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第3章 大切なもの
天使の寝顔④
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「じゃあ、そろそろ本題のやつ⋯⋯見てもらおうかな」
1時間くらい談笑しただろうか。
空が暗くなってきたこともあってか、凛がそう切り出した。
少し表情は緊張していた。
「これ台本。ここからやるから」
台本を出してページを開いて、こちらに渡してくる。
色々メモ書きが書かれていて、彼女の試行錯誤っぷりがよく伝わった。
「あ。やりたかったら、"達也"のとこやっていいよ?」
「やだよ」
こっちは素人だぞ。どうして恥をかかなきゃいけないんだ。
「でも、やってくれた方が、臨場感出て良い演技できるかも」
「⋯⋯まあ、読むだけなら」
凛にお願いされると、結局OKしてしまう。
我ながら意思の弱さにはうんざりするが、凛が嬉しそうにしているので、恥をかくのも良いだろう。
始めるね、と言って凛が立ち上がったので、俺も釣られて立ち上がる。
彼女がこちらをじっと見てきたかと思うと、ぱっと明るい笑顔になって、手を振る。
「『あ、達也くーん!こっちこっち!』」
思ったより大きな声で話し出したので、少し驚いてしまう。ただ、これは、少し遠くにいる達也を見つけて沙織が声をかけるシーンだ。むしろそれくらいでないといけない。
「『お、おおー、沙織。ど、どうしたの? こんなところで』」。
自分で読んでて恥ずかしくなるほど、棒読みだった。しかもどもってる。大根役者ですらない。それ以下だ。
それを見た凛は、次のセリフにはいかず、
「あー⋯⋯その、やっぱり私ひとりでやろうかな。あはは」
と、頬を掻いていた。
練習相手、一瞬でクビ宣告。
(⋯⋯だから嫌だって言ったのに)
むすっとして、座り込む。本当に恥をかいただけだった。
その後、彼女はひとりで自分のセリフの演技だけを演じていた。相手が話したところは空白で、話した間隔も想定しつつ、動作も交えていた。
凛を見ているだけで、相手役の陽介さんの姿も浮かんでくるし、背景も想像できた。
(凄いなぁ⋯⋯凛は)
たった2日。
たった2日で役の特性を捉えていて、自分のものにできているように感じた。
凛だけど、"沙織"。玲華の時もそうだったが、自分の存在と役割を上手くミックスしているように思える。役者はすごいな。
凛は今、"達也"──と言っても今この場にはいないが──に抱いている好意を隠しながらも、話ていてドキドキしている女の子"沙織"を演じていた。
まるで凛が誰かに恋をしているみたいで、それを見ているのが少し腹が立つくらいだった。
(ただ⋯⋯)
少し気になる点もあった。
それは、原作と映画編ではちょっと異なる部分が大きくなりすぎているところだ。
犬飼監督の映画版『記憶の片隅に』のストーリーを詳しく話と、こうだ。
"達也"は、高校1年の頃、精神病を患っていた母親に対して「めんどくせえ」と一言言ってしまう。達也の母親は、その言葉をキッカケに自殺してしまい、自分の発言をひどく後悔し、自責の念で閉じこもる。”優菜”は幼馴染として、落ち込んでいる彼を慰めようと、ずっと気にかけていた。もともと”優菜”は昔から”達也”の事を好いていたが、状況を鑑みても、恋愛をしている場合ではないと思い、とにかく献身的に接する。ひょんなところに、"達也"は”沙織”と出会い、”沙織”はそんなどこか退廃的な雰囲気を持つ"達也”に惹かれ、猛烈にアプローチをかける。その状況に焦った”優菜”も初めて自分の本当の気持ちと向き合い、打ち明けて、最終的に”達也”とゴールインする⋯⋯というストーリーだ。
どこかこのストーリーに見覚えがあると思っていたら、俺も何度か原作を読んだ事があった。
確か⋯⋯そう。玲華の家で。
何の皮肉かはわからないが、俺が玲華に別れを切り出された当日に彼女の部屋でぼんやり読んでいた漫画がこの『記憶の片隅に』だったのだ。
その内容を思い出してみると、原作のヒロイン"優菜"と"沙織"のイメージは、玲華と凛とは大きく異なる。
まず、原作では、幼馴染"優菜"は玲華ほど強いイメージはない。どちらかというと、”沙織”のほうが強気で攻めていて、それに焦った"優菜"が頑張って、最後は自分の意思を貫く強さを見せる、という展開だったように思う。
(俺の中では”沙織”が玲華、"優菜"が凛、だな⋯⋯)
原作を思い出した今、犬飼監督が玲華の役作りに気にくわなかった理由がわかった。
玲華が作った”優菜”は確かに完璧だと思ったが、原作よりも強すぎるのだ。あれでは”沙織”はもっと強くなければならない。そこの違和感がぬぐえなかったのだろう。そして、そんな”沙織”を前任のサヤカちゃんが演じられるはずがない。だからこそ、犬飼監督は玲華の役作りにケチをつけた。原作と変わり過ぎることに少し迷い、且つライバル役の女の子がライバルとして成立しないのだと思われる。
そして、凛の役作り。
これまた本人の人柄とミックスしてしまっているからか、凛が作る”沙織”は、原作の”沙織”のように、強くない。でも、ひたむきな恋を一生懸命頑張る女の子、という別の”沙織”になっていて、完成しているのだ。
原作を思い出してなければ、なんとも思わなかった。
玲華の役も凛の役も完璧、で済んでいた。
(これは⋯⋯どうなんだ⋯⋯?)
そう思いながら見ていると、1シーンの演技が終わった。
「⋯⋯どうだった?」
不安げに訊いてくる。
「うん、良かったよ。凛が”沙織”になっていて、達也のことが好きな女の子になってたから、嫉妬した」
原作との乖離は置いておいて、正直な感想を話した。
「ほんと? やった♪」
凛は大袈裟に喜んでみせた。ただ、そのあとで溜息を吐いて、やっぱりいつもの眉根を寄せて困ったような笑みを作っていた。
1時間くらい談笑しただろうか。
空が暗くなってきたこともあってか、凛がそう切り出した。
少し表情は緊張していた。
「これ台本。ここからやるから」
台本を出してページを開いて、こちらに渡してくる。
色々メモ書きが書かれていて、彼女の試行錯誤っぷりがよく伝わった。
「あ。やりたかったら、"達也"のとこやっていいよ?」
「やだよ」
こっちは素人だぞ。どうして恥をかかなきゃいけないんだ。
「でも、やってくれた方が、臨場感出て良い演技できるかも」
「⋯⋯まあ、読むだけなら」
凛にお願いされると、結局OKしてしまう。
我ながら意思の弱さにはうんざりするが、凛が嬉しそうにしているので、恥をかくのも良いだろう。
始めるね、と言って凛が立ち上がったので、俺も釣られて立ち上がる。
彼女がこちらをじっと見てきたかと思うと、ぱっと明るい笑顔になって、手を振る。
「『あ、達也くーん!こっちこっち!』」
思ったより大きな声で話し出したので、少し驚いてしまう。ただ、これは、少し遠くにいる達也を見つけて沙織が声をかけるシーンだ。むしろそれくらいでないといけない。
「『お、おおー、沙織。ど、どうしたの? こんなところで』」。
自分で読んでて恥ずかしくなるほど、棒読みだった。しかもどもってる。大根役者ですらない。それ以下だ。
それを見た凛は、次のセリフにはいかず、
「あー⋯⋯その、やっぱり私ひとりでやろうかな。あはは」
と、頬を掻いていた。
練習相手、一瞬でクビ宣告。
(⋯⋯だから嫌だって言ったのに)
むすっとして、座り込む。本当に恥をかいただけだった。
その後、彼女はひとりで自分のセリフの演技だけを演じていた。相手が話したところは空白で、話した間隔も想定しつつ、動作も交えていた。
凛を見ているだけで、相手役の陽介さんの姿も浮かんでくるし、背景も想像できた。
(凄いなぁ⋯⋯凛は)
たった2日。
たった2日で役の特性を捉えていて、自分のものにできているように感じた。
凛だけど、"沙織"。玲華の時もそうだったが、自分の存在と役割を上手くミックスしているように思える。役者はすごいな。
凛は今、"達也"──と言っても今この場にはいないが──に抱いている好意を隠しながらも、話ていてドキドキしている女の子"沙織"を演じていた。
まるで凛が誰かに恋をしているみたいで、それを見ているのが少し腹が立つくらいだった。
(ただ⋯⋯)
少し気になる点もあった。
それは、原作と映画編ではちょっと異なる部分が大きくなりすぎているところだ。
犬飼監督の映画版『記憶の片隅に』のストーリーを詳しく話と、こうだ。
"達也"は、高校1年の頃、精神病を患っていた母親に対して「めんどくせえ」と一言言ってしまう。達也の母親は、その言葉をキッカケに自殺してしまい、自分の発言をひどく後悔し、自責の念で閉じこもる。”優菜”は幼馴染として、落ち込んでいる彼を慰めようと、ずっと気にかけていた。もともと”優菜”は昔から”達也”の事を好いていたが、状況を鑑みても、恋愛をしている場合ではないと思い、とにかく献身的に接する。ひょんなところに、"達也"は”沙織”と出会い、”沙織”はそんなどこか退廃的な雰囲気を持つ"達也”に惹かれ、猛烈にアプローチをかける。その状況に焦った”優菜”も初めて自分の本当の気持ちと向き合い、打ち明けて、最終的に”達也”とゴールインする⋯⋯というストーリーだ。
どこかこのストーリーに見覚えがあると思っていたら、俺も何度か原作を読んだ事があった。
確か⋯⋯そう。玲華の家で。
何の皮肉かはわからないが、俺が玲華に別れを切り出された当日に彼女の部屋でぼんやり読んでいた漫画がこの『記憶の片隅に』だったのだ。
その内容を思い出してみると、原作のヒロイン"優菜"と"沙織"のイメージは、玲華と凛とは大きく異なる。
まず、原作では、幼馴染"優菜"は玲華ほど強いイメージはない。どちらかというと、”沙織”のほうが強気で攻めていて、それに焦った"優菜"が頑張って、最後は自分の意思を貫く強さを見せる、という展開だったように思う。
(俺の中では”沙織”が玲華、"優菜"が凛、だな⋯⋯)
原作を思い出した今、犬飼監督が玲華の役作りに気にくわなかった理由がわかった。
玲華が作った”優菜”は確かに完璧だと思ったが、原作よりも強すぎるのだ。あれでは”沙織”はもっと強くなければならない。そこの違和感がぬぐえなかったのだろう。そして、そんな”沙織”を前任のサヤカちゃんが演じられるはずがない。だからこそ、犬飼監督は玲華の役作りにケチをつけた。原作と変わり過ぎることに少し迷い、且つライバル役の女の子がライバルとして成立しないのだと思われる。
そして、凛の役作り。
これまた本人の人柄とミックスしてしまっているからか、凛が作る”沙織”は、原作の”沙織”のように、強くない。でも、ひたむきな恋を一生懸命頑張る女の子、という別の”沙織”になっていて、完成しているのだ。
原作を思い出してなければ、なんとも思わなかった。
玲華の役も凛の役も完璧、で済んでいた。
(これは⋯⋯どうなんだ⋯⋯?)
そう思いながら見ていると、1シーンの演技が終わった。
「⋯⋯どうだった?」
不安げに訊いてくる。
「うん、良かったよ。凛が”沙織”になっていて、達也のことが好きな女の子になってたから、嫉妬した」
原作との乖離は置いておいて、正直な感想を話した。
「ほんと? やった♪」
凛は大袈裟に喜んでみせた。ただ、そのあとで溜息を吐いて、やっぱりいつもの眉根を寄せて困ったような笑みを作っていた。
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