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冷たい雪の、その狭間で(後編)
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病院で検査を受け、どこも異常がないと判断された伊摘と昴は、湿布と傷薬をもらった。
ほっと一安心だ。
昴は嶋と一緒に直次郎と暮らす屋敷に戻り、伊摘は貴昭と共にマンションへと帰った。
昴は伊摘と別れる際、とても不安な顔つきで直次郎との対面に臨んでいた。
伊摘は優しく昴の肩を叩き「直次郎さんとちゃんと向き合ってみろ」と励ました。
昴はナイフを持った男にも、怯まず立ち向かっていった。
逃げろと言っても逃げなかった。
そんな昴だから、今回はちゃんと直次郎に向き合い、話をするだろう。
もちろん怒られはするだろうが。
「伊摘、横になってろ。俺がやる」
貴昭はキッチンに立とうとした伊摘の腰を片手で掬い、ソファへと優しく下ろした。
正直立っているのは辛かったが、自分のやるべきことはしたい。
「しんどいって顔してるぞ」
「動いてたほうが治りが早くなるかなって……」
「辛いだけだ。晩飯、俺が作る。それよりも何か頼むか?」
「あまり食べたくない」
貴昭は伊摘の背中を支え、ゆっくりと横たえらせた。
「少しでも腹に入れたほうがいい。粥でも作る」
「俺も手伝……」
言いかけた伊摘の口を貴昭は軽いキスで塞いだ。
「いい、寝てろ」
貴昭はシンク台の前に立ち、慣れた手つきでボウルに米を入れて磨ぎ始めた。
貴昭は今でこそ料理をする機会も時間もないが、昔はよく一緒に伊摘と料理をしたものだ。
料理や家事をしなさそうな大男が、シンク台の前に立っている姿は似合わない。
だが、意外と微笑ましく思えてしまうのは、料理をするその手際がいいからだろう。
伊摘は静かにソファから体を起こし、立ち上がる。
そして、貴昭の背後に来ると、高い腰に腕を回し、背中に抱きついた。
「寂しいのか?」
伊摘は何も言わず、広い背中に額を押しつける。
ワイシャツの袖を捲った太い腕がリズミカルに動き、米を磨ぐ音に黙って耳を傾けた。
「昔はよくこうやって甘えてたな」
そうだったろうか。
もう十年も昔のことで、そんな些細なことまで覚えていないが、貴昭の体にくっついていくのは昔から好きだった。
ただ今はもう大人なのでそれほど頻繁に甘えることはしないが、逞しい体に抱きついていきたい衝動に駆られることは多々ある。
「ありがとう、駆けつけてくれて」
伊摘はぎゅっと回している腕に力をこめた。
「当たりめえだろ。俺は伊摘がピンチのときは必ず駆けつけることになってんだよ」
「うん。貴昭は俺のヒーローだもんな」
「出会ったときからの運命だ」
「でも、どうして俺たちがあそこにいるってわかったんだ?」
「お前のことはどっからでも情報が入ってくるって言っただろ」
「俺のケータイは壊されたのに」
伊摘の携帯電話にはGPSの機能がついている。
「ケータイの他に伊摘の体にGPSがついてんだよ」
「え? 他に?」
「それ以上は教えらんねえ。外されても困る」
まさか、知らない間に体に埋めこまれていたのだろうか。
恐ろしい考えが頭をよぎり、訊く声が震えた。
「体の……中?」
「綺麗な体に傷をつけるわけねえだろ。もっと他のもんだ。よし、トマト缶はあるか? チーズとトマトのリゾット好きだろ?」
棚からトマト缶を取りだしている間に、貴昭は玉ねぎをみじん切りにしている。包丁を握る手は慣れたものだった。
温めたフライパンにオリーブオイルを入れ、そこに刻んだ玉ねぎを入れて炒めていく。玉ねぎがしんなりすると洗っておいた米を入れて、再び炒める。炒めた米が透き通って来たのを確認し、トマト缶を一缶丸ごと入れた。
味付けはシンプルに塩コショウのみでたっぷりのチーズをのせて完成だ。
皿に盛りつけて、テーブルに運ぶ。
食欲はなかったが、貴昭がおいしそうに食べているのを見て、伊摘もゆっくりと口に運ぶ。口の中が痛かったが、せっかく貴昭が作ってくれたものなので残さずに食べた。
片付けもすべて貴昭がしてくれた。
「一緒に風呂に入るか? 体の隅々まで洗ってやる」
伊摘が返事をする前に、貴昭はもうバスルームへと向かっていた。
貴昭はさっさと服を脱ぎ捨てると全裸になり、体を捩るだけで痛みに顔を顰める伊摘に手を貸した。
腹部に大きな青痣があるのは病院で見たときからわかっていたが、どうやら広がっているらしい。
触るととても痛く、車にでも轢かれたような気分だった。
服を脱ぎ終わると伊摘は貴昭と一緒に中に入る。
貴昭は浴槽に温い湯を溜め、その間に伊摘はシャワーで体をさっと洗い流した。
そこにスポンジを泡立てた貴昭が、言ったとおり体の隅々まで優しく洗ってくれた。
その間、ちょうどいい高さまで湯が張ったので、二人は浴槽に浸かる。
支えてくれる逞しい胸に安心して伊摘は背を凭れた。
「気持ちいい……」
貴昭はゆったりとした手つきで伊摘の胸の高い位置まで湯をかけて撫でる。
ときおり思い出したように胸を揉むのは……目を瞑ることにした。
伊摘は顔をあげて貴昭の顔に近づけると、キスをせがむ。
薄く唇を開いた貴昭は、静かに唇を重ねた。
何度も何度も啄ばむように求め合うように角度を変えてキスをする。
貴昭はその間、伊摘の乳首を弄ることに夢中になっていた。
唇を離すと、貴昭は伊摘の体を反転させて、向かい合わせに座わらせ、伊摘の胸の尖った左の先端を口に含む。
強く甘噛みされ、伊摘の唇から嬌声が漏れそうになる。
「昴には尻を引っぱたいてやったが、本当は伊摘の尻も叩いてやりたかったんだぜ? 俺に死ぬほど心配かけさせた罰に」
舌先で転がすように乳首を責めながら、貴昭が喋った。
「そんな恥ずかしい真似させるか」
伊摘はのけぞりながら、貴昭の頭を掻き抱く。
この年になって、悪さをした子供のように尻を叩かれるなど、恥ずかしすぎる。
貴昭は乳首から唇を離すと、両手を伊摘の尻にかけ、やわやわと揉み、伊摘の体を少し浮かせた。
「今週はこのまま禁欲で過ごすつもりだったが、やめた。これは俺に心配をかけさせた伊摘への罰だ」
そう言うなり、貴昭は自分の猛ったものを伊摘の蕾へと定めて、慎重に伊摘の体を下ろした。
まさかいきなり入れてくるとは思わず、伊摘は貴昭の肩にしがみつき、圧迫感に体を竦ませる。
「ああ、貴昭……待っ……大きすぎる」
「いつもこのでっけえのを、うまそうに飲みこんでるだろ」
亀頭が抉るように体内へと潜りこんでくるその動きに、伊摘は顔を激しく顰めた。
一度抱かれて二度目ならば、伊摘が上になるのもそれなりに体内が広がっているのであまり苦ではないが、しょっぱなから……しかも久しぶりの挿入で伊摘が上になるのは、正直貴昭のサイズはかなり苦しい。
「……きつい……」
押し殺した声をあげると、貴昭は意にそわないような呻り声をあげて急に伊摘の体を持ち上げて抜いた。
圧迫感が消えて伊摘がほっとしたのもつかの間、貴昭は伊摘の体を抱き上げながら浴槽から出ると、タイルの上に伊摘の体を横たえらせた。
そして心持ち足を開かせる。
やめてくれたとばかり思っていれば、ちゃっかりするつもりの貴昭に、思わず伊摘は憎まれ口を叩いた。
「てっきり……浮気してたと思ったのに」
本気で思ったわけではなく、ついなんとなく口から出た言葉だったが、貴昭は本気で怒った。
「誰がするか。俺は伊摘だけだと言っただろ」
貴昭はバスルームに用意してあるローションを手に取り、伊摘の股間に垂らし、尻にまで手でたっぷりと撫でつける。
そんな淫らなことをしながら、貴昭は真面目に怒っていた。
「俺はな、嶋に言われたんだぞ。伊摘のためにセックスを控えろって。お前が椅子に座るのも辛そうにしているって聞いて反省して禁欲してたってのに、浮気してると思っただ? ああ?」
貴昭はローションにまみれた指を蕾へと入れてきた。
よく説教しながら、指で蕾を解きほぐすという行為ができるものだと感心する。
口と手の動きは違うのだろうか。
「ごめん……二度と言わない」
素直に伊摘は謝ったが、貴昭の怒りは突如別の矛先を向いた。
「伊摘、お前、女にモテたいとか言ったんだって?」
思わず舌を噛みそうになる。
それは、一体どこから来た情報なのだろう。
確かに伊摘は昴とそれらしいことを話した記憶があるが、女性にモテたいとは一言も言っていない。
あの場で誰が聞いていたのか……貴昭に間違った告げ口した相手を呪ってやりたい。
「……言ってない」
憮然として言い返せば、貴昭は鼻息も荒く指を引き抜き、伊摘の足を大きく開かせた。
そしてその上に静かに貴昭は体を重ね、挿入してくる。
「くっ……」
怒りを露にしている貴昭と同じように、血管を浮き上がらせて聳え立つ大きすぎる陰茎が、伊摘の体内にゆっくりと飲みこまれていく。
胸を喘がせて息をする伊摘の唇に噛みつき、貴昭はすぐに緩慢な動きで腰を打ちつけてきた。
滑りのいいローションのおかげで、滑らかに出入りし、痛みはないが、やはり圧迫感は消えない。
「俺ほど伊摘を愛している奴はいねえ。そうだろ?」
「傷つけたなら謝る。ごめん」
伊摘は再度謝罪したが、貴昭の怒りは消えない。
「なのに、俺の気持ちも知らずに女にモテたいだ?」
「ああ、もうっ、だから、それは……」
「今度そんなこと言ってみろ。チンコ切り落としてやるからな。女なんか一生抱けないようにしてやる」
「なんっ……」
貴昭は伊摘の言い訳を聞きたくないとばかりに、唇で塞ぐ。
伊摘は言葉では言えない思いを伝えるように、貴昭の首にしがみついた。
伊摘が貴昭以上に愛する人などいるはずがない。今もそしてこれからも。
突如、大きく揺すられて、思わず痛みに顔を歪めた。
すると貴昭はすぐに腰を揺らすのをやめて、優しい仕草で伊摘の濡れた髪を梳いた。
怒りを纏っていても、貴昭の行為は泣きたくなるほど優しい。
「……俺が愛しているのは貴昭だけだから」
唇が僅かに離れたとき、伊摘は貴昭の目をしっかりと見つめて告げた。
「わかってる」
「愛してる、貴昭」
「俺もだ」
貴昭は静かに腰を揺らし、伊摘の体があまり動かない程度に抜き差しをはじめた。
猛った陰茎を中ほどまでしか入れずに動く貴昭に、伊摘は大胆にも腰に足を絡めた。
痛みより、快感を優先させたい。
互いの舌を絡め合いながら、遠慮して動く貴昭の胸をゆったりと撫でて、肩に噛みつく。貴昭は微かに笑った。
浅い場所を突いていたものが、ぐっと奥まで入ってくる。
そして体内にいる陰茎が重量を増した瞬間、温かい体液が流れこんできた。
膨らんだ貴昭の愛しい分身を締めつけるように、伊摘も達する。
それは激しいものではなく、穏やかにたゆたう波のような恍惚感だった。
下腹部を強張らせて種を注ぎこむ貴昭に、伊摘はうっとりとしながら目を閉じる。
いつものような激しさはないが、愛に満ち溢れ、優しさのこもったセックスだった。
「気持ちよさそうな顔しやがって」
そっと伊摘が目を開けると、上から見下ろす貴昭こそ、射精した快感にぶるりと腰を震わせ、陶酔しているのがわかる。
伊摘は痛みのある体を少し動かして、自分から尻を締めつけて貴昭のものをゆったりと奥まで招きいれたり、抜いたりした。
亀頭が抜ける寸前まで動くと、中に出された精液が溢れ尻まで垂れてくる。
「もっと欲しいのか?」
伊摘は答えず、貴昭に口づけることで意思を表した。
貴昭はまだ硬く、萎える気配などまったくない。
だが、貴昭は突然腰を引いて体内から抜いた。
たっぷりと中に注がれていたものが滝のように溢れ出てきた。
「まだできるようだったら、飯食った後ベッドで抱いてやる。今はもう終わりだ」
そう言って貴昭は伊摘にキスをして、シャワーを出し、伊摘の下肢に温い湯をかけて汚れた後を洗い流す。
体内に留まっていた残滓も貴昭は指を入れて掻き出した。
貴昭の股間は重い陰嚢と勃起した大きな陰茎が揺れている。
このくらいでは足りないのをよく知っていた。
それでも我慢して伊摘の体を慮ってくれている貴昭に、今はただ感謝するだけだ。
本当に、いつの間にこんな聞き分けのいい、いい男になったのだろう。
「俺のほうがメロメロになる……」
伊摘は思わず呟いていた。
「あ?」
貴昭には聞こえなかったのか、伊摘を見て目を瞬かせている。
「なんでもない」
伊摘は微笑み、ぞっこんな男の首に腕を回し、きつくしがみついた。
貴昭のためにもう一度したいと思っていたが、あまりにも体がだるくて動けない。
バスルームから出ると、髪を乾かし少し早いが伊摘はベッドに入った。
貴昭も一緒にベッドに入ってきたので、するのかと思ったが、ただ伊摘の体を抱きしめて撫でるだけだ。
そのまま伊摘は静かに眠りについた。
次の日の月曜日、朝起きると最悪だった。
体が痛くて起き上がれない。
昨日はまだ動けたが、今朝は体中が悲鳴をあげていた。
「痛みってのは翌日のほうが酷えもんだ」
貴昭がベッドの横で服を着ているのを尻目に、伊摘はシーツを体に絡ませて痛みに呻く。
「ううっ……仕事が……」
「嶋はちゃんとわかってるだろ。なんなら電話しとくぞ」
伊摘は体を起こそうとして……力尽きぐったりとベッドに屍と化する。
貴昭は早々に嶋に伊摘が欠勤することを電話で伝えた。
信じられないことに、こんな状態の伊摘を放っておくわけにはいかないと思ったのか、貴昭も仕事を休んだ。
伊摘は甲斐甲斐しく貴昭に世話を焼かれる羽目になった。
日ごろ家事を任せっぱなしの伊摘にかわり、貴昭がすべてを行った。
それでも午後になると体も幾分楽になり、なんとか立って動けるようになったので、軽くストレッチのつもりで、貴昭に助けてもらいながら体を動かした。
あまりの痛さに、ほとんど動けず、呻き声ばかりが口からもれたが、それでもやるとやらないとではかなり違った。
そんなとき、思ってもみない来客があった。
昴が制服姿のまま、マンションに訪れたのだ。
「学校を休むなって言われたんで、行ったんだけど……体は痛いし、貴昭に叩かれたケツはズキンズキンするしで最悪。体育もあったから、マジ死ぬかと思った」
そう口早に話すと、目の前に置かれた麦茶を一気に飲み干し、クラッカーを摘む。
昴は伊摘とは違い、殴られた顔にこそ青痣はあったが、普通に動くことができるようだった。
若さの違いだろうか。
貴昭はソファに座っている伊摘の隣に座り、足を組み苛立たしそうに昴を見つめている。
昴を簡単に部屋に入れたことに対して貴昭が怒っているのはわかっているが、まさか会いに来て部屋にも入れずに門前払い……とはさすがにできないだろう。
「伊摘が仕事休んだって聞いて、ずりーって思ったけど……」
昴がちらと伊摘の様子を見つめた。
「相当きつそう。大丈夫なのか?」
「なんとか。でも明日は大丈夫だと思う」
苦笑して答えた伊摘に、昴は心配そうな視線を投げかける……が、隣にいた貴昭と目が合い瞬く間に視線を尖らせる。
「なんで貴昭もここにいるんだよ? いないと思って来たのに。仕事だろ?」
「俺がいないときに伊摘に言い寄ろうとしに来たのか? これだから家を開けておけないんだよ」
昴の言い草をかなり曲げて言い返した貴昭に、伊摘は貴昭の独占力に顔を赤らめつつもおおいに呆れた。
「誰が言い寄るって言ったよ?」
昴も貴昭が本気で誤解していると思い、うろたえる。
こんな馬鹿らしいことで言い争うのももっと馬鹿らしいと思い、伊摘は口をはさんだ。
「直次郎さんとどうなった?」
昴がもっと麦茶を飲みたそうな顔をしたので、伊摘は冷蔵庫に取りに行こうとしたが、その前に貴昭が立ち上がり冷蔵庫から麦茶を取り出し持ってきた。
「すっげー怒られた……しかも、張り倒された。普通、殴られた顔、さらに叩くか?」
不機嫌そうな顔をしていながらも、昴がどこか落ち着いた様子で話していたので、どうやら直次郎と昴は強くぶつかり合ったものの、うまく溝が埋まったらしいとわかる。
「そのくらい怒って心配してたんだよ、直次郎さんは」
「まあ、俺が悪かったんだけどさ……」
昴は麦茶の入ったポットを傾けて自らのグラスに注ぐと、おいしそうに喉を鳴らして飲んだ。
「張り倒されただけでもいいと思え。直さんの拳はそれ以上だ」
貴昭が言うと、昴は興味津々に尋ねる。
「もしかして貴昭も殴られたことある?」
「ああ」
頷いた貴昭に伊摘と昴は驚きを隠せない。
「へえ……どんなことして殴られたんだ?」
「言えないようなことだ」
貴昭がそれ以上言おうとしないので、伊摘と昴は顔を見合わせて肩を竦めた。
「ところで、今日の晩飯なに?」
昴が急に話題を変えた。
「え? まだ決めてないけど……貴昭なにが食べたい?」
伊摘は何気なく言ったが、貴昭はぴんとくるものがあったのか昴を睨みつけた。
「お前、伊摘の晩飯食ってくつもりか?」
「そのつもりで来たんだけど。だって伊摘の飯うまかったもん」
悪びれたふうはなく喋る昴に、貴昭は顎で玄関の方向をしゃくる。
「さっさと出てけ。伊摘が俺のために丹精こめて作った飯を食おうだなんて、ふてえ野郎だ」
「伊摘は、一人分作るよりも二人分作るほうが嬉しいって言ってた」
「それは俺の分だ」
子供のような言い争いをはじめた二人に、伊摘は苦笑するしかない。
貴昭もなぜこうも大人気ないことを言うのか……ベッドではあれほど紳士に変わったのに、昴に対して大人になれないのはどうしてだろう。
「二人も三人も変わらない。よかったら……」
伊摘が見るに見かねて口をはさんだが、すかさず貴昭が言い直した。
「よくねえ。全然よくねえ」
「貴昭……」
「とっとと帰れ。俺たちはこれから晩飯の前のセックスの時間だ」
ぎょとして貴昭を見つめた伊摘に対し、同じように昴も顔を赤らめて伊摘と貴昭を見て……見てはいけないものを見てしまったかのように視線を泳がせた。
無言ののち、昴は鞄を手にソファから立ち上がる。
「昴」
そんな予定など知らないし、するつもりもない伊摘は昴を引きとめようとした。
だが伊摘の腕を貴昭が掴んだ。
貴昭の力が強かったので、これ以上貴昭に歯向かっても無駄だと悟る。
今は昴を引き止めることはできない。
だが、昴に気軽に立ち寄って欲しくて、会いに来てほしくて、伊摘は言った。
「また今度、遊びにおいで」
昴は振り向くと小さく頷き、足早に玄関へと向かい、ドアを開けて出て行った。
振り向くと貴昭は今の言葉も気に入らなかったのだろう。
顰め面で伊摘を見ていた。
めげずに、伊摘も軽く貴昭を睨みつける。
一緒に夕飯を食べていってもよかったのだ。
「どうしてあんなこと言ったんだ?」
貴昭は立ち上がると伊摘の前に立ち塞がった。
威圧感のある貴昭の巨体にも伊摘は怯えはしない。
貴昭は伊摘の腕を引いて、ずるずると引き摺るように寝室へと向かったので、伊摘は驚いた。
「本気でするのか!?」
貴昭からは当然のような返事が返ってきた。
「するから言ったんだろ」
どこが紳士だ、どこが大人だ。
少しでも聞き分けがよくなったと思ったのは、一瞬のことだった。
「体、本調子じゃないし……!」
伊摘がそう言っても、貴昭は引く様子はなく「加減はする」とだけ言い、伊摘を寝室へ引き摺りこむと、乱暴にドアを閉めた。
やはり貴昭は貴昭だった。
ほっと一安心だ。
昴は嶋と一緒に直次郎と暮らす屋敷に戻り、伊摘は貴昭と共にマンションへと帰った。
昴は伊摘と別れる際、とても不安な顔つきで直次郎との対面に臨んでいた。
伊摘は優しく昴の肩を叩き「直次郎さんとちゃんと向き合ってみろ」と励ました。
昴はナイフを持った男にも、怯まず立ち向かっていった。
逃げろと言っても逃げなかった。
そんな昴だから、今回はちゃんと直次郎に向き合い、話をするだろう。
もちろん怒られはするだろうが。
「伊摘、横になってろ。俺がやる」
貴昭はキッチンに立とうとした伊摘の腰を片手で掬い、ソファへと優しく下ろした。
正直立っているのは辛かったが、自分のやるべきことはしたい。
「しんどいって顔してるぞ」
「動いてたほうが治りが早くなるかなって……」
「辛いだけだ。晩飯、俺が作る。それよりも何か頼むか?」
「あまり食べたくない」
貴昭は伊摘の背中を支え、ゆっくりと横たえらせた。
「少しでも腹に入れたほうがいい。粥でも作る」
「俺も手伝……」
言いかけた伊摘の口を貴昭は軽いキスで塞いだ。
「いい、寝てろ」
貴昭はシンク台の前に立ち、慣れた手つきでボウルに米を入れて磨ぎ始めた。
貴昭は今でこそ料理をする機会も時間もないが、昔はよく一緒に伊摘と料理をしたものだ。
料理や家事をしなさそうな大男が、シンク台の前に立っている姿は似合わない。
だが、意外と微笑ましく思えてしまうのは、料理をするその手際がいいからだろう。
伊摘は静かにソファから体を起こし、立ち上がる。
そして、貴昭の背後に来ると、高い腰に腕を回し、背中に抱きついた。
「寂しいのか?」
伊摘は何も言わず、広い背中に額を押しつける。
ワイシャツの袖を捲った太い腕がリズミカルに動き、米を磨ぐ音に黙って耳を傾けた。
「昔はよくこうやって甘えてたな」
そうだったろうか。
もう十年も昔のことで、そんな些細なことまで覚えていないが、貴昭の体にくっついていくのは昔から好きだった。
ただ今はもう大人なのでそれほど頻繁に甘えることはしないが、逞しい体に抱きついていきたい衝動に駆られることは多々ある。
「ありがとう、駆けつけてくれて」
伊摘はぎゅっと回している腕に力をこめた。
「当たりめえだろ。俺は伊摘がピンチのときは必ず駆けつけることになってんだよ」
「うん。貴昭は俺のヒーローだもんな」
「出会ったときからの運命だ」
「でも、どうして俺たちがあそこにいるってわかったんだ?」
「お前のことはどっからでも情報が入ってくるって言っただろ」
「俺のケータイは壊されたのに」
伊摘の携帯電話にはGPSの機能がついている。
「ケータイの他に伊摘の体にGPSがついてんだよ」
「え? 他に?」
「それ以上は教えらんねえ。外されても困る」
まさか、知らない間に体に埋めこまれていたのだろうか。
恐ろしい考えが頭をよぎり、訊く声が震えた。
「体の……中?」
「綺麗な体に傷をつけるわけねえだろ。もっと他のもんだ。よし、トマト缶はあるか? チーズとトマトのリゾット好きだろ?」
棚からトマト缶を取りだしている間に、貴昭は玉ねぎをみじん切りにしている。包丁を握る手は慣れたものだった。
温めたフライパンにオリーブオイルを入れ、そこに刻んだ玉ねぎを入れて炒めていく。玉ねぎがしんなりすると洗っておいた米を入れて、再び炒める。炒めた米が透き通って来たのを確認し、トマト缶を一缶丸ごと入れた。
味付けはシンプルに塩コショウのみでたっぷりのチーズをのせて完成だ。
皿に盛りつけて、テーブルに運ぶ。
食欲はなかったが、貴昭がおいしそうに食べているのを見て、伊摘もゆっくりと口に運ぶ。口の中が痛かったが、せっかく貴昭が作ってくれたものなので残さずに食べた。
片付けもすべて貴昭がしてくれた。
「一緒に風呂に入るか? 体の隅々まで洗ってやる」
伊摘が返事をする前に、貴昭はもうバスルームへと向かっていた。
貴昭はさっさと服を脱ぎ捨てると全裸になり、体を捩るだけで痛みに顔を顰める伊摘に手を貸した。
腹部に大きな青痣があるのは病院で見たときからわかっていたが、どうやら広がっているらしい。
触るととても痛く、車にでも轢かれたような気分だった。
服を脱ぎ終わると伊摘は貴昭と一緒に中に入る。
貴昭は浴槽に温い湯を溜め、その間に伊摘はシャワーで体をさっと洗い流した。
そこにスポンジを泡立てた貴昭が、言ったとおり体の隅々まで優しく洗ってくれた。
その間、ちょうどいい高さまで湯が張ったので、二人は浴槽に浸かる。
支えてくれる逞しい胸に安心して伊摘は背を凭れた。
「気持ちいい……」
貴昭はゆったりとした手つきで伊摘の胸の高い位置まで湯をかけて撫でる。
ときおり思い出したように胸を揉むのは……目を瞑ることにした。
伊摘は顔をあげて貴昭の顔に近づけると、キスをせがむ。
薄く唇を開いた貴昭は、静かに唇を重ねた。
何度も何度も啄ばむように求め合うように角度を変えてキスをする。
貴昭はその間、伊摘の乳首を弄ることに夢中になっていた。
唇を離すと、貴昭は伊摘の体を反転させて、向かい合わせに座わらせ、伊摘の胸の尖った左の先端を口に含む。
強く甘噛みされ、伊摘の唇から嬌声が漏れそうになる。
「昴には尻を引っぱたいてやったが、本当は伊摘の尻も叩いてやりたかったんだぜ? 俺に死ぬほど心配かけさせた罰に」
舌先で転がすように乳首を責めながら、貴昭が喋った。
「そんな恥ずかしい真似させるか」
伊摘はのけぞりながら、貴昭の頭を掻き抱く。
この年になって、悪さをした子供のように尻を叩かれるなど、恥ずかしすぎる。
貴昭は乳首から唇を離すと、両手を伊摘の尻にかけ、やわやわと揉み、伊摘の体を少し浮かせた。
「今週はこのまま禁欲で過ごすつもりだったが、やめた。これは俺に心配をかけさせた伊摘への罰だ」
そう言うなり、貴昭は自分の猛ったものを伊摘の蕾へと定めて、慎重に伊摘の体を下ろした。
まさかいきなり入れてくるとは思わず、伊摘は貴昭の肩にしがみつき、圧迫感に体を竦ませる。
「ああ、貴昭……待っ……大きすぎる」
「いつもこのでっけえのを、うまそうに飲みこんでるだろ」
亀頭が抉るように体内へと潜りこんでくるその動きに、伊摘は顔を激しく顰めた。
一度抱かれて二度目ならば、伊摘が上になるのもそれなりに体内が広がっているのであまり苦ではないが、しょっぱなから……しかも久しぶりの挿入で伊摘が上になるのは、正直貴昭のサイズはかなり苦しい。
「……きつい……」
押し殺した声をあげると、貴昭は意にそわないような呻り声をあげて急に伊摘の体を持ち上げて抜いた。
圧迫感が消えて伊摘がほっとしたのもつかの間、貴昭は伊摘の体を抱き上げながら浴槽から出ると、タイルの上に伊摘の体を横たえらせた。
そして心持ち足を開かせる。
やめてくれたとばかり思っていれば、ちゃっかりするつもりの貴昭に、思わず伊摘は憎まれ口を叩いた。
「てっきり……浮気してたと思ったのに」
本気で思ったわけではなく、ついなんとなく口から出た言葉だったが、貴昭は本気で怒った。
「誰がするか。俺は伊摘だけだと言っただろ」
貴昭はバスルームに用意してあるローションを手に取り、伊摘の股間に垂らし、尻にまで手でたっぷりと撫でつける。
そんな淫らなことをしながら、貴昭は真面目に怒っていた。
「俺はな、嶋に言われたんだぞ。伊摘のためにセックスを控えろって。お前が椅子に座るのも辛そうにしているって聞いて反省して禁欲してたってのに、浮気してると思っただ? ああ?」
貴昭はローションにまみれた指を蕾へと入れてきた。
よく説教しながら、指で蕾を解きほぐすという行為ができるものだと感心する。
口と手の動きは違うのだろうか。
「ごめん……二度と言わない」
素直に伊摘は謝ったが、貴昭の怒りは突如別の矛先を向いた。
「伊摘、お前、女にモテたいとか言ったんだって?」
思わず舌を噛みそうになる。
それは、一体どこから来た情報なのだろう。
確かに伊摘は昴とそれらしいことを話した記憶があるが、女性にモテたいとは一言も言っていない。
あの場で誰が聞いていたのか……貴昭に間違った告げ口した相手を呪ってやりたい。
「……言ってない」
憮然として言い返せば、貴昭は鼻息も荒く指を引き抜き、伊摘の足を大きく開かせた。
そしてその上に静かに貴昭は体を重ね、挿入してくる。
「くっ……」
怒りを露にしている貴昭と同じように、血管を浮き上がらせて聳え立つ大きすぎる陰茎が、伊摘の体内にゆっくりと飲みこまれていく。
胸を喘がせて息をする伊摘の唇に噛みつき、貴昭はすぐに緩慢な動きで腰を打ちつけてきた。
滑りのいいローションのおかげで、滑らかに出入りし、痛みはないが、やはり圧迫感は消えない。
「俺ほど伊摘を愛している奴はいねえ。そうだろ?」
「傷つけたなら謝る。ごめん」
伊摘は再度謝罪したが、貴昭の怒りは消えない。
「なのに、俺の気持ちも知らずに女にモテたいだ?」
「ああ、もうっ、だから、それは……」
「今度そんなこと言ってみろ。チンコ切り落としてやるからな。女なんか一生抱けないようにしてやる」
「なんっ……」
貴昭は伊摘の言い訳を聞きたくないとばかりに、唇で塞ぐ。
伊摘は言葉では言えない思いを伝えるように、貴昭の首にしがみついた。
伊摘が貴昭以上に愛する人などいるはずがない。今もそしてこれからも。
突如、大きく揺すられて、思わず痛みに顔を歪めた。
すると貴昭はすぐに腰を揺らすのをやめて、優しい仕草で伊摘の濡れた髪を梳いた。
怒りを纏っていても、貴昭の行為は泣きたくなるほど優しい。
「……俺が愛しているのは貴昭だけだから」
唇が僅かに離れたとき、伊摘は貴昭の目をしっかりと見つめて告げた。
「わかってる」
「愛してる、貴昭」
「俺もだ」
貴昭は静かに腰を揺らし、伊摘の体があまり動かない程度に抜き差しをはじめた。
猛った陰茎を中ほどまでしか入れずに動く貴昭に、伊摘は大胆にも腰に足を絡めた。
痛みより、快感を優先させたい。
互いの舌を絡め合いながら、遠慮して動く貴昭の胸をゆったりと撫でて、肩に噛みつく。貴昭は微かに笑った。
浅い場所を突いていたものが、ぐっと奥まで入ってくる。
そして体内にいる陰茎が重量を増した瞬間、温かい体液が流れこんできた。
膨らんだ貴昭の愛しい分身を締めつけるように、伊摘も達する。
それは激しいものではなく、穏やかにたゆたう波のような恍惚感だった。
下腹部を強張らせて種を注ぎこむ貴昭に、伊摘はうっとりとしながら目を閉じる。
いつものような激しさはないが、愛に満ち溢れ、優しさのこもったセックスだった。
「気持ちよさそうな顔しやがって」
そっと伊摘が目を開けると、上から見下ろす貴昭こそ、射精した快感にぶるりと腰を震わせ、陶酔しているのがわかる。
伊摘は痛みのある体を少し動かして、自分から尻を締めつけて貴昭のものをゆったりと奥まで招きいれたり、抜いたりした。
亀頭が抜ける寸前まで動くと、中に出された精液が溢れ尻まで垂れてくる。
「もっと欲しいのか?」
伊摘は答えず、貴昭に口づけることで意思を表した。
貴昭はまだ硬く、萎える気配などまったくない。
だが、貴昭は突然腰を引いて体内から抜いた。
たっぷりと中に注がれていたものが滝のように溢れ出てきた。
「まだできるようだったら、飯食った後ベッドで抱いてやる。今はもう終わりだ」
そう言って貴昭は伊摘にキスをして、シャワーを出し、伊摘の下肢に温い湯をかけて汚れた後を洗い流す。
体内に留まっていた残滓も貴昭は指を入れて掻き出した。
貴昭の股間は重い陰嚢と勃起した大きな陰茎が揺れている。
このくらいでは足りないのをよく知っていた。
それでも我慢して伊摘の体を慮ってくれている貴昭に、今はただ感謝するだけだ。
本当に、いつの間にこんな聞き分けのいい、いい男になったのだろう。
「俺のほうがメロメロになる……」
伊摘は思わず呟いていた。
「あ?」
貴昭には聞こえなかったのか、伊摘を見て目を瞬かせている。
「なんでもない」
伊摘は微笑み、ぞっこんな男の首に腕を回し、きつくしがみついた。
貴昭のためにもう一度したいと思っていたが、あまりにも体がだるくて動けない。
バスルームから出ると、髪を乾かし少し早いが伊摘はベッドに入った。
貴昭も一緒にベッドに入ってきたので、するのかと思ったが、ただ伊摘の体を抱きしめて撫でるだけだ。
そのまま伊摘は静かに眠りについた。
次の日の月曜日、朝起きると最悪だった。
体が痛くて起き上がれない。
昨日はまだ動けたが、今朝は体中が悲鳴をあげていた。
「痛みってのは翌日のほうが酷えもんだ」
貴昭がベッドの横で服を着ているのを尻目に、伊摘はシーツを体に絡ませて痛みに呻く。
「ううっ……仕事が……」
「嶋はちゃんとわかってるだろ。なんなら電話しとくぞ」
伊摘は体を起こそうとして……力尽きぐったりとベッドに屍と化する。
貴昭は早々に嶋に伊摘が欠勤することを電話で伝えた。
信じられないことに、こんな状態の伊摘を放っておくわけにはいかないと思ったのか、貴昭も仕事を休んだ。
伊摘は甲斐甲斐しく貴昭に世話を焼かれる羽目になった。
日ごろ家事を任せっぱなしの伊摘にかわり、貴昭がすべてを行った。
それでも午後になると体も幾分楽になり、なんとか立って動けるようになったので、軽くストレッチのつもりで、貴昭に助けてもらいながら体を動かした。
あまりの痛さに、ほとんど動けず、呻き声ばかりが口からもれたが、それでもやるとやらないとではかなり違った。
そんなとき、思ってもみない来客があった。
昴が制服姿のまま、マンションに訪れたのだ。
「学校を休むなって言われたんで、行ったんだけど……体は痛いし、貴昭に叩かれたケツはズキンズキンするしで最悪。体育もあったから、マジ死ぬかと思った」
そう口早に話すと、目の前に置かれた麦茶を一気に飲み干し、クラッカーを摘む。
昴は伊摘とは違い、殴られた顔にこそ青痣はあったが、普通に動くことができるようだった。
若さの違いだろうか。
貴昭はソファに座っている伊摘の隣に座り、足を組み苛立たしそうに昴を見つめている。
昴を簡単に部屋に入れたことに対して貴昭が怒っているのはわかっているが、まさか会いに来て部屋にも入れずに門前払い……とはさすがにできないだろう。
「伊摘が仕事休んだって聞いて、ずりーって思ったけど……」
昴がちらと伊摘の様子を見つめた。
「相当きつそう。大丈夫なのか?」
「なんとか。でも明日は大丈夫だと思う」
苦笑して答えた伊摘に、昴は心配そうな視線を投げかける……が、隣にいた貴昭と目が合い瞬く間に視線を尖らせる。
「なんで貴昭もここにいるんだよ? いないと思って来たのに。仕事だろ?」
「俺がいないときに伊摘に言い寄ろうとしに来たのか? これだから家を開けておけないんだよ」
昴の言い草をかなり曲げて言い返した貴昭に、伊摘は貴昭の独占力に顔を赤らめつつもおおいに呆れた。
「誰が言い寄るって言ったよ?」
昴も貴昭が本気で誤解していると思い、うろたえる。
こんな馬鹿らしいことで言い争うのももっと馬鹿らしいと思い、伊摘は口をはさんだ。
「直次郎さんとどうなった?」
昴がもっと麦茶を飲みたそうな顔をしたので、伊摘は冷蔵庫に取りに行こうとしたが、その前に貴昭が立ち上がり冷蔵庫から麦茶を取り出し持ってきた。
「すっげー怒られた……しかも、張り倒された。普通、殴られた顔、さらに叩くか?」
不機嫌そうな顔をしていながらも、昴がどこか落ち着いた様子で話していたので、どうやら直次郎と昴は強くぶつかり合ったものの、うまく溝が埋まったらしいとわかる。
「そのくらい怒って心配してたんだよ、直次郎さんは」
「まあ、俺が悪かったんだけどさ……」
昴は麦茶の入ったポットを傾けて自らのグラスに注ぐと、おいしそうに喉を鳴らして飲んだ。
「張り倒されただけでもいいと思え。直さんの拳はそれ以上だ」
貴昭が言うと、昴は興味津々に尋ねる。
「もしかして貴昭も殴られたことある?」
「ああ」
頷いた貴昭に伊摘と昴は驚きを隠せない。
「へえ……どんなことして殴られたんだ?」
「言えないようなことだ」
貴昭がそれ以上言おうとしないので、伊摘と昴は顔を見合わせて肩を竦めた。
「ところで、今日の晩飯なに?」
昴が急に話題を変えた。
「え? まだ決めてないけど……貴昭なにが食べたい?」
伊摘は何気なく言ったが、貴昭はぴんとくるものがあったのか昴を睨みつけた。
「お前、伊摘の晩飯食ってくつもりか?」
「そのつもりで来たんだけど。だって伊摘の飯うまかったもん」
悪びれたふうはなく喋る昴に、貴昭は顎で玄関の方向をしゃくる。
「さっさと出てけ。伊摘が俺のために丹精こめて作った飯を食おうだなんて、ふてえ野郎だ」
「伊摘は、一人分作るよりも二人分作るほうが嬉しいって言ってた」
「それは俺の分だ」
子供のような言い争いをはじめた二人に、伊摘は苦笑するしかない。
貴昭もなぜこうも大人気ないことを言うのか……ベッドではあれほど紳士に変わったのに、昴に対して大人になれないのはどうしてだろう。
「二人も三人も変わらない。よかったら……」
伊摘が見るに見かねて口をはさんだが、すかさず貴昭が言い直した。
「よくねえ。全然よくねえ」
「貴昭……」
「とっとと帰れ。俺たちはこれから晩飯の前のセックスの時間だ」
ぎょとして貴昭を見つめた伊摘に対し、同じように昴も顔を赤らめて伊摘と貴昭を見て……見てはいけないものを見てしまったかのように視線を泳がせた。
無言ののち、昴は鞄を手にソファから立ち上がる。
「昴」
そんな予定など知らないし、するつもりもない伊摘は昴を引きとめようとした。
だが伊摘の腕を貴昭が掴んだ。
貴昭の力が強かったので、これ以上貴昭に歯向かっても無駄だと悟る。
今は昴を引き止めることはできない。
だが、昴に気軽に立ち寄って欲しくて、会いに来てほしくて、伊摘は言った。
「また今度、遊びにおいで」
昴は振り向くと小さく頷き、足早に玄関へと向かい、ドアを開けて出て行った。
振り向くと貴昭は今の言葉も気に入らなかったのだろう。
顰め面で伊摘を見ていた。
めげずに、伊摘も軽く貴昭を睨みつける。
一緒に夕飯を食べていってもよかったのだ。
「どうしてあんなこと言ったんだ?」
貴昭は立ち上がると伊摘の前に立ち塞がった。
威圧感のある貴昭の巨体にも伊摘は怯えはしない。
貴昭は伊摘の腕を引いて、ずるずると引き摺るように寝室へと向かったので、伊摘は驚いた。
「本気でするのか!?」
貴昭からは当然のような返事が返ってきた。
「するから言ったんだろ」
どこが紳士だ、どこが大人だ。
少しでも聞き分けがよくなったと思ったのは、一瞬のことだった。
「体、本調子じゃないし……!」
伊摘がそう言っても、貴昭は引く様子はなく「加減はする」とだけ言い、伊摘を寝室へ引き摺りこむと、乱暴にドアを閉めた。
やはり貴昭は貴昭だった。
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