2 / 15
逆行までのプロローグ
第2話 少女の絶望
しおりを挟む
学園の朝食は、いつも決まって七時だった。生徒達は各々のベッドから起きると、自分で着替えを済ませるか、あるいは召使いに着替えを手伝って貰うかして、今日の朝食に(一部を除く)胸を踊らせた。「今日の朝は、何が出るだろう」と。親元から離れ、寮生活をする彼等には、朝食は数少ない娯楽の一つだった。
彼等は部屋の中から出て、学園の食堂に向かった。学園の食堂は、彼等の寮から少し離れた所にある。いくつもの廊下を渡って。廊下の途中には様々な部屋があるが、空腹に支配された今の彼等には、本当にどうでも良い部屋だった。
生徒達は食堂の中に入ると、それぞれの場所(座る場所は、大概決まっている)に座って……エルス王子が食堂の中に入って来たのは、彼等が今日の朝食に肩を落とした時だった。
王子は「ニコッ」と笑って、いつもの場所に歩を進めた。
生徒達は(特に女子達は)、彼の姿に見惚れた。黄金に輝く髪、女子よりもきめ細やかな肌、「クス」と笑う美しい微笑み。
生徒達は、アレが自分達と同い年、17歳の少年とは思えないくらいに、彼の姿を凝視し、そしてまた、その姿自体に心を震わせていた。
「ああ、なんて美しいんだろう」
王子はその声に気づかないまま、いつものように「クス」と微笑んだが、ある少女の姿がない事に気づくと、顔の表情を変えて、椅子の上から立ち上がった。
「フィリアさん」の声を聞いたネフテリアは、彼の前にずる賢くも近づいた。「どうなされました?」
「ネフテリア……ああうん、ちょっとね」
あの、と言いかけた王子は、すぐに「何でも無い」と微笑んだ。
「少し気になる事があってね」
「そうですか」
少女は事情を知っているくせに、あえて知らない振りをした。
「お悩み事があるのでしたら、いつでも私にご相談ください。私は、貴方の味方ですから」
「うん、ありがとう。ネフテリア」
太陽のような笑顔だ。
その笑顔を見ると、昨日のアレが嘘のように思えてしまう。
ネフテリアは「クスッ」と笑いかえすと、得意げな顔で自分の席に戻って行った。
周りの生徒達は、その光景に嫉妬した。特に女子生徒達は(表立っては逆らえないが)明らかに不満げな顔で、彼女の事を罵ったり、あるいは「羨ましい」と嘆いたりした。
ネフテリアはそれらに声を無視し、尚も得意げな表情を浮かべつづけた。
「私と貴方達は違う。私は」
の続きを呟かなかったのは、王子を目があったから。そして「クスッ」と笑ったのは、王子が彼女に「ニコッ」と笑いかけたからだ。
二人は互いの顔をしばらく見合ったが、朝食の祈りがはじめると、その目をゆっくりと逸らし合って、祈りの言葉を静かに唱えはじめた。
朝食を食べ終えたのは、朝の七時半だった。彼女達は所定の場所に食器類を戻すと、昨日行った学校の隠し部屋に向かった。隠し部屋の中では、フィリアがすすり泣いていた。「う、ぐ、はっ」の声が響く。
少女達はその声に胸を痛めたが、ネフテリアは至って冷静だった。憎たらしい恋敵がどんなに泣いていようと、今の彼女には関係ない。今の彼女に関係あるのは、「昨日の仕置きがどれくらい効いたのか?」だった。口の縄を取って、フィリアの顔をじっと覗き込む。
「ふーん、相当泣いたようね。縄が涎だらけになっている」
ネフテリアは楽しげな顔で、彼女の腹に蹴りを入れた。
「う、ぐっ」と、フィリアが悶える。「ごめんな、さい」
「何が?」とあえて聞くネフテリアは、文字通りの鬼だった。「ごめんなさい、なの?」
「エルス王子に色目を使って。私は」
「もう、王子の事が好きじゃない?」
を聞いたフィリアの顔が、絶望に震えた。殺される。ここで「はい」と答えなければ、自分は彼女達に殺されてしまうだろう。誰もいない場所に連れて行かれて。そうなったらもう、自分は誰にも見つけられない。自分が愛する王子様にも。
フィリアは暗い顔で、彼女の質問に「はい」とうなずいた。
「もう好きじゃありません」
「もう色目は、使いません?」
「はい」の返事が切なかった。「もう、色目も使いません」
「そう」
ネフテリアは、周りの少女達に目配せした。
「解いてやって」
少女達は、彼女の指示に従った。
フィリアは、自由になった。少なくても身体は、自由に動かす事ができる。心の方にはまだ、強力な縄が残っているけれど。
彼女は疲れ切った顔で、ネフテリアの顔を一瞥したが、すぐに視線を逸らして、彼女にまた「ごめんなさい」と謝った。
ネフテリアは、彼女の謝罪に満足した。
「誰でも良いから、私の部屋に。王子には、上手い事誤魔化しておくから」
「わ、分かりました」と、うなずく少女達。少女達はフィリアを後ろにして、彼女の前からゆっくりと歩き出した。
ネフテリアは、遠ざかっていく彼女の背中にほくそ笑んだ。「これでまだ、邪魔者がいなくなった」と。彼女のような平民は、田舎の幼馴染と結ばれるのが幸せなのだ。叶わぬ夢なんか見ていないで。夢とは、それに見合った人間しか見てはならないのだ。
彼女の背中から視線を逸らす。
ネフテリアは「ニコッ」と笑って、王子の部屋に向かった。
彼等は部屋の中から出て、学園の食堂に向かった。学園の食堂は、彼等の寮から少し離れた所にある。いくつもの廊下を渡って。廊下の途中には様々な部屋があるが、空腹に支配された今の彼等には、本当にどうでも良い部屋だった。
生徒達は食堂の中に入ると、それぞれの場所(座る場所は、大概決まっている)に座って……エルス王子が食堂の中に入って来たのは、彼等が今日の朝食に肩を落とした時だった。
王子は「ニコッ」と笑って、いつもの場所に歩を進めた。
生徒達は(特に女子達は)、彼の姿に見惚れた。黄金に輝く髪、女子よりもきめ細やかな肌、「クス」と笑う美しい微笑み。
生徒達は、アレが自分達と同い年、17歳の少年とは思えないくらいに、彼の姿を凝視し、そしてまた、その姿自体に心を震わせていた。
「ああ、なんて美しいんだろう」
王子はその声に気づかないまま、いつものように「クス」と微笑んだが、ある少女の姿がない事に気づくと、顔の表情を変えて、椅子の上から立ち上がった。
「フィリアさん」の声を聞いたネフテリアは、彼の前にずる賢くも近づいた。「どうなされました?」
「ネフテリア……ああうん、ちょっとね」
あの、と言いかけた王子は、すぐに「何でも無い」と微笑んだ。
「少し気になる事があってね」
「そうですか」
少女は事情を知っているくせに、あえて知らない振りをした。
「お悩み事があるのでしたら、いつでも私にご相談ください。私は、貴方の味方ですから」
「うん、ありがとう。ネフテリア」
太陽のような笑顔だ。
その笑顔を見ると、昨日のアレが嘘のように思えてしまう。
ネフテリアは「クスッ」と笑いかえすと、得意げな顔で自分の席に戻って行った。
周りの生徒達は、その光景に嫉妬した。特に女子生徒達は(表立っては逆らえないが)明らかに不満げな顔で、彼女の事を罵ったり、あるいは「羨ましい」と嘆いたりした。
ネフテリアはそれらに声を無視し、尚も得意げな表情を浮かべつづけた。
「私と貴方達は違う。私は」
の続きを呟かなかったのは、王子を目があったから。そして「クスッ」と笑ったのは、王子が彼女に「ニコッ」と笑いかけたからだ。
二人は互いの顔をしばらく見合ったが、朝食の祈りがはじめると、その目をゆっくりと逸らし合って、祈りの言葉を静かに唱えはじめた。
朝食を食べ終えたのは、朝の七時半だった。彼女達は所定の場所に食器類を戻すと、昨日行った学校の隠し部屋に向かった。隠し部屋の中では、フィリアがすすり泣いていた。「う、ぐ、はっ」の声が響く。
少女達はその声に胸を痛めたが、ネフテリアは至って冷静だった。憎たらしい恋敵がどんなに泣いていようと、今の彼女には関係ない。今の彼女に関係あるのは、「昨日の仕置きがどれくらい効いたのか?」だった。口の縄を取って、フィリアの顔をじっと覗き込む。
「ふーん、相当泣いたようね。縄が涎だらけになっている」
ネフテリアは楽しげな顔で、彼女の腹に蹴りを入れた。
「う、ぐっ」と、フィリアが悶える。「ごめんな、さい」
「何が?」とあえて聞くネフテリアは、文字通りの鬼だった。「ごめんなさい、なの?」
「エルス王子に色目を使って。私は」
「もう、王子の事が好きじゃない?」
を聞いたフィリアの顔が、絶望に震えた。殺される。ここで「はい」と答えなければ、自分は彼女達に殺されてしまうだろう。誰もいない場所に連れて行かれて。そうなったらもう、自分は誰にも見つけられない。自分が愛する王子様にも。
フィリアは暗い顔で、彼女の質問に「はい」とうなずいた。
「もう好きじゃありません」
「もう色目は、使いません?」
「はい」の返事が切なかった。「もう、色目も使いません」
「そう」
ネフテリアは、周りの少女達に目配せした。
「解いてやって」
少女達は、彼女の指示に従った。
フィリアは、自由になった。少なくても身体は、自由に動かす事ができる。心の方にはまだ、強力な縄が残っているけれど。
彼女は疲れ切った顔で、ネフテリアの顔を一瞥したが、すぐに視線を逸らして、彼女にまた「ごめんなさい」と謝った。
ネフテリアは、彼女の謝罪に満足した。
「誰でも良いから、私の部屋に。王子には、上手い事誤魔化しておくから」
「わ、分かりました」と、うなずく少女達。少女達はフィリアを後ろにして、彼女の前からゆっくりと歩き出した。
ネフテリアは、遠ざかっていく彼女の背中にほくそ笑んだ。「これでまだ、邪魔者がいなくなった」と。彼女のような平民は、田舎の幼馴染と結ばれるのが幸せなのだ。叶わぬ夢なんか見ていないで。夢とは、それに見合った人間しか見てはならないのだ。
彼女の背中から視線を逸らす。
ネフテリアは「ニコッ」と笑って、王子の部屋に向かった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
【完結】本当の悪役令嬢とは
仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。
甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。
『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も
公爵家の本気というものを。
※HOT最高1位!ありがとうございます!
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる