人気俳優と恋に落ちたら

山吹レイ

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優しさと温もり

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 どれだけそうしていたのか……加賀が「行理! 何があった!?」と言う声に我に返って目を瞬かせた。
「加賀さん?」
 目の前に加賀がいて俺の腕を掴んでいる。冷たい地面の上にへたり込んでいた俺は、立て続けにくしゃみをして寒さにぶるっと震えた。
「とりあえず、中に入ろう」
 立ち上がり、一緒にエントランスに入ると、加賀は気遣うような様子で肩を摩ってくる。
「戻ってきた藍が大変なことをしてしまったと謝っていた」
 ちゃんと藍が自宅に戻ったことにほっとしつつ、加賀は彼女から話を聞いて俺のことが心配になってここに来たのだと知る。仕事でも沢山迷惑をかけているのに、プライベートでも心配させて申し訳なかった。
「藍ちゃんには心配ないからと言っておいて」
 藍の姿を思い浮かべようとしたが、脳裏に浮かんだのは、去って行った為純の後姿だった。胸の痛みをこらえて加賀に頭を下げる。
「加賀さんも迷惑をかけてすみませんでした。もう、大丈夫なので……」
「行理」
 早く一人になりたかった。それに加賀にまでこんな脆い姿を見られたくないと思っていたのに、俺の名を呼ぶ声はひたすら優しかった。
 顔を上げると、加賀は「一緒に部屋に行くよ」と微笑んだ。
 一緒にエレベーターに乗りながら、何も聞かない加賀の横顔を見つめる。彼には隠しごとはできない。どんなときも守ってくれた加賀にはすべてを話さなければならない。
「……藍ちゃんから好きだったと言われました」
「そうか……」
 もっと驚くかと思ったのに、加賀の声は淡々としていた。
「……知っていたんですか?」
「本人から聞いたわけじゃないよ。藍は……幼い頃とある事件に巻き込まれて男性が苦手になったんだ。それなのに、行理が相手だと嬉しそうに手に触れたり抱き付いたりしていたから、おのずと察していた」
「そうなんですね……」
「行理は藍を意識しているようには見えなかったし、同じバース性というのもあって、それなりの友好関係を認めていた。まあ、あまり行理のマンションで二人きりというのはよくないとは思っていたけど、間違いは犯さないと信頼していたんだよ」
「しません。間違いなんて」
「うん、君は藍を傷つけることなんてしないと信じている」
 エレベーターを降りて部屋の前まで来ると、ドアを開けて加賀を「どうぞ」と室内へ促した。加賀は部屋の前まで来たことは何度もあるが、中に入れたことはそれほど多くない。それももうデビューする前の話だ。
 二人部屋の中に入って座ると、俺はどう為純のことを話そうかと頭の中で考えた。
「藍は、君のマンションの前で二人きりでいたから、彼に誤解されたと言っていたよ」
 加賀は俺の躊躇いを見て言いにくいことだと思ったのか、先に切り出してくれた。ありがたいと思って話を続ける。
「誤解はその……藍ちゃんのことは、ただの友人で疚しいことは何もないのできっぱりと否定できるんですけど……それとは別の問題があって……俺と為純の関係が終わるかもしれません」
 口に出して言うと辛くて落ち込んでいると、加賀は一瞬沈黙した後「もしかして……振った?」と訊いてきた。
「振ってません。どちらかというと俺が振られたかもしれません」
 情けない顔で首を横に振る俺に、加賀は労わるように優しい顔つきになる。
「どういうことか説明できる?」
「はい……」
 俺は為純と過ごしてきた日々を思い出しながら、それなりに仲良く過ごしてきたこと、それから二人の関係が順調だったことも伝えた。
「それでオメガだということも言ってなかったんです。でも藍ちゃんとの会話からばれて……」
「そうか、オメガ嫌いだったのか……でも不思議だね。行理のことはオメガだとわからなかったんだ?」
「はい。最初アルファだと思ってたみたいで、でもアルファじゃないとわかってからベータだと思っていたようです」
「オメガに見えなかったか……でも俺も最初、行理のことアルファだと思っていたから、気持ちはわかるかも」
「そうだったんですか?」
「うん、きらきらしたオーラがアルファに見えた」
「そういえば……よく周りの人に勘違いされたりしました」
「だろうね」
 俺はゆっくりと膝を抱えて顔を伏せる。思い出しても辛いことだとわかっていても、為純の最後に見た顔が忘れられない。いつもどんなときでも堂々として余裕さえ見せていた完璧な男が、取り繕えないくらい動揺して傷ついた顔をしていた。
「……行理がそこまで落ち込んでいるということは、それなりに情を感じていたんだね」
「情というか……」
 言い淀むと加賀が先に言った。
「好きだった?」
「……はい。好きになっていました」
 はじめて好きだと口に出すと、彼に対する想いが切ないほど溢れてきた。本当に為純が好きで好きで……一緒にいたいと願っていた。
「なんとなく気づいてたよ。彼と付き合うようになってから、いつになく頑張っていたし、眩しいほど煌めいていた」
 加賀は本当に鋭い。俺自身も言葉に出せなかった想いをすでに感じ取っていたのだ。
「いい関係が築けているなら、このまま付き合うふりを続けてもいいかなと思ってた」
「すみません」
「謝ることじゃない。言いたくても言えなかったんだから仕方がない」
 加賀は一瞬考えてから、俺に訊く。
「彼のほうから何か動きはあるかな?」
「わかりません。ただ……こういう関係をやめようと言われました」
 加賀はもう為純の次の動きを見極めようとしている。非情にも思えるが、キスシーンの写真が出回ったときに後手に回って何もできなかったことを思えば、早い情報で先手を考えておきたい気持ちもわかる。それが俺を守ることにもなるからだ。
「もし……仲直りができるならしたい?」
「もちろん……でも、無理だと思います。かなり傷つけたので……」
「そうか……」
 加賀がこれからのことを考えている以上、俺も弱音を吐かずにしっかりとしなければならない。
「為純との関係を訊かれたら、どうすればいいでしょうか?」
「そうだな……彼が別れたとか公表しないのであれば、このままでいいと思う。でもはっきり終わりを公表したら……そのときは一緒に対応を考えよう。一人で悩まないように、いいね」
「はい。ありがとうございます」
 加賀の優しさがこれほど身に染みたことはない。いつも迷惑をかけているのに、嫌がらずにフォローに回ってくれる加賀には感謝の気持ちでいっぱいだ。
「ただね……もう少し彼を待ってもいいような気もする。今は無理でも話し合えるときを待とうよ」
「待って……どうにかなるものでしょうか?」
「それはわからないけど……ほら、喧嘩したときはお互い傷つけあったりすれ違ったりするけど、時間が経てば考えも変わって後悔したりするでしょ」
 あんな姿を見た後の俺には、為純の考えが変わるとはとてもではないが思えなかった。でも加賀がそう言うので曖昧に頷く。
「もう少し様子をみようよ」
 励ますように肩を叩いた加賀は「明日の仕事、迎えに来るよ」と立ち上がった。
「え、いや、でも悪いです」
「気にしないで」
 玄関に向かう加賀を見送る。靴を履いた加賀が振り返った。
「行理、仕事頑張ろう。ここまで来たんだ。まだまだ君たちは上へ行ける。そのためのサポートは惜しまないから」
「はい。ありがとうございます」
 深く頭を下げると、今まで我慢していた涙がぽたりと床に零れる。顔を見られたくなくて、俺は加賀がドアを閉めて部屋を出て行くまで頭を下げたままでいた。
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