人気俳優と恋に落ちたら

山吹レイ

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【番外編】人気俳優が恋に落ちたら(中編)

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 翌朝、アラームに起こされることもなく、すっきりとした気分で目が覚めた。
 腕の中の恋人は、穏やかに肩が上下している。深い眠りについているのか、身じろぎしてベッドが深く沈んでも動かない。
 深く匂いを嗅ぎながら首筋に鼻と唇を押し当て、行理の下着から手を入れる。
 直に触れたそこは温かく、眠っている当人のようにぐったりしていたが、やんわりと揉んで根元まで扱けば、ぴくりと反応した。それと肩も一瞬動く。
 首筋から肩まで滑らせるように舌を這わせて、尻に腰を押しつけると、今度は腕が後ろに動く。さらに行理のものを手の中で動かせば、そこは芯を持って鈍く勃ち上がった。
「……ん? 為純?」
 まだ夢の中にいるような声で名前を呼ぶ。甘えた仕草で足をすりすりと絡ませて、快感に浸っているような満足げな息をつく。
「朝から……元気だなあ」
 そう言いつつも、行理は尻を俺の腰に擦りつけてきた。後ろを指で探ると、しっとりと濡れていたそこは、迎え入れた指を熱く締めつける。それが合図となり、指を抜きコンドームを被せるとすぐさま背後から体内に押し入った。
「ん……」
 鼻から抜けたような吐息を漏らし、シーツを握り締めた行理の手に手を重ねて、ゆっくりと腰を引き、再び根元まで埋めた。
 行理の中は、あまりにも心地がよく、すぐに達してしまいそうになる。動きに合わせて締めたり緩めたりして翻弄する行理を、牽制するように肩に甘く歯を立てた。途端に根元まで包み込んだまま、一層締めつけてくる。
 締めつけを味わいながら緩慢な動きで打ち付けていると、耐え切れないように行理は声をあげた。
「あっ……」
 行理はこういうとき、あまり声をあげない。唇を噛んで、息を詰めている。はしたないと思っているのか、それともあげたくはないのか……気持ちがいいときはいいと言葉にして伝えるので、もしかしたら俺に聞かせたくないだけかもしれない。
 感じている証拠なので、いくらでも自由に振舞って欲しいと思うが、これだけは強いこだわりがあるようで、今もすぐに声を押し殺してしまった。腰の動きを強めてもそれは変わらない。
 限界まで近づき、腰を押し付けたまま吐精すると、ときを同じくして行理の体がぶるぶる震えて俺のものを搾り取るように強く締めつけた。
 行理が達した証を手で探りながら扱くと、また腰を揺らす。
 最後の一滴まで搾り取るような動きを楽しみながら、上半身だけ振り向いた行理の唇にキスをした。噛みしめた跡をなぞるように唇を重ねる。
 ぬるりと体内から抜けて、乱れた後もそのままにキスを貪る。
 行理は上気した顔で柔らかな笑みを浮かべて俺の髪を梳いた。
 突如、淫靡な空気を壊すかのように、行理の腹の虫が鳴る。
 彼はこう見えて俺以上に食べる。甘いものなどはあまり食べないが、食事はかなり多めに作ってもぺろりと平らげてしまう。
「めしにするか」
「賛成」
 体を離すと行理は勢いよく起き上がって背伸びをする。そしてベッドから立ち上がり、カーテンを開けて外を見るなり「雪だ」と声をあげた。
 目を向けると、白い綿毛のようなものが舞いながら降っているのが見える。
「寒いはずだ」
 行理とくっついているときは温かいが、離れてしまうと体だけではなく心まで隙間風が入り込んでくるようだった。
 行理は素早く服を身に着けるとシーツやパジャマを丸めて持っている。シャツとジーンズという薄着でも寒くないのか、子供のように元気である。
 対して俺はシャツの上にセーターを着て、さらに厚手のカーディガンを羽織る。
 朝食は、定番のベーコンとレタスとトマトのサンドイッチに、行理が焼いた目玉焼きとコーヒーだ。今日はキウイフルーツもあるのでヨーグルトをかけてデザートにした。
 行理はさっそくサンドイッチにかぶりついて「うまい」と破顔する。いつもは慌ただしい朝も、今日はゆっくりと流れる。
「洗濯が終わったら、初詣行く?」
 行理は手についたバターを舌で舐める。その仕草に一瞬目を奪われる。
「行理はどうしたい?」
「もちろん行く」
 コーヒーを飲んでにんまりと笑った。屈託ない笑顔が、堪らなく眩しい。行理は、どんなときでも燦燦と輝く太陽のような存在だ。自分の周りだけはなく、俺の道をも照らしてくれる。こういう人間だからアイドルになれるのだろう。
 洗濯を終える間に、部屋の片づけや掃除をする。ついでにトイレやバスルームを磨いたり、キッチンや洗面所など水回りを綺麗にして回った。大掃除とまではいかないが、年末は忙しかったのでこういうときではないとできない。あまりまめではない行理は「えー?」とか「面倒くさい」とか言っていたが、俺と一緒だったらやると渋々手を貸す。料理もそうだが、掃除もあまり得意ではない行理は、必要最低限しかやらない。
 一緒にいる時間が長くなるにつれて、はじめて知ったことだ。
 昼過ぎにマンションを出ると、もう雪は止んでいて路面が濡れているだけだった。
「ちょっと残念」
 薄手のジャケットを羽織っただけの行理が空を見上げる。コートにマフラーを巻いた俺は隣を歩きつつ肩をすくめる。
「やんでよかったじゃないか」
「そうだけど……」
 二人してゆっくりと並んで歩く。手を伸ばすと、行理は嬉しそうに手を繋いできた。
 正月ということもあり街はそれほど人がいるようにも見えないが、それでも近場の神社に向かうにつれて人が多くなってくる。身を寄せはぐれないように手を繋いだまま境内に入る。
 たくさん人がいるが誰も俺たちに目を止めない。一瞬すれ違いざま不特定多数の人と目が合うが簡単に素通りしてしまう。こういう場は堂々としているに限る。
 参拝を待つ列に並び、これが終わったらどこかで遅い昼食を食べようと行理と話をする。すぐに帰って二人きりの時間を過ごしたいのもあったが、今日明日と時間はたっぷりとある。焦る必要はない。
 順番が回ってきたので、そのときだけは手を離し、二人並んで拝み、終わると再び手を繋いだ。
「為純が寒がりなのもあるけど、手が冷たいなあ」
 行理が俺の手をにぎにぎする。一瞬離れただけの手がすぐに冷たくなっていた。
「まあ、手が冷たい人は心が温かいっていうから……」
 そう言って微笑む行理に、俺は緩く頭を振る。
「心が温かい人は俺じゃなく行理だ」
 幼いころから、他人に心を許したことはない俺が温かい人だとは思えない。必要とあらば他人を蹴落とすし、悪口や陰口は叩かないが、この業界、他人に情けをかけても自分が報われるとは限らない。かえって飛び火する場合もある。信じられるのは己のみ。マネージャーの矢田は俺の家庭の事情もある程度は知っている。サポートをしてくれるが必要以上話さなかった。行理が随分懐いているようだが、俺は簡単に心を開けない。長年側にいる矢田がそうなのだから、他の人間はなおさらだ。それを考えれば、行理という恋人ができたこと自体奇跡のようなものだった。
 神は信じないが、このときばかりは祈りも自然と行理との幸せがこの先もずっと続くことを願った。
 行理は俺の目を見て「見えないだけで、為純は温かいんだけどなあ」と呟いた。
「行理だけが知っていればいいさ」
 嘘でもなく本心からそう囁いて、行理の体を引き寄せる。彼は薄着にもかかわらず、温かかった。
 神社を後にし、遅い昼食を近場の和食店で済ませる。二人で食事する場所は必ず個室がある場所と決まっている。それは、付き合う振りをしている頃から変わらない。
 その後、スーパーで食料を大量に買い込んで帰路についた。
 マンションのドアを閉じるなり、その場で二人、キスを交わす。買って来たものが手から落ちたが、構わずに唇に吸いつくと、行理は苦しそうに息を吐いた。
 ちゅっと音を立てて唇を離し、行理の目の中にある快楽を見出す。
 出会ってから半年以上経ち、恋人になってからまだ一か月ほど。行理への情熱は消えることはない。いつだって欲しい。匂いに浸りながら体内に埋めたい気持ちを堪えるのに必死だ。
 ここまで気持ちを乱す相手ははじめてだった。
「する?」
 濡れた唇が蠱惑的に訊く。行理は俺に対する欲望を隠さない。
「ここじゃゴムがない。それに玉子が潰れそうだ」
 行理ははっとして床に落ちた買い物袋を覗き込む。
「玉子、割れてないよな!? 明日から玉子焼きに挑戦しようと思ってたのに!」
 二パック買ってきた玉子を大切そうに持ち上げて状態を確認する。
「よかった、割れてない」
 ほっと安堵した行理は、照れたように顔を赤くした。
「こんなとこで盛る必要もないのに……キスされると、つい盛り上がっちゃうんだよな」
「行理に誘われたら断れない」
「今断ったじゃん」
「ゴムがあったらしてた」
「なん……」
 絶句した行理が顔を赤らめたまま睨み付ける。
「もう、やめよう。この話。恥ずかしくなってきた。為純、そっち持ってきて」
 買って来たものを持った行理が先にキッチンに行く。他の買い物袋を両手にぶら下げてその後をついていく。
 冷蔵庫に入りきれないほど買い込んだ食料は、おせちや新鮮な刺身、分厚いステーキや蟹など、豪華なものばかりだ。それも多分、行理にかかれば、今日、明日できっとなくなる。
「今夜はおせちと刺身、蟹鍋」
 弾んだ声で冷蔵庫にしまう行理の頭の中は、もう夕食のことでいっぱいだ。
「もう作りはじめる?」
 手伝う気満々の行理に、俺は苦笑してコートを脱いだ。行理が色気より食い気を優先させたら、もう覆らない。
「まずはコーヒーでも飲んで一息つきたい」
「あ、そうだよな」
 慣れた手つきでコーヒーメーカーをセットする。
 熱いコーヒーをマグカップに注ぎ、立ったまま一口飲む。体が温まっていくのを感じ、もう一口飲んだ。マグカップを持った指先も次第に温かくなってくる。
「おせちはそのまま出せばいい。刺身も皿に移すだけだ。問題は蟹鍋だな」
「へえ……」
 わかっていないような生返事で、行理は相槌を打つ。
「先に作っておけば、食べる前に温めればいいだけだ」
「いいんじゃないか、それで。今夜は為純の時代劇のドラマも入るし。観ながら食べたい」
 行理はコーヒーも残ったまま二人のエプロンを手に持つ。俺を見上げる目がきらきらしている。
 鍋なら早めに作っておいてもいいので、行理の期待に添うようにエプロンを手に取る。
 二人で並んで立つとキッチンも狭い。ただ鍋なので複雑な作業はない。切った食材を鍋に入れて煮込むだけだ。
「これに、玉子焼きもつけちゃう?」
「焼いてみるか?」
「よっし、やってやる」
 袖捲りした行理は玉子を割って白身を切るように素早く混ぜる。
「動画で何度も見た。予習はばっちり」
 意気込んでいた行理も、手順が進むにつれて「あれ?」と困惑した声で焦りだした。
 俺は余計なことは言わずに側で見守った。
「うまく巻けない!」
 出来上がった目玉焼きは焦げたスクランブルエッグのような状態で、行理は悲しげに肩を落としていた。
「最初からうまくやれる奴はいない」
「うう……できると思ったのになあ……」
 箸で切り分けて一口食べてみると、若干ぱさぱさはしているがうまい。そんなに落ち込むことはない。所詮玉子焼きだ。
 もう一口箸で摘まんで行理の口に近づける。見つめる目に悲壮感が宿っている。
 気乗りしない様子で口を開けた行理は、自分が作った玉子焼きを咀嚼して「おいしい」と呟いた。見た目はどうであれ、食べられるなら問題ない。
 結局全部、行理が平らげて、残っていたコーヒーを飲み干した後、真剣な表情で料理の動画を確認する。
「風呂はどうする? 先に入っておくか?」
 聞いていないかと思っていたら、眉間に皺を寄せて動画を見つつ「入る」と返事をした。
 携帯電話を持ったまま、風呂場に向かった行理に苦笑する。
 こだわりはそこまで強くないと思っていたが、根が頑固かつ努力家なので、そう遠くない先に完璧な玉子焼きができるだろう。それまで、毎日玉子焼きが食卓に出てくると思うが最後まで付き合うしかない。
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