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第6章 それぞれの結末(原点編)

32-いまは分かっていること【R18】

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 ジグムンドが亡くなったあとしばらくして、私たち夫婦は久しぶりにふたりで休暇を過ごすことにした。

 義兄夫妻と、いとこたちを預け合って夫婦の時間を持つことに決めた。国王と王妃に預けるのは畏れ多いと思ったが、国民に陛下と呼ばせない「ランスさん」は、王国時代と変わらない気さくで優しい義兄だった。
 今回、私たちは初めてその取り決めを活用することにした。

 フェリと私は27歳。長男は8歳、その後に生まれた長女は3歳になっていた。
 預けたとき、もっと泣いて別れを惜しむかと思った。なのに、「おみやげたのしみ!」と言い捨てて、ふたりでいとこたちのところに走って行くので、ちょっとがっかりした。

 王都近くの風光明媚な宿に泊まり、初日は夜明けまで愛し合った。寝坊して、部屋で朝ごはんを食べた……ほぼ昼だったが。食後は眺めの良い部屋で、夕食までいろいろな話をした。

 私はフェリと共に窓から落ちたときの話をした。「後で説明します」と言ったきり、その話はしていなかった。

 話し終わると、フェリは微笑んだ。

「……そんな状況をだったのですね」
「はい、今でも良く覚えています」

 彼女は共和国が成立したころから、元の顔に戻っている。鼻が曲がった顔にも慣れたので、どちらでも良いのだが、やはり歪みのない整った顔が妻に似合っている。子どもたちも「母上きれい!」と喜んでいる。

 フェリは、いつもは見せない笑みを浮かべた。
 それはどこか妖艶で、私はゴクリとつばを飲んだ。

「あのね……あのときのわたくしが気づかなかったことで、いまは分かっていることがあるの」
「何?」

 フェリは並んで腰掛けていた安楽椅子から立ち上がり、私の手を取って寝台の方に導いた。彼女は座らせた私の顔に優しく手を伸ばし、視線を遠くに向けながら話し始めた。

「あのとき、図書館の窓から突然突き落とされました。頭を下にして石畳に向かって落ちていて、首の骨を折って死ぬことを覚悟しました。もう死ぬのだなと思ったら、旦那様……マクセルモア伯爵令息のことで心がいっぱいになった。真摯にわたくしを助けようとしてくれた、密談の機会を設けてくださったあの思い出の閲覧室で一緒に過ごした初恋の人を」

 フェリはその時のことを思い出しているのだろう。彼女の頬がほんのり赤くなり、視線が指先で撫でている私の頬に戻る。

「ずっと王宮に通っていたから、容姿端麗な男性はたくさん見たわ。でも、わたくしを気遣ってくれるマクセルモア伯爵令息は、心と容姿の美しさが誰よりも印象的だった。そんなふうに感じるのは生まれて初めてだったの」

 私は照れくさくも嬉しい気持ちで、だらしなく微笑んだ。

「そうしたら、空中に愛しいひとが急に現れたの。しっかりとわたくしを抱き留め、風魔法で守ってくれた。石畳に落ちた瞬間には、覚悟していた首が折れる痛みはなかったけれど……わたくしの鼻から信じられないような音がしたわ。痛みより、音に驚いた」

「ごめんなさい……」と私は小さな声で謝った。
 フェリは優しい笑みを浮かべて続ける。子どもたちをたしなめるとき、良く浮かべているような笑みだ。

「ふふふ……謝罪を受け入れます。でも、びっくりしたわ。驚いたのは自分の鼻のことだけじゃなかった。マクセルモア伯爵令息の身体の一部がローブの下で硬く立ち上がっていたの。どうしてなんだろう、意味が分からないって思った」

 赤面する私の股間に妻の柔らかな頬が押しつけられる。

「そう、ちょうど今の旦那様みたいに」

 私は顔から火が出るような気分で妻を起き上がらせて、その頬を私の頬に擦り付けた。

「意味、分からなかったの?」
「ええ、閨教育は座学で受けていたわ。それなのに、マクセルモア伯爵令息がそういう欲望を持つ人間だって気づいていなかったの。美しい天使、わたくしを助けてくれる魔法使いとしか思っていなかった」

 そのあと、茶目っ気の溢れた顔で私の夜着の袖をつまんだ。

「あと、ちょっとローブが汚かったわね。新しいローブを縫いたいと思った」

 私は恥ずかしくて誰にも言うつもりがなかったことを、白状することにした。

「実は私、たまに夢精をしたけれど、自慰とか……したことがなかったんだ。政略結婚をした後、お役に立たなかったらどうしようかと思っていた。生身の女性に反応したのは、あの図書館の中庭が最初だった」

 ――いかん、支離滅裂なことを言ってしまった。

「まあ」

 フェリはキョトンとした表情になった。私の言わんとすることは理屈としては理解したらしい。しかし、無理もないことだが、どう反応していいか戸惑っている。
 しかし、いたずらっぽく笑った。

「ほんとうに魔法使いだったのね」

 猥談のような民話に、魔力を高めるために純潔を守る魔法使いが出てくる。博識なフェリはその民話を連想したらしい。
 私も笑い返す。
 抱きしめた身体から伝わるお互いの動悸が速くなる。私は妻を愛称で呼びながら、鼻に頬を優しく擦り付けた。
 いちど壊した身体を愛しむのだ、そっとしなくてはならない。
 私は悪ぶった表情を浮かべてみて。そして軽薄に言った。
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