瞼が閉じる前に

歩夢

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帳倶楽部

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 僕は帰りに電車に乗った。

 あの後、設定されている区画の街灯に全て火を入れ終えて、再び公園に戻り、点火棒を鍵のかかる鉄格子の中に入れ、仕事を終えた。

 当然というか、意外でもなかったのだが、トミーの姿はベンチにはなかった。無事あのビーンズ達は消し終えたのだろうか。その作業の先に何があるのかは、彼にしか分からないだろうが。

 電車の中は閑散としており、一月前に乗った時と同様、非常に静かで、乗客の数は少なかった。

 僕はもたれるようにして座席の空いているスペースに陣取り、前屈みになって、目の間を揉んだ。

 乗客は何も言わず、目を合わせる事もなく、新聞を読んでいるものもいるが、殆どの者は、あの例の青白い光を放つ、全員に支給されるタブレット端末の画面を見つめている。

 外の世界にも似たものはあったが、入国の際、それは使用禁止であるからこちら側で預かると管理局の人間に言われた。

 そして代わりに渡されたのが、あの例の端末だった。

 僕はあの冷酷めいて見える青白い光が好きではない。何故か落ち着かない気持ちにさせられる。

 何故なのかは分からないが、僕の場合、あの端末を少しでも使うと、「人に優しくすること」が難しくなる。

 具体的には、妻と喧嘩をする事が目に見えて増える。妻は基本的に無害に思っていて、それを常時使っているから、日常生活の在り方が、僕とは殆ど正反対に異なる。

 僕があれを使えば、今でも喧嘩になるだろう。

 多分あの端末と僕との間の親和性に問題があるのだろうと、僕は心の中で独りごちて、端末に意識を埋没させている乗客たちから、目を逸らした。

 向かいに座る年配の男は、新聞を大きく広げて、堂々とした格好で目を通している。

 男もまた、新聞を食い入るような眼差しで見つめている。

 厳しい表情で見つめる新聞のこちらに見える紙面を、僕も軽く見、それからすぐに逸らしてしまった。

 僕はこの国の新聞も好きではない。

 帳倶楽部における出来事と、政府が奨励する行動以外に、記載されているものはなく、外界の情報は完全にシャットアウトされている。

 巨大な国だ。帳倶楽部の出来事や趨勢を書き込むだけも足りるだけの情報が国内では起こっている訳だが、僕はその外界の情報を遮断するやり方に疑問を抱いていた。

 僕は何も思わず、何も見ず、目的の駅までやり過ごそうと、瞼を閉じた。

 電車が夜の中を突っ切る無機質な音と、レールの軋む音だけが耳の中に入ってくる。

 やがて電車は目的の駅に着き、車掌は静かに地名を告げる。

 いつ来ても初めて降り立つような気がする。

 僕は携帯端末を取り出し、改札を抜ける為、機械にかざした。

 未だよく知らない闇が占める街の中に、僕は僕の事を放り出した。
 

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