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第1章 雨宮凛

凛への疑念②

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「まあ、その話は置いといて」

 灰皿がテーブルに無かったので、隣のテーブルから灰皿を取って渡してやった。愛梨は「サンキュ」と言いながら、その灰皿に灰を落とす。

「前に言っただろ。『人付き合いが苦手』だとかって話は本心じゃないって。それを証明出来た。それだけだろ」

 そういえば愛梨はそんなことを言っていたし、俺自身もそれは感じていたことだった。
 愛梨のタバコのハコを手元で弄びながら、凛の顔を思い浮かべた。今日の凛は、いや、俺等以外と居る凛は、なんだか名前の通り凛々しくて、別人みたいだった。

「何で凛ちゃんはあんな嘘吐いたんだ? 別に俺等、人付き合いが得意でも気にしないのに」
「知るか、本人に聞けよ。ただ、少なくともそういう嘘を吐く必要があったのは事実ってことだろ」

 愛梨の溜息の形を煙が型どり、テーブルに吹きかかる。
 嘘を吐く必要性など、全く思いつかなかった。タバコを置いて今度はライターに手を伸ばしたが、愛梨に叩かれて阻止された。ライターは触ってはいけないらしい。

「おいおい、凛ちゃんを悪く言うなよ。友達だろ?」
「ああ、そうだよ。だけど、わかんねー部分が多いのも確かなんだ。何でわざわざ女子で一番浮いてるあたしと日頃一緒に行動するのかも謎だし、更に言うなら何であたし等、いや、相沢に拘るのかも謎」
「こいつに?」
「だって、相沢だって会ったの夏休み最後の日だろ? それなのに同じクラスに入る為に知り合いだったって学校に嘘吐くって、正直かなりブッ飛んでる。しかも理由が人見知りで、顔見知りが居ると楽だからって……たった一回しか会ってねーのにおかしいから」

 例え一目惚れしたとしてもやり過ぎだ、と愛梨は付け加えた。
 一目惚れ、という単語に少し嬉しくなったが、慌ててその妄想を打ち切る。芸能人御用達の堀高に居た人間が俺なんかに一目惚れするわけがない。
 本当の事を言うと、転入までに凛と会ったのは二回だが、それ以外は愛梨の言う通りだった。あまり考えない様にしていたが、愛梨の疑問はまさに俺が内心に押さえ込んでいた疑問と同じだった。

「……なあ、やめようぜ。本人が居ないとこでこんなこと言うの、なんか悪口みたいじゃねーか。凛ちゃんが嫌いなのか?」

 純哉は少し悲しそうにして言った。

「嫌いじゃねーよ、バカ。ただ……わかんねー部分多いと不安になんだろ。せっかくあたしと仲良くしてくれる女友達が出来たのに、もしかしたらただ利用されてるだけだったらって……」

 愛梨は苛ついた様にタバコの先を灰皿に押しつけて火を消した。

「凛はそんな奴じゃない」

 思わず、愛梨の言葉に反論した。愛梨はムスッとしたまま、もう一本タバコを取り出した。
 そこに、料理を持ってきた中国人店長が厨房から現れた。

「アイヤー、愛梨チャン。タバコ吸う良いけど制服で吸っちゃダメネー。先生に見つかったらワタシ怒られちゃうネ」

 純哉の話ではもう十年くらいここ天津屋はこの人が店長らしいが、日本語はずっとこんな調子らしい。

「おう」

 愛梨はそう返事して、またタバコに火をつけた。
 愛梨、それ会話成立してねーから。しかも今から料理食うのにタバコつけた意味ないだろ。嫌がらせにしか思えない。中国人店長は呆れた顔をしていたが、それ以上は何も言わずに料理を並べて厨房に戻っていった。

「おおっ、美味そう♪ もう腹ぺこで死にそうだぜ」

 純哉はいただきますも言わずに箸を割ってラーメンをすすった。

「かぁーっ! やっぱラーメンと言えばコレだぜ!」

 ほんとこいつは幸せそうだな。見ていて飽きない。
 愛梨はタバコを加えたまま、担々麺の中に髪が入らない様に髪をポニーテールに括った。

「担々麺の中に入っても髪と同じ色してんだから括る必要なくね」
「うるせー殺すぞ」

 ちょっと冗談を言っただけなのに、物騒な返事が返ってくる。
 全く、困ったもんだ。
 そういえば、明日の予定どうしよう。凛に鳴那町案内を命じられているわけだけども、当初はここで昼飯を食う算段だったのだ。さすがに二日連続でチンジャオはなー……まあ、いいや。とりあえず食べよ。
 もぐもぐ……。
 あ、やっぱ美味い。明日もチンジャオでいっか。
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