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十六話 淵曲支部13
しおりを挟む田楽屋ロミオの軽いセクハラじみた行動が福来万会の堪忍袋の尾をすでに切っていたのだ。自動的に男が自分の体に触れた瞬間殺戮モードに移行するようプラグラミングされていたのだろう。
白に近い肌が
真っ白ながら血管が浮き出た
あまりにも不似合いで屈強な拳が
染爾の鼻先にメリメリめり込む。
メリメリ。メリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリ…脳内にすら響き渡るほどの痛みは音となって廻る。
白い肌。毛の一つすらも存在しない白大地。
福来万会の鉄拳が丘野染爾の顔面を捕らえた瞬間だった。
無慈悲な音。
痛みとは形容しがたいほどの重い衝撃。
脳が揺れブラックアウトした視界の中で漆黒が幾度となく回る感覚…
そして遅れてやってくる鼻と口からの強烈な痛み。一撃しか浴びていないのに無数にも拳を打たれ続けているのかと錯覚する程に連続的に感じるそれは、
痛みを通り越して苦しみとなって染爾の頭部、顔面、首の骨を重点的に襲った。
昔ブランコで遊んでいて高く跳んだ際に地面に思っ切り顔をぶつけたことがあったとすればそれが永遠に継続してやってくるような痛みに近い。
電車やトラックに轢かれる衝撃は何が起こっているのか瞬時に理解出来ない。内臓が揺さぶられ骨が四方八方砕け散り呼吸すら困難になってもそれは気付いた時に絶命している筈だから継続されない。
しかし人の拳…一撃の鉄拳は意識を断絶する程の力はなく、福来万会の拳は決して鋼鉄ではない。
女性としての脂肪が残存しながらも
死線を乗り越え苦難を乗り越えてに入れた筋力が上乗せされたに限る。
つまり人間の度を超える力ではない。
意識が飛んでしまえばどれだけ良かったのだろうか。
脊髄反射のように繰り出された一撃は強力ではあったがトドメをさせるほどの威力はない。
永遠と頭痛が脳内を駆け巡り、鼻からの出血が目頭や口内を逆流する気持ち悪さが連続で襲いかかる。
呆然と立ち尽くしてしまうほどに
気の遠くなってしまうほどに
重みを帯びた拳は確実に鼻先を潰し
染爾の古傷すら抉った
舌先に感じる鉄の味と僅かな甘みはあまりにも不気味で、生きていることを実感させると共にまだ意識が残ってしまっている絶望と逃れられない痛みへの強烈な怒りを増幅させた。
しかしその怒りは血流を早めるだけで
出血量が多くなる一方だった。
眉間に迫る痛みと一瞬の不思議な安心感…不思議な安心感はきっと福来万会が目を開けたまま、うたた寝していたという事実を知り
敵による脅威にさらされていない確証を得られたことによる安堵から来た副産物だろう。
予期しない鼻先拳骨…
双丘が揺れたのを目で追った瞬間、血管をめぐる血液が逆流していくような感覚に遭遇した。その逆流で察知はしていた筈だったが不思議なことに時が止まったかのように染爾は回避を試みさえしなかった。
まるでそれが『フタ』で自分が『本体』のように。フタを閉める動作のようにごく当たり前の拳骨だと心のどこかで納得していたのだろう。
メリメリと鼻先を挫いた鉄拳に鼻から出た赤が付着した。返り血を浴びた白銀の拳は艶美なオブジェと化し追撃を加える。
綺麗な顔立ちがより一層の恐怖と威圧を引き立てる。
この拳骨はわざとではない。福来万会からしたら熱々の薬罐に手が触れた時に感じる熱によって勝手に手を戻す反応や反射のようなものだ。
わざとではない顔つき。瞳孔。見ただけでわかる自らが拳を上げている事に驚いた顔…
この場合、うたた寝から覚醒したらロミオだと思って繰り出された拳の相手が染爾であることへの驚いた顔なのかもしれない。
表情は驚愕と困惑の二つに悩まされているようだが、染爾の目の前には確かに確固に
追撃を加えようとする万会の拳があった。
消え行く意識の中、染爾は鼻先の血液の生温かさに包まれ目を瞑った。驚異的な一発が来る…そう感じた時諦めと一瞬の恐怖。
それは殴られる事実から来訪したもので無い。
"誤解されたまま殴られ気絶して行く未来を見据えた上での恐怖と不安だ。"
血の味は鉄錆。しかし舌先を掠めるは汗の塩味。
ダメだ。 この子にはあのロミオと同じ変態だと思われたなくない。今のままでは勘違いをされて投げやりにされるだけだ。
染爾がそう思った時には鮮血は勢いを弱めていた。
福来万会の拳が空を切った。
『セクハラは訴える前に制裁を加えないといけないんです。』
驚いた顔をした福来万会は表情と裏腹に猛追を開始。
『ば、、、ばんえ、待て!誤解だッッッ!くっっそ前が見えねえ…』
『勘違いであってほしいと思ったが済まない。勘違いとは考えにくい。
それに、もうスイッチが入ってしまった。さよなら。』
強烈なパンチを鼻に食らったことによる衝撃で涙腺が今頃になって崩壊。
あふれんばかりの涙が染爾の視界を歪めた。
体勢を崩したまま雑な前転を二度三度繰り返し右手と左手で受け身を取ろうとする。
慌てふためき痛みは顔中で踊り狂い
平衡感覚が保てない。
靴底がアスファルトを強く踏みつけた音。
福来万会の拳が来る…
空から降り注ぐ特大の雹のように。
『万会ッッッ違うんだ!俺は…
俺は、ただ、君が時間停止していると思っただけなんだ!ほんとだ!俺は巨乳より貧乳派なんだ!』
嘘ではないが本音でもないその一言。
うたた寝していた万会にも非がある。
『何っ!?』
驚き攻撃を止めようとした頃には
万会は足を踏み出し構えていた。
それは『発動』の構えだ。
跳ねた万会は空中で一回転しながら右手を染爾へ振り上げた。
強く瞼を閉じて目を開くこの動作に意味はない。ただの涙拭い程度。
万会の一撃をもう一度食らったら次は意識が飛ぶ。それ程の脅威を前にして
瞼を閉じる。
そんな危機的状況の中、冷静に瞑想した
染爾の脳裏に浮かぶのは清美との特訓の際に教わった『引き継がれた能力』について。
まっくらな視界は揺らぐ。鼻から溢れる血液はアスファルトに彼岸花のように落ちた。
『くっっっそ どうにでもなれッッッ』
丘野という苗字はノーフトリフに古くから伝わる豪族から来ている。
古の国を守り抜いた伝説の名であり
力を継承する上での『印』だと。
清美は言った。
『丘野って名前は丘彫りという職業から来ているんだよ。土を掘るんじゃなくて文字を掘るんだ。それもただの丘じゃあないよ。かなり硬いんだ。命練の丘…墓石に使われる石はその丘に文字を刻みその丘の呪いや念を解いて初めて使い物になるんだよ。俺たちの苗字はかなり宗教じみた神にも近いご利益あるもんらしい。 お前はまだそれを背負う覚悟がない。けどその拳には宿るかもしれないな…』
迫る福来万会の拳を前に脳裏に巡り巡る記憶を整理しいま一番手っ取り早い解決方法を思い付いた染爾の目はもう迷ってなどいなかった。
記憶の中の清美が告げた一文字…
染爾はその記憶の中の清美と同じタイミングで呟いた。
『『『印』』』ッッッ!
万会の右手の拳と染爾が前に出した左手の拳が触れる
熱。
強烈な熱波がお互いに降りかかる
触れた拳は大気圏を突入する隕石の如く凄まじい勢いで衝突した。
拳と拳が触れた瞬間
福来八穢が脳裏に現れる
倒れこむ男にすがりついて
泣きじゃくる福来万会の顔が見えた。
八穢も万会も幼い。
『どうして、、なんで!!お姉ちゃんッッッ』
八穢の目は冷たく手のひらにはべっとりと血が付いておりそれが男のものだとわかる。
目の前にいる万会とは程遠いほど幼く弱々しい彼女の顔は涙と鼻水でいっぱいになっていた。
いつの記憶なのか、何故これが見えたのかはわからない。ただ一つ言えるのは
誤解していたのは染爾の方だった。
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