10 / 15
帳倶楽部
◇
しおりを挟む
◇
電車の中は静閑としており、僕は多数空いている席の一つを確保し、席に着いた。
隣に座る女性が、例の端末を忙しなく動かし続けている。僕はそちらの方をあまり見ないようにした。
電車はゆったりとだが、確実に僕を含めた数少ない乗客達を運び、目的の駅へと、一つの完結した街へと連れて行こうとしている。
僕は何気なく、背中越しに見える窓の外の景色を見て、暗然とした気持ちになる。
景色を見たいと思っても、外には何も見えない。
何も聞こえない。
何かがあるようにも思えない。
僕は自然と目を元の場所に戻して、何気なくため息をつき、重くなってきた瞼を瞳の上に落とした。
何故だか酷く疲れている。どうしてだろう。あの男に会ったせいか。
不自然な雰囲気を持つ男だった。服装から眼差しの一つ一つの細かな所作や姿に至るまで、僕は不自然な空気を感じざるを得なかった。
男は今頃は、何をしているだろうか。
拷問の本を片手に、僕と同じように電車に揺られているのだろうか。
気付いたら眠っており、暫く時間が経ってから、誰かに肩を叩かれた気がして、起きると、そこは自分の街の駅の前だった。
隣に座っていた女性は、既に姿はなかった。僕は何となく周囲を見回すと、そこには誰の姿の影もなく、僕は一人ぼっちになっていた。
いつ見ても夜の、暗闇に包まれた世界の中で、車内の常夜灯だけが僕のことを虚しく照らし続けている。
僕は重くなった腰を起こし、目の間を揉んで、扉が開くのに任せた。
包み込むような暗闇の空気が、駅に降り立つと同時にやってきて、僕は静かに目を瞑った。
帰りの電車とはいうけれど、僕は自分が帰るべき場所に連れて帰ってもらえたようには少しも感じなかった。
僕は重い足取りで構内を歩き始め、携帯を忘れていることに気がついた。
自宅までの道筋は、どう進んでいたのか、何故進んでいたのか、分からないまま、空を歩いているような空虚な気持ちで、いつの間にか過ぎ去っていた。
僕が自宅に帰りつき、玄関の扉を開けると、そこには妻がいて、軽く流された髪の毛は綺麗に整えられ、優しく僕に微笑んでくれていた。
僕は静かに笑って、妻の温もりの中に身を投じて、それから、泥のようにぐっすりと眠り、それから、それから……。
それから先の事を、僕はあまりよく覚えていない。
電車の中は静閑としており、僕は多数空いている席の一つを確保し、席に着いた。
隣に座る女性が、例の端末を忙しなく動かし続けている。僕はそちらの方をあまり見ないようにした。
電車はゆったりとだが、確実に僕を含めた数少ない乗客達を運び、目的の駅へと、一つの完結した街へと連れて行こうとしている。
僕は何気なく、背中越しに見える窓の外の景色を見て、暗然とした気持ちになる。
景色を見たいと思っても、外には何も見えない。
何も聞こえない。
何かがあるようにも思えない。
僕は自然と目を元の場所に戻して、何気なくため息をつき、重くなってきた瞼を瞳の上に落とした。
何故だか酷く疲れている。どうしてだろう。あの男に会ったせいか。
不自然な雰囲気を持つ男だった。服装から眼差しの一つ一つの細かな所作や姿に至るまで、僕は不自然な空気を感じざるを得なかった。
男は今頃は、何をしているだろうか。
拷問の本を片手に、僕と同じように電車に揺られているのだろうか。
気付いたら眠っており、暫く時間が経ってから、誰かに肩を叩かれた気がして、起きると、そこは自分の街の駅の前だった。
隣に座っていた女性は、既に姿はなかった。僕は何となく周囲を見回すと、そこには誰の姿の影もなく、僕は一人ぼっちになっていた。
いつ見ても夜の、暗闇に包まれた世界の中で、車内の常夜灯だけが僕のことを虚しく照らし続けている。
僕は重くなった腰を起こし、目の間を揉んで、扉が開くのに任せた。
包み込むような暗闇の空気が、駅に降り立つと同時にやってきて、僕は静かに目を瞑った。
帰りの電車とはいうけれど、僕は自分が帰るべき場所に連れて帰ってもらえたようには少しも感じなかった。
僕は重い足取りで構内を歩き始め、携帯を忘れていることに気がついた。
自宅までの道筋は、どう進んでいたのか、何故進んでいたのか、分からないまま、空を歩いているような空虚な気持ちで、いつの間にか過ぎ去っていた。
僕が自宅に帰りつき、玄関の扉を開けると、そこには妻がいて、軽く流された髪の毛は綺麗に整えられ、優しく僕に微笑んでくれていた。
僕は静かに笑って、妻の温もりの中に身を投じて、それから、泥のようにぐっすりと眠り、それから、それから……。
それから先の事を、僕はあまりよく覚えていない。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
死んだ一人の少女と死んだ一人の少年は幸せを知る。
タユタ
SF
これは私が中学生の頃、初めて書いた小説なので日本語もおかしければ内容もよく分からない所が多く至らない点ばかりですが、どうぞ読んでみてください。あなたの考えに少しでもアイデアを足せますように。
イロガミ
牧屋 冬士
SF
あなたの好きな「色」は何ですか? SFとファンタジーが融合する物語。
【短編】
今よりわずかに先の未来。保育園に通う子供たちの遊びの環境は「PA」によって、今よりも少しだけ進歩していた。
しかしそれに代わってある「物」を失っていた事に、気づく者はいなかった。
これは不思議な玩具をめぐる、未来の物語。
SF要素が少しあります。お子様が主人公の短編です。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる