彼はやっぱり気づかない!

水場奨

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12話 sideリク

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いつも通り裏町でひと暴れして、僅かな食料を手に入れた。
そして誰かに横取りされる前に、さっさと口に入れる。大人になっていない身体では、せっかく手に入れた食料も、見つかればすぐに取り上げられてしまうからだ。
ここには俺みたいなのはけっこういる。

もう少し大人になったら、もう少し腕に力がついたら、今まで搾取してきた奴らをぶちのめして腹いっぱい食ってやるんだ。もう、何度そう考えているだろう。
諦めたように死んでいくやつがいる中で、俺は不思議と死ぬ気は無かった。
絶対生き残って、力をつけて、いつか腹いっぱい食う。
それまでは死なないって。

なんとなく覚えている小さな頃の記憶は、家族がいてキラキラで凄く満たされていた。
柔らかい女の人に抱かれて、力強い男の人に頭を撫でられる。そうだったらいいのにという、ただの願望で妄想かもしれないけど。

現実には、目を覚ますと全然違う場所にいて、それでも何年か前はまだボロ屋でも住むところがあった。
美味しくはなくても、腹を満たせるほどには食うものもあった。
けど一緒に住んでいた婆さんが死んだら、ボロ屋を追い出されて取られたんだ、全部。
あれを取り戻すのが、俺の生きてる意味なんだろうと思う。婆さんが後生大事にしてたもの。
だから、死ねない。

それから寝床の森に戻った。
町から10分ほど中に入れば、誰にも見つからない場所に出る。
殴られることもなく、蹴られることもなく、今の俺がそこそこ安心して眠ることができるのはここだけだ。

いつもみたいに寝ようとしたら、どこからかいい匂いがしてきた。腹が空く匂いだった。
口に広がる唾液を飲み込んで、どこかの冒険者の夕食風景を見るだけのつもりだったのに。
見つかれば俺みたいな汚いガキは殴られて、最悪死ぬからな。

そしたらテントを張って飯拵えをしているのは、自分より小さい少年だった。弱そうな。
周りを見渡しても他に大人は見当たらない。

俺はゴクリと喉を鳴らした。

別に殴ったりしない。ちょっと脅すだけだ。
あの子が怖がって逃げた間に、助けを呼びに行ってる間に、食えるもんを食っちまえば、いい。

頭の中は食い物のことばっかりで、だから考えてもみなかった。
1人で旅をできる少年こどもが、ただの少年こどもであるわけがないってことに。

めいっぱい振り下ろした棒切れを簡単に止められ、腕を取られた。
縛り上げられて転がされた。
殺すつもりがあったわけじゃなかったから、的は微妙に外したけど、俺のめいっぱいだったのに。

パシパシと斧を叩きながら、太い木をさっくりと切って机や椅子を作る彼を見て、歯の立たない相手だったと気がついた。
大の大人だってあんなことできない。
きっと高等な魔法使いかなんかだ。俺なんか簡単に殺せちまうぐらいの。

うまそうな飯を食べる彼を見て、俺の腹が鳴る。
このまま転がされたまま放置されたら死ぬだけなのに、こんな状況でも俺の腹は鳴る。
俺の何が悪かったんだろう。こんなんで死んでしまう俺の弱さが惨めで仕方ない。

裏町にいる奴らみたいに人生に諦めをつけて、それでも、涙を堪えた時だった。

目の前に、飯。
スプーンに山盛り1杯の。

スプーンごと食うぐらいに食いついた。

うっめえ!

飯のあったかさに、余計に腹が鳴った。
だって、まだ、そこにある。まだ、たくさん。
喉がそれを欲して鳴る。

「お前の名前は?教えてくれたら一口あげる」

名前、言えば、それ、食える?
ゴクリと喉がなって、俺は名乗った。

「……リク」

「リク、あーん」
彼を見上げて口を開けたら、口の中に入ってきた。
やっぱりうめえ。
飲み込んだところで、ひょいと身体を持ち上げられた。座らされて、体勢が楽になった。

「リク、何歳なの?」

「14。もう少ししたら成人する」

もうわかってる。質問に答えれば、食えるってことに。
だから俺はなんでも答えるって思ってたんだけど。

「浄化!」

その一言で、身体の痒いのとか、ベタベタしたのとかが無くなった。

「ロープを取っても暴れないって約束してくれる?大人しくしてくれるなら、スープを分けてあげるけど」
俺は頷いた。
なんて言ったらいいのかわからなくなったからだ。
本当に、そんなにいっぱい、食ってもいいの?

食い終わると、そのまま彼は片付けをしてテントに戻ってしまった。
まだかまどには火が入っていて、暖かい。
こんなに暖かいとこで寝るのは何年ぶりだろうか。
彼はここから去れとは言わなかった。

だから、どこかに行けと言われるまでいてもいいかなと勝手に判断することにしたんだ。


次の日起きてきた彼は、俺がいるのを見て驚いていた。
驚いていたけど、俺の分まで朝の食事を用意してくれた。何もしてないのに朝から食べられるなんて、何年ぶりだろう。

そのあと走らされた。
本当は走りたくなかったけど、彼に嫌われたくなくて言われるままに走った。1度にたくさんは走れなくて、時々止まりながらだけど言われた距離を走った。
動いたらせっかく満たされた腹がまた減るとわかっていても、走った。
彼に嫌われたくなかった。

でも、俺の腹が鳴ったら、また飯が出てくる。
彼は1日何度でも俺のために食事を用意してくれた。





そんな風に何日経っただろうか。
「なんでこんな風に走らせるんですか?」
俺は聞いた。
他にも『筋トレ』だとか棒切れ持たされて『素振り』だとかをさせられている。

なぜ?なぜ、腹が空いてしまうようなことをさせるのか。
腹が減らなければ食う必要も無いから、もう少し食料を無駄にせずにすむだろうに。

けど返ってきた答えに、俺は衝撃を受けた。

「いつかリクと俺が別れた時に、1人でも戦える力がある方がいいだろう?」
って。

確かに、止まらなくても言われた距離を走れるようになっていた。
力もついて、大きな木や石も運べるようになっていた。
今なら棒切れ1本あれば、町のヤツらと戦える気もする。

でも、でも、そうじゃない!!

俺がサフィ様と別れる?
サフィ様が、俺の前から、いなくなる?

そんなの、いやだ!!

「サ、フィ、様と、離れ、たく、ない!うわあああん!!」
ボロボロと泣き出した俺に、サフィ様は動揺した。
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだよ。リクを傷つけるつもりじゃなくて」
オロオロと俺の機嫌を取ろうとするサフィ様。

だから俺は咄嗟にそのサフィ様の気持ちを利用することにしたんだ。
「ほん、とに?本当に、俺のこと、捨てない?」
「も、もちろんだよ。リクと俺はずっと一緒だからな!」

言質げんちは取った。

ついでにサフィ様と離れることがないように、しっかりと、それはもうしっかりと抱きついた。
移動する時も、手を繋いで離さない。
離れるとわざと泣く。

そしてくっついたまま、初めて一緒に寝たんだ。
「寝てる間に捨てられたくない」
涙目でそう言うと一発でサフィ様が折れた。だからぎゅうぎゅうに抱きしめて寝た。
サフィ様からはとてもいい匂いがした。

それからは、とにかく走るのを頑張った。
あんなに嫌だったのに、とにかく走ることにした。
だって、サフィ様がどこに逃げても絶対に追いつかないとダメだろう?

あ、そう言えば寝てる時に誰かに耳元で
『ようやく生きる光を見つけた君に祝福を。願いを1つ叶えてあげよう』
って言われた気がして、まあ、そんなのはただの願望が聞かせた声だってわかっているけど、俺は思わずお願いしたんだ。

『サフィ様の都合で捨てられたくない。サフィ様といつまでも一緒にいたい』

そのために、頑張れる力が欲しい。
本当に、その願いが叶うといいなあ。
俺、頑張るから、いつかサフィ様より強くなって、頼られるようになりたい。
そう、願っている。


ーーわかりましたよ。
サリスフィーナが貴方から逃げようとした時や、貴方を避けようとした時には、彼の魔法が発動しないようにしてあげましょう。

私の可愛い愛子リキューリク
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