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第3章 成年に達してから(原点編)

10-魔王の天賦魔法

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「大学の古文書部から届いた。過去の研究者がまとめた、魔王の砦出現後の王国に関する史料の浄書だ」
「研究室が魔王鎮圧後の対策を研究するために依頼した資料の一部ですね」

 私は箱を開け、読みやすい現代風の文字で記された内容に目を通した。
 ――元の古文書に書かれた古風な筆跡を現代の書体に浄書してあるだけだな。

 とはいえ、古文書の専門家が浄書したからこそ、これだけの量を数年で揃えられたのだろう。
 
 ――実際の仕事に役立てるには、もっと工夫して要約し、編集しなければ。

 ダスティが、暖かい眼差しで私を見ていた。研究室に入った直後、よくそういう風に見守られたのを思い出す。

「この文書を要約してほしい。できるだけ早く」

 ダスティの声には、初心者の頃毎日励まされた思いやりとは異なる、重みのある響きがあった。

「ざっと目を通した。いくつか危険な事柄を見つけた。情報の要点をまとめて、広く公開する必要がある」

 私はダスティの真剣な表情に強い印象を受け、軽く身震いした。そして彼が続けた次の言葉も、更なる重みがあった。

「この国がこの情報を知らないと、大規模な災害が起こりかねない」

 ***

 ダスティに「できるだけ早く」と言われたものの、書類はあまりに大量だった。
 私がすべてを精読し、その内容を把握できたのは、ちょうど学友役の仕事が始まったころだった。

 要約を正式に提出する前に、私はダスティに報告する機会を得た。

「この一連の書類において注目すべき点がいくつかあります。まず、魔王の天賦魔法が発現しやすい人間の特徴です。その話をする前に、天賦魔法について整理しておきます」

 私がそう言うと、ダスティはうなずいた。

「魔法は、個々の人物に内在する特別な力を基盤として発動します」

 この定義の説明は、教科書から学んだことを参考にしている。その教科書は、魔術大学教授であるダスティが大学の授業のために執筆したものだ。

「特別な力を魔力と呼びます。魔力は能力であると同時にエネルギーのような性質を持ち、その量や回復速度には個人差があります。魔力を使い果たすと回復が必要です。使いこなすためには技術が必要です。その技術には、魔法や調律魔術などがあります」

 ダスティはうなずきながら聞き入っている。今のところ学生の私は教授の期待通りの説明ができているようだ。

「魔法の技術にはふたつの習得方法があります。まず、生まれつき持っている魔法の能力としての習得です」
「『生来天賦魔法』と呼ばれているものだな。王国のほとんどの国民が生まれつき保有する魔法の能力だ」
「はい、生来天賦魔法を実用的に活かすためには『適切な魔力量』と『運用能力の才能』が必要です」

 私が魔法科に合格し、キャビが不合格だったのは、運用能力の差だ。運用能力は人それぞれで、本人の才能、才覚、努力によって違う。私は説明を続けた。


「この書類で問題なのは……もうひとつの種類の魔法、後天的に発現する天賦魔法です。近年忘れ去られていた魔法でした」

 私の重い口調に同調するように、憂慮の表情を浮かべたダスティがつぶやいた。

「後天的な天賦魔法としてエミシェスング王国で過去に記録されている、この資料の多くに言及されている魔法は、魔王の天賦魔法」

 後天的に発現する魔王天賦魔法は運用能力とは違う条件で発動する。

「魔王の天賦魔法は、歴史的に、出現した魔王の砦が鎮静後に発現が報告されてきた特殊な魔法です。先読み、豊穣、突風、魅了の4つの魔王天賦魔法が記録されています」
「そのとおり。そして、適切な対応ができなかったときの報告書には、発現者が引き起こした惨事について多く記録されている」

 ダスティの表情は憂慮に満ちたままだ。

「はい。魔王の砦と呼ばれる異常な事態は、歴史を通じて500年から200年ごとの間隔で出現しています。魔王の砦出現後、魔王が炎の竜を操る事例が過去にありました。例外的に100年の間隔を置いて発現した今回も、炎の竜の災厄が懸念されていました」

 私は遠征前の決意を思い出す。
 私の力で災厄の発生を防げるなどとは思っていなかった。しかし、微力ではあるが全力を尽くした。
 炎の竜の災厄が「キャビが書いてくる他愛もないことで満ちた日常」を焼き尽くすのは嫌だった。
 
「鎮静の願いを魔王が聞き入れてくれた。今回は砦の出現のみで、今のところ食い止められている」
「はい。しかし、ダスティさんたちは、魔王が天賦魔法を発現させることを懸念して、今回の仕事を始めたのだと思います」

 ダスティは重々しくうなずいた。

「過去の記録の奥深くに隠されている『依り代』による災厄――発現する魔法は4種類。先読み、豊穣、突風、魅了」
「はい、先読みは非常に稀で、突風と魅了の発現が多いです」
「これら4つの魔法を依り代に天賦して起こる災厄は魔王による『大掃除』。その説が有力だ。源を作り出した者が砦を鎮めたあとに慢心し腐敗していることを諫める。そもそも、エミシェスング王国は『先読み』を天賦された初代国王が創始者だ。王国正教正典の教えもそれを示している。魔術大学はその説を取っている」

 私はその見解に同意を示し、続ける。

「はい。魔王の砦の出現は王朝創始後次第に乱れた世の中を糺すためとの説に、私も賛成です。過去の被害は新しい法律の制定に繋がりました」
「適切な対応ができなかったときの報告書には、発現者が引き起こした惨事について多く記録されている。それを懸念して、300年前の災厄の後に制定された」

 ダスティはどの報告書に何が書かれているか概略を把握しているのだろう。迷いなく制定時の報告書を抜き出した。

「はい、依り代……魔王の天賦魔法が発現した者は、必ず国に報告しなければならないと法律で定められていました。この魔法の依り代が無知によって強力な魔法を濫用することにより、過去に引き起こされた現象は、社会の不安を増大させてきたからです」

 有名なのは、「突風」を魔王にそそのかされて使ってしまった子どもが、村を壊滅させてしまった事件だ。
 ――そういう暴力的な力を発現させることで世の中を糺す……魔王の考えることはよく理解できない。

「その法律のおかげで、100年前はすべての発現者が国に報告し、惨事は起こっていません」

 ダスティは嬉しそうに私を見た。
 面倒を見るべき子どもへの扱いではなく、孫より年下の研究者を同僚とみなす眼差しだ。

「そのとおり。この法律に従いもたらされる情報は大切だ。発現者と行政、そして研究者が情報を共有し予防に役立てることで、多くの災厄を防止できる」
「はい、魔王に操られてしまうことにより、惨事を引き起こしてしまうのが、いちばんの問題と思います。影響を受けた者、発現者と呼ばれていますが、彼らが意のままに動かせると錯覚してしまうと、悲劇が起こるように思います」
「そのために報告義務がある」

 私はちょっと緊張して、紙挟みに大事に入れていた紙を取り出した。

「では、今までの話を前提に、今回の書類から発現者に関し私が気づいた特徴を説明します。災厄の防止に役立てばと思っています」

 ダスティは眉を悪戯っぽく上げて、少し前のめりになった。

「過去500年で魔王の砦の出現が3回あり、その後に魔王の天賦魔法の発現者が見つかっています。多いときは10人、合計で21人の発現者が記録されています」

 私は、21例それぞれのまとめを取り出し重ねた。

「発現者の情報をひとりずつまとめ、その結果を1枚の紙にしました」

 重ねた紙の上に1枚の紙を置き、ダスティの前に押しやった。

「なるほど。出来事ではなく、発現者の資質に注目したわけだね」

 ダスティが意外そうな声で言い、眉を上げた。私は特徴毎の分類に数字を添えてその紙の説明を始めた。

「結論として、魔王の天賦魔法の発現者全員に共通する特徴がふたつあります。『魔力』が多いが『魔法』の才能……運用能力がない者。また、感情の波が大きく、特に冷静さを欠く者」

 ダスティがうなずく。

「こうした者は、理解不足と能力不足で、生来天賦魔法を使いこなせないことが多い。その隙を魔王が突いて発現者にして操ろうとすると推測できる。興味深い」
「はい。適切な知識を持たない発現者はこの点を誤解しやすいうえに、魔法発現時に『頭に流れ込む』情報はその誤解を促進する罠を含んでいるようです」

 私は付箋を挟んだ1通の報告書をダスティに見せた。彼はその内容を素早く読み、確認を示すようにうなずいた。

「あのう……ひとつ個人的な話をしていいですか」

 私は、その特徴に合致する者を知っていた。
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