173 / 192
第4章 2人の戦い
4章 第17話
しおりを挟む
玲華は、そのまままっすぐに俺の元へきた。
陽介さんは、空気を察してすっといなくなり、ほかのスタッフさん達も俺の周りからいなくなった。どうやら、スタッフ陣には今のやり取りの内容で察せられてしまったようだ。
「⋯⋯ごめん」
玲華はただ、そう一言だけ謝った。
「あれ、ほんとなのか」
「うん。全部本当の事。嘘偽りのない、本当の私。最低な元カノ持っちゃったね、君」
悪戯そうな笑顔を作ろうとするが、失敗してただ力なく笑っていただけだった。
「できればもう撮影にはこないで欲しい、かな。こんな汚い私のことなんてもう見て欲しくないし⋯⋯もう、どんな顔して君に会えばいいのかわからない」
「汚くなんて⋯⋯」
「汚いよ。全部仕組んでたから。君がここ数日傷ついてた事は、全部私に仕組まれてたってこと。怒っていいよ」
本当にそうなんだろうか。
俺には玲華がそんな事をする人間のように思えなかった。それに、傷付いていたのは俺自身の未熟さのせいだ。全部が全部、玲華が仕組んでいたというのは傲慢だとも思う。いくら俺の事を見透かせるからといっても、俺がどこでどう傷つくかまで彼女が見えていたとは思えない。
ただ、俺が傷ついていたから、そこに便乗していたという事はあったとしても⋯⋯仕組んだというのは言い過ぎなようにも思えた。
「本当にそうなのか?」
「うん。じゃなきゃ、あそこで『撮影を最後まで見てほしい』だなんて言わない」
それは、俺が耐えられなくなって抜け出して、二人で電車で帰った日だ。あの時、撮影を最後まで見て欲しいと彼女は言った。崩れかけていた俺の心を何とか踏みとどまらせた一言でもあった。
「あそこは⋯⋯もう参加するのやめなよって、本当は言ってあげなきゃいけなかったんだよ。君の心が壊れそうなのわかっててさ、それでも君が逃げ出さないように言ったの。もっと壊れてくれなくちゃ⋯⋯いけなかったから」
──結局壊れてくれなかったけどね。
玲華は小さくそう付け足した。
彼女の表情は変わらない。どこか自嘲的で⋯⋯それでいて、悲しげだった。
あの『最後まで見てほしい』という言葉も、俺をここに踏みとどまらせた要因だった。もし凛があの後電話をくれていなかったら、電話で『翔くんがいる事で救われてる』と言ってくれていなかったら、俺は玲華の意図通り、壊れていたのかもしれない。
そう考えると、悲しい。なんだか、裏切られた気分だ。
「お前は⋯⋯そんな事する奴じゃないだろ」
信じたくなかった。だけれど、それを否定するように、玲華は首を横に振った。相変わらず自嘲的な笑みを浮かべていた。
「ショーが変わったように、私も変わったって事だね。それだけだよ。ずっと負け知らずで傲慢不遜な女の子でなんていられないって事。あの日から⋯⋯君と別れた日から、私にはもう自信なんてなかったんだよ」
「⋯⋯⋯」
「もう私と関わらない方がいいよ。リンの為にも、君の為にも」
君達にとって私は疫病神みたいなものだから、と彼女は付け足した。
「今日この日を以て、ショーと私の物語は、完全にお終い。これが私へのペナルティ」
確かに、撮影が終われば、もう関わる事はない。
彼女は東京でこれからも生活するだろうし、俺もここにいる。
接点は、もう何もない。
「私のことは⋯⋯記憶の片隅にでも、追いやっておいて」
最後に少しだけ笑って。
「じゃあね、ショー。バーイ」
寂しそうにそう言って、彼女は踵を返した。
本当に、俺の意思とか気持ちとか、そんなものは無視して、 全部勝手に片付けてしまった。
どうして彼女がこんな行動に出たのか、さっぱりわからなかった。ここまでやる必要があったのだろうか。もっと誰もが傷つかなくて良い方法はあったんじゃないだろうか。
その時、ふと玲華の言葉を思い出す。彼女はさっきの撮影前に、"優菜"は卑怯だと評価していた。
『"優菜"は"達也"のことをよく知ってるから、こうすれば"達也"に断られない、気を惹けるっていう方法も知ってるの。"達也"の優しさに付け込んだ戦い方。"達也"は優しいから、結局そこで"優菜"を見捨てられない⋯⋯それで、最後に"達也"を勝ち取る』
玲華は"優菜"についてこんな分析をしていた。そして、彼女はさっきの撮影でこう話していた。
『私ね、知ってたんだ。どうやったら断られないかも、どうすれば優しくしてくれるかも、どうすれば彼が傷ついて、どうすればこっちを見てくれるかも』
今となってはもう訊けないけども、玲華は自分の気持ちと”優菜”の狡賢さを重ねてしまって、耐えられなくなったのだろうか。だから、そんな自分も、”優菜”ともども罰したくなったという事なのだろうか。
(ただ、それなら何で⋯⋯凛はあんな顔をしていたんだ?)
玲華、いや、”優菜”を抱き締めていた時に見せた、凛のあの表情。あんなに悔しそうにしている凛を俺は見た事がなかった。
その時足音がして、後ろを見ると⋯⋯さっきの撮影での勝者としての"沙織"とは打って変わって、まるで敗北者のように虚ろな表情をした凜がいた。
目が合うと、力なく微笑んでいる。
やっぱり、さっきの表情は気のせいじゃなかった。
「⋯⋯どうした?」
真っ赤に目を腫らしたままの凛は、やっぱり力なく笑ったまま、首を横に振った。
ただ、玲華が自分を罰しているだけなら、なぜ凛がこうなっているのかがわからない。俺には見えない、何か別の意図があったというのだろうか。
「なんでもない」
「⋯⋯なんでもなくないだろ、その顔は」
俺は大きくため息を吐く。散々強がって、なんでもないで済ませてきた俺が言うのもおかしな話だが、明らかにおかしい。
「その⋯⋯合わせる顔がなくて、さ」
おそらく、さっき玲華になんで気付けないんだと言われた事を気にしているのだろう。
「⋯⋯今日、終わるの何時?」
とりあえず、今話しても何も話が進まなそうだ。今は二人きりで話したかった。
「今日はもう撮影ないから、帰り支度したらすぐに帰れるけど⋯⋯」
「じゃあ、待ってるから」
「⋯⋯うん」
凛は相変わらず力なく笑って、頷いた。
陽介さんは、空気を察してすっといなくなり、ほかのスタッフさん達も俺の周りからいなくなった。どうやら、スタッフ陣には今のやり取りの内容で察せられてしまったようだ。
「⋯⋯ごめん」
玲華はただ、そう一言だけ謝った。
「あれ、ほんとなのか」
「うん。全部本当の事。嘘偽りのない、本当の私。最低な元カノ持っちゃったね、君」
悪戯そうな笑顔を作ろうとするが、失敗してただ力なく笑っていただけだった。
「できればもう撮影にはこないで欲しい、かな。こんな汚い私のことなんてもう見て欲しくないし⋯⋯もう、どんな顔して君に会えばいいのかわからない」
「汚くなんて⋯⋯」
「汚いよ。全部仕組んでたから。君がここ数日傷ついてた事は、全部私に仕組まれてたってこと。怒っていいよ」
本当にそうなんだろうか。
俺には玲華がそんな事をする人間のように思えなかった。それに、傷付いていたのは俺自身の未熟さのせいだ。全部が全部、玲華が仕組んでいたというのは傲慢だとも思う。いくら俺の事を見透かせるからといっても、俺がどこでどう傷つくかまで彼女が見えていたとは思えない。
ただ、俺が傷ついていたから、そこに便乗していたという事はあったとしても⋯⋯仕組んだというのは言い過ぎなようにも思えた。
「本当にそうなのか?」
「うん。じゃなきゃ、あそこで『撮影を最後まで見てほしい』だなんて言わない」
それは、俺が耐えられなくなって抜け出して、二人で電車で帰った日だ。あの時、撮影を最後まで見て欲しいと彼女は言った。崩れかけていた俺の心を何とか踏みとどまらせた一言でもあった。
「あそこは⋯⋯もう参加するのやめなよって、本当は言ってあげなきゃいけなかったんだよ。君の心が壊れそうなのわかっててさ、それでも君が逃げ出さないように言ったの。もっと壊れてくれなくちゃ⋯⋯いけなかったから」
──結局壊れてくれなかったけどね。
玲華は小さくそう付け足した。
彼女の表情は変わらない。どこか自嘲的で⋯⋯それでいて、悲しげだった。
あの『最後まで見てほしい』という言葉も、俺をここに踏みとどまらせた要因だった。もし凛があの後電話をくれていなかったら、電話で『翔くんがいる事で救われてる』と言ってくれていなかったら、俺は玲華の意図通り、壊れていたのかもしれない。
そう考えると、悲しい。なんだか、裏切られた気分だ。
「お前は⋯⋯そんな事する奴じゃないだろ」
信じたくなかった。だけれど、それを否定するように、玲華は首を横に振った。相変わらず自嘲的な笑みを浮かべていた。
「ショーが変わったように、私も変わったって事だね。それだけだよ。ずっと負け知らずで傲慢不遜な女の子でなんていられないって事。あの日から⋯⋯君と別れた日から、私にはもう自信なんてなかったんだよ」
「⋯⋯⋯」
「もう私と関わらない方がいいよ。リンの為にも、君の為にも」
君達にとって私は疫病神みたいなものだから、と彼女は付け足した。
「今日この日を以て、ショーと私の物語は、完全にお終い。これが私へのペナルティ」
確かに、撮影が終われば、もう関わる事はない。
彼女は東京でこれからも生活するだろうし、俺もここにいる。
接点は、もう何もない。
「私のことは⋯⋯記憶の片隅にでも、追いやっておいて」
最後に少しだけ笑って。
「じゃあね、ショー。バーイ」
寂しそうにそう言って、彼女は踵を返した。
本当に、俺の意思とか気持ちとか、そんなものは無視して、 全部勝手に片付けてしまった。
どうして彼女がこんな行動に出たのか、さっぱりわからなかった。ここまでやる必要があったのだろうか。もっと誰もが傷つかなくて良い方法はあったんじゃないだろうか。
その時、ふと玲華の言葉を思い出す。彼女はさっきの撮影前に、"優菜"は卑怯だと評価していた。
『"優菜"は"達也"のことをよく知ってるから、こうすれば"達也"に断られない、気を惹けるっていう方法も知ってるの。"達也"の優しさに付け込んだ戦い方。"達也"は優しいから、結局そこで"優菜"を見捨てられない⋯⋯それで、最後に"達也"を勝ち取る』
玲華は"優菜"についてこんな分析をしていた。そして、彼女はさっきの撮影でこう話していた。
『私ね、知ってたんだ。どうやったら断られないかも、どうすれば優しくしてくれるかも、どうすれば彼が傷ついて、どうすればこっちを見てくれるかも』
今となってはもう訊けないけども、玲華は自分の気持ちと”優菜”の狡賢さを重ねてしまって、耐えられなくなったのだろうか。だから、そんな自分も、”優菜”ともども罰したくなったという事なのだろうか。
(ただ、それなら何で⋯⋯凛はあんな顔をしていたんだ?)
玲華、いや、”優菜”を抱き締めていた時に見せた、凛のあの表情。あんなに悔しそうにしている凛を俺は見た事がなかった。
その時足音がして、後ろを見ると⋯⋯さっきの撮影での勝者としての"沙織"とは打って変わって、まるで敗北者のように虚ろな表情をした凜がいた。
目が合うと、力なく微笑んでいる。
やっぱり、さっきの表情は気のせいじゃなかった。
「⋯⋯どうした?」
真っ赤に目を腫らしたままの凛は、やっぱり力なく笑ったまま、首を横に振った。
ただ、玲華が自分を罰しているだけなら、なぜ凛がこうなっているのかがわからない。俺には見えない、何か別の意図があったというのだろうか。
「なんでもない」
「⋯⋯なんでもなくないだろ、その顔は」
俺は大きくため息を吐く。散々強がって、なんでもないで済ませてきた俺が言うのもおかしな話だが、明らかにおかしい。
「その⋯⋯合わせる顔がなくて、さ」
おそらく、さっき玲華になんで気付けないんだと言われた事を気にしているのだろう。
「⋯⋯今日、終わるの何時?」
とりあえず、今話しても何も話が進まなそうだ。今は二人きりで話したかった。
「今日はもう撮影ないから、帰り支度したらすぐに帰れるけど⋯⋯」
「じゃあ、待ってるから」
「⋯⋯うん」
凛は相変わらず力なく笑って、頷いた。
0
お気に入りに追加
260
あなたにおすすめの小説
大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話
家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。
高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。
全く勝ち目がないこの恋。
潔く諦めることにした。
未来の貴方にさよならの花束を
まったりさん
青春
小夜曲ユキ、そんな名前の女の子が誠のもとに現れた。
友人を作りたくなかった誠は彼女のことを邪険に扱うが、小夜曲ユキはそんなこと構うものかと誠の傍に寄り添って来る。
小夜曲ユキには誠に関わらなければならない「理由」があった。
小夜曲ユキが誠に関わる、その理由とは――!?
この出会いは、偶然ではなく必然で――
――桜が織りなす、さよならの物語。
貴方に、さよならの言葉を――
愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた
迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」
待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。
「え……あの、どうし……て?」
あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。
彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。
ーーーーーーーーーーーーー
侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。
吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。
自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。
だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。
婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。
※基本的にゆるふわ設定です。
※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます
※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。
※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
神様自学
天ノ谷 霙
青春
ここは霜月神社。そこの神様からとある役職を授かる夕音(ゆうね)。
それは恋心を感じることができる、不思議な力を使う役職だった。
自分の恋心を中心に様々な人の心の変化、思春期特有の感情が溢れていく。
果たして、神様の裏側にある悲しい過去とは。
人の恋心は、どうなるのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる