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第2章 久瀬玲華
久瀬玲華④
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「お前なんでここにいるんだよ」
「ん? 映画の撮影。言わなかった?」
コーヒーをかき混ぜながらしれっと言いやがる。
訊く暇すら与えなかったくせに何言ってるんだこいつは。
「映画の撮影って⋯⋯まさか」
「そう、犬飼監督の次回作。いきなり主演女優で大役を任されちゃってるのだよ。すごいでしょ。ほめてくれたっていいのだよ?」
にやり、とやや演技じみた笑みを作りながら言う。彼女は本当に自信に満ち溢れている。そして、それが何よりも彼女らしいと思ってしまうのだった。
(⋯⋯⋯⋯⋯⋯)
待てよ。犬飼監督の作品で主演? それって凛の話からすると⋯⋯。
「ってぇと、待てよ⋯⋯お前犬飼監督と寝たの?」
「はあ? 何言ってるの? アホなの? 死ぬの?」
彼女はいったんコーヒーを飲むのをやめると、呆れたように聞き返してくる。
「いや、違うならそれでいいよ」
凛とは状況が違うのか、それとも、玲華には必要なかったのか。どちらにしても、凛に対しては失礼な話だ。
「あ、リンからオーディションのこと、何か聞いたの?」
「⋯⋯まあ、ちょっとだけ」
なるほど、と合点がいったように彼女はまた笑った。
シロップの入ってしまったコーヒーを飲んでみると、案の定顔が歪んだ。
甘い⋯⋯とても飲めた代物ではない。よくこんなものを飲んでいたものだ。マスターには申し訳ないけど残そう。
「そういう誘いはあったよ。最初の面接で」
「え!?」
ということはやはり⋯⋯寝たのか、監督と。
「秒で断ったけどね。それならやりません帰りますって。そしたら合格って」
「はああ?」
今度は俺が首を傾げる。
「即決で断れるくらいの自信満々な女をご所望だったみたいよ、監督は。失礼しちゃうよね? こんなか弱い乙女を捕まえて」
冗談っぽく言いながら、ちゅーっとストローでアイスコーヒーを飲む。
やはり、こいつは違うんだな、と思わされた。
著名な監督を前にして不遜な態度を取れる⋯⋯それが久瀬玲華なのだ。対して、凛はショックを受けてしまった。そこで自信を失って、悩み苦しんで、結果として辞めることを選んだのだ。
ここでも凛と玲華の自信の差が明確に出てしまった。
監督はきっと⋯⋯内面的な本当の自信を見たかったのだ。本当に自信があるのか、それともそれは見せかけなのか。
思えば、女子高生に枕営業を強いる監督がいつまでも名監督として語られ続けていることすらおかしい。カマをかけて相手の本質を見抜こうとしたのだろう。
「だから、安心して?」
「なにを」
「私の体を知ってるのはショーだけだから♪」
胸をくいっと寄せて谷間を作って屈んで見せ、魅惑的に微笑みかけてくる。
一方俺は、ブフッとコーヒーを噴き出した。カウンターの奥でもマスターの咳き込む声が聞こえた。
「お、おまっ⋯⋯!」
一瞬⋯⋯ほんの一瞬だけ、脳裏に玲華との事を思い出してしまった。
「あ、そろそろ休憩終わりかな。あんまり長いこと抜けてるとマネージャーに怒られそうだし」
玲華は腕時計で時間を確認すると、伝票を持ってそのまま支払いを済ませてしまった。
「今度はショーが奢ってね。バーイ♪」
カランカラン、とドアが閉まる。
茫然自失と、玲華を見送る俺とマスター。
「嵐みたいな子だね⋯⋯」
マスターがはあ、とあっけにとられたように溜め息を吐いた。
台風だ。ほんとに台風だ。日本列島を端から端まで縦断していきやがる。
「マスター、一応念の為に言っておくけど、今日のことは内密に⋯⋯」
「わかってるよ。それにしても、君は良い人生を送ってそうだね」
「どう見ても嵐みたいな人生だろ、これ⋯⋯」
マスターの皮肉を背中に受け、俺は店を出た。
学校に帰ったら帰ったで遅いだのと散々なじられた。タイミング悪くバスが来なかったと言い張ったけど、苦しい言い訳だった。
厄日にもほどがある。だが、こんなの厄日でもなんでもない。これからもっと厄日がくる。そんなことはわかりきっていたのだ。あいつがいる限り。
「ん? 映画の撮影。言わなかった?」
コーヒーをかき混ぜながらしれっと言いやがる。
訊く暇すら与えなかったくせに何言ってるんだこいつは。
「映画の撮影って⋯⋯まさか」
「そう、犬飼監督の次回作。いきなり主演女優で大役を任されちゃってるのだよ。すごいでしょ。ほめてくれたっていいのだよ?」
にやり、とやや演技じみた笑みを作りながら言う。彼女は本当に自信に満ち溢れている。そして、それが何よりも彼女らしいと思ってしまうのだった。
(⋯⋯⋯⋯⋯⋯)
待てよ。犬飼監督の作品で主演? それって凛の話からすると⋯⋯。
「ってぇと、待てよ⋯⋯お前犬飼監督と寝たの?」
「はあ? 何言ってるの? アホなの? 死ぬの?」
彼女はいったんコーヒーを飲むのをやめると、呆れたように聞き返してくる。
「いや、違うならそれでいいよ」
凛とは状況が違うのか、それとも、玲華には必要なかったのか。どちらにしても、凛に対しては失礼な話だ。
「あ、リンからオーディションのこと、何か聞いたの?」
「⋯⋯まあ、ちょっとだけ」
なるほど、と合点がいったように彼女はまた笑った。
シロップの入ってしまったコーヒーを飲んでみると、案の定顔が歪んだ。
甘い⋯⋯とても飲めた代物ではない。よくこんなものを飲んでいたものだ。マスターには申し訳ないけど残そう。
「そういう誘いはあったよ。最初の面接で」
「え!?」
ということはやはり⋯⋯寝たのか、監督と。
「秒で断ったけどね。それならやりません帰りますって。そしたら合格って」
「はああ?」
今度は俺が首を傾げる。
「即決で断れるくらいの自信満々な女をご所望だったみたいよ、監督は。失礼しちゃうよね? こんなか弱い乙女を捕まえて」
冗談っぽく言いながら、ちゅーっとストローでアイスコーヒーを飲む。
やはり、こいつは違うんだな、と思わされた。
著名な監督を前にして不遜な態度を取れる⋯⋯それが久瀬玲華なのだ。対して、凛はショックを受けてしまった。そこで自信を失って、悩み苦しんで、結果として辞めることを選んだのだ。
ここでも凛と玲華の自信の差が明確に出てしまった。
監督はきっと⋯⋯内面的な本当の自信を見たかったのだ。本当に自信があるのか、それともそれは見せかけなのか。
思えば、女子高生に枕営業を強いる監督がいつまでも名監督として語られ続けていることすらおかしい。カマをかけて相手の本質を見抜こうとしたのだろう。
「だから、安心して?」
「なにを」
「私の体を知ってるのはショーだけだから♪」
胸をくいっと寄せて谷間を作って屈んで見せ、魅惑的に微笑みかけてくる。
一方俺は、ブフッとコーヒーを噴き出した。カウンターの奥でもマスターの咳き込む声が聞こえた。
「お、おまっ⋯⋯!」
一瞬⋯⋯ほんの一瞬だけ、脳裏に玲華との事を思い出してしまった。
「あ、そろそろ休憩終わりかな。あんまり長いこと抜けてるとマネージャーに怒られそうだし」
玲華は腕時計で時間を確認すると、伝票を持ってそのまま支払いを済ませてしまった。
「今度はショーが奢ってね。バーイ♪」
カランカラン、とドアが閉まる。
茫然自失と、玲華を見送る俺とマスター。
「嵐みたいな子だね⋯⋯」
マスターがはあ、とあっけにとられたように溜め息を吐いた。
台風だ。ほんとに台風だ。日本列島を端から端まで縦断していきやがる。
「マスター、一応念の為に言っておくけど、今日のことは内密に⋯⋯」
「わかってるよ。それにしても、君は良い人生を送ってそうだね」
「どう見ても嵐みたいな人生だろ、これ⋯⋯」
マスターの皮肉を背中に受け、俺は店を出た。
学校に帰ったら帰ったで遅いだのと散々なじられた。タイミング悪くバスが来なかったと言い張ったけど、苦しい言い訳だった。
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