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予兆
◇
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玄関を開けると、暗色のコートを着込んだ同じような顔をした男が三人、立っていた。
男達は僕が出てきたのを見ると、徐に懐から手帳のような物を見せると、抑揚のない声で言う。
「警吏部の者ですが。こちらで何か変わったことがありませんでしたか?」
男達が互いに目配せをしあっている。
僕は背中に汗を感じながら、努めて平静を装った。
「さあ。変な事は特に。いつもと同じ、平穏な夜ですよ。気持ちがいい夜風が吹いていて……」
そう言って、僕は初めて、今が深夜の二時である事を強く意識した。体が夜であることを再認識し、少しだけ堅くなった気がした。
会話をしている男は、僕の瞳をじっと見つめ、それから徐に手帳を懐にしまうと、不機嫌な口調で言った。
「気をつけてください。最近、妙な噂が立っているものでね。何でも、組織を結成して国家転覆を目論んでる不埒な輩が一定数いるとかいないとか。
そのての与太話を耳にしても、そっと排水溝にでも捨ててもらえると幸いです。帳倶楽部には、善良な市民しか住んでいませんからね。彼等の気持ちを汲んでやってください。
……後、そういう与太話を耳にしたら、すぐにご連絡いただくよう。理由は、先程申し上げた通りです」
「分かりました」
僕は掌の中のじっとりとかいた汗を、さりげなく拳を作り、掌の中で拭う。
会話している男は、僕の事を猜疑に満ちた目で見つめ続けていたが、やがて他の二人に合図をして、廊下を抜けていった。
去り際に、男が僕の目を再び見て、言った。
「いいパジャマですね。……あと、屋上には近づかないように。幾ら夜風が気持ちいいからといって、危険を犯すほどじゃありませんよ……。では」
僕は軽く頭を下げ、男達の姿が見えなくなると、静かに扉を閉めた。
溜め込んでいた呼吸と汗が、一挙に溢れ出て、僕は玄関扉にもたれ、座り込んでしまった。
慌てた様子の妻が、居間を抜けて出てくる。
「どうしたの? 大丈夫? さっきの人たち、誰?」
僕は息を整えながら答えた。
「警吏部の人間だとさ。外でいう警察だね。初めて見たけど。何とも禍々しい制服だな」
「なんでうちに来るの? 変じゃない?」
「変じゃないさ。多分、ここら一帯を聞いて回ってるんだろう」
妻を落ち着かせるために、嘘を言う。男達は僕と話が済んだ後、一目散にエレベーターのある路地へ消えていった。
僕は体を起こしながら、言った。
「それよりも、今、何が起こってるのか知りたいな。テレビを見てもいい?」
妻はまだ何か聞きたそうな目をしていたが、黙って頷き、リモコンのスイッチを入れた。
居間の入り口付近で、妻が切り替えていくチャンネルを見つめる。
チャンネルが次々見せる映像は、幼児用の教育番組から歌番組、一人称視点の散歩風動画など、幅広い。
百以上もあるチャンネルを次々切り替えていく中で、僕は一つの映像に行き当たり、僕は思わずこれだ、と呟いていた。
妻も感じたのか、チャンネルをそのままにして、僕の方を見る。
僕は背中と尻の間に挟めていた物体を抜き、テーブルの上に置く。妻がそれを見て、再び驚いて目を見張った。
僕はソファに腰掛け、映像を見る。
妻は僕とテーブルの上の物体を交互にチラチラと見ながらも、映像も見ていた。
映像は、僕等がいるここの高層マンションを映し出していた。
花火の音は聞こえない。
男達は僕が出てきたのを見ると、徐に懐から手帳のような物を見せると、抑揚のない声で言う。
「警吏部の者ですが。こちらで何か変わったことがありませんでしたか?」
男達が互いに目配せをしあっている。
僕は背中に汗を感じながら、努めて平静を装った。
「さあ。変な事は特に。いつもと同じ、平穏な夜ですよ。気持ちがいい夜風が吹いていて……」
そう言って、僕は初めて、今が深夜の二時である事を強く意識した。体が夜であることを再認識し、少しだけ堅くなった気がした。
会話をしている男は、僕の瞳をじっと見つめ、それから徐に手帳を懐にしまうと、不機嫌な口調で言った。
「気をつけてください。最近、妙な噂が立っているものでね。何でも、組織を結成して国家転覆を目論んでる不埒な輩が一定数いるとかいないとか。
そのての与太話を耳にしても、そっと排水溝にでも捨ててもらえると幸いです。帳倶楽部には、善良な市民しか住んでいませんからね。彼等の気持ちを汲んでやってください。
……後、そういう与太話を耳にしたら、すぐにご連絡いただくよう。理由は、先程申し上げた通りです」
「分かりました」
僕は掌の中のじっとりとかいた汗を、さりげなく拳を作り、掌の中で拭う。
会話している男は、僕の事を猜疑に満ちた目で見つめ続けていたが、やがて他の二人に合図をして、廊下を抜けていった。
去り際に、男が僕の目を再び見て、言った。
「いいパジャマですね。……あと、屋上には近づかないように。幾ら夜風が気持ちいいからといって、危険を犯すほどじゃありませんよ……。では」
僕は軽く頭を下げ、男達の姿が見えなくなると、静かに扉を閉めた。
溜め込んでいた呼吸と汗が、一挙に溢れ出て、僕は玄関扉にもたれ、座り込んでしまった。
慌てた様子の妻が、居間を抜けて出てくる。
「どうしたの? 大丈夫? さっきの人たち、誰?」
僕は息を整えながら答えた。
「警吏部の人間だとさ。外でいう警察だね。初めて見たけど。何とも禍々しい制服だな」
「なんでうちに来るの? 変じゃない?」
「変じゃないさ。多分、ここら一帯を聞いて回ってるんだろう」
妻を落ち着かせるために、嘘を言う。男達は僕と話が済んだ後、一目散にエレベーターのある路地へ消えていった。
僕は体を起こしながら、言った。
「それよりも、今、何が起こってるのか知りたいな。テレビを見てもいい?」
妻はまだ何か聞きたそうな目をしていたが、黙って頷き、リモコンのスイッチを入れた。
居間の入り口付近で、妻が切り替えていくチャンネルを見つめる。
チャンネルが次々見せる映像は、幼児用の教育番組から歌番組、一人称視点の散歩風動画など、幅広い。
百以上もあるチャンネルを次々切り替えていく中で、僕は一つの映像に行き当たり、僕は思わずこれだ、と呟いていた。
妻も感じたのか、チャンネルをそのままにして、僕の方を見る。
僕は背中と尻の間に挟めていた物体を抜き、テーブルの上に置く。妻がそれを見て、再び驚いて目を見張った。
僕はソファに腰掛け、映像を見る。
妻は僕とテーブルの上の物体を交互にチラチラと見ながらも、映像も見ていた。
映像は、僕等がいるここの高層マンションを映し出していた。
花火の音は聞こえない。
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