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第一章 空挺賊の娘
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外に出ると、船から来る激しさを増した風が、私の短い髪を静かに揺らした。風は満月の方角からくる。青い夜の闇の中から、煌々と照らされながら、彼らは帰ってくるのだ。私は、右のポケットの中に入れてあるナイフを指で軽く弄びながら、螺旋状に自分の家を取り巻いている木製の階段を登って行った。
家の屋上から、風に打たれながら船の方向を見る。今は船は砦にもやいを掛け、風に流されないように互いの船を縄で繋いでいる所のように見える。青い光がその後ろで密やかに煌めいて見えた。
私は船へと向かうために、家の屋上から一歩踏み出した。砦には、岩と岩との間にいくつもの木と縄で出来た緩い橋があり、小さな子供を除いて、人々はそれを利用してお互いの家を行き来する。私もこの島が今の砦になってから、もうすっかりこの移動手段に慣れてしまった。
ギシギシと静かな軋み声を上げる不安定な橋を一つ抜けると、私が密かに『デッカの鼻』と呼んでいるすぐ近くの岩場に着く。そこは何というのか、巨大な人の顔のような形をしている岩なのに、鼻の部分だけ異様にでかいのだ。そしてその顔が、昔叔父に話してもらったどこかの民族の外貌に似ているので、想像だが、そう名付けたのだった。きっと実際のその部族も、こんな風に鼻がでかいのだろう。
しょうもないことを考えながら橋を渡り切ると、突然岩陰から声をかけられて、私は思わず飛びあがりそうになった。見ると、小さな人影がモゾ、と月明かりに照らされて動いた。
私は逆光になっている彼の顔を見て、ほっと息をついた。
「なんだ、ヨルナじゃないか。どうしたんだい、こんな所で」
ヨルナは逆光で顔を影のように暗くさせながら、小さな声でこう答えた。
「今日は満月だから。イレイヌも知ってるでしょ。満月は珍しいんだ。二ヶ月にいっぺんしか来ないから」
「そうだったね。忘れてたよ」
「イレイヌは船を見にいくの?」
「そうだよ」
「船長さんに会いに?」
「そう」
「僕は、会いに行ってもいい顔はしてもらえそうにないかな」
私は笑いながら言った。
「そんな言葉、どこで覚えたの? 本?」
ヨルナは頷きながら、懐から古そうな大きな本を取り出した。彼がいつも呼んでいる、多分、世界で一番大事に思っている本だ。
「これ、やっぱり面白いんだ。交易の度に貰えたら嬉しいんだけど、そうもいかないよね」
私は顔を上げながら、言った。
「そうだね。でも、他にも沢山面白い事があるから。その内皆から話を聞いてごらん。きっと面白いと思うから」
「うん、分かった。イレイヌも気をつけてね」
よくよく考えてみれば、ヨルナがこんな時間に外に出歩いているということは、砦の掟では許されないことの筈だった。でも、多分おばさんが特別に許してるんだろう。おばさんもああ見えて、ヨルナには甘いから。
私はヨルナに軽く手を振り、それから船に向かうために、幾つもの橋と岩場を通り抜けていった。夜も深く、流石に人の気配は少なかった。遠くに見える、砦唯一の飲み屋街だけが、ポツポツと光をまばらに残していた。
外に出ると、船から来る激しさを増した風が、私の短い髪を静かに揺らした。風は満月の方角からくる。青い夜の闇の中から、煌々と照らされながら、彼らは帰ってくるのだ。私は、右のポケットの中に入れてあるナイフを指で軽く弄びながら、螺旋状に自分の家を取り巻いている木製の階段を登って行った。
家の屋上から、風に打たれながら船の方向を見る。今は船は砦にもやいを掛け、風に流されないように互いの船を縄で繋いでいる所のように見える。青い光がその後ろで密やかに煌めいて見えた。
私は船へと向かうために、家の屋上から一歩踏み出した。砦には、岩と岩との間にいくつもの木と縄で出来た緩い橋があり、小さな子供を除いて、人々はそれを利用してお互いの家を行き来する。私もこの島が今の砦になってから、もうすっかりこの移動手段に慣れてしまった。
ギシギシと静かな軋み声を上げる不安定な橋を一つ抜けると、私が密かに『デッカの鼻』と呼んでいるすぐ近くの岩場に着く。そこは何というのか、巨大な人の顔のような形をしている岩なのに、鼻の部分だけ異様にでかいのだ。そしてその顔が、昔叔父に話してもらったどこかの民族の外貌に似ているので、想像だが、そう名付けたのだった。きっと実際のその部族も、こんな風に鼻がでかいのだろう。
しょうもないことを考えながら橋を渡り切ると、突然岩陰から声をかけられて、私は思わず飛びあがりそうになった。見ると、小さな人影がモゾ、と月明かりに照らされて動いた。
私は逆光になっている彼の顔を見て、ほっと息をついた。
「なんだ、ヨルナじゃないか。どうしたんだい、こんな所で」
ヨルナは逆光で顔を影のように暗くさせながら、小さな声でこう答えた。
「今日は満月だから。イレイヌも知ってるでしょ。満月は珍しいんだ。二ヶ月にいっぺんしか来ないから」
「そうだったね。忘れてたよ」
「イレイヌは船を見にいくの?」
「そうだよ」
「船長さんに会いに?」
「そう」
「僕は、会いに行ってもいい顔はしてもらえそうにないかな」
私は笑いながら言った。
「そんな言葉、どこで覚えたの? 本?」
ヨルナは頷きながら、懐から古そうな大きな本を取り出した。彼がいつも呼んでいる、多分、世界で一番大事に思っている本だ。
「これ、やっぱり面白いんだ。交易の度に貰えたら嬉しいんだけど、そうもいかないよね」
私は顔を上げながら、言った。
「そうだね。でも、他にも沢山面白い事があるから。その内皆から話を聞いてごらん。きっと面白いと思うから」
「うん、分かった。イレイヌも気をつけてね」
よくよく考えてみれば、ヨルナがこんな時間に外に出歩いているということは、砦の掟では許されないことの筈だった。でも、多分おばさんが特別に許してるんだろう。おばさんもああ見えて、ヨルナには甘いから。
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