられなくなったのは、夜空が地平線の先に消えた時だった。俺は夜の名残に胸を打たれたが、人間の本当には流石に逆らえず、「一日くらいの徹夜は、平気だ」とは言え、地平線の先から太陽が昇りはじめた時にはぼうっと、椅子の上にまた座った時にはうとうとしてしまい、館の召使いが「お早う御座います、領主様!」と叫んでくれなければ、部屋の扉がどんなに叩かれても、その音や声を聞きのがして、思わず眠ってしまうところだった。
「くわぁ、ううん」
俺は自分の両目を擦って、椅子の上から立ちあがった。
「わ、分かった。今、起きるよ」
そうは言ったが、やはり眠いモノは眠い。部屋の扉を開けた時もまた、思わずあくびしてしまった。
「おはようぉ」
召使いは、その言葉に呆れた。一応は彼等にも天体観測の事は伝えていたが、ここまで酷いとは流石に思っていなかったらしい。俺が部屋の中から出て、館の廊下を歩きはじめた時も、「不安で俺の方を振りかえった」と言うよりは、「大丈夫かな?」と案ずるあまり、その様子をじっと眺めている感じだった。あるいは、「こんな領主に従っていて、本当にいいのかな?」と思っていたのかもしれない。どちらにしても、俺の趣味に呆れていたのは確かだった。
「領主様」
「ん?」
「趣味に打ちこむのは、悪い事ではありません。ですが、『限度』と言うモノがあります。貴方には、今日も仕事があるのですから」
「う、ううん。確かにそうだけど」
でも……。
「それでも、止められないのが趣味ってヤツなんだ」
召使いは、その言葉に溜め息をついた。その言葉に心底呆れているらしい。
「そうですか。でも、ちゃんとやる事はやって下さいよ?」
「分かっているって。そいうのは、疎かにしないから」
俺は自分のあくびを噛み殺して、頭の後ろに両手を回した。
「さて。今日の一日は、仕方ないとしても」
明日は……。
「何をしようかな?」
さて、ここからは自由な時間だ。「自分がこうしたい」と思う事を自由にやられる時間。周りの誰にも妨げられず、自分の好きな事を楽しめる時間だが。今日のそれは、すぐには楽しめない。ある程度の時間、窓の外に見える太陽が沈まなければならないのだ。あの太陽が沈んでくれなければ、今回の趣味は楽しめないのである。何たって、自然相手の趣味だからね。自分の気持ちを押しとおすわけにもいかないのだ。
自然は人間よりも遙かに偉大で、この世界その物を形づくっている。人間はただ、その加護を受けているだけだ。自然の与える恩恵はもちろん、それのもたらす災害も。すべては、自然の産物からできている。最近は自然と人間を分ける学問、その学問自体はとても好きだが、「科学」とか言う学問が大きくなっていて、今までの常識……例えば、一つの神を崇める宗教とか、王の力にすがる諸侯とか、そう言う諸々の力が前よりも弱くなっていた。
科学の力で解きあかせない物は、どんな物でも信じない。そう信じる科学者達がたくさん現れて、「錬金術」の基礎は化学に、「数学」の基礎は数論に、「伝説」の多くは歴史や地学、民俗学へとその姿を変えはじめていた。俺が今日の夜に楽しもうとしている趣味、「天体観測」もまた地学の中に含まれる天文学から生まれた遊びある。
俺達の住んでいる世界、昔の人々は楽園、今の科学者は「地球」と呼んでいるが、それの周りを太陽が回っているのではなく、「地球が太陽の周りを回っている」と言う説を出した事で、古くから「地球が宇宙の中心」と考えている宗教とは、ある種の争いを生みだしていた。「お前達の考えは、おかしい」、「いや、おかしくない!」と、そんな論争を繰りひろげていたのである。「太陽が地平線の彼方に沈むのは、地球が太陽の周りを回っている証拠である」と。彼等は自分達の考えを信じて、相手の主義を必死に潰そうとしていた。
「俺には、そんなのどうでも良い事だけどね?」
科学の説が正しかろうが、宗教の説が正しくなかろうが、それは各々が自由に感じる事で、「その正誤を言いあう事ではない」と思っているからだ。真実ばかりでは息苦しくなるし、虚妄ばかりでもアホらしくなる。現実逃避は、それすらも超える行為だ。目の前の現実からどんなに逃げようとしても、現実の方から追い掛けてくる。俺が「どんなに逃げたい」と思っても。だったら、そこから逃げなければいい。目の前の現実と向きあって、現実の浪漫を追いもとめればいい。そうすれば、苦しい事も楽しくなってくる。今日の夜にやろうとしている天体観測もまた、そんな理由からやろうとした事だった。
天界観測には、様々な道具が要る。孤独な天文学者が使うような望遠鏡から、夜の眠気を誤魔化す刺激物まで。星を観るのに必要な物が、山ほどあるのだ。こうして、夜の世界を待つ時間もまた同じ。昼間の退屈と戦わなければならないのである。それがとても辛いわけだが……まあ、仕方ない。こう言う辛抱もまた、部屋の中でじっとしている時間も、趣味への大事な時間なのだから。ここは、じっと耐えつづけよう。
俺は椅子の上に座って、窓の外をじっと眺めつづけた。外の景色が暗くなったのは、俺が帳面の頁を開いた時だったか? 俺は椅子の上から立ちあがって、窓の前にそっと歩みより、そこから外の景色を眺めてみた。外の景色は、やはり夜。しかも、月の綺麗な夜だった。これなら、周りの星も良く観られる。天体観測の道具をどんなに揃えても、肝心の空が曇っていたら意味ないからな。これは、「幸運」としか言いようがない。
「うん!」
俺は自分の足下に夜食を置いて、窓の所に置いてある望遠鏡を覗きはじめた。望遠鏡の覗き穴から観られた光景は、本当に美しかった。夜空の月はもちろん、その周りに散らかっている星々も、互いの領土を奪う事もなく、ある星は少し明るめに、またある星は少し暗めに光って、空の黒金に鮮やかな点を作っていった。星々の周りを回っている小さな星(科学者達曰く、これは「衛星」と言うらしい)も、その光こそ見えなかったが、星々が自分の光を放つ事で、それが存在を薄らと感じさせている。それらの衛星が漂っている空間も、波のない川、底のない海を思わせていた。
「今夜は、本当についているな」
こんなにも美しい夜空が観られるなんて、「本当についている」としか言いようがない。いつもの夜空は……いつもの夜空もそう変わらないのかもしれないが、雨の日はもちろん観られないし、曇りや雪の日も観られない。雲の厚化粧にホッとして、自分の素顔をすっかり隠してしまう。あんなにも美しい素顔を、自然の厚化粧で誤魔化してしまうのだ。それは、あまりにもったいない。美しい物は、美しいままでいいのだ。本来の美を、本来のままに保っていればいいのだ。無理して、本来の美を押しつぶさなくても。分かる人には、分かってくる。本来の美を読みとってくれる。「あなたは、そんなに美しいのに?」と、だから……「今夜は、本当についているんだ」
俺は「ニコッ」と笑って、空の星々を眺めつづけた。それが要因になったのか? 空の流れ星に驚いたところで、ある遊びを思いついてしまった。「そうだ! 空の星々を繋いで、自分だけの星座を作ろう!」と、そう内心で思ってしまったのである。
「星座の事はもちろん、俺も知っているけれど。これは、楽しい遊びになるかもしれない」
うん! と、俺はうなずいた。
「さっそくやってみるか!」
俺は星と星の間に線を引いて、その夜空に絵を描きはじめた。自分の知識とできるだけ被らないように、星と星とがなるべく争わないように。思考の絵筆を使って、夜空の上に一つ、また一つと、新しい星座を作っていったのである。俺は足下の夜食をふと思いだした時も、夜食のサンドイッチから意識をすぐに逸らして、目の前の作業にまた意識を戻した。
その作業は、本当に楽しかった。空の星座を形づくっている星々(これらは、「恒星」と言うらしい)は動かせないので、作業の難しさはあったが、その難しさすらも、新しい星座を作った時にはもう、綺麗さっぱり無くなっていた。この感覚は最早、「浪漫」とか言いようがない。未開の地に足を踏みいれるような浪漫。世界の謎を解きあかしたような興奮。それらの快感が、大軍をなして押しよせてきたからである。それには、思わず唸らざるを得なかった。
「すごい」
語彙の力も、弱くなった。
「本当にすごい」
感動の表現も、弱くなった。
「これは、星の魔法だ」
光と闇とを併せもつ力。人間の力では、到底敵わない魔法。俺は今、その魔法を味わっているのだ。人間が世界の一部を切りとって、そこを「自分の部屋」と決めた場所から。部屋の中に置いた望遠鏡、その小さな覗き穴から。自然の魔法を受けとって、その魔力をはっきりと感じていたのである。これは、文字通りの感動だ。それ以外の言葉では、言いあらわせない。俺は、どんな黄金にも勝る光景を眺めているのだ。
「それなのに」
どうして、自分の胸が苦しいのだろう? 胸の奥が痛むのだろう? 俺の前には、あんなにも美しい景色が広がっているのに? 景色の裏に潜む闇が、それのもたらす災いが、どうしても見えてしまうのだ。まるで星々の説教を聞かされているかのように、見えない短剣が自分の胸に隙刺さってしまうのである。
「これは、俺の闇なんだろうか?」
俺自身が分かっていない闇。俺の光に隠れている影。それが星の光に照らされて、気持ちの表に現れてしまったのだろうか? その答えは、どんなに考えても分からない。望遠鏡の覗き穴から視線を逸らして、夜食のサンドイッチを頬張っても分からない。それはすべて、闇の中。その奥を漂っている。俺がどんなに足掻いても、決して届かない闇の奥を。
俺はその暗闇に震えつつも、夜食のサンドイッチを食べおえた時にはまた、真面目な顔で望遠鏡の覗き穴を覗いていた。そうするのがたぶん、今の俺には必要だったから。このモヤモヤとした気持ち、何だか分からない壮大な疑問と向きあうためにも。望遠鏡の覗き穴から視線を逸らそうとする気持ちは、まったく湧いてこなかった。俺は夢中で、望遠鏡の覗き穴を覗きつづけた。
それがつづけられなくなったのは、夜空が地平線の先に消えた時だった。俺は夜の名残に胸を打たれたが、人間の本当には流石に逆らえず、「一日くらいの徹夜は、平気だ」とは言え、地平線の先から太陽が昇りはじめた時にはぼうっと、椅子の上にまた座った時にはうとうとしてしまい、館の召使いが「お早う御座います、領主様!」と叫んでくれなければ、部屋の扉がどんなに叩かれても、その音や声を聞きのがして、思わず眠ってしまうところだった。
「くわぁ、ううん」
俺は自分の両目を擦って、椅子の上から立ちあがった。
「わ、分かった。今、起きるよ」
そうは言ったが、やはり眠いモノは眠い。部屋の扉を開けた時もまた、思わずあくびしてしまった。
「おはようぉ」
召使いは、その言葉に呆れた。一応は彼等にも天体観測の事は伝えていたが、ここまで酷いとは流石に思っていなかったらしい。俺が部屋の中から出て、館の廊下を歩きはじめた時も、「不安で俺の方を振りかえった」と言うよりは、「大丈夫かな?」と案ずるあまり、その様子をじっと眺めている感じだった。あるいは、「こんな領主に従っていて、本当にいいのかな?」と思っていたのかもしれない。どちらにしても、俺の趣味に呆れていたのは確かだった。
「領主様」
「ん?」
「趣味に打ちこむのは、悪い事ではありません。ですが、『限度』と言うモノがあります。貴方には、今日も仕事があるのですから」
「う、ううん。確かにそうだけど」
でも……。
「それでも、止められないのが趣味ってヤツなんだ」
召使いは、その言葉に溜め息をついた。その言葉に心底呆れているらしい。
「そうですか。でも、ちゃんとやる事はやって下さいよ?」
「分かっているって。そいうのは、疎かにしないから」
俺は自分のあくびを噛み殺して、頭の後ろに両手を回した。
「さて。今日の一日は、仕方ないとしても」
明日は……。
「何をしようかな?」
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