目指すは新天地!のはず?

水場奨

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28話 困惑するファガル

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今日は下午から翌日の朝まで夜通し開かれる、王族主催の会だ。
名目はなんであったか。王の8番目の子で5妃の娘を、有力な貴族の息子に下賜するとかだったはずだ。

この会は割と長時間の会ということで出入りも可能。
主だった時間帯も夜の始まりの頃だとわかっているし、ずっと居続ける者は少ないだろう。
祝辞さえ伝わればいいのだ。

早い時間帯から来ているのは、普段は開放されていない庭園を散策しながら出会いを求める若者が多く、まだ社交界に出ていない者もいたりする。
表立って言う者はいないが、王族の愛人探しのための会だなんていう噂もあるくらいだ。
華やかな既婚女性が多いのはそのせいだろう。
若すぎる参加者は、暗くなる前には会場から退場しているはずだ。

私みたいに出会いを求めていない者は、夕方近くになって会場入りする者が多い。
お互いの利益を探り合い、ある程度今後の予定を口約束でもしてしまえば、男達は別の相手との商談に去って行く。
その後はゴシップ好きな夫人達に囲まれて、精霊色の御利益なんて話題の種にされながら、王都における有力な貴族との橋渡しの機会を狙うのが常だ。

精霊色を持つ私と交流を持ちたいと考えている人間は一定数いる。
特に地方に土地を持った領主一族に多く、王都での用事が済みダガラ領に帰る際、自領を通っての帰領を望まれるのだ。
ゆっくり通過するだけでも、眠っている精霊が目を覚ましてくれると信じられているのだ。
自領の農作物等、豊作を願わない領主などいない。

故に彼らの多くは表向きは、私とシャリオの仲を応援してくれると明言してくれている。
それでもなかったら、交流を持ちたいような人種ではないのが問題ではあるが。
ただし、デヨーテ自身は身分も高くやり手らしいから、彼が王都に到着した後は、堂々と味方を募るのは難しくなるかもしれない。



「それにデヨーテ様には何年もかけて口説いていた方がいらっしゃらなかったかしら、ねえ」
「本当、いい気味ですわ。あんな身分でデヨーテ様の第1配偶者の位置に収まろうなんて、厚かましいったら」
「しかも跡取りも産めないのによ」

私に聞かせるためだろう。彼女達からはデヨーテについて悪い話ばかりが耳に入る。
しかしこんな風に悪様に言われていても、デヨーテの相手は貴族ではあるのだ。
シャリオは貴族ですらない。
私のいないところでは、シャリオも同じように、いや、もっと酷く陰口を叩かれているのかもしれないな。

それでも、そんな相手でも、ある程度の数が欲しい。
宣誓の場に入った時、野次が飛ばない程度の協力で構わないのだ。
シャリオに嫌な思いを、させたくはない。

「ファガル様、ミュゼル様はデヨーテ様とご学友なのですよ」
「学年が一緒じゃなければ、対等に話すことすら出来なかったのよね」
「今回のことを知ったら、どう思うかしら。身を引いてくれたら私たちにも機会はあるわよね」
「やだあ、貴女後釜を狙ってるの?」
「ふふふっ。そんなことを言って、貴女もでしょう?」

そうか……これが彼女達が私に協力的な本音か。
ミュゼルとやらも気の毒に。
思わず溜め息をつきそうになると、最近人型を取れるようになった精霊が立ち上がった。
精霊の視線を追いかけると連絡鳥だ。

『ピッピッ』
「あら」
「まあ、なんて綺麗な連絡鳥かしら」

飛んできた連絡鳥は私の肩に降り立った。
連絡鳥は手紙を記した者の魔力の影響を受ける魔道具だからな。
複数の色が混ざる連絡鳥に、いくつもの属性を持った相手からだと気づいたのだろう。

「失礼。少し席を外します」

連絡鳥を肩に乗せたまま夜会会場を後にすると、休憩用に用意されている小部屋に入った。
誰からの連絡鳥だ?
魔力を通すと、連絡鳥が1枚の紙へと変わる。

ん?珍しいな、シャリオから連絡鳥とは。

は?

『森で第5王子と揉め事有り。魔力攻撃を受けアビスが意識不明の重体』
シャリオは無事なのかっ?!

第5王子といったら、母親の身分が低く継承順位も無いに等しい我が儘王子だったか。
同腹の第2王子は同じく継承権が無いに等しくとも、悪い噂はあまり聞かないが。

『至急、魔力疵に効果のある薬をアビス家まで配送の手配を望む。他に寝具ふとんを3人分同送願う』
薬はわかるが、なぜ布団を3人分?
『アビスの意識が戻るまで、こちらで寝泊りする』
アビスが目覚めるまでそちらの家に泊まる……ならば布団は4ついるだろう!
シャリオはなぜいつも自分を数に入れないのだ。

『追伸、王族に手を出した。迷惑をかけるようなら切り捨ててくれ』
だと?!

切り捨てられるわけがないだろう!
シャリオは『俺のことをもっと信じろ』と言っていたが、シャリオの方こそ、もっと私を信じて頼ってくれ!
シャリオに頼られることが私の至福だと、そろそろ気づいてくれないか。

「ふぅ」
シャリオのことは気になるが、手紙の内容を見れば今は無事なのはわかる。
だが、王子と揉めた事の方が心配だ。
シャリオに危害を与えるつもりならば……どんな手を使っても地獄を見せてやるまで、だが。

「なんとか第5王子の動向が伺えないものか」
どうしたものか。
せっかく城にいるのだが、私はまだもっとも外側にある建物にしか入ることができない。

ん?
「なんだ?」
普段は私の周りを漂っているだけの精霊が指をさす。
「着いてこいってことか?」
精霊がうんうんと頷き『おうじはあっち』と口を動かした。
声は聞こえないが、読唇は可能だ。

「……精霊よ。ここ、隠し通路とか、言わないか?」
うんうん、じゃないだろ!?
「私みたいな者がこんな城の機密を知っても、大丈夫なのか?」
『だいじょうぶ』って、大丈夫じゃないからね。

「はあっ、まあ、重要なのはシャリオを守ることだ。……案内を頼むよ」

精霊の後をついて行くと、細く真っ暗な通路でありながら彼らの放つ淡い光で足元まで見ることができた。
階段を上がりクネクネと歩くこと20分程経っただろうか。精霊が振り向いた。

『ここ、このかべのむこう、おうじのへや』
『みみをすませて』

声を聞けってことか?



「なんて恥ずかしいのかしら!」
パシリと何かを叩いたような音が響くと、誰かが嗚咽をもらす声も聞こえて来る。

「魔力が消えて、護り魔石も消滅しただと?!」
ガンと何かを蹴るような音。

「精霊を怒らせて罰を受けるような人間が王族を名乗るなんて、許されるわけがないわ!」
ガシャンと何かが倒れる音と呻き声。


『目をこらして』

今度は見ろと?
そこには壁があるだけなのに?

……。

言われた通り壁を真剣に見つめれば、ぼんやりと透けた壁の向こうに、人の姿が映りだした。
コレも精霊かれらの力なのか?

おそらく王子だと思われる子供が、同じような暴言を繰り返し投げつけられ、叩かれたり引き倒されたりされ続けている。
とても人の所業とは思えない。

ひとまずすぐにシャリオに害が及ぶことはないようだ、よかった……などとは思えない場面に遭遇して、溜め息がもれた。
壁の向こうからは、子供の泣く声がまだ聞こえている。

第5王子は確かこの前10歳の生誕祭があったばかりではなかったか?
そんな子供に、身内が罵声を浴びせているのだ。
それだけではなく、暴力も振るっているのだ。
これを見て私は何を思えばいいのか。
ただの貴族と違い王族は仲が悪いものなのかもしれないな、扱う権力が段違いなのだから仕方ない、とでも?

目の前に広がる光景は、ただの片田舎の貴族である私には想像のできないことであった。
私は精霊色を持っているということを差し引いても、親にも兄にも大切にされているという自覚がある。

王族に生まれても、幸せになれるとは限らないのだな。

こんな時に、頭をよぎるのはシャリオやアビス達のことだ。
金が無くて、食うのに困っていても支え合う彼ら。
金に困らず、叶わない望みなど無いように見えても身内で罵り合う彼ら。
本当に幸せなのはどちらの姿だろう。

今王には妃が7人、王子が6人、姫が13人いたのだったか。
それ以外にも、ただ乱暴をするためだけに献上される女もいると聞くし、そこから考えれば第5王子の扱いも想像に難くなかったか。

『シャリオにすぐにも魔の手が伸びることは無さそうだ』ということだけが朗報だ、とでも思わなければ、やっていられないほど胸糞だった。
けれども第5王子に限っては、どんなに気の毒に思えても私にできることなど何もない。

「精霊達よ、ありがとう。もう帰ろう」
小さく囁くと、私は精霊達の案内でその場を後にしたのだった。




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