6 / 192
第1章 雨宮凛
雨宮凛②
しおりを挟む
「悪いね、朝から相談に付き合わせちゃって」
彼女は麦藁帽子を外し、照れくさそうにこっちを見た。
横に並んでみると、彼女は俺より少し背が低いくらいの身長だった。百六十〇センチ前半くらいだろうか。本当に長身美形モデルという言葉が正しい。
そして、そんな美人モデルみたいな人に正面から見つめられるのだから、これはこれで恥ずかしくなってくる。
「いや、まあ……いいけど。俺も久々に頭使ったし、楽しかった」
途端に視線が泳いで、どぎまぎする。
「それならよかった。こんなところに一人で来ておいて何だけど、ほんとは誰かに話したかったんだよね。私、滅多に人に弱み見せないから相談の仕方もわからなくて」
彼女は照れくさそうにはにかんだ。その表情が、また格別に可愛かった。こんな美人に少しでも頼られたなら、それは男として誇るべき瞬間だろう。
「じゃあ、いこっか」
そのまま彼女は背を向けた。ただ、俺はそれがなんだか名残惜しくて、気付けば彼女を呼び止めていた。
「あ、あの!」
「ん?」
彼女は首をかしげる様にして、振り返った。いちいちその仕草も優雅で、きゅっと胸が締め付けられる。
「その、君の名前は?」
「あ、私?」
コクリ、と頷く。君以外にいないだろう。
それなのに、白ワンピのモデル風美女は、一瞬だけ、最初に出会った時の様な、寂しそうな笑みを浮かべたのだ。どうしてそんな顔をするんだろうか?
「雨宮凛《あまみやりん》。凛でいいよ」
スッと彼女、凛が手を差し出した。その表情に、もうさっきの痛々しさはなく、にっこり笑っている。
「へ?」
きょとん、とその手を見て固まる俺。
「へ、じゃな~いっ! 常識的に考えて握手でしょ!」
「あ、ああ⋯⋯握手ね」
普段やり慣れない事だから、咄嗟に反応できなかった。
そういえば握手っていつ以来だろう? そんな事を考えながら差し出された彼女の手をそっと握る。
とても⋯⋯とても緊張した。握手が久々とかじゃなく、こんな美人の手を握る事にもの凄く緊張した。凛の手はひんやりとしていて、強く握ると壊れてしまいそうなくらい、柔かった。
「あははっ、緊張してる?」
「うるさい、慣れてないんだよ握手!」
「そういう事にしときますか!」
凛は悪戯そうに笑っていた。
「えっと⋯⋯俺は相沢翔《あいざわしょう》」
手を離して、どぎまぎしながら自己紹介をする。
「ちなみに、あそこに見える鳴那高校に通ってる二年」
少し遠いが、ここから見える位置に学校があったので指さした。まだ手のひらには彼女の手の感触が残っていて、むずがゆい。
「二年生なんだ。私と同じだね」
「同い年? 雰囲気や風格からしててっきり年上かと思ったよ」
率直な感想を言うと「よく言われる」と彼女は笑っていた。
「よろしくね、翔くん」
「ああ、よろしく。凛」
彼女は最後にウィンクして、背を向けたので、俺もその後に続いた。
彼女の歩き方はとても綺麗で、まるで足は一本のロープの上を歩いているかの様にまっすぐ歩いている。背筋もぴんと伸びていて、しかもスタイルも良いときてる。こんなに綺麗に歩く人を俺は初めて見たのかもしれない。
(いや……初めて、ではないか)
もう一人だけいた。一年前に東京に置いてきた記憶の中に、一人だけいる。
しかし、俺はそれを振り払う。思い出してもいいことなんてないのだから。
「なあに?」
俺の視線に気づいたのか、凛が振り返ってにやにやしてくる。
「いや、別に」
「あ、わかった。『こいつすげー綺麗、惚れそう』とか思ってたでしょ?」
「ちげーよ!」
「それは残念っ」
彼女は可笑しそうに笑っていた。でも……凛の言っていた事は、おおよそ正しい。俺はこの出会ったばかりの彼女に惹かれている自分がいたからだ。
寺の石段を並んで降りたが、特に会話がなくても。彼女はとても新鮮そうに自然を見て楽しんでいた。そして、まるで異世界から現れたかのような彼女を見ていると、それだけでただの風景が絵になった。
「ねえ、また会えるかな?」
階段を下りたところで、彼女は訊いてきた。
「まぁ、機会があれば会うんじゃないか?」
俺はそんな心にもない事を言っていた。本当はまた会いたいくせに。だが、その可能性は低いと思っていた。彼女は東京暮らしみたいだし、ただ遊びにきているだけならそう何度も会う事はなかった。
「うん、そうだね⋯⋯じゃあ、またね」
「ああ。また」
それが俺と凛の出会いだった。
ここから暇だった日常が変わってしまうだなんて、誰が予想しただろうか。
一度逃げてしまった過去からは、逃げられない──俺はそれを実感することになるのだった。
彼女は麦藁帽子を外し、照れくさそうにこっちを見た。
横に並んでみると、彼女は俺より少し背が低いくらいの身長だった。百六十〇センチ前半くらいだろうか。本当に長身美形モデルという言葉が正しい。
そして、そんな美人モデルみたいな人に正面から見つめられるのだから、これはこれで恥ずかしくなってくる。
「いや、まあ……いいけど。俺も久々に頭使ったし、楽しかった」
途端に視線が泳いで、どぎまぎする。
「それならよかった。こんなところに一人で来ておいて何だけど、ほんとは誰かに話したかったんだよね。私、滅多に人に弱み見せないから相談の仕方もわからなくて」
彼女は照れくさそうにはにかんだ。その表情が、また格別に可愛かった。こんな美人に少しでも頼られたなら、それは男として誇るべき瞬間だろう。
「じゃあ、いこっか」
そのまま彼女は背を向けた。ただ、俺はそれがなんだか名残惜しくて、気付けば彼女を呼び止めていた。
「あ、あの!」
「ん?」
彼女は首をかしげる様にして、振り返った。いちいちその仕草も優雅で、きゅっと胸が締め付けられる。
「その、君の名前は?」
「あ、私?」
コクリ、と頷く。君以外にいないだろう。
それなのに、白ワンピのモデル風美女は、一瞬だけ、最初に出会った時の様な、寂しそうな笑みを浮かべたのだ。どうしてそんな顔をするんだろうか?
「雨宮凛《あまみやりん》。凛でいいよ」
スッと彼女、凛が手を差し出した。その表情に、もうさっきの痛々しさはなく、にっこり笑っている。
「へ?」
きょとん、とその手を見て固まる俺。
「へ、じゃな~いっ! 常識的に考えて握手でしょ!」
「あ、ああ⋯⋯握手ね」
普段やり慣れない事だから、咄嗟に反応できなかった。
そういえば握手っていつ以来だろう? そんな事を考えながら差し出された彼女の手をそっと握る。
とても⋯⋯とても緊張した。握手が久々とかじゃなく、こんな美人の手を握る事にもの凄く緊張した。凛の手はひんやりとしていて、強く握ると壊れてしまいそうなくらい、柔かった。
「あははっ、緊張してる?」
「うるさい、慣れてないんだよ握手!」
「そういう事にしときますか!」
凛は悪戯そうに笑っていた。
「えっと⋯⋯俺は相沢翔《あいざわしょう》」
手を離して、どぎまぎしながら自己紹介をする。
「ちなみに、あそこに見える鳴那高校に通ってる二年」
少し遠いが、ここから見える位置に学校があったので指さした。まだ手のひらには彼女の手の感触が残っていて、むずがゆい。
「二年生なんだ。私と同じだね」
「同い年? 雰囲気や風格からしててっきり年上かと思ったよ」
率直な感想を言うと「よく言われる」と彼女は笑っていた。
「よろしくね、翔くん」
「ああ、よろしく。凛」
彼女は最後にウィンクして、背を向けたので、俺もその後に続いた。
彼女の歩き方はとても綺麗で、まるで足は一本のロープの上を歩いているかの様にまっすぐ歩いている。背筋もぴんと伸びていて、しかもスタイルも良いときてる。こんなに綺麗に歩く人を俺は初めて見たのかもしれない。
(いや……初めて、ではないか)
もう一人だけいた。一年前に東京に置いてきた記憶の中に、一人だけいる。
しかし、俺はそれを振り払う。思い出してもいいことなんてないのだから。
「なあに?」
俺の視線に気づいたのか、凛が振り返ってにやにやしてくる。
「いや、別に」
「あ、わかった。『こいつすげー綺麗、惚れそう』とか思ってたでしょ?」
「ちげーよ!」
「それは残念っ」
彼女は可笑しそうに笑っていた。でも……凛の言っていた事は、おおよそ正しい。俺はこの出会ったばかりの彼女に惹かれている自分がいたからだ。
寺の石段を並んで降りたが、特に会話がなくても。彼女はとても新鮮そうに自然を見て楽しんでいた。そして、まるで異世界から現れたかのような彼女を見ていると、それだけでただの風景が絵になった。
「ねえ、また会えるかな?」
階段を下りたところで、彼女は訊いてきた。
「まぁ、機会があれば会うんじゃないか?」
俺はそんな心にもない事を言っていた。本当はまた会いたいくせに。だが、その可能性は低いと思っていた。彼女は東京暮らしみたいだし、ただ遊びにきているだけならそう何度も会う事はなかった。
「うん、そうだね⋯⋯じゃあ、またね」
「ああ。また」
それが俺と凛の出会いだった。
ここから暇だった日常が変わってしまうだなんて、誰が予想しただろうか。
一度逃げてしまった過去からは、逃げられない──俺はそれを実感することになるのだった。
0
お気に入りに追加
260
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼馴染に毎日召喚されてます
涼月
青春
高校二年生の森川真礼(もりかわまひろ)は、幼馴染の南雲日奈子(なぐもひなこ)にじゃんけんで勝った事が無い。
それをいい事に、日奈子は理不尽(真礼的には)な提案をしてきた。
じゃんけんで負けたら、召喚獣のように従順に、勝った方の願いを聞くこと。
真礼の受難!? の日々が始まった。
全12話
全体的にどうしようもない高校生日記
天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。
ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる