「追放」も「ざまぁ」も「もう遅い」も不要? 俺は、自分の趣味に生きていきたい。辺境領主のスローライフ

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第2話 風景画を描く

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「仕事、終了」
 
 はぁ、やっと終わった。今日の仕事も、いつもと同じ。封土の見まわりからはじまる、その他諸々である。それらを何とか終わらせて、今の状態に至ったわけだ。至ったわけだが、何をしようとか決められない。笛の演奏はやってしまったし、それ以外の音楽も「特にやりたい」と思わなかった。部屋の中には笛以外にも、様々な楽器が置かれているのに。それらをどんなに見わたしてみても、気持ちの方が何故か高ぶらないのである。「教会のパイプオルガンを弾かせてもらおうかな?」とも思ったが、そこは今日も司祭がオルガンを弾いている筈なので、「それを妨げるのは忍びない」と思い、多少の心残りを感じながらも、「今回は、止めておこう」と思いなおした。

「それなら、今日は何をするか?」

 もう一度、この課題に戻ってしまう。様々な案が浮かんだにもかかわらず、行動の第一歩目が出発点に戻ってしまった。自分の頭をポリポリと掻いて、その両腕を「うーん」と組みつつ、部屋の中をブラブラと歩いてしまったのである。まったく困ったモノだ。自分の好きな事に悩めるのは、ある意味で贅沢な事かも知れないが。それでも、不満な事には変わりない。部屋の窓から見える景色が少し曇っていなければ、この悔しさが倍に増えるところだった。

 俺は自分の顎を摘まんで、「今日は、何を楽しもうか?」と考えつづけた。その結果が出たのは二十分くらい、空の雲が少し消えはじめた時だった。俺は、部屋の左側に目をやった。左側の壁には、画布と画架が置かれている。これらは最近に作られた道具、宮廷画家が絵を描くために使う道具らしいが、商人の一人が「コイツは、なかなかにお洒落な代物です。封土の領主たる者、『絵』の一つくらい描けた方がいいですぜ?」と言っていたので、それに思わず乗せられてしまい、財布の中から金貨を取りだして、そのお洒落な代物をついつい買ってしまったわけだが……まあ、悔やんではいない。机の羊皮紙に絵を描くのもいいが、こう言う物にもまた趣がある。実際、それに絵を描いてみたらすごく楽しかったしね? 今では、「いい買い物をした」と思っているよ。

「さて」

 やりたい事は、決まった。今までの悩みがすっかり消えて、たった一つの目標に意識が定まった。今日(または、数日)は、封土の風景画を描こう。風景画の制作には個人差があるらしいが、封土の領民達曰く、「貴方の筆は、速い」との事なので、あまり気にせず、必要最小限の道具だけを持って、館の外に出ていった。館の外は、穏やかだった。農奴達は、いつもの農作業。商人達も決まりの範囲内で、それぞれの場所に露店を開いていた。そんな中を歩いていくわけだから、当然に目立つ。俺がどんなに「目立ちたくない」と思っても、その背中や両手に持っている美術道具のせいで、周りの注意を引いてしまうのだ。それまで道の端を走っていた子ども達ですら、俺がその横を通ろうとすると、不思議そうな顔で俺の姿を見てきてしまった。彼等は(知識のある者は)呆れ顔、あるいは(知識のない者は)不思議そうな顔で、俺の姿をまじまじと見つづけた。

「今日は、何をおっぱじめるつもりだ?」

 そんな風に驚いていたのは、鍛冶屋のオヤジ。

「さあね? でも、楽しそうな様子じゃないか?」

 そう応えたのは、そのオヤジと話していた商人。

「本人が楽しければ、それでいいだろう? 俺達が『あれこれ』と言う事じゃねぇ」

 彼等は俺が二人の前から離れた後も、不思議そうな顔で俺の事を眺めていたようだった。

 俺は、その視線を感じつづけた。だが、それも長くはつづかなかった。その視線を感じなくなれば、それを別に気にしなくてもいい。彼等の方にわざわざふり返って、「実は、町の風景を描きにいくんだ」と話さなくてもいい。「趣味」ってヤツは、別に自慢するモノでもないからね。周りの人達から「貴方の趣味は、何ですか?」と聞かれた時は別だが、それ以外は別に言わなくてもいいのだ。それらの反応を恐れて、嘘の趣味を教えなくてもいい。趣味は自分の人生を良くする物、満たす物であって、他人の人生をけなす物ではないのだ。それが俺の考えである。

「けっこう歩いたな」

 それが苦しくはなかったが、流石にちょっと疲れてしまった。自分の近くに岩を見つけて、その上に座った時も、最初は何ともなかったが、数分後には軽い疲れを覚えてしまったのである。「はぁ」の溜め息も、その疲れを表す合図。そこから出てきた放心も、疲れの度合いを示す目印になった。

 俺は身体の疲れを癒しつつ、自分の周りを見わたしては、絵の題材として相応しい場所、自分の直感が好みそうな場所を探しはじめた。その場所は、数分程で見つかった。木々の間に隠れて分かりづらかったが、ここがある種の丘になっているお陰で、封土の中を見おろせる場所があったからである。これには、流石に驚いてしまった。幼い頃から封土の中を走りまわっていた俺だが、丘の存在は知っていても、こう言う場所がある事は、まったく知らなかったからである。だから、その光景にも思わず唸ってしまった。

「す、すごい」

 俺は不思議な感覚、自分が景色と一体になるような感覚を覚えた。

「ここなら、善い絵を描けるぞ!」

 たぶん? と付けくわえたのは、自分の腕に自信が持てなかったからだ。「絵を描くのがどんなに好き」と言っても、自分は一流の絵描きではない。二流の自称一流でもなければ、三流の見習いでもない。それ以下の素人でしかないのだ。素人がどんなに頑張ったところで、一流の絵を描けるわけがない。三流の紛い物を描けるだけである。

「それでも」

 まあ、いい。別に絵描きになりたいわけではないからな。素人は素人らしく、下手くそは下手くそらしく、自分の絵を描ければいいのである。

「やりますか」

 俺は(自分の感覚で)最も良さそうな場所、この作業に最も敵しそうな場所を選んだ。この場所から描けば、右手の筆も自然と走るだろう。画架の設置に少してまどってしまったが、ある種のコツらしき物を掴むと、それからは特に困る事もなく、時折拭いてくる風に自分の風がなびくだけで、この作業を妨げる物はほとんど現れなかった。俺の足下辺りを走りまわっていた小動物も、しばらくは画架の周りを走りまわっていたが、今ではそれもなく、ただ黙って俺の作業を眺めていた。

 俺は、画布の上に下書きを描きはじめた。宮廷画家の中には下書きを飛ばせる者もいるらしいが、俺には(当然だが)そんな技術はないので、風景の境界線、「地平線」と呼ばれる目安を描きおえた後は、目の前の風景と画布とを何度も見くらべて、「おかしい」と思ったところは慎重に直し、「なかなかいい」と思ったところは「さらによくしよう」と努めて、風景画の下書きをゆっくりと描いていった。その作業が、とても楽しかった。余計な思考うんぬんがすっかり封じされた事で、「享楽」と「苦悩」との間に防壁が築かれたからである。防壁は俺がふとした瞬間に現実を思いだした時も、優しげな顔でその苦悩を見事に和らげてくれた。
 
 俺は、その厚意に頭を下げた。実際にそうしたわけではないが、右手の絵筆を丁寧に動かす事で、その思いを表したのである。俺は空の色が少しずつ変わっていく中、目の前の風景をより正しく、風景の色合いや深み、光の明暗を覚えていき、頭上の世界がすっかり暗くなった後も、目の前の道具類を片づける時以外は、今の場所から歩きだした時はもちろん、その道を黙々と歩いて、自分の館に帰った後も、真面目な顔で画布の下書きを見つづけた。

「よし! 明日は、このつづきだ」

 絶対に描きあげるぞ! そんな気持ちで終わらせた翌日の仕事は、何故かいつもより楽しかった。封土の見まわりも、苦しくない。領民達の諍いを止めるのも、苦しくない。みんな、絵の下書きのように楽しかった。「この下書きさえ描ければ、あとはどうにでもできる」と、そんな事をずっと思っていたのである。俺は昨日と同じ道具類を持つと、一応は家の召使いに行き先を伝えて、あの場所にひた走った。あの場所には、誰もいなかった。昨日は唯一の見物人だった小動物も、今日は自分の生活に忙しいらしい。「そいつがいた」と言う気配だけが、その場所に残っていただけだった。

 俺は昨日と同じ場所、昨日と同じ視線で、下書きの絵に色を塗りはじめた。この作業もまた、楽しかった。今まで色のなかった世界に色をつける作業。色の多様性を教える作業。そこから読みとれる真理は、「この世界には、様々な色がある」と言う事、「それには明と暗、陰と陽もある」と言う事だった。どちらか一方に偏る事はない。常に二面性を保っている。筆の先に付ける絵具も、その種類自体は限られているが、赤の「情熱」と「残虐」、青の「冷静」と「非道」が分かっていれば、それに飽きる事はなく、かえって面白くなってしまう程だった。

「色は、色だ。それ以下でも、それ以上でもない」

 目の前の風景も。俺のような人間には楽しいだろうが、それ以外の人間にはつまらない風景だろう。風景は常にそこにあり、改めて見る物ではない。風景の中に意味を見いだし、「それを描こう」とするのは、ある意味ではとても狂っているのかも知れなかった。

「まあ。そんな事は、どうでもいいだけどね?」

 描きたいなら描く。描きたくないなら描かない。「趣味なんて物は、そんな程度でいい」と思う。世の中には、他人の趣味に階級を付けよとする者もいるが。そんなのは、愚かの極みである。高尚な趣味が高尚な人間を育てるわけではないし、低俗な趣味が低俗な人間を作るわけでもない。趣味は、単なる生き甲斐である。人間がこの世に生みだした娯楽である。「それに階級を付けよう」と言うのは、「自分は、無価値な人間だ」と言っているのと同じだ。そう言う人間が、この世で一番嫌いである。

「こんなもんかな?」

 昨日の風景とまった同じではないけれど。俺の記憶力思ったよりも強かったせいか、今日は曇っている空が昨日のような晴天に、曇り空が作る陰影が明るい影に塗りかえられている。教会の屋根に設けられた尖塔や、農奴達の民家にも、その恩恵が見事に与えられていた。

「うーん、なかなかいいね?」

 流石に一流の絵とは比べられないが、それでも「うん」とうなずける作品に仕上がった。あとは、この完成品を持ってかえるだけである。

「よし!」

 俺は絵の道具類を片づけて、自分の館に帰った。館の玄関では、召使いが俺の帰りを待っていた。

「ただいま」

「お帰りなさいませ、ザウル様」

 召使いは何故か、俺の絵に視線を移した。俺の絵が何故か、気になってしまったらしい。俺が召使いに「どうしたんだ?」と話しかけた時も、それに「い、いえ、何でもありません」と応えはしたが、その絵から視線を逸らそうとはしなかった。召使いは何ともいえない表情、何か不可思議な物でも見るような目で、俺の絵を「すごいですね」と誉めたたえた。

「この絵は、本当に」

「そうかな? 俺には、普通の絵に見えるけどね?」

 俺は「ニコッ」と笑って、自分の部屋に戻った。

「さてと」
 
 今日も楽しかったし。

「明日は、何をやろうかな?」
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