人気俳優と恋に落ちたら

山吹レイ

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マンションにて

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 夜九時ちょうどに為純が俺のマンションに来た。手に持ってきた袋を俺の前に差し出したので、受け取って中を見ると、弁当や惣菜が入ってある。
「腹が減ったんで買ってきた」
「あ、ありがとう」
 テーブルの上に惣菜を出して、飲み物は水とお茶のペットボトルを並べた。
 てっきり話をするだけだと思っていたのに、意外にも食事をしながら穏やかにテーブルを囲む。
 ただ、自分の部屋なのに、自分の部屋じゃないような異質感。
 俺一人では十分な広さも、為純がいると急に狭く感じて、それは彼が長身というのもあるかもしれないが、やはり彼自身の存在が特異であると思わざるを得ない。こんな場所で普通に食事をして話をしている。それだけで違和感を覚えてしまう。
 今日の為純は髪をハーフアップにしていて、きりっとした男らしい顔におくれ毛がかかりセクシーな雰囲気が漂う。色男はどんな髪型をしても魅力的に見えるから徳だ。
 はじめて入る他人の部屋でも、くつろいだ様子で小さなテーブルの前に胡坐をかいて座っている為純に、不思議な感覚を覚えながら「そっちでも俺らの交際の発表したんだな」と訊く。
「そちらの事務所の発表が早かっただけで、元々するつもりだったそうだ」
 為純が所属している事務所は、数多の大御所俳優が在籍している大手芸能プロダクション。もしかしたら、為純が俺との関係性を仄めかした時点でもう対策を講じていたのかもしれない。
「なあ、動画でも見たけど、なんで記者にあんなこと言ったんだ。いい関係を続けたいとか……どう考えても誤解されるし、誤魔化す方法はいくらでもあったんじゃないか?」
 これは俺にとって大きな疑問だった。
 為純は、箸を置いてお茶を一口飲む。微笑んでいるのか、それとも自嘲しているのか、わからない表情で「素行のせいだろうな」と答える。
 意味がわからない。
「今までたびたび共演者と噂されたり写真を撮られてきた。そのつど事務所から小言を食らい、これ以上こんなことを続けるようならもう庇えないと言われていた。そんなとき、あの写真が出回ったから、まあ、なんとかなるかと思って言ったんだ」
 そう言えば、料亭でもそんなことを言っていたような気がする。あまり気にも留めなかったがこういうことだったのだ。だが、言うにしてもあまりにも考えなしの言葉だ。
「本当に素行の悪さが原因だったんだな。俺のことは考えなかった?」
「誰か知らなかった」
 やはり俺の存在を知らなかった。というより、知っていようがいまいが、俺のことなどどうでもよかったように聞こえる。実際、そうなのだろう。
 本当にろくでもない男、そう思った俺は間違っていなかった。
 急に食欲がうせて箸を置く。この男のことを考えるだけ無駄なような気がする。話し合いすら意味がないかもしれない、そう思うのは為純に反省の色がないからだ。
「こうなったんだ。最後まで付き合う」
 淡々とした声が憎い。
「……もうさ、やめにしてもいんじゃないか?」
「公表した後にか?」
「くっそ……」
 言い返されて悪態をつく。その様子を喉で笑って為純は言った。
「世間ではクールな王子って言われてるんだって? 見た目と随分ちがう」
「そっちもな」
 ついかっとしたことを指摘されて顔が赤くなる。この男と一緒にいるといつもと違う自分が出てくる。普段腹を立てたり怒ったりすることはほとんどないのに、為純が相手だと、言い返したくなったり声を荒げてしまう。
 お茶を一口飲んで気分を落ち着かせてから、もう一つ気になっていたことを訊く。
「あのクラブにいた女性とは付き合っていないのか?」
「友人だ」
 胡散臭い友人発言に、どういう友人なのか言わずとも察する。
「今、付き合ってる相手とかいないのかよ」
「いたら、こんなことできないだろ。そっちは? あの男とは付き合ってるんじゃないのか?」
 まさか、高橋のことを訊かれるとは思ってもおらず、眉間に皺を寄せて首を横に振る。
「付き合ってない。新しく来た振付師で初対面だった。もうくびになったけど」
「やめておいて正解だ。相当えげつない遊びかたをする男だとあの界隈では有名だ」
「じゃあ……本当に俺はあのとき助かったんだな。正直、どうすればいいのかわからなくて困ってたんだ。キスされるとは思ってなかったけど……」
 恨みがましく付け足すと、為純はふっと口元だけで小さく笑う。
「ずっと呆けたように見ていたから、キスしてほしいのかと思った」
 この男は、こうやって俺を惑わして躱すのだ。性質の悪い男すぎて俺の手には負えない。
 もうこの話題はやめておこうと、咳払いして今日集まった本題に入る。話しても無駄なような気がしたが、こうなったら愚痴だろうと意見だろうととことん曝け出すしかない。
「お互い一目惚れっていうのはいいとしても、出会ったのがスタジオって……俺ら、一度も会ったことがないのにどこのスタジオだよって思ったんだ。どこか忘れたけどってメンバーに暈したけど、結構無理があるし……そっちから告白ってのもなんか現実味がなかった。言った手前もう覆せないけど、本当に焦った」
「それでいんじゃないか。俺が惚れた男って世間では言われてるんだから」
 為純は完全に面白がっている。
「なんとかメンバーには答えることができた。けど他の人に訊かれたら絶対に動揺する」
「同じようにやればいい」
 役者である為純には、付き合うふりを演じることも簡単かもしれないが、俺にはそんな度胸もない。メンバーですら狼狽えたのに、他の人に訊かれたら言葉に詰まって何も話せなくなるような気がする。
「ああいう連中は、そんなあけすけには訊かない。せいぜい関係は順調か訊かれる程度だ」
 訊かれたことがあるのだろう。妙に詳しい。
「だといんだけど……。あ、今日メンバーに言われて……大企業の息子だって? はじめて知った」
 軽く訊いたつもりだが、為純は一瞬視線を伏せ頬に緊張の色が走った。
「あまり知らなくてもいい情報だ」
 冷たい声に、はっとする。触れてほしくないことだとわかった俺は一瞬間を置いて「ごめん」と小さく謝った。
 二人の間に沈黙が落ちる。
 ややして、箸を持ち、惣菜を食べながら、為純は伏せた目で訊いてくる。
「ネットで俺のことは調べなかったのか?」
「見てない。嘘も混じっているだろうし、そういうのを鵜呑みにしたくない」
「ふうん。もっと世間慣れした器用な男かと思ったが、案外初心で真面目なんだな」
「悪かったな」
 為純の言う初心も真面目もいい意味なのかわからないが、先ほどの緊張は少しだけ解ける。
「いいや、悪くない。男なんかと付き合えるか、と思っていたが意外にも楽しいよ」
 口元は笑っているが、俺を見るその目は笑っていないのが気持ち悪い。ただ気分を害した様子はないので揶揄っているだけだろう。
 為純は惣菜を食べ終わると立ち上がった。
 もう帰るのかと、慌てて俺もご飯を頬張り立ち上がる。
 玄関先で振り向いた為純は意外なことを口にした。
「今度は来週だな。時間が取れそうなときに連絡する」
 来週また会うのか? という疑問は、急に為純の顔が近づいてきたことによって頭の中が真っ白になる。
 不意に下唇を舐められた。
 あまりにも一瞬で、気がついたときには、おかしそうに笑った為純がドアを開けていた。
「ごま」
 そう一言残して、為純は出て行き、ドアが閉じる。
「ごま!?」
 口元を拭うが、ごまはなく、舌で舐められた感触は消えない。
 よろけたようにしゃがみこむ。
 揶揄っているのか本気なのかわからない。それよりも、振り回されていることを自覚しながら、どきどきしてしまう自分が、もっとわからなかった。
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