上 下
74 / 192
第2章 久瀬玲華

友達

しおりを挟む
 結局俺と凛は、直帰した。半分凛を引っ張るようにして帰った。
 集合時間よりは早かったが、俺達に出来る事は無かった。
 凛とも何も話していない。虚ろな表情をして、弱々しく俺の手を握っていただけだった。
 ホテルに戻ってからは、俺も自分の部屋に戻って引きこもった。夕食の時だけ大食堂に行って顔を出し、すぐに部屋に戻った。
 何も考えたくなかったし、何も見たくなかった。あんな辛そうな凛も見たくない。あんなに辛そうな玲華の事も考えたくない。
 幸いにもホテルは二人部屋で純哉と同室だったから、純哉がちょっかい出してくる以外は特に問題無かった。純哉も何度かシカトすれば諦めて一人で携帯型ゲーム機でを遊んでいた。

(くそ……)

 何で吉祥寺なんて行ってしまったんだ。せめて高円寺にすれば良かった。下北沢でも新宿でもよかった。そうすれば会わなかったのに。凛もあんなに傷つかなかったのに。
 そんなどうでもいい後悔が襲ってくる。

「うっわー……こっちも同じ空気かよ」

 ノックもせずに部屋の扉が開いたかと思うと、赤茶髪の女が上下ジャージで部屋に入ってくるなり、面倒そうな顔をした。

「おう愛梨。よく来てくれた。さっきから俺もこの空気にそろそろ限界が来てたとこなんだ」
「うるせー。あたしは自分の部屋がこんなだから逃げてきたんだ。そしたら避難先もこれかよ。フツーに考えて鬱だろ」

 どかっと純哉のベッドに座った。

「凛ちゃんは何してる? 三行で頼む」
「暗い顔してぼんやりしてる。どうしたって訊いても何でもないって言う。たまに泣いてる」

 純哉の問いに、愛梨は三行で答えた。

「なあ、相沢? 何があった? 凛と喧嘩でもしたのか?」
「あー、それさっきから何十回も訊いたけど、何も答えてくんねーから」
「お前等ほんとやってる事同じだな……」

 愛梨と純哉が呆れ顔でこちらを見てくる。
 やっている事が同じ……確かに、俺と凛は似たような事をやっているのかもしれない。逃亡者だから。

「ほっといてくれよ」

 今は誰とも話したくないんだ。

「ほっといてくれ、だぁ?」

 愛梨はこっちのベッドに乗り移り、不満そうに顔を近づけて睨んでくる。

「アホか! お前等がうじうじしてるせいであたし等まで気が滅入ってくんだよ! 何で修学旅行にきてまで気ぃ遣わなきゃいけねーんだ。わかっか? お前等はあたし等に迷惑かけてんの」
「……ごめん」

 そう言われると辛かった。ただ、俺もどうしていいのかわからなかった。
 凛の事。玲華の事。自分の事。もうごっちゃになって、頭が思考を拒否する。俺はどうすりゃ良かったんだよ。

「あのなー、翔?」

 純哉が溜息を吐きながら、ゲームのスイッチを切った。

「お前さ、ずーっとそうじゃん」
「は……?」
「転校してきた時もそんなんでさ。何かに悩んでんだろうなーってのはずっと最初っから思ってたよ。どんだけ仲良くなっても何も話さない。自分の本心は言わない。お前にとって俺って何なわけ?」

 いつになく、真剣な表情でこちらを見据えてくる純哉。
 愛梨はこちらに呆れたような視線を送っていた。

「愛梨だって俺だって、お前が心配なんだよ。凛ちゃんも心配だけど、凛ちゃんはお前以外に心を開かない。俺らじゃ何も出来ないんだよ」

 そうなのだろう。凛は、新しく友達を作る為に鳴那町に来たわけじゃない。
 俺と会う為だけに来た。何もかも失った彼女にはそれだけが希望だったのかもしれない。その希望がこの様だ。情けない事この上ない。

「しっかりしろよ! テメー、俺だってお前等が付き合ってんの結構ショックだったんだぞ! ふつうに接してたけど、何年も憧れてた女の子と出会えたのに、すぐ自分のダチと付き合っちまうなんてよ……」

 そうだ。
 俺は純哉の気持ちを知っていて凛と付き合う道を選んだ。
 酷い奴だ。それでも純哉は普通に接してくれるし、何も言わない。それを考えると、俺は本当に酷い奴だ。

「でも、俺あん時言ったじゃねーか! 幸せにしろって。だって、それしか言えねーだろ……!」

 愛梨はそんな俺達を見て、溜息を吐いて立ち上がって、冷蔵庫の中から三本ペットボトルを取り出した。
 お茶を俺に、ポカリを純哉に放り投げ、自分は炭酸飲料の蓋を開けた。

「落ち着けバカ。今お前の失恋話を聞いてんじゃねーんだよ」
「なっ……!」
「うるせーな。それなら今度あたしが聞いてやる。とりあえず今は凛の事が先だ」

 純哉は不服そうな顔をしながらも、ポカリの蓋をあけてぐびっと飲む。

「なあ、相沢。本当にアンタが話したくないならもう聞かない。ただ、こいつも言ってる通り、アンタが心配なんだ。いつも本心見せねーからな。だから、たまには言ってみろよ」
「愛梨……」

 こいつ、いつもは乱暴なくせに、いざというときはこうして心配してくれるんだな。友達想いの良いやつだ。

「……本心つっても、俺もわかんねー事だらけなんだよ」

 凛の気持ち。凛への気持ち。
 玲華の気持ち。玲華への気持ち。
 そして……俺の気持ち。

「わかんねーならわかんねーなりに話してみればいいじゃねーか。ちっとはスッキリすんだろ」

 純哉が笑顔で促す。
 そうかもしれない。思い返せば、恋愛の事を誰かに相談するのは初めてだ。玲華と付き合った時も別れた時も誰にも言わなかったし、凛の時も言わなかった。
 文字通り、初めての恋愛相談だ。いざ話すとなると、とても緊張する。でも、こんなに俺の事を想ってくれる友達も、いなかった。長野に引っ越して良かったと思った瞬間だった。
 俺の決断が全て間違いだったとは、やっぱり思えない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夜の公園、誰かが喘いでる

ヘロディア
恋愛
塾の居残りに引っかかった主人公。 しかし、帰り道に近道をしたところ、夜の公園から喘ぎ声が聞こえてきて…

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

全体的にどうしようもない高校生日記

天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。  ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼馴染に毎日召喚されてます

涼月
青春
 高校二年生の森川真礼(もりかわまひろ)は、幼馴染の南雲日奈子(なぐもひなこ)にじゃんけんで勝った事が無い。  それをいい事に、日奈子は理不尽(真礼的には)な提案をしてきた。  じゃんけんで負けたら、召喚獣のように従順に、勝った方の願いを聞くこと。  真礼の受難!? の日々が始まった。  全12話

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

処理中です...