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顔の腫れも引き、大学にもバイトにも行くようになった、ある日。健斗の口数が少なくなっていることに気づいた。
普段から喋る奴じゃないからわからなかったが、時折物憂げな表情でじっと俺を見ているから「なんだよ?」と訊くと、そっと目を逸らして「なんでもない」と返す。健斗はそれ以上喋らず、気づまりな沈黙が流れて、いつもと違う雰囲気に戸惑った。
一緒に飯を食ったり、テレビを見たり普段通りに過ごしていたが、俺が訊けば普通に返事もするし、喋ったりするが、前ほど笑わない。
かと思えば、いきなりジムに行くことにしたと言ってきて、俺が大学やバイトに行っている間に、時間を見つけてはせっせと通っているらしい。
インドアな健斗がジム!? と最初は随分驚いたものだが、どうやら自分の不摂生な生活の改善と体力をつけて肉体改造を目指しているらしく、週に何度か定期的に通っているようだ。
電車に乗るにも緊張していた健斗が、こうして外に出ることに積極的になってくれたのは大きな進歩だ。前は自分の殻に閉じこもって、見かけも内面も陰気だったのに、外見にも気を遣うようになって、行動範囲も広がりかなり前向きになっている。
いい方へ向かっている……そう感じるのに、俺と健斗の間には見えない蟠りのようなものができていた。
口数が少なくなった、あまり笑わなくなった、それも気になるが、一番は俺がどこに行くのかいつ帰って来るのかしつこいくらいに訊いてくるようになったことだろう。
なんでそんなこといちいち訊くんだよ、と返せば心配だからと言い返す。子供じゃないんだからと言っても、健斗は茶化している様子でもなく大真面目に、星矢くんが気になって仕事が手につかないから、と言ってきかない。
心配性も度を過ぎると、鬱陶しいというより息苦しい。あまり友人に相談しない俺がつい口からぽろっと「こういうのって束縛っていうのか……」とため息交じりに呟いてしまい、聞いていた友人がどうした? と反応したから、つい付き合っている奴が……とこれまでの経緯を話した。もちろん付き合っている相手は男だとは言わずに、所々端折って打ち明けると「それやばい女だ」と友人たちは騒ぎ立てた。ストーカー気質だの執念深いだの、早く別れた方がいい、とまで言われた。
健斗とは別れるつもりもないし、取り立てて執念深いとも思わない。ただ、俺が怪我をしてきたことによって、少し不安になって神経質になっているだけだと思う。
バイトを終えて帰ろうとしたら、よく一緒のシフトになる女性とタイミングよく出口でばったり会った。
「お疲れ。今日も疲れたね」
そう言って彼女は、眠そうに目を擦ってふっと微笑んだ。
「はい。疲れました」
大人しく頷いて答えると、彼女は背伸びをして俺の顔を覗き込む。
「怪我、よくなってよかったね」
「たいしたことないですよ、あんなの」
「生田君、綺麗な肌なんだから傷残ったら大変じゃん」
「別に男なんで……一人で駅まで行くんすか?」
オフィス街が近いこの辺は、深夜になるとめっきり人が少なくなる。
「え、うん。そうだよ」
「じゃあ、送ります」
「いいよ、いつも一人なんだし。生田君、反対方向でしょ?」
胸の前で大きく手を振って、恥じらったように笑う彼女に、少し強引ではあるが気になったんできっぱりと言った。
「危ないんで、一緒に行きます」
「生田君……」
彼女は少し顔を赤らめて俯いた。
そのとき、暗がりからのそっと男が現れた。幽霊のようにふらりと出てきたので、飛びのくほど驚いた。ただその相手が知った相手だったため、ほっと胸を撫で下ろしたが、まだ胸がバクバクいっている。
「健斗」
健斗は恨みがましそうに俺をじっと見ていたかと思うと、くるりと踵を返し走っていく。
なんで逃げるんだ!? と思い、追いかけようとしたが、彼女を駅まで送ると言った手前行けないし、健斗の背中を見つめ、彼女の顔を見つめ、諦めてため息をついた。
「駅まで送ります」
「いいの? さっきの人……」
彼女も同じように見えなくなった健斗の姿を探しているように、暗い歩道を見ている。
「あいつ、俺の隣に住んでる奴なんで、帰ったらドア叩きます」
ほっとしたように彼女は笑って、俯きながらゆっくり歩く。その顔がとても嬉しそうなので、ちょっとまずったかなあと思う。恋愛感情があって彼女を送ると言ったわけでもないし、純粋に身を案じて駅まで歩くだけなのに、誤解されたら困る。
それに、健斗のあの態度と表情は絶対に誤解した。早く彼女を駅まで送って行って、健斗に会いに行きたい。
駅までつくと、何か言いたそうにしている彼女に「それじゃ」と言うなり、背を向けて走る。何か変なことを考えていませんように、そう思いながら家路を急いだ。
普段から喋る奴じゃないからわからなかったが、時折物憂げな表情でじっと俺を見ているから「なんだよ?」と訊くと、そっと目を逸らして「なんでもない」と返す。健斗はそれ以上喋らず、気づまりな沈黙が流れて、いつもと違う雰囲気に戸惑った。
一緒に飯を食ったり、テレビを見たり普段通りに過ごしていたが、俺が訊けば普通に返事もするし、喋ったりするが、前ほど笑わない。
かと思えば、いきなりジムに行くことにしたと言ってきて、俺が大学やバイトに行っている間に、時間を見つけてはせっせと通っているらしい。
インドアな健斗がジム!? と最初は随分驚いたものだが、どうやら自分の不摂生な生活の改善と体力をつけて肉体改造を目指しているらしく、週に何度か定期的に通っているようだ。
電車に乗るにも緊張していた健斗が、こうして外に出ることに積極的になってくれたのは大きな進歩だ。前は自分の殻に閉じこもって、見かけも内面も陰気だったのに、外見にも気を遣うようになって、行動範囲も広がりかなり前向きになっている。
いい方へ向かっている……そう感じるのに、俺と健斗の間には見えない蟠りのようなものができていた。
口数が少なくなった、あまり笑わなくなった、それも気になるが、一番は俺がどこに行くのかいつ帰って来るのかしつこいくらいに訊いてくるようになったことだろう。
なんでそんなこといちいち訊くんだよ、と返せば心配だからと言い返す。子供じゃないんだからと言っても、健斗は茶化している様子でもなく大真面目に、星矢くんが気になって仕事が手につかないから、と言ってきかない。
心配性も度を過ぎると、鬱陶しいというより息苦しい。あまり友人に相談しない俺がつい口からぽろっと「こういうのって束縛っていうのか……」とため息交じりに呟いてしまい、聞いていた友人がどうした? と反応したから、つい付き合っている奴が……とこれまでの経緯を話した。もちろん付き合っている相手は男だとは言わずに、所々端折って打ち明けると「それやばい女だ」と友人たちは騒ぎ立てた。ストーカー気質だの執念深いだの、早く別れた方がいい、とまで言われた。
健斗とは別れるつもりもないし、取り立てて執念深いとも思わない。ただ、俺が怪我をしてきたことによって、少し不安になって神経質になっているだけだと思う。
バイトを終えて帰ろうとしたら、よく一緒のシフトになる女性とタイミングよく出口でばったり会った。
「お疲れ。今日も疲れたね」
そう言って彼女は、眠そうに目を擦ってふっと微笑んだ。
「はい。疲れました」
大人しく頷いて答えると、彼女は背伸びをして俺の顔を覗き込む。
「怪我、よくなってよかったね」
「たいしたことないですよ、あんなの」
「生田君、綺麗な肌なんだから傷残ったら大変じゃん」
「別に男なんで……一人で駅まで行くんすか?」
オフィス街が近いこの辺は、深夜になるとめっきり人が少なくなる。
「え、うん。そうだよ」
「じゃあ、送ります」
「いいよ、いつも一人なんだし。生田君、反対方向でしょ?」
胸の前で大きく手を振って、恥じらったように笑う彼女に、少し強引ではあるが気になったんできっぱりと言った。
「危ないんで、一緒に行きます」
「生田君……」
彼女は少し顔を赤らめて俯いた。
そのとき、暗がりからのそっと男が現れた。幽霊のようにふらりと出てきたので、飛びのくほど驚いた。ただその相手が知った相手だったため、ほっと胸を撫で下ろしたが、まだ胸がバクバクいっている。
「健斗」
健斗は恨みがましそうに俺をじっと見ていたかと思うと、くるりと踵を返し走っていく。
なんで逃げるんだ!? と思い、追いかけようとしたが、彼女を駅まで送ると言った手前行けないし、健斗の背中を見つめ、彼女の顔を見つめ、諦めてため息をついた。
「駅まで送ります」
「いいの? さっきの人……」
彼女も同じように見えなくなった健斗の姿を探しているように、暗い歩道を見ている。
「あいつ、俺の隣に住んでる奴なんで、帰ったらドア叩きます」
ほっとしたように彼女は笑って、俯きながらゆっくり歩く。その顔がとても嬉しそうなので、ちょっとまずったかなあと思う。恋愛感情があって彼女を送ると言ったわけでもないし、純粋に身を案じて駅まで歩くだけなのに、誤解されたら困る。
それに、健斗のあの態度と表情は絶対に誤解した。早く彼女を駅まで送って行って、健斗に会いに行きたい。
駅までつくと、何か言いたそうにしている彼女に「それじゃ」と言うなり、背を向けて走る。何か変なことを考えていませんように、そう思いながら家路を急いだ。
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