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第九話

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 ロゼッタさんに案内してもらい、冒険者ギルドへとやってきた。
 中央に大きな掲示板があり、窓口らしいところに人が並んでいる。

「ここが冒険者ギルド……強そうな人がいっぱい……」

『……こうニンゲンが多いと、少々緊張するな』

 ネロは一応、他の人に危害を加えないことを示すために、僕が腕に抱いている。
 相当緊張しているらしく、尾を垂らし、身体を委縮させていた。
 僕はそっとネロの頭を撫でた。

 冒険者としての登録と、ロック鳥を買い取ってもらうために、僕達は窓口へと向かった。
 五分ほど待って僕達の番が来た。

「B級冒険者のロゼッタさん……! ベインブルクに戻って来ていたのですね」

 受付嬢が声を上げる。

「この子の登録をお願い。それから、彼の討伐した魔物の亡骸を換金してもらいたいの」

「わかりました。では登録をいたしますが、口頭登録と筆記登録、どちらがよろしいですか?」

 受付嬢の質問に、ロゼッタさんが僕を振り返った。

「筆記で大丈夫です」

「では用紙をお持ちしますね」

 村では、読めるが書けないという人も多かった。
 僕は幼い頃からずっと本を読んで育ってきたので、読み書きは充分にできるつもりだ。
 渡された用紙に羽ペンで記入して、受付嬢へと返した。

「既に精霊契約済み……と。ただ、経歴はなく、村を出たての十四歳……ですか。でしたら、最下級のF級からになってしまいますね」

「上の冒険者からのお墨付きなら大丈夫でしょう? この子は既に、魔物を討伐できるわよ。実際に倒した魔物の亡骸も持ってきているわ」

「実はベインブルク支部のギルド規定が、ちょっと厳しくなってしまったんです。上級冒険者の方が、お金で昇級を補佐していた事件がありまして……。依頼を通さない魔物の討伐実績についても、低級冒険者であっても即時昇級とはいかなくなってしまって」

「面倒なことをやってくれた馬鹿がいるわね」

 ロゼッタさんが溜め息を吐いた。

「あの事件の直後でなければ、年齢を誤魔化すという手もあったんですが、私としても確認してしまった以上……すみません」

「別に僕、F級からで問題ありませんよ」

 よくわかってはいないが、別に冒険者ギルドの等級に対して拘りはない。

「……少し厄介なことになるわよ。F級っていったら、まともに戦えない子供向けに、誰でもできる雑用仕事を斡旋してるだけなの。ギルドの恩恵をほとんど受けられないわよ。普通の人はE級からなの」

「そうなんですね……」

 ちょっと間が悪かったようだ。
 別に僕としては、最低限の仕事がもらえるのならばそれでもいいのだが……。

「私より強いあなたがF級から始めるって、そんな馬鹿な話はないわ」

「ご、御冗談ですよね? B級冒険者のあなたよりも強いなんて」

「どうにかできる方法はないの? 間違いなく彼、実力は一級品なのよ」

「う、う~ん……前の今ですし……ギルド長はお堅い、厳格な方ですからね。前の騒動でも職員がなあなあで手を貸した節もあって、相当腹を立てていたみたいでして……」

 受付嬢が困ったように答える。

「別に僕は大丈夫ですよ。ギルドの方に迷惑を掛けるわけにも行きませんし」

「いい、マルク。F級は、ほんっとに仕事のない子供向けの等級なのよ! 荷運びや掃除、調べものやペット捜しみたいな仕事を、タダ同然の安値で押し付けられるだけよ。扱いも悪いわ」

「楽しそう……やってみたいです!」

「なんて純粋でいい子……!?」

 ロゼッタさんがショックを受けたように仰け反った。

「おいおい、これは何の騒ぎだい? あまりゴネて、職員を困らせてくれるなよ」

 そのとき、横から一人の男の人が近づいてきた。
 金の長い髪をしており、綺麗な鎧をつけていた。

「……あら、〈黄金剣のギルベイン〉」

 ロゼッタさんが面倒臭そうに目を細めて、彼を睨んだ。

「そうおっかない顔をするなよ。私はギルドと契約して、ベインブルクの専属冒険者になったんだよ。要するに、職員側になったってことさ」

 ギルベインさん、というらしい。
 彼は僕を見て、底意地の悪そうな笑みを浮かべる。

「ギルベインさん、よかった……。この方々、冒険者登録をしたいそうなんですが、ちょっと問題がありまして……。私の権限では、とても判断できなくて……」

 受付嬢が安堵したようにそう口にした。
 ただ、ロゼッタさんは依然、浮かない表情をしていた。

「……こいつ、他人のために融通利かせてくれるような、そんな殊勝な奴じゃないわよ」

「公的に判断できる情報はないんだろう? 今は厳しめに見ろとのお達しだ。いくら優しいこの私でも、とてもじゃないけど、この情報でE級にするわけにはいかないねえ。元よりギルドの規律……そして、人命に関わることだ」

 ギルベインさんは僕の登録用紙を手に取り、舐め回すように内容を確認する。
 ……どうにも、僕達の肩を持ってくれそうな様子はなかった。

「この子は凄い量のマナを持っているわ。精霊と契約しているし、魔物だって既に倒している」

「ちょいとマナが多かろうと、戦えるとは限らない。魔物討伐だって、正式な依頼を通したもの以外は実績として見做せないというのが現在の方針。そしてそんなチンチクリンな下級精霊では戦力にならない。本気で冒険者をしたいのならば、契約破棄して真っ当なのを手に入れろ。はい論破」

 ギルベインさんはしたり顔でロゼッタさんの言葉を否定し、僕の抱きかかえているネロを指で示した。
 ロゼッタさんは相当頭に来ているらしく、眉間に皺を寄せていた。

『きっ、貴様! 今、この我を愚弄したのか!』

 ネロが殺気立ったように力み、触手を持ち上げる。
 僕は慌てて押さえて、首の周りを撫でた。

「抑えて、抑えて、ネロ!」

「どれ……いたいけな少年の儚い夢を壊すようで心が痛いが、教えてやろう! 精霊召喚!」

 ギルベインさんは腕を天井へと伸ばす。
 床に白い光が走る。
 光の中心に銀色の毛並みを持つ、双尾の狐が現れた。
 一メートル半前後の全長がある。

「クゥオオオオオン」

 双尾の狐は一声鳴いた後、横目で僕達の方を睨む。

「どうだい? 私の白銀狐ちゃんは! 優美で勇ましいだろう!」

「か、格好いい……!」

 確かに美しいし、強そうだ。

『おい、マルク!』

「そうだろう、そうだろう! 冒険者の契約精霊とは、かくあるべきなのだよ少年。愛玩の延長にしか見えないワンちゃんを連れて来られても困るというもの……」

『フン、あんな子狐がなんだというのだ』

 ネロがギロリと白銀狐を睨みつける。
 白銀狐はネロの威圧に力量差を感じ取ったのか、びくりと身体を震わせて、小さくなってその場に伏せた。

「ど、どうしたんだい? 私の白銀狐!?」

 ギルベインさんはその場に屈んで、白銀狐のお腹を撫でる。
 白銀狐は白い光に包まれて、その姿を消した。

『逃げよったか、あの子狐』

 ネロが小馬鹿にしたように笑う。

「お、おかしいな……体調が悪いのかな……と、とにかくだ! 君をE級冒険者と認めるわけにはいかない!」

 ギルベインさんは顔を赤くしながら、声を張り上げてそう言った。
 意気揚々と呼び出した精霊がすぐさま消えてバツが悪かったのかもしれない。
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