その後も幸せに暮らしました

山吹レイ

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 今日、やっと我が家が完成した。
 外観を眺め、よくここまで一人で作り上げたなあ、と苦労と喜びをかみしめる。
 来る日も来る日も木を切り加工して、土台から丁寧に作り上げた家はロッジ風だ。
 雪国であるため、風除室も備えた玄関を開ければ、大きな暖炉がある吹き抜けのリビング、奥にはキッチンもある。必要ないかと思われる風呂や水洗トイレもちゃんとつけた仕様は実際の家と変わりない。
 小高い丘の広大な土地を買い、一つ一つブロックを積み上げて作ったお洒落で大きな我が家。
 ぐるりと一周回って、感慨にふけりながら、そのうち庭とか作ったりして外観を整えていけば素敵だろうなあと夢はふくらむ。せっかく錬金できる作業場も作ったのだから、薬草畑とか、果樹も植えたら最高だ。
 現実世界では家を持つことは難しいが、ゲームの世界ならいくらでも自由に作ることができる。お金だって、この二年ずっとプレイしてこつこつと貯めた。今では腐るほど溜まっていて、かなりのレアアイテムも所持している。
 倉庫的なものも作って、レアアイテムを飾っておくのもいいかもしれない。
「ま、追々ってとこだな。建設は飽きたし、家ができただけでよしとしよう。王都に戻るか」
 家の中に入り、設えたアイテムボックスの中から干し肉などの保存食と回復も兼ねた手製のハーブ水、それとまあまあのお金を持つ。それくらい身軽だと新たなアイテムを拾っても持てないなんて泣くことはない。
「よし、行くか」
 家を出てもう一度振り返った。王都からかなり遠い地に家を建てたが、ポータルを使えばどの地域の広場にもたどり着けるし、そこから歩いて丘に来ればいいだけだ。
 そんな気楽なことを考えて、俺は歩き出した。
 途中すれ違う人は、頭の上にアイコンが出ない話すこともできないノンプレイヤーキャラクターつまりNPCである。
 このフェアリースノウは半年間雪に覆われる北の寒い地域。限定のレアアイテムなども多いが、今のところストーリーにはあまり関係ない場所のため、訪れる人も少ない。
 案の定、丘をおりて街の中心である広場に着いても、プレイヤーはほとんど見かけない。推奨レベルはそれほど低いわけでも高いわけでもないのに、プレイヤーがいないのはただ単に人気がないだけかもしれない。
 街の広場まで来ると噴水の近くにあるポータルに乗る。王都まで一瞬で転送だ。


 圧倒的なグラフィック、重厚な世界観、夢中になれる没入感をコンセプトに発売された国産VRMMOオーバーレイオンライン。発売当初はこの世界の中心である王都の広場には人が溢れかえっていたが、二年も経てば落ち着いてきてプレイヤーも減ってきた。イベントがはじまればプレイヤーが増えるが、発売当初の勢いはない。
 それでも、時間を見つけてはオーバーレイオンラインを遊んできた。常にぼっちプレイの俺には、人がごちゃごちゃしているより今の状態が動きやすくて快適だ。
 プレイヤーネームは本名の篠塚千早(しのづか ちはや)の頭文字をとってシノ。これはどのゲームでも決めている名前だ。
 現実世界は社畜サラリーマンの俺も、オーバーレイオンラインでは踊り子なんて変わった職業をしている。男女関係なくどんな職業にもなれると知り、数ある職業の中から面白そうな踊り子に決めた。戦闘に向いている職業ではないし、攻略サイトでは使えない扱いされているが、酒場で踊るだけでお金が手に入ることから序盤から進めやすい。攻略とか戦闘とかストーリーすらそっちのけで、好きなように自由にまったりと遊んでいる。
 そういうわけで、俺はその日の深夜もプレイをしていた。
 土地を買い、家を建て、アイテムの整理をして、活動拠点にしていた王都に戻り、さてどうしようかと考える。
 踊り子のレベルは98まで上げた。100まであともう少し。100になると二次職業に転職できるが、あまり期待はしていないし、もはや職業すらどうでもいい感じではある。お金に困らなくなった今、何にも縛られることはない。
 となると通常クエストをこなすか。今は夏の終わりなので夏限定のアイテムを探しに行ってもいい。ただ、もう少しで夜になるので、正直街の外には出かけたくない。踊り子といえ扇子という武器はある。夜にはモンスターが強くなるが、普通に倒せるほどある程度戦える。けど、今日はそういう気分じゃない。
 ずっと家を建てていたので、久しぶりに酒場に行って踊るのもいいかもしれない。
 そう思い、ゆったりと周りを眺めながら広場から酒場に向かう道を歩く。走り去っていくプレイヤーたちはクエストをこなしているのか、次はどこに行こうと話しながら仲間たちと楽しそうに笑っている。道端で座って話しこんでいる二人組もいれば、初心者なのか、きょろきょろと周りを見まわして地図を確認しているプレイヤーもいる。
 日常生活の慌ただしさとはかけ離れた異次元の世界。
 風が吹けば木の葉が揺れ、石畳の上を細かい砂屑が舞う。見上げれば空や雲は茜色に染まっている。まるでもう一つの世界がここにあるかのような錯覚に陥る。
 現実世界もこんな風に楽しめたら最高なのに、と思うと同時に、もしかしたら現実が辛いからこそゲームがこんなにも楽しいのかもと考える。
 酒場に着いてドアを開けるとカランカランとドアベルが鳴る。夜が近い時間帯、活気あふれて人が大勢いる酒場にはドアベルの音なんて誰にも聞こえていない。だが、カウンターにいるNPCのマスターだけは俺に目を向ける。
 話しかけると、食事をするか酒を飲むか、それとも料理を買うか、踊るかの選択肢が出てくる。最後の選択肢は踊り子しか出てこない。
 当然、踊る選択をすると画面は急に切り替わる。酒場の奥にある小さなステージに立ち、衣装と踊りを選択する。今日はなるべく嫌な気分を吹き飛ばすような明るいものがいい。それも見ている人がハッピーになれる気分が高揚するようなもの。
 弾むギターの音に体が勝手に動く。踊りは全てデフォルトだ。
 今じゃ体を動かすことは少なくなったが、学生時代はサッカーや水泳、冬にはスノーボードなどよくやった。スポーツは案外好きだった。
 踊り終わると、あちこちから拍手がわく。深くお辞儀をして、ステージを降りる。この中のほとんどはNPCだ。プレイヤーもちらほらいるが、クエストに夢中でステージのことなど見向きもしない。
 再びカウンターの前に立ち、マスターに話しかけて報酬をもらった。それと酒も。店内を見回して、空いている席に座り、聞こえてくるNPCたちの噂話に聞き耳を立てる。たまにクエストが発生し、貴重な情報を知ることができる。
 テーブルの上に置いた酒を一口飲んで、頬杖をつく。酒を飲む仕草はしても、実際は本当に飲んでいるわけでもないので味もしないし酔いもしない。下戸なので助かるが、屋台や食堂で料理を食べてもなんの味もしないのはちょっとだけ悲しい。VRでもそこまでのリアルさは再現できないのだ。
 耳から入ってくる情報もいつもと変わらず。今日はここまでにしてそろそろ終わろうかと立ち上がったときだった。
 急に視界が薄暗くなった。
 眩暈のようなものが襲い、ぐらりと体が傾く。周りの人の声も途切れ途切れに聞こえて、キーンと耳鳴りもする。
 やがて目の前をノイズのようなものが何度も走り、体から力が抜けていく。
 ウィンドウが目の端で赤く点滅している。
 意識を保っていられなくて、テーブルに倒れこんだ。何が起きたのかわからないまま、俺は目を閉じ、気を失った。
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