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第1章 雨宮凛

本当の凛?②

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「う、うん……ぐすっぐすっ……うぇぇん」

 なんと、どういうわけか坂之上は泣き出してしまった。

「もう~、泣かない泣かない」

 がたっと椅子から立ち上がる音が聞こえた。多分凛が立ち上がって坂之上美奈に何かしてやってるのだろう。

「だって、だって……好きだったんだもん……」
「うんうん……そうだね。美奈は正直になれたんだから、きっともう大丈夫だよ」

 小さな子供をあやす様に、凛が優しく語りかける。
 あくまでも音声だけだが、なんだか……俺が知ってる凛じゃない気がした。
 凛のカウンセラーっぷりに単純に驚いた。明朗快活な解答、ってところか。何かをやれと言うわけでもない。我慢しろと言うわけでもない。ただ、純粋に自分の正直な気持ちを受け入れろ、と言う。
 果たして俺ならばあんな解答を用意できるかと問われれば、まず出来ない。俺はそこまで大人じゃない。純哉が『凛は大人っぽい』と言った理由がわかった気がした。俺といる時の凛とは、全く違う。
 なんなんだろうな。どうして凛はこうも、俺とそれ以外の誰かとでは態度が違うのかな。少なくとも俺はこんなにあっけらかんとした凛も、頼もしい凛も見た事が無かった。
 そして……凛が坂之上美奈にアドバイスした事は、単純に俺にも当てはまっていた。
 まだ玲華を引きずっているわけではない。ただ、雨の日になると思い出したり、『レイカ』という名詞を聞いたりすると反応してしまった時に、俺は毎回果てしない自己嫌悪に陥る。
 自分が原因で別れて、彼女を重荷に感じて心のどこかで別れを望んでいて。それで酷く彼女を傷つけていたのに、未練たらしく思い出して彼女の事を考えてしまう自分が情けなくてかっこわるくて仕方なかった。
 ただ、凛の見解で言うと、それは間違いで……無理して忘れようとしているから、そうした自己嫌悪に陥るのだ、という。その見解が正しいと思った。

「凛って凄いよね」

 坂之上美奈ではない誰かが言った。

「え、なんで?」
「そんなにちゃんとしたアドバイスができるって事は、自分の中に確信したものがあるって事じゃない? それって凄いと思う」
「うんうん! あんなに人気あったのに、いきなりモデルも辞めちゃうし。そういう決断力とか、本当にうち等と同い年なのかなって思っちゃう」
「……そんなこと、ないよ」

 少しだけ、凛の言葉が詰まっていたような気がした。

「ううん、当事者じゃないあたしだって聞いてて感動した!」

 俺も感動しました。しかも納得させられました。

「あはは、大袈裟だってば」

 どこか凛の笑いは乾いていて、褒められているのに嬉しそうではなかった。

「……私だって、結構色々あるよ。一人で決断出来なくてくよくよ悩んだりもするし、誰かに頼りたくもなるし……皆と一緒。何も変わらないから。全然、凄くなんかないよ」

 どこかアンニュイな態度で彼女は静かに答えた。それは、あの八月最後の日の事を指しているのだろうか。

「えー!? うっそだぁ。だって凛ならさ、絶対美奈みたいな経験ないでしょ?」
「え? どうして?」
「だって、凛って超モテるじゃん? 男を他の誰かに取られるなんて無いっしょ」
「そんなことないよ」
「凛、その謙遜はあたし等にとって嫌味になるよ?」

 そうだぞ、凛。こんなど田舎の女子に謙遜してもそれは上から目線の嫌味にしかならんぞ。と、心の中で同意する。

「ほんとだってば。だって私、今まで付き合った事ないもん」

 有名モデル、まさかの爆弾発言。

「「えぇぇぇぇえ!? 嘘ぉぉぉお!?」」

 そこにいた女子全員が大声を上げた。俺も声をあげそうになった。

「マジマジ♪」

 それに対して、明るく答える凛。

「私ってこんなだから軽いイメージあるかもしれないけど、実はとっても純粋無垢で清らかな女の子なのさ♪」

 なんだか、今の台詞を言った凛の顔は簡単に想像出来た。多分、すごいどや顔な感じだと思う。

「なのに、昔からなーんでか恋の相談ばかりされるのよね。だから、なんていうか……何となく雰囲気でわかっちゃう。どういう気持ちで相談しにきてるのか」

 要するに相談され過ぎて、統計で類型別にアドバイス出来るって事か。それ、本当に心理カウンセラーとやってる事が同じじゃないか。
 あと、俺も今一つアドバイスを受けたい事があって……いつまで寝たフリしてればいいのかな。いい加減逃げ出したいのだけど。
 そんな事を考えていると、幸か不幸か、ポケットの中のスマホがふるえた。
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