1 / 5
第一話
しおりを挟む
「聖女リア……いや、王家を欺き、聖女を騙る不届き者め! 余は今この時を以て、貴様との婚約を破棄する!」
宮廷の夜会の場にて、この国の第一王子、アズル・リヴェル・レオンハート殿下は、私へ向かってそう宣言した。
私は何を言われたのか、全く理解が追い付かなかった。
「ア、アズル殿下、何を……」
アズル殿下はウェーブの掛かった、気品のあるブロンドの髪を持つ。
心強い優しげな笑みが印象的な美男子であった。
だが今は、虫でも見るかのような冷たい目を私へ向けている。
彼のこんな顔を見たのは初めてだった。
「気安く呼ぶでない、偽聖女めが! 貴様の陰謀は全て明らかになったのだ。ひと月前、マルトリッツ公爵家の令嬢である、マリアンネに聖女の証が宿った。聖女は一代に一人だけ……つまり、貴様は偽者だったということだ!」
アズル殿下の傍らにいる女性が、マリアンネ公爵令嬢なのだろう。
アズル殿下と親しげに腕を組み、勝ち誇った顔で私へと目を向けていた。
「残念だったわね、偽聖女ちゃん。今まで王太子を騙して取り入っていたのに……。今、どんな気持ちかしら?」
マリアンネ様の手の甲には、私のそれと全く同じ、青い花の紋章が入っていた。
聖女の証である。
恐らく、刺青で入れた偽物だろう。
私は五年前、平民の身で聖女として宮廷に迎え入れられることになった。
当然宮廷では浮いており、様々な嫌がらせも受けてきた。
聖女は宮廷に入る決まりとはいえ、それだけ平民が宮廷に紛れ込むのは不自然なことであったのだ。
そんな私に真摯に味方になってくれていた人は、アズル殿下だけであった。
だというのに、結局のところ、アズル殿下も私のことなど何とも思っていなかったのだろう。
今思い返せば、アズル殿下のやってくれたことはどれも口先ばかりだった。
具体的に私のために動いてくれたことなんてなかったし、ここ最近はまともに会いに来てくれることもほとんどなかった。
それでも決して疑いはしなかった。
私は自分を騙して彼を盲信することで、行き場のない宮廷暮らしに耐えていたのだろう。
ああ、なんて扱いやすく、愚かな女であったことか。
聖女とは上級貴族の中から出てくるのが常で、平民である私に紋章が現れたことを快く思わない貴族集団がいることは知っていた。
アズル殿下は恐らく、彼らと結託することにしたのだろう。
平民の女を庇うよりも、公爵家の令嬢を本物の聖女であったとすることにしたのだ。
前々からアズル殿下の心が私から離れて行っていることは薄々と勘づいていたが、私への態度が露骨に素っ気なくなったのは半年前からであった。
あの頃には既にこの計画を進めていたのかもしれない。
全てがどうでもよくなってしまった。
何もわからないまま窮屈な宮廷に放り込まれ、蔑まれてきた。
そんな日々に耐えてこられたのは、アズル殿下が私と心を通わせてくださっていると信じていたからだ。
私にはもう、何も反論する気にもなれなかった。
どうとでもしてくれればいい。
もう私に生きる意味も、未練もな……。
「ちょ、ちょっと待ってください! あの……あのことはどうなさるおつもりなのですか! 皆様、どうか聞いてください。確証を得られるまでは安易に口にするわけにはいけないと控えていたのですが、この国に災いが訪れるかもしれなくて……!」
一説によれば、聖女は国を難事から救うために現れるのだという。
聖女は予知夢を見る力があると、そう言い伝えられていた。
私もここしばらく同じ悪夢に苦しめられており、夢を見る度にそれを紙に纏めて、アズル殿下に相談していたのだ。
勘違いだったでは済まされない大騒ぎになるかもしれないため、もう少し予知夢を見て情報を集めるべきだ、と彼から助言をもらっていた。
「皆よ、マリアンネ公爵令嬢が真の聖女であることをここに証明する! さ、マリアンネよ!」
アズル殿下に言われ、マリアンネ様が頭を下げて前に出る。
「皆様……本来であれば、みだりに社交界を乱すべきではない。もっとゆっくりと根回しを行ってから、別の場で偽聖女のリアを告発するつもりでした。しかし、事態はそう単純ではないのです。私は聖女として、予知夢を見ました。近い内に、邪悪な竜が現れ、大きな災厄を齎すでしょう」
私は唖然としていた。
マリアンネ様が口にしている内容は、私はアズル殿下に相談していたことそのままだったのだ。
マリアンネ様は私の顔を見て、口の端に微かに含み笑いを讃えた。
周囲にどよめきが広がっていく。
「慌てる心配はいりません。既に、現れる場所と大まかな日付は、私が予知夢で見た光景……日と月の位置より、特定済みです。邪竜に先回りして兵を配備しておけば、大事に至る前に討伐することができるでしょう」
マリアンネの続く言葉を聞いて、私は全てを理解した。
アズル殿下は私のメモから既に側近を使って各地を調べさせ、具体的な情報を掴み、これがただの悪夢ではないことを見抜いていたのだ。
その上で、本物の聖女と偽者の聖女を入れ替えるために利用しようと画策したのだ。
宮廷の夜会の場にて、この国の第一王子、アズル・リヴェル・レオンハート殿下は、私へ向かってそう宣言した。
私は何を言われたのか、全く理解が追い付かなかった。
「ア、アズル殿下、何を……」
アズル殿下はウェーブの掛かった、気品のあるブロンドの髪を持つ。
心強い優しげな笑みが印象的な美男子であった。
だが今は、虫でも見るかのような冷たい目を私へ向けている。
彼のこんな顔を見たのは初めてだった。
「気安く呼ぶでない、偽聖女めが! 貴様の陰謀は全て明らかになったのだ。ひと月前、マルトリッツ公爵家の令嬢である、マリアンネに聖女の証が宿った。聖女は一代に一人だけ……つまり、貴様は偽者だったということだ!」
アズル殿下の傍らにいる女性が、マリアンネ公爵令嬢なのだろう。
アズル殿下と親しげに腕を組み、勝ち誇った顔で私へと目を向けていた。
「残念だったわね、偽聖女ちゃん。今まで王太子を騙して取り入っていたのに……。今、どんな気持ちかしら?」
マリアンネ様の手の甲には、私のそれと全く同じ、青い花の紋章が入っていた。
聖女の証である。
恐らく、刺青で入れた偽物だろう。
私は五年前、平民の身で聖女として宮廷に迎え入れられることになった。
当然宮廷では浮いており、様々な嫌がらせも受けてきた。
聖女は宮廷に入る決まりとはいえ、それだけ平民が宮廷に紛れ込むのは不自然なことであったのだ。
そんな私に真摯に味方になってくれていた人は、アズル殿下だけであった。
だというのに、結局のところ、アズル殿下も私のことなど何とも思っていなかったのだろう。
今思い返せば、アズル殿下のやってくれたことはどれも口先ばかりだった。
具体的に私のために動いてくれたことなんてなかったし、ここ最近はまともに会いに来てくれることもほとんどなかった。
それでも決して疑いはしなかった。
私は自分を騙して彼を盲信することで、行き場のない宮廷暮らしに耐えていたのだろう。
ああ、なんて扱いやすく、愚かな女であったことか。
聖女とは上級貴族の中から出てくるのが常で、平民である私に紋章が現れたことを快く思わない貴族集団がいることは知っていた。
アズル殿下は恐らく、彼らと結託することにしたのだろう。
平民の女を庇うよりも、公爵家の令嬢を本物の聖女であったとすることにしたのだ。
前々からアズル殿下の心が私から離れて行っていることは薄々と勘づいていたが、私への態度が露骨に素っ気なくなったのは半年前からであった。
あの頃には既にこの計画を進めていたのかもしれない。
全てがどうでもよくなってしまった。
何もわからないまま窮屈な宮廷に放り込まれ、蔑まれてきた。
そんな日々に耐えてこられたのは、アズル殿下が私と心を通わせてくださっていると信じていたからだ。
私にはもう、何も反論する気にもなれなかった。
どうとでもしてくれればいい。
もう私に生きる意味も、未練もな……。
「ちょ、ちょっと待ってください! あの……あのことはどうなさるおつもりなのですか! 皆様、どうか聞いてください。確証を得られるまでは安易に口にするわけにはいけないと控えていたのですが、この国に災いが訪れるかもしれなくて……!」
一説によれば、聖女は国を難事から救うために現れるのだという。
聖女は予知夢を見る力があると、そう言い伝えられていた。
私もここしばらく同じ悪夢に苦しめられており、夢を見る度にそれを紙に纏めて、アズル殿下に相談していたのだ。
勘違いだったでは済まされない大騒ぎになるかもしれないため、もう少し予知夢を見て情報を集めるべきだ、と彼から助言をもらっていた。
「皆よ、マリアンネ公爵令嬢が真の聖女であることをここに証明する! さ、マリアンネよ!」
アズル殿下に言われ、マリアンネ様が頭を下げて前に出る。
「皆様……本来であれば、みだりに社交界を乱すべきではない。もっとゆっくりと根回しを行ってから、別の場で偽聖女のリアを告発するつもりでした。しかし、事態はそう単純ではないのです。私は聖女として、予知夢を見ました。近い内に、邪悪な竜が現れ、大きな災厄を齎すでしょう」
私は唖然としていた。
マリアンネ様が口にしている内容は、私はアズル殿下に相談していたことそのままだったのだ。
マリアンネ様は私の顔を見て、口の端に微かに含み笑いを讃えた。
周囲にどよめきが広がっていく。
「慌てる心配はいりません。既に、現れる場所と大まかな日付は、私が予知夢で見た光景……日と月の位置より、特定済みです。邪竜に先回りして兵を配備しておけば、大事に至る前に討伐することができるでしょう」
マリアンネの続く言葉を聞いて、私は全てを理解した。
アズル殿下は私のメモから既に側近を使って各地を調べさせ、具体的な情報を掴み、これがただの悪夢ではないことを見抜いていたのだ。
その上で、本物の聖女と偽者の聖女を入れ替えるために利用しようと画策したのだ。
32
あなたにおすすめの小説
【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」
まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。
【本日付けで神を辞めることにした】
フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。
国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。
人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
聖女を騙った罪で追放されそうなので、聖女の真の力を教えて差し上げます
香木陽灯
恋愛
公爵令嬢フローラ・クレマンは、首筋に聖女の証である薔薇の痣がある。それを知っているのは、家族と親友のミシェルだけ。
どうして自分なのか、やりたい人がやれば良いのにと、何度思ったことか。だからミシェルに相談したの。
「私は聖女になりたくてたまらないのに!」
ミシェルに言われたあの日から、私とミシェルの二人で一人の聖女として生きてきた。
けれど、私と第一王子の婚約が決まってからミシェルとは連絡が取れなくなってしまった。
ミシェル、大丈夫かしら?私が力を使わないと、彼女は聖女として振る舞えないのに……
なんて心配していたのに。
「フローラ・クレマン!聖女の名を騙った罪で、貴様を国外追放に処す。いくら貴様が僕の婚約者だったからと言って、許すわけにはいかない。我が国の聖女は、ミシェルただ一人だ」
第一王子とミシェルに、偽の聖女を騙った罪で断罪させそうになってしまった。
本気で私を追放したいのね……でしたら私も本気を出しましょう。聖女の真の力を教えて差し上げます。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
聖女の力に目覚めた私の、八年越しのただいま
藤 ゆみ子
恋愛
ある日、聖女の力に目覚めたローズは、勇者パーティーの一員として魔王討伐に行くことが決まる。
婚約者のエリオットからお守りにとペンダントを貰い、待っているからと言われるが、出発の前日に婚約を破棄するという書簡が届く。
エリオットへの想いに蓋をして魔王討伐へ行くが、ペンダントには秘密があった。
聖女アマリア ~喜んで、婚約破棄を承ります。
青の雀
恋愛
公爵令嬢アマリアは、15歳の誕生日の翌日、前世の記憶を思い出す。
婚約者である王太子エドモンドから、18歳の学園の卒業パーティで王太子妃の座を狙った男爵令嬢リリカからの告発を真に受け、冤罪で断罪、婚約破棄され公開処刑されてしまう記憶であった。
王太子エドモンドと学園から逃げるため、留学することに。隣国へ留学したアマリアは、聖女に認定され、覚醒する。そこで隣国の皇太子から求婚されるが、アマリアには、エドモンドという婚約者がいるため、返事に窮す。
婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。
ムラサメ
恋愛
「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」
婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。
泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。
「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」
汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。
「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。
一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。
自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。
ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。
「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」
圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!
聖女の妹、『灰色女』の私
ルーシャオ
恋愛
オールヴァン公爵家令嬢かつ聖女アリシアを妹に持つ『私』は、魔力を持たない『灰色女(グレイッシュ)』として蔑まれていた。醜聞を避けるため仕方なく出席した妹の就任式から早々に帰宅しようとしたところ、道に座り込む老婆を見つける。その老婆は同じ『灰色女』であり、『私』の運命を変える呪文をつぶやいた。
『私』は次第にマナの流れが見えるようになり、知らなかったことをどんどんと知っていく。そして、聖女へ、オールヴァン公爵家へ、この国へ、差別する人々へ——復讐を決意した。
一方で、なぜか縁談の来なかった『私』と結婚したいという王城騎士団副団長アイメルが現れる。拒否できない結婚だと思っていたが、妙にアイメルは親身になってくれる。一体なぜ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる