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第一章 石の手紙

第一話 1 帝国考古学研究所 音楽史研究室にて

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 帝国考古学研究所の窓から差し込む夕暮れの光を反射して、ところどころがきらりと輝く石の棒の表面はざらりとしていた。

 脇に立って見守っていた研究員の畑中美代子は、日除緞帳ひよけどんちょうの位置を調整して、眩しい日差しが楽器デルナクコチヤ製作作業の邪魔にならないようにした。
 
 南国のひとを思わせる優しい琥珀色の小顔の女性は、楽器製作者のタナさんだ。タナさんは感謝を示すようにうなずき、作業に戻る。石の棒を粗く整形された木材に当てた。しばらく位置決めをしたあと、力強く削りはじめる。小柄でたおやかな容姿からは想像もできないくらい強い力。ふわりとした巻き毛はきちんとまとめているので乱れない。

 音楽史研究室の台の上に木屑が散る。しばらく作業を続けるうちに、少し暗くなってきたので、美代子はタナさんの作業の様子を見て、キリのいいところで許可を得て、電灯をつけた。

 あらかじめ見せてもらっていたデルナクコチヤの設計図に描かれていた上と下の部分の形が出来上がりつつある。白熱灯の光に照らされ、よくわかる。

“これ、カスタラキのぼう、はめこみ、いく”

 作業は巧みだが、タナさんの英語はカタコトだ。

 細い木の棒を底に当て、別の石を取り出して打ち込むように作業する。今度は少し控えめに木屑が飛び散る。それを繰り返し、十二の穴に棒が填め込まれる。その技に美代子はつい見惚れる。

 出来上がっていく楽器は、古文書にも説明されていた通り、不安定な形状に見える。古文書書き起こし書面余白に、帝国考古学研究所・音楽史研究室・主任の凪見小路通麿なぎみのこうじみちまろが覚書を走り書きする。彼は美代子の上司だ。音楽学者兼楽器製作者であるタナさんを招聘した責任者でもある。凪見小路は、西の大陸に豊かなコネクションを構築しているので、タナさんが所属する大学との交渉はスムーズだった。

 凪見小路の濃紺のペンに施された金色の飾りが白熱灯の灯りに反射してキラキラと光る。西の大陸から輸入したファウンテン・ペンは彼の高速思考の流れに後れを取らない。ブルーブラックのインクがさらさら流れを移すように文字を形作る。文字というか、本人とコツをわきまえた助手以外読めない謎模様なのだが。
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