12 / 15
初等部編
第12話 彼女の事を調べましょう
しおりを挟む
調べると言っても、それは容易な事ではなかった。ネフテリアとの接点が無い以上、周りの人に色々と聞く事はできるが、確実な情報は得られない。今のユエに出来る事と言ったら、ネフテリアと(できるだけ)親しい人に話しかけて、その人から情報を聞き出す事だけだった。
聞き出した情報はどれも似たようなモノで、「ネフテリアはおそろしい」、「アイツとは、できるだけ関わらない方が良い」と言う情報だけ。それ以外の情報は、ほとんど得られなかった。焦りだけが募る。彼女の事を知りたいのに……集まるのは、彼女に脅える生徒達の声だけだった。
彼女は右手の備忘録を閉じ、悔しげな顔でベンチの上に座った。ベンチの上は冷たく、座っていると、何だか虚しい気持ちになった。「このまま彼女の情報が集まらなかったからどうしよう?」と。
彼女の秘密がもし、分からなかったら?
多くの人が不幸になってしまうかも知れない。
ネフテリアの毒牙に掛かって。彼女がエルス王子に好意を抱いているのは有名な話だが、それ故に彼女と関わるのは恐ろしかった。エルス王子と仲良く話すだけで、彼女に睨みつけられる。最悪の場合は、文字通りの標的にされた。
ネフテリアの嫌がらせはしつこく、相手がエルス王子を諦めるまで絶対に諦めない。文字通りの粘着質。彼女から嫌がらせを受けた所為で、エルス王子を諦めた女子達は、決して少なくなかった。
ユエは右手の備忘録を握り、自分の足下に目を落としたが、遠くから聞こえて来た足音に「ハッ」とすると、その足音に視線を移して、ベンチの上からスッと立ち上がった。視線の先では、エルス王子が歩いている。何かを考えるような顔で。ユエがその様子を見ている間も……彼女の視線に気づかないのか、学校の庭を黙々と歩きつづけていた。
ユエはその様子をしばらく見ていたが……彼女の中で何かが閃いたのだろう。普段の彼女なら決してやらないが、エルス王子の所に駈け寄って、その王子に「あの!」と話しかけた。彼女の声は意外と大きく、王子を驚かせるには十分な勢いがあった。
王子は、彼女の声に振り返った。
「なに?」
「お話があります」
ユエは、彼の目を見つめた。
「ちょっとお時間よろしいですか?」
王子も、彼女の目を見つめ返した。彼女の事はもちろん、知らない。制服の帯で同じ学年であるのは分かるが、それ以外の情報はまったく分からなかった。「灰色の髪が美しい」と言うくらい。彼女に抱いた感情は、「恐怖」よりも「緊張」の方が勝っていた。
「ごめん。ちょっと一人になりたいんだ」
「彼と……ネフテリア様の事で?」
王子は、その質問に目を見開いた。「どうして、知っているのだろう?」と。彼女とは、初対面の筈なのに。王子の中で、緊張が走った。
「君には、関係ない」
「関係あります!」
彼女の瞳が震える。
「あなたが彼女を好きなように、私も彼の事が好きなんです!」
心が動いた、気がする。彼の名前は、ぜんぜん分からないのに。王子には、その名前が本能的に分かってしまった。「彼女もまた、自分と同じ想い人なのである」と。
王子は心の動揺を抑え、あくまで冷静に、彼女の目を見つめた。
「君の名前は?」
「ユエ・パープルトンと言います」
「ユエさん、か。良い名前だね」
エルス王子は、お世辞を言わない。だから、素直に嬉しかった。
「ありがとうございます」
ユエはベンチの前まで戻って、空いている方に左手の掌を向けた。
「座って下さい」
「うん、ありがとう」
二人は丁度良い間を置いて、ベンチの上に座った。
「オーガンは……」
数秒の間。
「彼女の親友なんだ」
「そう、なんですか」
「うん。驚くかも知れないけど、僕が彼女と婚約していなければ」
「彼が彼女の婚約者になっていたかも知れない?」
無言でうなずく王子が切なかった。
「運命の悪戯さ」
「運命の……」
ユエは、その言葉にイライラした。
「それの所為で、多くの人が苦しめられている。王子もご存じでしょう? 彼女があなたに言い寄る女子達を」
「……それは」
「私は、彼女の事が嫌いです。みんなを苦しめる彼女の事が。だからこそ、今の彼女が許せないんです。『あなた』と言う人を忘れて。アレは、女の子が男の子を見る目です。今はまだ、『恋』は芽生えていないけど。その芽だって、いつ芽生えるか分からない。私は、それが悔しいんです。自分の召使いにも、格好いい男の子を選んで。彼女には、『恋』に対する誠実さが無いんです!」
そうまくし立てた彼女は、微かに涙ぐんでいた。
「私だって、彼に愛されたいのに……」
王子は彼女の隣に近寄り、その背中を優しく摩った。
「君の気持ちは、痛い程分かる」
二人は、午後の風にしばらく佇んだ。
「エルス王子」
「ん?」
「私、このままじゃ嫌です。彼が彼女に盗られるのは」
無言ではあったが、王子も内心でうなずいていた。
「でも……」
「王子!」
ユエは、王子の目を見つめた。
「協力しませんか? 私達」
「え?」と、驚く王子。「協力?」
「はい。二人で協力して、それぞれの想いを叶えるんです。あなたは彼女を独り占めし、私は彼の心を射止める。その為には!」
ユエは、ベンチの上から勢いよく立ち上がった。
「彼女の秘密を調べましょう」
「ネフテリアの秘密?」
「はい、彼女の秘密を。彼女には、私達の知らない秘密を持っています。昨日のアレを見ても分かるように。彼女は、誰も知れない彼の秘密を知っていました。『彼が心臓病である』と、普通なら絶対に知らない筈なのに」
王子は彼女の疑問に反論しようとしたが、最後は「分かった、協力する」とうなずいた。
聞き出した情報はどれも似たようなモノで、「ネフテリアはおそろしい」、「アイツとは、できるだけ関わらない方が良い」と言う情報だけ。それ以外の情報は、ほとんど得られなかった。焦りだけが募る。彼女の事を知りたいのに……集まるのは、彼女に脅える生徒達の声だけだった。
彼女は右手の備忘録を閉じ、悔しげな顔でベンチの上に座った。ベンチの上は冷たく、座っていると、何だか虚しい気持ちになった。「このまま彼女の情報が集まらなかったからどうしよう?」と。
彼女の秘密がもし、分からなかったら?
多くの人が不幸になってしまうかも知れない。
ネフテリアの毒牙に掛かって。彼女がエルス王子に好意を抱いているのは有名な話だが、それ故に彼女と関わるのは恐ろしかった。エルス王子と仲良く話すだけで、彼女に睨みつけられる。最悪の場合は、文字通りの標的にされた。
ネフテリアの嫌がらせはしつこく、相手がエルス王子を諦めるまで絶対に諦めない。文字通りの粘着質。彼女から嫌がらせを受けた所為で、エルス王子を諦めた女子達は、決して少なくなかった。
ユエは右手の備忘録を握り、自分の足下に目を落としたが、遠くから聞こえて来た足音に「ハッ」とすると、その足音に視線を移して、ベンチの上からスッと立ち上がった。視線の先では、エルス王子が歩いている。何かを考えるような顔で。ユエがその様子を見ている間も……彼女の視線に気づかないのか、学校の庭を黙々と歩きつづけていた。
ユエはその様子をしばらく見ていたが……彼女の中で何かが閃いたのだろう。普段の彼女なら決してやらないが、エルス王子の所に駈け寄って、その王子に「あの!」と話しかけた。彼女の声は意外と大きく、王子を驚かせるには十分な勢いがあった。
王子は、彼女の声に振り返った。
「なに?」
「お話があります」
ユエは、彼の目を見つめた。
「ちょっとお時間よろしいですか?」
王子も、彼女の目を見つめ返した。彼女の事はもちろん、知らない。制服の帯で同じ学年であるのは分かるが、それ以外の情報はまったく分からなかった。「灰色の髪が美しい」と言うくらい。彼女に抱いた感情は、「恐怖」よりも「緊張」の方が勝っていた。
「ごめん。ちょっと一人になりたいんだ」
「彼と……ネフテリア様の事で?」
王子は、その質問に目を見開いた。「どうして、知っているのだろう?」と。彼女とは、初対面の筈なのに。王子の中で、緊張が走った。
「君には、関係ない」
「関係あります!」
彼女の瞳が震える。
「あなたが彼女を好きなように、私も彼の事が好きなんです!」
心が動いた、気がする。彼の名前は、ぜんぜん分からないのに。王子には、その名前が本能的に分かってしまった。「彼女もまた、自分と同じ想い人なのである」と。
王子は心の動揺を抑え、あくまで冷静に、彼女の目を見つめた。
「君の名前は?」
「ユエ・パープルトンと言います」
「ユエさん、か。良い名前だね」
エルス王子は、お世辞を言わない。だから、素直に嬉しかった。
「ありがとうございます」
ユエはベンチの前まで戻って、空いている方に左手の掌を向けた。
「座って下さい」
「うん、ありがとう」
二人は丁度良い間を置いて、ベンチの上に座った。
「オーガンは……」
数秒の間。
「彼女の親友なんだ」
「そう、なんですか」
「うん。驚くかも知れないけど、僕が彼女と婚約していなければ」
「彼が彼女の婚約者になっていたかも知れない?」
無言でうなずく王子が切なかった。
「運命の悪戯さ」
「運命の……」
ユエは、その言葉にイライラした。
「それの所為で、多くの人が苦しめられている。王子もご存じでしょう? 彼女があなたに言い寄る女子達を」
「……それは」
「私は、彼女の事が嫌いです。みんなを苦しめる彼女の事が。だからこそ、今の彼女が許せないんです。『あなた』と言う人を忘れて。アレは、女の子が男の子を見る目です。今はまだ、『恋』は芽生えていないけど。その芽だって、いつ芽生えるか分からない。私は、それが悔しいんです。自分の召使いにも、格好いい男の子を選んで。彼女には、『恋』に対する誠実さが無いんです!」
そうまくし立てた彼女は、微かに涙ぐんでいた。
「私だって、彼に愛されたいのに……」
王子は彼女の隣に近寄り、その背中を優しく摩った。
「君の気持ちは、痛い程分かる」
二人は、午後の風にしばらく佇んだ。
「エルス王子」
「ん?」
「私、このままじゃ嫌です。彼が彼女に盗られるのは」
無言ではあったが、王子も内心でうなずいていた。
「でも……」
「王子!」
ユエは、王子の目を見つめた。
「協力しませんか? 私達」
「え?」と、驚く王子。「協力?」
「はい。二人で協力して、それぞれの想いを叶えるんです。あなたは彼女を独り占めし、私は彼の心を射止める。その為には!」
ユエは、ベンチの上から勢いよく立ち上がった。
「彼女の秘密を調べましょう」
「ネフテリアの秘密?」
「はい、彼女の秘密を。彼女には、私達の知らない秘密を持っています。昨日のアレを見ても分かるように。彼女は、誰も知れない彼の秘密を知っていました。『彼が心臓病である』と、普通なら絶対に知らない筈なのに」
王子は彼女の疑問に反論しようとしたが、最後は「分かった、協力する」とうなずいた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
【完結】本当の悪役令嬢とは
仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。
甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。
『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も
公爵家の本気というものを。
※HOT最高1位!ありがとうございます!
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる