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第1章 雨宮凛

お姫様と護衛②

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 それからどれほど経ったのかわからないが、とんとん、と肩をつつかれて、浅い睡眠から現実へと引き戻される。
 そこには凛とクラスメートの女子二人居て、彼女達は疲れ切った顔をしていた。

(あれ? おかしいな)

 そこでふとその数に疑問を持った。凛を案内すると皆が教室から出ていった時は、クラスの女子大半が一緒だったのだ。

「だめ……めっちゃ疲れる。あたし等には無理だ」

 クラス委員の川原悦子が諸手を上げて、愚痴った。

「あはは……ごめん」

 凛は頬を掻きながら、申し訳なさそうに苦笑いしていた。
 クラスメートの二人は「いいって」とか何とか言っているが、表情と言ってる事が矛盾していた。もはや倒れそうだった。

「というわけで後は相沢君に任せる!」

 言いながら、クラスの女子は、「バイバイ!」「また明日!」と足早に教室から立ち去って行った。
 全く以て意味がわからないまま凛を任されるのは、何度目だろうか。

「……で、俺は何を頼まれたわけ?」

 あはは、と凛は苦笑いのまま、先程起こった事を話してくれた。
 校舎案内をしているうちに、野次馬は増えに増え、途中からただ凛を中心に人だかりができてしまっただけらしい。クラスの女子は凛を守ろうとして肉壁となり、一人、また一人と倒れ、最後に残った先程の二人が凛を俺に渡してきた、というわけだ。

「お前はアレか? 某指輪物語の指輪か?」

 もうエルフなりドワーフなり騎士なり用意してもらえ。高校生で守れるレベルを越えている。俺はいつからこのお姫様の護衛になったというのだ。
 凛は苦笑いしたまま、「帰ろっか」と自分の荷物を持った。俺もそれに続く様に、机横にかけてあった鞄を取り、教室を後にした。
 もう校内は下校時間間近であまり人が少ない事から、野次馬から突撃される様な事は無かった。数人の生徒が遠巻きに凛を見ていたり、サインくださいと何人かが近寄ってきたりする程度だった。凛は「もう価値は無いと思うけど」と苦笑しながらもサインには応えていた。それと、このサインの件を言いふらさないで欲しい、とも付け加えていた。これが広まれば更に人が集まってくるだろうし、当然の対応だ。聞いたところ、凛は元々現役時代からこうしてサインを求められれば出来るだけ応えていたらしい。断り辛い、というのが主な理由みたいだが、案外流されやすいみたいだ。
 凛が何人かにサインをしている最中、手持ちぶさたになった俺はスマートフォンを取り出してLIMEをチェック。二件ほど連絡がきていた。
 一通目は純哉だ。

『絶対に凛ちゃん連れてこいよ! 連れてこなかったらユダと認定する』

 なんだよユダって。裏切り者ってか。
 二通目は愛梨からだったが、俺の手がぴたりと止まる。
『校門周辺に不審人物有り。芸能記者かも』
 まだサイン中の凛に、そこで待ってろ、とだけ言って、先に生徒玄関に向かった。
 生徒玄関口から目を凝らして校門の方を見ると、確かに何人かカメラを持った男がいる。まともな服装をしている事から、なるほど、確かにオタクというよりは記者っぽい。
「翔くん、急にどうしたの?」
 凛が慌てて追いかけてきた。黙って校門を指さすと、凛は「あっちゃ~……」と手の平を額にあてた。

「情報早いなぁ」
「まあ、こんな狭い町じゃな」

 ここでは、少し変わった情報があったら、それだけで目立ってしまう。おそらく転入の情報を掴んだ記者が慌てて駆けつけてきた、という事だろう。この町では元々RINの目撃情報があったし、祖父の家もあることからマークされていたのかもしれない。
 もう一通新着でメッセージがきて、ついでにチェックしてみると、これまた純哉だった。

『さっきの撤回。喫茶店にくるまでに怪しい奴に同じ学校のRINについて教えてくれとか言われたし、喫茶店にも見慣れない大人が何人かいる。今日はいいから無事に凛ちゃんを家に送り届けろ。手を出すのは許さん』

 頭が痛くなる様なメールだった。
 こちとら学校から逃げるのも大変なのに、家までとは。大人ってやつは何でこうも暇なのだろうか。取材ならもっとほかの事をやればいいだろう。政治家の汚職とか怪しい株取引だとか、調べる事ならいろいろあるのに。引退表明した学生モデルを追っかけ回してどうしたいのだろうか。

「どうしよっか……」

 凛は困った様な笑みをこちらに向けてきた。
 こう見ると、芸能人というのは可哀想な生き物だ。辞めても普通に学校生活もできない。俺なら絶対にやらない職種だ。
 とりあえずこのお姫様を逃すのが今日の俺に課せられた最後のミッションらしい。
 どうやって逃げようか、脱出ルートを考えてみることにした。
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