ふしだらな母親の娘は、私なのでしょうか?【第5回ツギクル小説大賞 AIタイトル賞】

イチモンジ・ルル

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第6章 断罪の舞台裏とその後

32-双子の精霊眼と対の目

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 ノンナはこれまで奪われるだけの人生を送ってきた。美貌も才能も、双子の弟……父の愛すらも。そして精霊眼の力さえも。

 父の愛は不明なままだ。
 だが、戻ってきた愛があった。マクシムが仲介して巡り会えた双子の弟、サンディだ。
 血のつながりだけではない。彼の存在は、奪われた世界の中で初めてノンナが心を寄せられる身近な光だった。
 サンディは「対の目」として彼女の精霊眼を支え、補い、導く存在だ。彼がいなければノンナはこの力に押し潰されてしまうだろう。

 気恥ずかしいほどに強い親族愛で結ばれた関係……それは単に兄妹という枠を越えた、魂の深い結びつきだった。

 膨大な魔力が宿る精霊眼の力。それを操ろうとした最初の頃に、ノンナは戸惑った。気が遠くなって倒れそうになるくらい。
 この力はあまりにも強大だ。かつてエリゼーヌに夜ごと奪われていたからこそ、いざ取り戻した今、その重みが余計に恐ろしく感じられる。
 だが、サンディの冷静で的確な助言があれば、その恐れも少しずつ和らいでいく。

 その力がどれほど強大であるかは、ノンナ自身も徐々に自覚し始めていた。だが、それを完全に制御するには、まだあまりにも多くの課題があった。
 とりわけ他人の記憶を精霊眼で辿り、それを壁に正確に投影する際の難しさは特別だった。
 他人の過去の記憶は自身の記憶とは違い、感情の濃淡や細部の不確かさが混じり込んでいる。それはまるで濁った水の底を覗き込むようなものだった。ぼんやりとした輪郭を適切に調整し、正確に映し出すには、途方もない集中力と繊細な調整が必要だった。

 その調整を助けるのが、サンディの「対の目」としての役割だった。彼の鋭い観察眼と、念話を通じた具体的な指示がなければ、ノンナの力は暴走してしまうかもしれない。
 ノンナが投影の精度を高められるのは、理論や技法を理解したサンディが細やかにサポートしてくれるおかげだった。

「夜会でフォートハイト伯爵夫人エリゼーヌの過去を暴く。禁術を使い重罪を犯したことを証明する」
 
 マクシムは低い声で断言した。その声には、ノンナを虐げ続けたエリゼーヌの罪を暴く決意と覚悟がにじんでいる。
 
「鍵は、ノンナ嬢とサンディがなぜ母親と引き離されたかにある。それを明らかにしなければ、この先の道は開かない」

 マクシムの言葉を聞いて、ノンナの胸にかすかな恐れが芽生えた。
 ――本当にできるのだろうか。自分の力は、まだ不安定だ。
 それに継母エリゼーヌという存在は、彼女にとってあまりにも重い。

 そんなノンナを支えるように、サンディが彼女の肩に手を置いた。その手から伝わる思いは穏やかで、けれど力強かった。

 「ノンナ、大丈夫だよ。僕がいる」
 
 彼の言葉は、実務的でそっけない響きだったが、不思議なほど頼もしくに心を落ち着かせた。

 ノンナは息を整え、サンディの手の温もりを感じながら深くうなずいた。彼女には「対の目」サンディがいる。たとえ自分ひとりでは乗り越えられなくても、サンディと共にいる限り、この試練を越えられるかもしれない。そう思えたのだ。
 
 練習の協力者となったのは、公爵家に仕える侍女だった。
 エリゼーヌと同年代の彼女は、穏やかな笑みを浮かべながら「私と夫のなれそめなんて平凡ですけど、よければ気軽に試してくださいませ」と声をかけてくれた。ノンナは彼女の気さくな態度にほっとしたものの、内心……まだ少し緊張が残っていた。
 
 精霊眼で他人の記憶に触れるという行為は、心の奥に深く踏み込むものだ。それは、どれほど慎重に進めても危うさを伴う行為だった。

 ノンナは侍女に一礼し、ゆっくりと瞳を閉じた。精霊眼を通して他人の記憶に触れる感覚は、冷たい水に手を差し入れるようだった。指先に伝わるのは、ざらつきとわずかな重み。それは記憶の断片……形にはなっていない、曖昧な感情や映像が絡み合ったものだ。ほんの少しでも焦ると、その糸はたやすく壊れ、霧散してしまう。

 ――少しずれている。映像が途切れそうだ。0.001秒、下方向に深く……よし、そのまま集中して――

 サンディの念話が頭の中に響く。彼の冷静な声が緊張で波立つ心を静め、集中力を研ぎ澄ませる手助けとなった。ノンナは慎重に感覚を調整しながら彼女の記憶をたどる過去視をした。
 壁には映像が浮かび上がり始めたが、その輪郭はまだ霧に包まれ、不安定な波紋を広げていた。

 ――焦らないで、ノンナ。出力を少しだけ絞って――
 ――これでいい? ――
 ――うん、その状態を維持して。あとは0.006秒、右方向に……――

 ノンナはサンディの指示に従い、魔力を微調整する。サンディの声は単なる指示ではなかった。それは迷いを静め、道を示してくれる羅針盤だった。彼の支えがあるからこそ、ノンナは曖昧な映像を形にできた。

 壁に映し出されたのは、やわらかな光に満ちた中庭だった。低木の植え込みの前で、侍女の面影のある少女がそっと足を止め、そばに立つ少年を見上げている。少年の手元には小さな花束が握られており、その顔には緊張と真剣さがにじんでいた。

 ノンナは幸福と懐かしさに満ちた感情が記憶の中に息づいているのを感じた。温かさが胸に広がり、心地よい。

「ありがとうございます。……でも、今回の対象者の記憶はこんなふうに穏やかじゃないでしょうね」
 
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