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第1章 雨宮凛

レイカ②

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 純哉の家を出てから、俺はもう一度凛に電話をかけた。
 今度はちゃんとコールされた。しかし、延々とコールは続く。

(……出てくれ)

 心の中でそう祈りつつ、俺は電話を鳴らし続けた。
 何コール目だろうか。数えるのも嫌になった時、ピッという電子音がし、画面に通話中と出た。

「凛?」

 凛は何も言わなかった。
 風の音が携帯電話から流れてくる。

「よう、生きてるか」
『……うん』

 小さく頷く声が聞こえた。

「今、どこ」

 また沈黙。

「会って話したいんだけど」
『……ごめん』

 そう言って、彼女は電話を切る。
 何の手がかりも無しかよ。
 ただ、俺には彼女の行きそうな場所に心当たりがあった。それに、あの風の音……多分、高台だ。該当する場所は一か所しか無かった。

「待ってろ」

 そう呟いて、純哉から借りた自転車をあの場所へと向かわせた。俺と凛が初めて会話した、あの神社に。

 石段の前で自転車を乗り捨て、ゆっくり階段を上っていく。
 もう外は真っ暗で、街灯が少ない神社付近では、やや危ない。
 石段を登り切り、神社の横をすり抜けて横の森に歩をすすめ、石畳を歩く。
 来てみたものの、何を話せばいいのだろうか。
 いろいろと不安が過ぎる。
 森を抜け石畳の切れ目が見えると、月明かりにだけ照らされた丘が見えた。
 凛の寂しそうな後ろ姿が見える。
 細い体がいつにも増して細く見えた。凛はあんなに小さかっただろうか。彼女はこちらに気付きつつも振り向かなかったので、そのまま横に座った。
 お互い、黙り込んだ。
 お互い、相手を見ようとしなかった。盗み見たその横顔は、涙の跡があった。

「あははっ……ごめんね。ひどいとこ見せちゃった」

 凛が茶化した様に切り出した話は、突拍子のない事だった。

「でも、大丈夫っ。ファーストキスもバージンも守ったから! あんなキモオヤジが私に触れるなんて、神が許してもこの私が許さないのであります!」

 あっけらかんとして冗談っぽく言っているが、明らかに強がっている。
 実際に何があったかは知らない。追求もしない。ただ、そんな彼女を見ていると、なんだか切なくなって、凛の肩をぎゅっとこちらに引き寄せた。
 驚いて顔を上げた彼女に、自分の唇を彼女のそれに押しつける。

「んっ……」

 驚きによって大きく見開かれた目は、次第にゆっくり閉じられ……涙が頬を伝った。
 唇を離して、指でその涙を拭う。

「カッコ悪いよね、私……」
「そんなことないさ」

 いやいやするように、凛は子供の様に頭を振る。

「だって……逃げちゃったし。こんな恥ずかしいとこ、見られたく──」
「うっさい。黙れ、バカ」

 彼女の頭を抱き抱えて、乱暴な言葉を投げかける。

「俺は凛が好きなんだ。今のお前が好きだ。それで文句ないだろ」
「あっ……」

 凛の顔はゆっくりとくしゃくしゃになり……瞳から涙が溢れた。
 これが凛の素顔。
 越えられない壁に何度も破れ、自信を無くし、それでも足掻き続けた後にたった一つのものを求めたひとりの女の子の素顔。

「うぅ……」

 唸る様に彼女は俺の肩に腕を回して、顔を胸に押しつけてきた。
 凛の良い匂いが俺を包み込む。独占したいと思ってしまう。

「もう強がらなくていいから」

 彼女の頭をそっと抱き寄せて言ってやる。
 すると、彼女は大声で泣き始めた。
 いろんなものを絞り出す様に。これまで一人で抱え込んできたものを吐き出す様に。悔しさと絶望と挫折と……色んなものが入り混じった涙だった。
 俺はただ、彼女の気が済むまで泣かせてやるしかなかった。
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