瞼が閉じる前に

歩夢

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帳倶楽部

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 電車の中は静閑としており、僕は多数空いている席の一つを確保し、席に着いた。

 隣に座る女性が、例の端末を忙しなく動かし続けている。僕はそちらの方をあまり見ないようにした。

 電車はゆったりとだが、確実に僕を含めた数少ない乗客達を運び、目的の駅へと、一つの完結した街へと連れて行こうとしている。

 僕は何気なく、背中越しに見える窓の外の景色を見て、暗然とした気持ちになる。

 景色を見たいと思っても、外には何も見えない。

 何も聞こえない。

 何かがあるようにも思えない。

 僕は自然と目を元の場所に戻して、何気なくため息をつき、重くなってきた瞼を瞳の上に落とした。

 何故だか酷く疲れている。どうしてだろう。あの男に会ったせいか。

 不自然な雰囲気を持つ男だった。服装から眼差しの一つ一つの細かな所作や姿に至るまで、僕は不自然な空気を感じざるを得なかった。

 男は今頃は、何をしているだろうか。

 拷問の本を片手に、僕と同じように電車に揺られているのだろうか。

 気付いたら眠っており、暫く時間が経ってから、誰かに肩を叩かれた気がして、起きると、そこは自分の街の駅の前だった。

 隣に座っていた女性は、既に姿はなかった。僕は何となく周囲を見回すと、そこには誰の姿の影もなく、僕は一人ぼっちになっていた。

 いつ見ても夜の、暗闇に包まれた世界の中で、車内の常夜灯だけが僕のことを虚しく照らし続けている。

 僕は重くなった腰を起こし、目の間を揉んで、扉が開くのに任せた。

 包み込むような暗闇の空気が、駅に降り立つと同時にやってきて、僕は静かに目を瞑った。

 帰りの電車とはいうけれど、僕は自分が帰るべき場所に連れて帰ってもらえたようには少しも感じなかった。

 僕は重い足取りで構内を歩き始め、携帯を忘れていることに気がついた。

 自宅までの道筋は、どう進んでいたのか、何故進んでいたのか、分からないまま、空を歩いているような空虚な気持ちで、いつの間にか過ぎ去っていた。

 僕が自宅に帰りつき、玄関の扉を開けると、そこには妻がいて、軽く流された髪の毛は綺麗に整えられ、優しく僕に微笑んでくれていた。

 僕は静かに笑って、妻の温もりの中に身を投じて、それから、泥のようにぐっすりと眠り、それから、それから……。

 それから先の事を、僕はあまりよく覚えていない。



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