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第4章 2人の戦い
4章 第12話
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撮影に参加し始めてから数週間が過ぎた頃、撮影は終盤に差し掛かっていいた。俺は毎日欠かさず撮影現場に足を運んだ。平日も土日もお構いなし。もちろん、ちゃんと学校には行っている。
この1か月、凛は学校をほとんど休んでいた。さすがにもう映画の撮影だというのは学校中にバレているが、凛は上手く濁しているようだった。出席するのは週に1回や2回。出席日数が大丈夫なのかという心配もあるが、撮影が終わってから頑張れば問題ないそうだ。撮影中は撮影を頑張り、撮影が終わったらまた頑張り⋯⋯凛はいつ休む気なのだろうか。
気がかりな事は他にもある。準備期間の少なさか、はたまた疲れが影響しているのかわからないが、後半になるにつれて、凛のNGが多くなっていたのだ。
単純に睡眠不足というのもありそうだ。本人はちゃんと寝ていると否定しているが、表情を見ればわかる。彼女は、おそらくあまり寝ていない。
撮影がオフの日は普通に学校に朝から出席しているし、土日は撮影で丸一日潰れている。凛には休みという休みがないのだ。
そして、NGが多くなれば、凛は余計に努力をする。人に見えないところで、寝ないで彼女は練習に打ち込む。彼女自身、口数が少なくなっていて、撮影当初のような軽口を交わす余裕はもうない。
今だってそうだ。今は凛の休憩時間。撮影場所が前の古びた公園の近くだったので、その公園に連れて行ったが、凛は何も話さなかった。
ベンチに並んで座っていても、俺の手を両手で握って、よりかかっているだけだ。寒さからか、その手が震えている。ロケバスで少しでも寝た方が良いんじゃないかと薦めたが、彼女は俺と二人になりたいと言ってくれた。
「本当に大丈夫か?」
「うん⋯⋯ちょっと疲れてるけど、平気」
ちょっと疲れているどころではないような気がした。疲労困憊という様子だ。
「オフの日は学校休んで寝ればいいのに」
「それは嫌。っていうかさ、ただでさえ出席日数やばいのに、もしこの後病気とかにかかったらそれこそ補習じゃすまなくなっちゃう」
凛が学校を休まない理由はこれだった。もし何らかの体調不良で学校に行けなくなった時に、出席日数がギリギリだと休むに休めないと考えたのだろう。
それは間違いだとは思わないし凄いとは思うが、今がそんなに大変なら休んでもいいと思うのだ。
「補習の前に倒れそうで心配なんだけど」
「大丈夫だって。そんな事言い始めたらさ、大変なのは私だけじゃなくて、翔くんも同じでしょ? 私が休んでないのと同じように、翔くんも休んでないわけだし。私からすれば、そっちの方が心配だよ。翔くんこそ、平気なの?」
「俺は平気だよ」
そう答えると、彼女は「そっか」と困ったように笑った。
俺の大変さなんて、凛に比べたら全然大した事はない。責任もないし、大きなミスがあるわけでもない。俺の仕事なんて、自分の精神を保つ為にやっているようなものだ。
「大変なのは凛だろ?」
「ううん⋯⋯私の場合、今つらいのは、体力的にじゃなくて、精神的な方だからさ」
「何かあったのか?」
「⋯⋯何も」
彼女は少しだけ言葉を詰まらせた。何か問題があったとは陽介さんからも聞いていない。撮影自体は問題なく進んでいるし、揉め事やトラブルもなかった。ただ、凛の体調をみんなが心配していたのは事実だった。
「色々積み重なってきて、ちょっと心が疲れてきちゃってるだけ。でも、翔くんがこうしてくれてるだけで、私はまだ頑張れるからさ」
凛は微笑んで、それ以上何も言わなかった。それからすぐに彼女はうとうととしていたので、彼女に肩を貸してやると、幸せそうに目を閉じていた。
もしかすると⋯⋯いや、もしかしなくても、凛は凛で、強がっているのだろう。そんな彼女の支えになれている事そのものが、俺の支えにもなっていた。
撮影も後半になると、"優菜"も"沙織"も"達也"と接触する機会も増えた。そうした接触をしている度に、"優菜"も"沙織"も、きっと"達也"にときめいていて、好きなんだろうな、というドキドキした表情を何度も見せている。
"達也"は"沙織"の手も握るし、"優菜"にハグもしている。割と糞野郎だなと思いはしたが、自分もあまり人のことは言えなかった。
一番驚くべくは、それを見ても、前のように不安や嫉妬などを感じなくなっていた事だ。
凛や玲華が、とは思えず、もう"優菜"と"沙織"が、と見るようになっていた。
人間の心というのは、自分が傷つきそうだとわかると、何かフィルターをかけるようだ。結構便利である。
もちろん、それだけではない。スタッフさんが気安く話し掛けてくれるようになったのが何より大きい。犬飼監督も俺を見掛けると「手伝ってくれるのは有り難いが、あまり無理しないようにな」と心配してくれた。
こうして誰かに認知されて、話し掛けてもらえるのは、それだけで心を救ってくれるのだ。俺は雑用を手伝う事で救われていると、改めて感じた。
そして、そんな生活も残り僅か。撮影日数がスケジュール上でいうと、残り5日。
今回は、大一番の見せ場といっても過言ではないシーンの撮影だ。
"優菜"と"沙織"の直接対決。そして、このシーンの撮影で⋯⋯また波乱が起きたのだった。
この1か月、凛は学校をほとんど休んでいた。さすがにもう映画の撮影だというのは学校中にバレているが、凛は上手く濁しているようだった。出席するのは週に1回や2回。出席日数が大丈夫なのかという心配もあるが、撮影が終わってから頑張れば問題ないそうだ。撮影中は撮影を頑張り、撮影が終わったらまた頑張り⋯⋯凛はいつ休む気なのだろうか。
気がかりな事は他にもある。準備期間の少なさか、はたまた疲れが影響しているのかわからないが、後半になるにつれて、凛のNGが多くなっていたのだ。
単純に睡眠不足というのもありそうだ。本人はちゃんと寝ていると否定しているが、表情を見ればわかる。彼女は、おそらくあまり寝ていない。
撮影がオフの日は普通に学校に朝から出席しているし、土日は撮影で丸一日潰れている。凛には休みという休みがないのだ。
そして、NGが多くなれば、凛は余計に努力をする。人に見えないところで、寝ないで彼女は練習に打ち込む。彼女自身、口数が少なくなっていて、撮影当初のような軽口を交わす余裕はもうない。
今だってそうだ。今は凛の休憩時間。撮影場所が前の古びた公園の近くだったので、その公園に連れて行ったが、凛は何も話さなかった。
ベンチに並んで座っていても、俺の手を両手で握って、よりかかっているだけだ。寒さからか、その手が震えている。ロケバスで少しでも寝た方が良いんじゃないかと薦めたが、彼女は俺と二人になりたいと言ってくれた。
「本当に大丈夫か?」
「うん⋯⋯ちょっと疲れてるけど、平気」
ちょっと疲れているどころではないような気がした。疲労困憊という様子だ。
「オフの日は学校休んで寝ればいいのに」
「それは嫌。っていうかさ、ただでさえ出席日数やばいのに、もしこの後病気とかにかかったらそれこそ補習じゃすまなくなっちゃう」
凛が学校を休まない理由はこれだった。もし何らかの体調不良で学校に行けなくなった時に、出席日数がギリギリだと休むに休めないと考えたのだろう。
それは間違いだとは思わないし凄いとは思うが、今がそんなに大変なら休んでもいいと思うのだ。
「補習の前に倒れそうで心配なんだけど」
「大丈夫だって。そんな事言い始めたらさ、大変なのは私だけじゃなくて、翔くんも同じでしょ? 私が休んでないのと同じように、翔くんも休んでないわけだし。私からすれば、そっちの方が心配だよ。翔くんこそ、平気なの?」
「俺は平気だよ」
そう答えると、彼女は「そっか」と困ったように笑った。
俺の大変さなんて、凛に比べたら全然大した事はない。責任もないし、大きなミスがあるわけでもない。俺の仕事なんて、自分の精神を保つ為にやっているようなものだ。
「大変なのは凛だろ?」
「ううん⋯⋯私の場合、今つらいのは、体力的にじゃなくて、精神的な方だからさ」
「何かあったのか?」
「⋯⋯何も」
彼女は少しだけ言葉を詰まらせた。何か問題があったとは陽介さんからも聞いていない。撮影自体は問題なく進んでいるし、揉め事やトラブルもなかった。ただ、凛の体調をみんなが心配していたのは事実だった。
「色々積み重なってきて、ちょっと心が疲れてきちゃってるだけ。でも、翔くんがこうしてくれてるだけで、私はまだ頑張れるからさ」
凛は微笑んで、それ以上何も言わなかった。それからすぐに彼女はうとうととしていたので、彼女に肩を貸してやると、幸せそうに目を閉じていた。
もしかすると⋯⋯いや、もしかしなくても、凛は凛で、強がっているのだろう。そんな彼女の支えになれている事そのものが、俺の支えにもなっていた。
撮影も後半になると、"優菜"も"沙織"も"達也"と接触する機会も増えた。そうした接触をしている度に、"優菜"も"沙織"も、きっと"達也"にときめいていて、好きなんだろうな、というドキドキした表情を何度も見せている。
"達也"は"沙織"の手も握るし、"優菜"にハグもしている。割と糞野郎だなと思いはしたが、自分もあまり人のことは言えなかった。
一番驚くべくは、それを見ても、前のように不安や嫉妬などを感じなくなっていた事だ。
凛や玲華が、とは思えず、もう"優菜"と"沙織"が、と見るようになっていた。
人間の心というのは、自分が傷つきそうだとわかると、何かフィルターをかけるようだ。結構便利である。
もちろん、それだけではない。スタッフさんが気安く話し掛けてくれるようになったのが何より大きい。犬飼監督も俺を見掛けると「手伝ってくれるのは有り難いが、あまり無理しないようにな」と心配してくれた。
こうして誰かに認知されて、話し掛けてもらえるのは、それだけで心を救ってくれるのだ。俺は雑用を手伝う事で救われていると、改めて感じた。
そして、そんな生活も残り僅か。撮影日数がスケジュール上でいうと、残り5日。
今回は、大一番の見せ場といっても過言ではないシーンの撮影だ。
"優菜"と"沙織"の直接対決。そして、このシーンの撮影で⋯⋯また波乱が起きたのだった。
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