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第十三話 司教
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「どうしたです、ルーン? さっきから、悩んでるみたいですが……」
アリスが心配げに私の顔を覗き込む。
「……この戦争、私、断片的に覚えているかもしれない」
「もしかして……前に言っていた、あの夢ですか?」
「うん……」
私は力なく頷く。
アリスは私の様子を見て、そっと立ち上がり、手を引っ張った。
「一度、上に戻って休むです。ルーンは疲れてるです」
「ありがとう。でも、もう少し調べたい。私は、真実を追うことから逃げちゃいけない気がするの」
「……そう、ですか」
私の様子を見て、アリスは少し寂しげにそう言った。
「これまで見なかった方も、ちょっと探してみよう。ね?」
私も立ち上がり、ランプを逆の手で取って、アリスの腕を引いて歩いた。
「ル、ルーン、放してくださいですっ!」
アリスは照れたのか、少し顔を赤くしてそう言った。
そのとき、ぷぅんと、髪の焼けるような、肉の腐るような匂いが強くなった。
ずしゃり、何かを踏んだ。
「や、なにこれ……」
目線を落とす。
地面に、大きな数式で作られた陣のようなものがあった。
そしてその周囲に配置するように、人間の腐った肉や、骨が散らばっていた。
私が踏んだのは、腐肉と髪が残る、頭蓋であった。
「いやあっ!」
私は悲鳴を上げ、その場に倒れ込んだ。
息が荒くなる。
ショックで頭が真っ白になった。
ランプが床に落ちて、音を鳴らした。
「ル、ルーン、上に上がりましょう! ここ、やっぱりおかしい……」
ガンガンガンガン、ガンガンガンガン!
何かの足音が急速に近づいてくる。
それは、私の知っているどの生き物の足音とも違っていた。
心臓が激しく鼓動を鳴らす。
アリスはランプを放置したまま、私を引きずって本棚の蔭へと移動した。
私とアリスは、本棚の陰で身体を寄り添い、その場で頭を伏せた。
アリスは背負っていた銃を下ろし、手に構える。
私もそうっと《次元の杖》へと手を伸ばした。
部屋の奥から、何かが現れた。
それは奇怪な動きで私達の残したランプへと歩み寄り、顔を突き付け、首を傾げていた。
一言では言い表せない、そういう類の化け物だった。
真っ白でつるりとした身体にのっぺらぼうであり、身長は私達どころか、普通の大人よりも更に大きい。
縦に細長いのだ。
足は三本あり、腕は六本あった。手足の関節は三つある。
私は、自然と口がぱくぱくと動いていた。
今すぐ叫びだしたかった。
悲鳴を上げるのを、どうにか寸前のところで堪えている。
アリスも目を丸くして、ぷるぷると唇を震えさせていた。
私もアリスもわかっていた。
音を出せば、あの化け物が向かってくると。
私は目前の奇怪な化け物に、不思議と覚えがあった。
見ていて、目の奥から涙が滲んできた。
あれは、司教だ。
大量の役に立たなかった人間を集めて、非効率ながらに、自我のない、とりあえずの強力な兵を造り出す技術。
司教が、ゴキゴキと音を鳴らしながら首を回す。
首が嫌に長い。
どうやら、首の関節も人間より多いらしい。
ガンガンガンガンガン、ガンガンガンガンガンガン!
司教が周囲を動き回る。
だが、大きくは離れてくれない。
こんなところに、あんな化け物がいるなんて思っていなかった。
動きが俊敏だ。
おまけに、本で読んだ情報によれば、司教は魔法を扱えるということだった。
今にも声を上げてしまいたい。
身体を動かしてしまいたい。
無理だ。こんな状態では、いずれ司教に気づかれる。
あいつは私達が、この近くにいることをわかっている。
見つけるまで離れるつもりはないのだ。
安全に上まで逃げるなんて不可能だ。
相手の方がずっと足が速い。
それに、司教は心のない兵隊だ。
根気比べをしたって、いずれ負けるのは私達だ。
やられる前に、やるしかない。
私は指先で《次元の杖》に触れながら、即座に司教へと魔法を放つシミュレーションを頭の中で行った。
何も、司教に正確に当てる必要はない。
鏡色の小鳥の範囲は広い。
あの司教と私達の中央で炸裂させれば、飛び込んできた相手を破壊することができるはずだ。
私は知っていた。
思い出した知識の中にあったのだ。
鏡色の小鳥は、高次元の空間を、部分的にこちらの世界と重ね合わせる魔法だ。
相手がいかに頑丈であろうとも、虚無の空間に置き換える。
司教がどれだけ強化された人間であろうが、直撃を受ければ決して耐えられるわけがないのだ。
だから、魔法に最も長けた女王は、最強の駒なのだ。
私は息を止めて、腕を伸ばして《次元の杖》を掴んだ。
瞬間、司教が私の方を向いた。
アリスが、不安げな顔で私を見つめていた。
相談すれば司教に気づかれかねないので、アリスとは何の打ち合わせもできていなかった。
私は《次元の杖》を司教へと向けた。
周囲に、数式を展開させていく。
私の頭上に空間の歪が生まれ、そこから鏡に覆われた小鳥が姿を現した。
「お願い、当たって……!」
司教は身体を捻らせ、奇怪な構えを取り、地面を蹴ってこちらへ飛びかかってきた。
思っていたよりも更に速い!
私は想定していたよりもずっと早く、小鳥を破裂させた。
本棚や床が、綺麗に球形に抉れる。
辺りに、床の破片や木くず、本の残骸が飛び交った。
鏡色の小鳥の範囲の、一歩外側に司教は立っていた。
「う、嘘……」
フェイントを掛けられたのだ。
こちらの魔法を、知っていて対処した。
司教は、心はなくとも、知性はあるらしい。
つるりとしたのっぺらぼうが、悪辣に笑ったような気がした。
「死にやがれですっ!」
アリスが私の前に出て、銃を撃った。
司教の顔面に一発当たった。
陶器のような顔に銃弾がめり込み、罅が入った。
司教は大きく身体を揺らす。
「まだまだまだまだです! ボクを前に無様に止まったこと、後悔させてやるです!」
続けて、二発目、三発目、四発目を撃ち出す。
司教は身体を後方に引き、六つの腕で頭部を守った。
アリスの銃弾に、司教の腕の関節が砕けていく。
千切れた腕が、床に叩きつけられた。
私は《次元の杖》の力で、周囲に数式を浮かべた。
アリスの銃弾に司教が動けないでいる間に、鏡色の小鳥を叩き込めるかもしれない。
私が数式を浮かべたのと同時に、司教の周囲にも数式が浮かんでいた。
「えっ……」
私が鏡色の小鳥を放つより先に、司教から何かが放たれてきた。
本棚が砕け、破れた本のページが舞う。
私の前に立つアリスの身体に、何か……空気の刃のようなものが、当てられたのが見えた。
私もその場から飛ばされ、後方へ転がる羽目になった。
落ちてきた本が、私を押し潰そうとする。
私は本から必死に這い出て、起き上がった。
衝撃波、としか言いようがない。
司教は、エネルギーの塊のようなものを放ってきたのだ。
「ア、アリス……!」
「ボクも、大丈夫、です……」
アリスも、銃を構えながら起き上がった。
直撃を受けたため、胸部が大きく引き裂かれていた。
床に血が垂れている。
かなり傷が深いように見える。
アリスが心配げに私の顔を覗き込む。
「……この戦争、私、断片的に覚えているかもしれない」
「もしかして……前に言っていた、あの夢ですか?」
「うん……」
私は力なく頷く。
アリスは私の様子を見て、そっと立ち上がり、手を引っ張った。
「一度、上に戻って休むです。ルーンは疲れてるです」
「ありがとう。でも、もう少し調べたい。私は、真実を追うことから逃げちゃいけない気がするの」
「……そう、ですか」
私の様子を見て、アリスは少し寂しげにそう言った。
「これまで見なかった方も、ちょっと探してみよう。ね?」
私も立ち上がり、ランプを逆の手で取って、アリスの腕を引いて歩いた。
「ル、ルーン、放してくださいですっ!」
アリスは照れたのか、少し顔を赤くしてそう言った。
そのとき、ぷぅんと、髪の焼けるような、肉の腐るような匂いが強くなった。
ずしゃり、何かを踏んだ。
「や、なにこれ……」
目線を落とす。
地面に、大きな数式で作られた陣のようなものがあった。
そしてその周囲に配置するように、人間の腐った肉や、骨が散らばっていた。
私が踏んだのは、腐肉と髪が残る、頭蓋であった。
「いやあっ!」
私は悲鳴を上げ、その場に倒れ込んだ。
息が荒くなる。
ショックで頭が真っ白になった。
ランプが床に落ちて、音を鳴らした。
「ル、ルーン、上に上がりましょう! ここ、やっぱりおかしい……」
ガンガンガンガン、ガンガンガンガン!
何かの足音が急速に近づいてくる。
それは、私の知っているどの生き物の足音とも違っていた。
心臓が激しく鼓動を鳴らす。
アリスはランプを放置したまま、私を引きずって本棚の蔭へと移動した。
私とアリスは、本棚の陰で身体を寄り添い、その場で頭を伏せた。
アリスは背負っていた銃を下ろし、手に構える。
私もそうっと《次元の杖》へと手を伸ばした。
部屋の奥から、何かが現れた。
それは奇怪な動きで私達の残したランプへと歩み寄り、顔を突き付け、首を傾げていた。
一言では言い表せない、そういう類の化け物だった。
真っ白でつるりとした身体にのっぺらぼうであり、身長は私達どころか、普通の大人よりも更に大きい。
縦に細長いのだ。
足は三本あり、腕は六本あった。手足の関節は三つある。
私は、自然と口がぱくぱくと動いていた。
今すぐ叫びだしたかった。
悲鳴を上げるのを、どうにか寸前のところで堪えている。
アリスも目を丸くして、ぷるぷると唇を震えさせていた。
私もアリスもわかっていた。
音を出せば、あの化け物が向かってくると。
私は目前の奇怪な化け物に、不思議と覚えがあった。
見ていて、目の奥から涙が滲んできた。
あれは、司教だ。
大量の役に立たなかった人間を集めて、非効率ながらに、自我のない、とりあえずの強力な兵を造り出す技術。
司教が、ゴキゴキと音を鳴らしながら首を回す。
首が嫌に長い。
どうやら、首の関節も人間より多いらしい。
ガンガンガンガンガン、ガンガンガンガンガンガン!
司教が周囲を動き回る。
だが、大きくは離れてくれない。
こんなところに、あんな化け物がいるなんて思っていなかった。
動きが俊敏だ。
おまけに、本で読んだ情報によれば、司教は魔法を扱えるということだった。
今にも声を上げてしまいたい。
身体を動かしてしまいたい。
無理だ。こんな状態では、いずれ司教に気づかれる。
あいつは私達が、この近くにいることをわかっている。
見つけるまで離れるつもりはないのだ。
安全に上まで逃げるなんて不可能だ。
相手の方がずっと足が速い。
それに、司教は心のない兵隊だ。
根気比べをしたって、いずれ負けるのは私達だ。
やられる前に、やるしかない。
私は指先で《次元の杖》に触れながら、即座に司教へと魔法を放つシミュレーションを頭の中で行った。
何も、司教に正確に当てる必要はない。
鏡色の小鳥の範囲は広い。
あの司教と私達の中央で炸裂させれば、飛び込んできた相手を破壊することができるはずだ。
私は知っていた。
思い出した知識の中にあったのだ。
鏡色の小鳥は、高次元の空間を、部分的にこちらの世界と重ね合わせる魔法だ。
相手がいかに頑丈であろうとも、虚無の空間に置き換える。
司教がどれだけ強化された人間であろうが、直撃を受ければ決して耐えられるわけがないのだ。
だから、魔法に最も長けた女王は、最強の駒なのだ。
私は息を止めて、腕を伸ばして《次元の杖》を掴んだ。
瞬間、司教が私の方を向いた。
アリスが、不安げな顔で私を見つめていた。
相談すれば司教に気づかれかねないので、アリスとは何の打ち合わせもできていなかった。
私は《次元の杖》を司教へと向けた。
周囲に、数式を展開させていく。
私の頭上に空間の歪が生まれ、そこから鏡に覆われた小鳥が姿を現した。
「お願い、当たって……!」
司教は身体を捻らせ、奇怪な構えを取り、地面を蹴ってこちらへ飛びかかってきた。
思っていたよりも更に速い!
私は想定していたよりもずっと早く、小鳥を破裂させた。
本棚や床が、綺麗に球形に抉れる。
辺りに、床の破片や木くず、本の残骸が飛び交った。
鏡色の小鳥の範囲の、一歩外側に司教は立っていた。
「う、嘘……」
フェイントを掛けられたのだ。
こちらの魔法を、知っていて対処した。
司教は、心はなくとも、知性はあるらしい。
つるりとしたのっぺらぼうが、悪辣に笑ったような気がした。
「死にやがれですっ!」
アリスが私の前に出て、銃を撃った。
司教の顔面に一発当たった。
陶器のような顔に銃弾がめり込み、罅が入った。
司教は大きく身体を揺らす。
「まだまだまだまだです! ボクを前に無様に止まったこと、後悔させてやるです!」
続けて、二発目、三発目、四発目を撃ち出す。
司教は身体を後方に引き、六つの腕で頭部を守った。
アリスの銃弾に、司教の腕の関節が砕けていく。
千切れた腕が、床に叩きつけられた。
私は《次元の杖》の力で、周囲に数式を浮かべた。
アリスの銃弾に司教が動けないでいる間に、鏡色の小鳥を叩き込めるかもしれない。
私が数式を浮かべたのと同時に、司教の周囲にも数式が浮かんでいた。
「えっ……」
私が鏡色の小鳥を放つより先に、司教から何かが放たれてきた。
本棚が砕け、破れた本のページが舞う。
私の前に立つアリスの身体に、何か……空気の刃のようなものが、当てられたのが見えた。
私もその場から飛ばされ、後方へ転がる羽目になった。
落ちてきた本が、私を押し潰そうとする。
私は本から必死に這い出て、起き上がった。
衝撃波、としか言いようがない。
司教は、エネルギーの塊のようなものを放ってきたのだ。
「ア、アリス……!」
「ボクも、大丈夫、です……」
アリスも、銃を構えながら起き上がった。
直撃を受けたため、胸部が大きく引き裂かれていた。
床に血が垂れている。
かなり傷が深いように見える。
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