同期ずれ

一歩

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 ある日、博士が死んだ。というよりも、どうやら博士は死んでしまったらしい、と、僕が推測から判断したというだけの話なのだが。

 それはつまり、こういうことだった。

 僕はいつものように目覚めたのだった。だが、何故かその日は、他の誰一人として目覚めておらず、むくりと起き上がって周囲を見回しているのは、僕一人だけだった。それだけでも異常な事だったのに、僕はそのことに特に注意を払うこともなく、カプセルの中から降りて、頭に刺さっていたプラグを抜いて、二階の博士がいるフロアまで上がっていった。

 そこで、博士が独り、沢山ある溶解液の内の一つに頭を突っ込んでいるのが見えたのだった。博士が、独りだけで。

 僕は博士の猫背になった白衣の背中へと近づいて、博士の首から先を見てみた。黄色い、時折緑色に煌めく溶解液の中に沈み込んだ頭部の様子を調べる為に。だが、溶解液は博士の顔の周りで泡を吹き出していて、顔の輪郭すらもぼやけている。だから僕は仕方なく、博士の体を持って、溶解液の中から博士の首を抜き出した。人間の中でも小柄な部類の博士の体はとても軽く、45kgという数字が僕の視界に躍り出た。僕はその数字を無視して、体を引き抜いた。

 博士は死んでいた。脈を測るまでもなく、彼は息をしていなかった。生命であれば全存在において必要である生命維持活動が、彼の行動から除外され、沈黙の中でぐったりとしていた。それはどこか見慣れた光景で、何故か——いや、こんなことを思ってはいけないのだ。アラートの不愉快な赤い文字が視界の中で点滅するが、僕は目を瞑って黙ることにした。とにかく、今は博士をどうにかしないといけない。

 僕は博士の体を引きずっていき、何故か彼の仕事場に置かれている回転椅子の上に乗せて、その手をマウスの側に置いた。まるでそうすることが、博士が今の今まで生きていたのだと証明できるとでも言うかのように。でも、不思議なのだが、まだ誰一人として他に起きてこようとはしなかった。こんなことはこれまでには一度もなかったことだと僕は思った。

 突然、警告のブザーが鳴る。とても大きな音。振動数と危険度が視界に数字として現れ、その音の煩さを伝達する。この音は、この艦の中から出ている。博士の故郷の言語で、人工知能が喋っている。

『小規模の隕石群が近づいています。至急コースを変更してください。至急コースを変更してください。指示がない場合、艦内自動防衛プログラムにより、自動制御に切り替わります……』

 隕石。とても大きく、まともに衝突すれば艦は一撃で大破する恐ろしい物だ。それがどんなに恐ろしいものか、僕は博士の手によって既に念入りにプログラムが施されているからよく知っている。だが、自動制御プログラムに切り替わるのなら、僕が強いて動く必要も無いはずだ……

 僕が二階のデッキにある大きな窓の内の一つに目を凝らし、その先にあるのかもしれない隕石群を見ようと思っていると、後ろから声がした。

「なにをしてるの?」

 それは一号の声だった。

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