彼はやっぱり気づかない!

水場奨

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9話 独り立ち

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シフォンにもらった怪力かいりきりょくが便利だ。

食料になる動物はシフォンが狩ってきてくれるわけだけど、解体は俺の仕事だ。
シフォン達に解体は必要ないからな。

冒険者の道具を使って解体するんだが、力があるから途中で引っかかることもなくスルッと毛皮もはがせるし硬そうな肉もサクサク切れる。
これを怪力力のおかげと言わずしてなんと言おうか。
俺もまさか真っ赤な血を浴びながら鼻歌を歌って解体作業をするようになるとは考えてもいなかったな。

シフォンも毎日狩に行くわけはねえし、俺も1日で1匹食えるわけもないし、余ってた袋の1つを肉専用にして一切れずつにして入れていってる。
衣類とかと一緒に入れても、血や臭いが移らないことはわかっていても気分的にな。
血が滴る生肉と洗い立ての洋服一緒に収納とか、無理だろ。

つまり俺のポーチの中には肉がたっぷり入っているわけだ。
しょっぱい粉と甘い粉と辛い粉はたくさん作ったし、それ以外のスパイスもいくつか作れたから、もう少ししたら独り立ちする予定だ。
シフォンに『人は人の中で生きるべき』って諭されてしまったからな。

雪も解け始めたし!もう少しでシフォンやクゥと別れて人のいる村か町へ行く。
元の家では嫌われていたし、今度こそ義母に殺されるかもしれないから帰りたくねえ。
それ以外の場所を探してとなると、まだ見ぬ地に不安がぎって、俺は黙々と独り立ちの準備をするのだった。


少し前から新聞大の大きさほどの石を刃物でギーコギーコと削り出している。平らになったら鉄板みたいにステーキ焼くのにいいかなと思って。
いつまでも串焼きばっかりじゃな。
刃物の刃がダメになることがあっても、俺の手の皮一枚傷つかないとは……馬鹿力が万能過ぎたろ。

「おお、できた!つるつるでピカピカになったな!」
これは肉を焼いてみねばならぬ。

かまどの上に削った石を置いて火をつける。
下処理した肉を置いて、調合済みの塩もどきをかけて、うっま~い。
けど、飽きた~!

毎日毎日肉ばっかりで、飽きた~!

ご飯食べたい。
うどん食べたい。
ラーメン食べたい。

もう米は10年は食べてねえんだけどな、この身体は。

服だって着古したり破れたりしたらダメになる。
まだ何枚かあるけど、このままここにいるならそのうち全部ダメになるだろう。
靴は今履いているのと、はじめに履いていた靴しか残ってない。他の靴はもう履き潰してしまった。
それだけ修行を頑張ったって思えば、うん。

お金や宝石はあるが、そんなものがいくらあってもここでは何も役に立たねえ。何も売ってないから何も買えねえもん。

はあ。
人は人の中で、か。
シフォンやクゥに必要ないものでも、俺には必要なものがある。ずっとここにいるには、人としての羞恥心を捨てねばならない。
そんなこと、文明の発達した日本で生きてきた記憶のある俺にできるのか?

シフォンの言葉が、ズシリと音を立てた。


☆☆☆


「シフォン、クゥ、今までありがとう」
俺は2つの柔らかい塊を抱きしめた。

肉はシフォンがいっぱいとってきてくれた。
調味料と薬は、やることなくて暇だったのもあってあれからまたいっぱい作った。
魔法も生活に必要な分だけは使えるようになった。

みんなシフォンとクゥのおかけだ。

そして、俺は今日結界の外に出る。

『我もクゥもサフィに感謝しておるぞ。また訪ねに来い』

また来てもいいのか。
じゃあ掛ける言葉はこれでいいよな。

「シフォン、クゥ……行ってきます!」
勢いよく飛び出して、元気よく走った。

ちゃんと大人になったら、また会いに来よう。

だから今は、涙でびしょ濡れの顔は見せられない。
20分くらい走って、歩いて、もう2匹が完全に見えなくなったところで止まると後ろを振り返った。

「あ、りがとう、ございっました!」


☆☆☆


『行ってしもうたな』
『ずっといてもらえばよかったのに』
どうして追い出してしまったの?
とクゥはとう様を見上げた。

理由はわかっているけれど。

『それにしても、こんなに加護の多い人間はそういないであろうな』
『助けてって、やってってお願いしたら加護になっちゃうなんて知らなかったんだよ』
それは坊……。我ら神獣であるし、しかも。

『2匹とも、名前をつけてもらってしもうたからな』

いろいろ忘れておったから、失敗したわい。

名前を受け入れたら、眷属になるっていうことを。

でもまあ、これだけ長い間生きておるが我が人間に助けられたのは初めてであるし、不思議と加護も惜しくないものよ。
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