不倫され妻の復讐は溺愛 冷徹なあなたに溺れて幸せになります

雫石 しま

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chez tsujisaki

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 キッチンの食卓テーブルで脚を大きく広げている女性の唇の色は深い赤紫、ボルドーの口紅は男性の首筋、脇、乳首、臍、臀部、隠部の先までくまなく点々と痕を付けていた。

「こんなに付けるなよ」
「後でメイク落としを貸してあげるわ、シャワーも貸してあげるわ」
「勿論、恵美が洗ってくれるんだろう」

 男性はその膝裏を持ち上げると顕になった淫部に硬く形を変えたそれを当てがった。

「ゴム、着けなくても良いのか」
「大丈夫よ、明日にでも夫とおくわ」

 その言葉にへそを曲げたような声で男性は腰を突き出した。ズブズブと中に押し込まれる陰茎に恵美は悶えた。

「おまえが旦那とするなんて気が狂いそうだよ」
「ふふふ、和寿はあっ、欲張りあっあ、さんあっ、ね」

ガタ ガタガタ ガタ

 食卓に置かれたテレビのリモコンがフローリングの上に転がり落ち21:00の報道番組の音量が突然大きくなった。それに伴い和寿の腰の動きは速さを増し、深く浅く挿入された。

「あぅ」

 寄せては引く快感に翻弄された恵美は野生の雌ライオンのような呻き声を上げた。

「そうだ。パート採用おめでとう」
「あっ」
「職場で恵美の顔が見られるなんて最高だよ。勃起しちゃうかもな」

 和寿は腰を激しく前後させながら夢のような時間を想像し恍惚の笑みを浮かべた。

「セックス出来て時給も稼げる、良いパートだろ」
「あっ」

 和寿はブーランシェリーの講習会で恵美と知り合った。恵美にパティスリーブーランジェリーchez tsujisakiしぇ つじさきスタッフ募集に名乗り出る様に仕向けたのは和寿だった。

その晩、和寿の帰宅は午前0時を回っていた。

「和寿さん、遅かったね」
「なんだよ、嫌味かよ」
「お義母さんと呑んでたの?」
「そんな訳ないだろう、ひとりで呑んでたんだよ」

 和寿は不貞腐れた顔をして果林から目を逸らした。

「シャワー浴びるよね」
「あぁ」

(ちっ、面倒だな)

 和寿は恵美との不倫行為の発覚を恐れ、果林が使っている物と同じ銘柄のシャンプーにコンディショナー、ボディソープを準備させた。

「バスタオルと着替え、出しておくからね」
「おう、頼むわ」

 最近の会話と言えばめし、金、こればかりだ。ここ暫く特に金銭面でだらしなくうるさくなった。果林は家計簿アプリを開きながら交際費が2ヶ月前から徐々に増えている事に疑問を隠せなかった。

(これがなにか尋ねたら尋ねたでまた大声出されるんだよなぁ)

 実家の父親が声を荒げる気質だったので然程さほど気にしてはいなかったが血を分けた父親とそうではない夫では訳が違う。携帯電話の画面をスクロールして見れば世の中の妻たちの悩みが羅列されていた。

(これってモラルハラスメント、なのかなぁ)

 浴室の扉に叩きつける熱湯すら言葉の槍の様に聞こえて来た。

(アッ!)

 冷蔵庫に貼られたシフト表に目を遣った果林は明日のケーキの仕込みの担当が自分である事に気が付き慌てて和寿に声を掛けた。

「和寿、先に寝るね」
「ーーー!」

 すると和寿は身体に泡を付けたまま浴室から飛び出すと洗濯かごの中に手を入れ上目がちで果林を見た。

「なにしてるの」
「お、おぅ、早く寝ろよ」
「ーーーうん」

 横目で見ると脱いだ下着の中で携帯電話がLINEの着信を知らせていた。

「なんだよ」
「おやすみ」
「おやすみ」

 この様な状態でも果林と和寿は一緒のベッドで夜を共にしている。然し乍ら和寿は果林に背中を向けたままで触れ合いは皆無だ。見合い結婚という事で肌と肌の触れ合いは元より乏しかったがいつの間にか就寝時の口付けも出勤時に抱き締め合う事も無くなっていた。

(ご飯を作って掃除をして、ATMの機械みたいに扱われて、これがまともな結婚生活と言えるの?)

 そこで思い浮かんだのは真紅のワンピースをお召しになられた姑の姿。

(しかも菊代さんのおまけ付き)

 果林はミネラルウォーターを一気に飲み干した。
 小鳥のさえずりと川のせせらぎが静かに流れる店内。

(ーーーまたか)

 菊代さんの起床時間、お化粧時間、お洋服をお召しになる時間は一分一秒も乱れる事が無いのだろう。店舗が混雑する昼食時を狙い定めた様に来店し、我が物顔でゲランのアクアアレゴリアの香水臭を振り撒きながら奥の席に座る。

「いらっしゃいませ」

 果林がライムの浮かんだグラスとおしぼりをテーブルに置くと菊代は踏ん反り返りながら脚を組んだ。

「いつもの頂戴」
「ーーーーえ?」
「い・つ・も・の!聞こえないの!気が利かないわね!」

 菊代が注文するメニューはその日その日で一様では無い。それを充分承知な上で声を張り上げている事を理解している社員たちは「また嫁を虐めている」と顔を顰めた。

「ご馳走様」
「あ、ありがとうございました」

 気分を害し食事の途中に席を立つ社員も居た。

「菊代さん、もう少し声の大きさを抑えて頂けませんか?」
「これが黙っていられますか!」

 菊代さんはなにやらご立腹の様子でマザーコンプレックスが駆け寄り機嫌を取ると辻崎株式会社からパート社員の時給を1,200円に賃上げする様にとお達しがあったので納得がゆかないらしい。

「こんな馬鹿な話がありますか!」
「まぁまぁ、母さんの言う事は聞くしか無いよ」
「それにしても今までなにも言わなかったのに!誰が余計な事を!」

 そこで菊代と和寿の視線が果林に集まった。

「そんな訳ないわよね」
「そうだよ、こんな鈍い奴になにも出来ねぇよ」
「あぁ、もう腹が立つ!」




 そこで庭に面した席で手が挙がった。

(あ、えーと宗介、宗介さんだ)

 壁に掛けられた時計の針は14:00、けやきの木を眺める席に辻崎宗介の姿があった。

「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「アフォガート、アッサムティーで宜しいでしょうか」
「お願いします」

 穏やかな微笑み、果林は紅茶葉を蒸らしながらその横顔を眺めた。濃紺のスーツに焦茶のネクタイ、ワイシャツは上品な灰色、胸に社員証は無い。

(ーーー何者なんだろう)

 果林はバニラアイスをガラスの器に盛り付けて紅茶を注いだ。視線を感じて振り向くと宗介が果林を見つめていた。

(ーーーーん?)

 すると宗介は慌てた素振りで手を挙げた。

「如何なさいましたか?」
「これを下さい」

 爪先まで整えられた美しい指がメニュー表を指した。

「ズッパイングレーセ(スポンジケーキ)、こちらで宜しいですか?」
「はい」
「リキュールシロップを使用していますがお車の運転は大丈夫ですか」
「あ、迎えが来るので」
「迎え、ですか」
「いや、なんでも無いです」

 その後、宗介はアフォガートをもう一杯注文し、ウエイトレスとして店内を切り盛りしている果林の姿を目で追った。

(ーーーーあれ?そう言えば、時給)

 果林は昨夜の宗介の険しい顔を思い出した。宗介はchez tsujisakiしぇ つじさきの時給が970円だと知って宜しくないと呟いていた。その翌日の時給賃上げ。

(まさか)

 果林は宗介がたまたまと同姓なのだと勝手に解釈していた。

(まさか)

 突然の時給賃上げで辻崎宗介が辻崎株式会社の関係者なのではないか、そう考えた果林は何気なく背後を振り返った。

(うわっ)

 するとそこでけやきの席に座る宗介と視線が合い、「お願いします」とふたたび手招きをされた。

(み、見られていた)

 辻崎株式会社が秘密裏に社員の素行調査をしているのではないかと勘繰った果林の動作は一気に機械染みてぎこちなくなった。

「どうかしましたか」
「なんでもございません」
「表情が堅いですよ、なにかありましたか」

(はい、多分あなたが調査員だからです!)

「いえ、とんでもございません」
「言葉遣いもなんだかぎこちないですね」

(ああーーーー茶茶壷茶壷ちゃちゃつぼちゃつぼにゃ蓋がない状態!茶壷ーーー!)

 宗介は顔を赤らめ視線が落ち着かない果林を見上げて口角を上げた。

「このケーキは果林さんが焼いた物ですか」
「はい、昨夜仕込んで先程焼き上げました」
「スポンジに染みたリキュールのしっとり感、にも関わらず上品です。果実の配合も絶妙ですね」
「ありがとうございます」
「見た目は素朴ですが素材の良さが引き立っている」
「ありがとうございます」

 宗介はケーキをフォークで口に運ぶと破壊力半端ない微笑みを浮かべた。

「確かに温かい味がします」
「はぁ、焼き上げたばかりですから」
「その様な意味ではありませんよ、日向ひなたの様な温かな味がします。人事課課長が話していた通りですね」

(ーーーあぁ、人事課課長さんはズッパイングレーセにオレンジペコ)

 狸のような姿が頭に浮かんだ。それにしても総務課部長に人事課課長と交流があるこの人物は何者なのかと俄然興味が湧いた。

「おい!おい果林!」

 そこで現実に引き戻された。1人の客に何分時間を掛けているんだと和寿の怒号が菓子工房の中から容赦なく果林に浴びせられた。

(ーーーはぁ、お子様だわ)
「またご主人様は賑やかですね」
「ーーーはい」
「お引き留めして申し訳ありませんでした」
「ありがとうございます、失礼致します」

 果林は宗介に会釈し乍ら、脳内で和寿を2回抹殺した。満席でも無い、菓子類は既に焼き上がっている、和寿が接客してもなんら問題は無い。然し乍らパティシエたるもの工房から出てはならないと訳の分からない理由を付け、バックヤードで携帯ゲームに課金をしている。

(ーーー素行調査で厳重注意されるがいいわ!)

 それもこれも明日には解消される。明日は新しいウエイトレス兼ブーランシェリーが出勤して来る。
 

 翌日、果林は遅番出勤だった。

「ねぇ、早番代わろうか?」

 パート採用の杉野恵美が初出勤という事で、果林が早番を代わろうかと和寿に尋ねたが会話の歯切れが悪かった。

「別に良いよ、おまえ昨日早番で疲れてるだろう?」
「はいーーーー?」
「なんだよ」

 和寿が体調を気遣ってくれた事は皆無に近い。何なら発熱していても気付かず勤務させられた事もある。果林は珍しい事もあるものだと思いながら洗濯機のスタートボタンを押した。ぐるぐると回る洗濯物。

「出勤はゆっくりで良いからさ」

 和寿はいつもより丁寧に髭を剃り、ヘアワックスで髪を逆立てた。

「でも女性スタッフのロッカールームは和寿じゃ説明できないでしょ?」
「勤務後か昼休憩の時にでも教えてやれよ」
「混んでいたらお昼は休めないよ」
「大丈夫だよ俺が頑張るから」
(頑張るーーー初めて聞いたわ)

 和寿はそれでも食い下がり「俺に任せろ』と言い張って聞かなかった。

(ーーー変なの)

 洗濯物を済ませ家事をひと通り終えた果林はバスに揺られて会社へと向かった。停留所は会社正面玄関にある、正確には<辻崎ビル前>と会社名がそのまま停留所名になっている。

「おはようございます」
「はい、果林ちゃんおはようさん」

 警備室を通過した辺りで違和感を感じた。地下2階から上昇するエレベーターの中は菊代さんの香水に負けない密な香りが充満していた。1階テナントの販売員も鼻を摘んだ。

「これ、プラダだよね」
「そうそう。キャンディ、男に媚びてるよねぇ」

(プラダのキャンディ、確かに甘い)

 悪い予感がした。

(あぁぁっ大当たりですか)

 その甘ったるい匂いはchez tsujisakiしぇ つじさきへと果林を誘った。

(あ、誰も居ない良かった)

 プラダのキャンディに物申すには利用客が少なければ良いなと思いフロアを横切ったがそれもその筈で出入り口にはcloseの看板が掲げられていた。店内は仄暗くダウンライトも点いていない。

(和寿、なにやってんのよ!)

 観葉植物の隙間から覗くとテーブル席の準備も出来ていなければけやきの庭へと抜けるガラス扉も閉じたままだ。

「和寿!空気の入れ替えぐらい出来るでしょう!」

 果林がテラスのガラス扉を開けながら声を大にすると菓子工房の奥でガタガタと大きな音がした。

「杉野さんは来たの!」
「お、おう。今バックヤードの説明をしていたんだ」

 乱れた気配、匂い立つキャンディの香とボルドーの口紅。

「はじめまして、杉野恵美です。お願いします」
「ーーー初めまして」

 和寿の逆立てた筈の髪の毛は乱れ、杉野恵美の襟足には後れ毛が何本も出ていた。

 杉野恵美の履歴書に貼られた証明写真では判別出来なかったがその肉体はあまりにも魅惑的すぎた。白いカッターシャツに黒いパンツ然し乍らウェストが細い分、豊満な胸と丸みのある尻が強調されchez tsujisakiしぇ つじさきの雰囲気には似つかわしくなかった。

「和寿、ちょっと来て!」

 果林がフロアの隅で手招きすると和寿は渋々といった顔で近づいて来た。その間、杉野恵美はテーブルの上の紙ナフキンの補充やアルコール消毒に勤しんでいた。多少雑ではあるが手際は良い。

「なんだよ」
「和寿、面接はしたの!?」
「なんだよ」
「あれじゃ何処か違う店、夜の店の店員さんじゃない」
「水商売ってか」
「うちも水商売だけど意味が違うでしょう!辻崎の社員さんも驚きよ!」
「はぁーーーーー女の嫉妬は醜いな」
「どういう意味よ」

 和寿は腕を組むと果林の足の爪先から頭の天辺まで眺め大きなため息を吐いた。そして呆れた様な顔付きで言い放った。

「おまえみたいな地味な枯れ枝、誰も喜ばねぇよ」
「それって酷くない?」
「会社のお偉いさんも癒しを求めて来るんだよ、薔薇の花一輪くらい添えても良いじゃねぇか」
「ーーーぐっ」

 果林は和寿に向かってなにも言い返せなかった。素肌に近いナチュラルメイクはそばかすを隠す事なく何処か垢抜けず、丸みを帯びた鼻に木の実の様な丸い目は小動物を連想させた。

(ーーー悔しい!)

 果林は幾つになってもに欠けそれは劣等感を生み出した。それで杉野恵美が気に入らないのだろうか。微妙にその存在が引っ掛かった。

「はい!杉野さんはこれを付けてください!」

 杉野恵美にはサロンエプロンでは無く前身頃が隠れるエプロンを着用して貰った。それに関してもまたもや和寿と一悶着があった。

「これじゃ恵美の魅力が台無しだろう!」
「はぁーー?恵美、もう恵美呼びですか!お気に入りの様ですね!」
「おまえだって果林だろう!統一したんだよ!」

 そんな2人の遣り取りを杉野恵美はほくそ笑んでいた。

「あ!そうです!杉野さん、香水は厳禁です!」
「えぇぇ、からのプレゼントなんですぅ」
「個人的に楽しんで下さい!」
「うわぁ、怖い。分かりましたぁ」
(彼?緊急連絡先って旦那さんの携帯電話番号だったよね?)

 杉野恵美の香水も鼻に付いたが、甘ったるい語尾には辟易した。

 そしてもうひとつ頭の痛い事案が発生した。

「あらぁ、可愛い子!うちのお嫁さんに欲しいわぁ!」
「まぁったら」

 ゲランとプラダが意気投合してしまったのだ。しかも果林には「菊代さん」と呼びなさいと口煩い姑が、昨日今日採用した杉野恵美に「お義母さま」と呼ばれて機嫌を良くしている。

(別に姑の呼び名などどーーーーでも良いですが!)

 その件に関して果林にとっては意に介さぬ事だが問題は香水だ。2種類の香水が混ざり合った異臭はchez tsujisakiしぇ つじさき外の一般フロア迄をも汚染した。シンボルツリーであるけやきの樹を中心に配置されていた木製のベンチから社員の姿が消えた。

「ちょっと、和寿!ちょっと来て!」
「煩ぇなぁ」
「あのね、お義母さんの香水だけでも問題なのに杉野さんの香水、なんとかして貰えないの!」

 和寿はその背中を舐める様に眺め果林を見下ろした。

「もう本人は付けてないって言ってるだろう」
「移り香でしょう!とにかく臭い!」
「なんだよ、香水臭いから解雇にするのか!」
「そこまでは言っていないけれど」

 やがてそのキャンディの移り香がchez tsujisakiしぇ つじさきの売り上げと家計を侵食し始めた。

「和寿、分かっている?」

 和寿の目が左右に泳いだ。

「なにがだよ」
「売り上げ!売り上げが激減してるの!」
「閑散期なだけだろう」
「原因はお義母さんと杉野さんよ!」

 毎日正午にやって来る菊代は杉野恵美をで呼び付けると一緒にサンドイッチを頬張り午後のティータイムを楽しんでいた。

「恵美ちゃんはパン職人さんなのね」
「はい、お義母さま!」
「このサンドイッチ美味しいわぁ」

 果林は心の中で叫んだ。

(その中に挟まっている具材は私が仕込んでいますが、なにか!?)

 日毎に客足は遠のき、時給を支払っている杉野恵美は菊代のおべっか使いで皿の一つも洗わない。

「すみません」
「はい、如何なさいましたか」
「このケーキ塩っぱいんですけれど」
「ええっ!申し訳ございません!」

 和寿も浮き足だちとうとう塩と砂糖を間違えてマチュドニア(フルーツケーキ)の果物を台無しにしてしまった。

「もう赤字に近いわよ!」
「そんな事ないだろう」
「辻崎へのテナント代も危ういわよ!払えなくなったら撤退だからね!」
「そんな訳ねぇじゃん」

 和寿は尻を掻きながらネットゲームに夢中だ。

「なにがそんなに楽しいの」

 果林が携帯電話の画面を覗こうとすると和寿は慌てて立ち上がり「あ、トイレトイレ」と小走りでトイレの扉を閉めた。

(ーーー携帯電話が手放せないとか子どもか!)

 果林がリビングテーブルに目を落とすとパチンコ雑誌の隙間からピンク色の封筒が顔を出していた。普段ならば気にも留めないのだがその日はつい手に取ってしまった。

(督促状)

 それはキャッシングローン返済遅延の督促状だった。

(ーーーなに、これ)

 和寿には月50,000円の小遣いを手渡している。それだけでは足りないなにかにお金を使っている。

(パチンコはもう止めたって言っていたのに、また始めたの!?)

 これは問い詰めるべきか否か、果林は悩んだ。

 洗濯機の中で回るシーツ、公休日で快晴となると大物を洗いたくなる。相変わらず背中合わせの和寿との夜、ならばせめて太陽の匂いに包まれて眠りたい。

(はぁ、気分爽快!でもないな)

 洗濯を繰り返してもプラダのキャンディの香りが家中に充満し思わず袖口や袖、シャツの裾の匂いを嗅いでみた。

(ーーー気のせいか)

 次に果林は下着やワイシャツ等の日常着を洗濯かごから取り出して洗濯機に詰め込み始めた。やはり仄かに匂う蜂蜜のような甘い香り。

「なんなの、よっ!」

 怒り爆発といった風で和寿の私服を掴んだ瞬間匂い立つプラダのキャンディ。微かにではなくダンガリーのシャツに染み込ませた程に臭い。

「え、これ」

 襟足のに付いた深い赤紫の口紅の跡。バックヤードで通り過ぎた際に擦れた程度では無い。

(それに私服)

 キャッシングローンで借入れ始めたのは2ヶ月前、出勤時間が妙に早くなったのも2ヶ月前、面接もせずに杉野恵美の採用を決めた和寿、杉野恵美の初出勤日の朝バックヤードから出て来た2人の髪の毛は乱れ、和寿は杉野恵美を「恵美」と名前で呼んだ。

(ボルドーの口紅、プラダのキャンディ)

 この香水はからの贈り物だと言っていた。

(2人は以前からの知り合いだった?)

 それも深い仲、鈍感な妻を2人であざけり笑っていたのだろうか?果林の疑惑の念は点から線へと繋がっていった。
 果林が公休日のchez tsujisakiしぇ つじさきは痴態に塗れている。この日だけは杉野恵美は膝丈の黒いタイトスカートを履き美しい脚を披露した。

「んぐぅ」

 早朝のバックヤードのテーブルの上で蜂蜜を垂らされた杉野恵美は奥の奥まで舐め取られ喘ぎ声を上げた。和寿は局部を突き出すと床にしゃがんだ彼女に奥まで咥えられ腰を震わせた。

「やだ」

 勤務時間、和寿は菓子工房の中ですれ違いざまに杉野恵美の尻に触れた。

「あっ、駄目」
「気付かれるぞ、手ぇ止めるなよ」

 ラテアートを描く杉野恵美の股座に背後から手を忍ばせた和寿は淫靡なラインをなぞった。規則的に出入りする指先にラテアートの線は小刻みに震えた。

close

 お楽しみはこれからだ。

「早く、早く!」
「待てって」

 和寿のベルトの金具、そしてチャックを下ろす音。下着を取り払った杉野恵美はフロアのソファで大きく脚を開いた。

コツコツコツ

 上下する懐中電灯のライト、守衛の革靴の音が聞こえると2人は挿入したまま通り過ぎるのを待った。そしてまた激しく求め合う。

「んっんっ」

 この背徳感、緊張感は最高の興奮と絶頂をもたらした。

「果林さんのお休みには」
「あっ馬鹿!」

 杉野恵美は果林の公休日に赤いハートマークを描いた。

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