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戦いの後
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「シノ! シノ!」
名前を呼ばれて、ゆっくりと目を開けた。
ガイアが泣きそうな顔で覗き込んでいたが、俺が瞬きをするとほっとしたような顔をして涙を落とした。
「早く! ポーションを!」
ガイアが叫ぶと、誰かが「これだけしかないんだよ!」と答える。
側にいたクリフトンが力強い声で話しかけてきた。
「シノさん! 気をしっかり持つんだ!」
力がまったく入らない。瞼を開けていることすら億劫で静かに目を閉じると、また「シノ!」と大きな声で呼ばれた。
「俺を見ろ! シノ!」
瞼を押し上げようとするが、もう重くて目が開かない。意識も曖昧に溶けて、自分の体の感覚すらなくなる。
突然口に何かが流れ込んできた。苦しくて噎せたら、一気に胸の痛みが襲ってきた。胸だけでなく体中が痛い。
「飲むんだ。ゆっくりでいいから」
痛いから飲みたくないのに、口をこじ開けられて強引に中に入ってくる。
曖昧になっていた意識も痛覚に引きずられるように蘇ってきた。周りのざわつきも聞こえてきて必死に目を開ける。たくさんの人が俺を取り囲んでいるのを知った。
キキはどこにいるのか、心配になって「キキ」と呼ぶ。
「キキは大丈夫だ。いつもハーブ水を飲ませていただろう? 回復が早くてもう動ける」
「よか……た」
「これが最後のポーションだ」
ガイアが自分の口に入れてから、俺の唇に重ねてゆっくりと流し込んできた。
「よし……ちゃんと飲めたな」
「医者はどのくらいで来る?」
「まだわからん」
「今は……で……だから」
人々の話声を聞きながら、目だけで視線を巡らせる。人が集まっていた隙間から死んだモンスターの姿が見える。
体の内側から楽になっていくのがわかる。ポーションが体内に入り、傷を癒しているのだ。
「もう、大丈夫だ。シノ」
涙を流して微笑んだガイアにほっとして、俺は静かに目を閉じた。
一命を取りとめた俺は、それから二日間ベッドで過ごした。
ポーションのおかげでだいぶ回復したとはいえ、体が自由に動かせるようになるには、もう少し時間が必要なようだ。
あの日のことを思い出すと震えるほど怖いし、悪夢もたまにみる。
もし倒せなかったら……確実に死んでいた。キキのおかげで助かったのだ。
枕元で丸まって寝ているキキが不意に目を覚まして欠伸をする。
ふさふさの尻尾が俺の頬を撫でたので、手を伸ばして優しく体を撫でた。その揺れる尻尾が二本に増えていたのに気づいたのはガイアだった。
最初、モンスターの攻撃を受けて尻尾が割れたのかと思ったが、そうではなく、もう一本根元から増えていたらしい。
キキは多分、普通の狐ではない。いきなり体が大きくなり、魔法も使った。あれは風魔法で間違いない。
ガイアが言ったシルバーフォックスという言葉が頭を過る。
俺の隣で寛いでいる姿は可愛がられるだけの愛らしい存在だ。ただひとたび戦闘がはじまれば、敵に牙を剥き果敢に戦う。それこそ、俺の言葉を無視してまで立ち向かい守ってくれた。
シルバーフォックスであろうとなかろうと、どうでもいい。キキがどんな生物でも、俺にとって家族であり仲間である。それは変わらない。
ノックする音と共にドアが開いた。トレイを手に持ってガイアが現れる。
「シノ、飯を持ってきた」
「ありがとう」
ガイアは仕事には行かず、俺の側で甲斐甲斐しく世話を焼いている。
「キキの分もちゃんと用意してある」
「キュン」
床にキキの分の食事を置いたガイアは、ベッドに腰をかけて、俺が食べる様子を見ていた。
「モンスターの解体が終わった。肉は俺たちだけで食べきれないから街の人たちとわけた」
そういえばゲームで一部のモンスターを倒した際、肉を手に入れたことを思い出した。それをアイテムボックスに入れて料理して食べていた。この世界では普通なのだ。
「あと、毛皮は冬服に使えるからきちんと鞣してある。食料にならない部分……臓器だな。腐るのが早いから雑貨屋が買い取った。薬の原料になるらしい。シノが欲しければ加工したものを渡すと言っていた」
「ありがとう。薬は……少し考えてみる」
気遣いながら喋るガイアはいつもと違って元気がないように見えた。ここ数日ずっとこんな感じだ。
「クリフトンが見舞いに来ていた」
「え、ほんと?」
「シノは寝ていたから遠慮してもらった」
「そっか。会いたかったな」
「体がよくなってからでいいから、今回のモンスターのことについて詳しく訊きたいらしい」
「うん。できるだけ早く話したい。街の防犯にもつながるし……」
王都と違い、この街はかなり小さいため、街を警護する人も少ない。今回の事件で防犯の強化につながればいいと思っている。
持っていたスプーンを置き、はあとため息をついた。モンスターの襲来によっていろいろなものが破壊された。その一つが畑だ。
「育ててる野菜……だめになった」
あれだけ魔法で暴れたのだ。せっかく収穫まで至ったのに、踏まれて、凍って、散々だったはずだ。
「大丈夫なものもあった。俺ができる範囲で直しておいたが……野菜はまたいちからはじめればいい」
「……うん」
パンをちぎって食べる。いつもとは違い、ふかふかのパンは温かくておいしい。
「家の周りを取り囲んでいる柵は、大工が直してくれた」
「助かる。後でお礼を言わなきゃ」
「もっと頑丈な柵を建てたほうがいいかもしれないな」
深刻な表情で話すガイアは、あの日から過剰なほど俺の身の回りのことや家の周りを警戒していた。
「そこまで要塞にする必要はないよ。強いモンスターならどんな柵でも壊してきそうだし」
「こういうのは用心しすぎるくらいがいいんだ」
王都で騎士団を務めていたガイアにとって、モンスターが襲来した後も、いつも通りに過ごすしかない状況が歯がゆいのかもしれない。
多分、王都なら警備の人を増やすなり、街の巡回を頻繁に行うなど対策ができただろう。
ここでは、満足な警備もままならないのが現状だ。こんな近くまで凶暴なモンスターが現れたのも何年ぶりとか言っていたので、それだけ平和だったのだ。
「明日には動けるようになるかなあ」
パンを持っていた手をぐっと上に伸ばしてみる。まだ胸は痛むが、トイレにも歩いて行っているし、風呂も入れるから、無理しなければ動ける。
「まだ休んでいろ」
「うーん、様子を見つつだな」
ガイアはずっと心配そうな顔で俺を見ている。
心配される理由もわかっているが、いつものように笑って欲しい。
そう思っても迷惑をかけてしまった手前、何も言えなかった。
名前を呼ばれて、ゆっくりと目を開けた。
ガイアが泣きそうな顔で覗き込んでいたが、俺が瞬きをするとほっとしたような顔をして涙を落とした。
「早く! ポーションを!」
ガイアが叫ぶと、誰かが「これだけしかないんだよ!」と答える。
側にいたクリフトンが力強い声で話しかけてきた。
「シノさん! 気をしっかり持つんだ!」
力がまったく入らない。瞼を開けていることすら億劫で静かに目を閉じると、また「シノ!」と大きな声で呼ばれた。
「俺を見ろ! シノ!」
瞼を押し上げようとするが、もう重くて目が開かない。意識も曖昧に溶けて、自分の体の感覚すらなくなる。
突然口に何かが流れ込んできた。苦しくて噎せたら、一気に胸の痛みが襲ってきた。胸だけでなく体中が痛い。
「飲むんだ。ゆっくりでいいから」
痛いから飲みたくないのに、口をこじ開けられて強引に中に入ってくる。
曖昧になっていた意識も痛覚に引きずられるように蘇ってきた。周りのざわつきも聞こえてきて必死に目を開ける。たくさんの人が俺を取り囲んでいるのを知った。
キキはどこにいるのか、心配になって「キキ」と呼ぶ。
「キキは大丈夫だ。いつもハーブ水を飲ませていただろう? 回復が早くてもう動ける」
「よか……た」
「これが最後のポーションだ」
ガイアが自分の口に入れてから、俺の唇に重ねてゆっくりと流し込んできた。
「よし……ちゃんと飲めたな」
「医者はどのくらいで来る?」
「まだわからん」
「今は……で……だから」
人々の話声を聞きながら、目だけで視線を巡らせる。人が集まっていた隙間から死んだモンスターの姿が見える。
体の内側から楽になっていくのがわかる。ポーションが体内に入り、傷を癒しているのだ。
「もう、大丈夫だ。シノ」
涙を流して微笑んだガイアにほっとして、俺は静かに目を閉じた。
一命を取りとめた俺は、それから二日間ベッドで過ごした。
ポーションのおかげでだいぶ回復したとはいえ、体が自由に動かせるようになるには、もう少し時間が必要なようだ。
あの日のことを思い出すと震えるほど怖いし、悪夢もたまにみる。
もし倒せなかったら……確実に死んでいた。キキのおかげで助かったのだ。
枕元で丸まって寝ているキキが不意に目を覚まして欠伸をする。
ふさふさの尻尾が俺の頬を撫でたので、手を伸ばして優しく体を撫でた。その揺れる尻尾が二本に増えていたのに気づいたのはガイアだった。
最初、モンスターの攻撃を受けて尻尾が割れたのかと思ったが、そうではなく、もう一本根元から増えていたらしい。
キキは多分、普通の狐ではない。いきなり体が大きくなり、魔法も使った。あれは風魔法で間違いない。
ガイアが言ったシルバーフォックスという言葉が頭を過る。
俺の隣で寛いでいる姿は可愛がられるだけの愛らしい存在だ。ただひとたび戦闘がはじまれば、敵に牙を剥き果敢に戦う。それこそ、俺の言葉を無視してまで立ち向かい守ってくれた。
シルバーフォックスであろうとなかろうと、どうでもいい。キキがどんな生物でも、俺にとって家族であり仲間である。それは変わらない。
ノックする音と共にドアが開いた。トレイを手に持ってガイアが現れる。
「シノ、飯を持ってきた」
「ありがとう」
ガイアは仕事には行かず、俺の側で甲斐甲斐しく世話を焼いている。
「キキの分もちゃんと用意してある」
「キュン」
床にキキの分の食事を置いたガイアは、ベッドに腰をかけて、俺が食べる様子を見ていた。
「モンスターの解体が終わった。肉は俺たちだけで食べきれないから街の人たちとわけた」
そういえばゲームで一部のモンスターを倒した際、肉を手に入れたことを思い出した。それをアイテムボックスに入れて料理して食べていた。この世界では普通なのだ。
「あと、毛皮は冬服に使えるからきちんと鞣してある。食料にならない部分……臓器だな。腐るのが早いから雑貨屋が買い取った。薬の原料になるらしい。シノが欲しければ加工したものを渡すと言っていた」
「ありがとう。薬は……少し考えてみる」
気遣いながら喋るガイアはいつもと違って元気がないように見えた。ここ数日ずっとこんな感じだ。
「クリフトンが見舞いに来ていた」
「え、ほんと?」
「シノは寝ていたから遠慮してもらった」
「そっか。会いたかったな」
「体がよくなってからでいいから、今回のモンスターのことについて詳しく訊きたいらしい」
「うん。できるだけ早く話したい。街の防犯にもつながるし……」
王都と違い、この街はかなり小さいため、街を警護する人も少ない。今回の事件で防犯の強化につながればいいと思っている。
持っていたスプーンを置き、はあとため息をついた。モンスターの襲来によっていろいろなものが破壊された。その一つが畑だ。
「育ててる野菜……だめになった」
あれだけ魔法で暴れたのだ。せっかく収穫まで至ったのに、踏まれて、凍って、散々だったはずだ。
「大丈夫なものもあった。俺ができる範囲で直しておいたが……野菜はまたいちからはじめればいい」
「……うん」
パンをちぎって食べる。いつもとは違い、ふかふかのパンは温かくておいしい。
「家の周りを取り囲んでいる柵は、大工が直してくれた」
「助かる。後でお礼を言わなきゃ」
「もっと頑丈な柵を建てたほうがいいかもしれないな」
深刻な表情で話すガイアは、あの日から過剰なほど俺の身の回りのことや家の周りを警戒していた。
「そこまで要塞にする必要はないよ。強いモンスターならどんな柵でも壊してきそうだし」
「こういうのは用心しすぎるくらいがいいんだ」
王都で騎士団を務めていたガイアにとって、モンスターが襲来した後も、いつも通りに過ごすしかない状況が歯がゆいのかもしれない。
多分、王都なら警備の人を増やすなり、街の巡回を頻繁に行うなど対策ができただろう。
ここでは、満足な警備もままならないのが現状だ。こんな近くまで凶暴なモンスターが現れたのも何年ぶりとか言っていたので、それだけ平和だったのだ。
「明日には動けるようになるかなあ」
パンを持っていた手をぐっと上に伸ばしてみる。まだ胸は痛むが、トイレにも歩いて行っているし、風呂も入れるから、無理しなければ動ける。
「まだ休んでいろ」
「うーん、様子を見つつだな」
ガイアはずっと心配そうな顔で俺を見ている。
心配される理由もわかっているが、いつものように笑って欲しい。
そう思っても迷惑をかけてしまった手前、何も言えなかった。
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