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帳倶楽部
◇
しおりを挟む僕は銀行員として働いていた。外にいた頃の話だ。
その頃はとにかく忙しくて、妻との時間を取るのも一苦労だった。
大都会の一番大きな銀行の下働きだったが、給料は良く、忙しく大変な毎日だったが、毎朝書類鞄を持って青空の下に出るのは、悪い感覚じゃなかった。
いつからか、帳倶楽部の存在を知った妻から、働かなくてもいい、夜が嫌いじゃないなら、二人の時間をもっと取れる。子供も出来るかもしれない。体と心に余裕が生まれて、幸せに生きられるかもしれない。
僕は多分、その時も幸せだった筈だ。
点火棒を鍵のかかった檻の中から取り出しながら、そう思う。
次々に隊員達が棒を取り出していく。
その中に彼女の姿があった。
「リサさん」
顔を上げたリサさんは、僕の顔を認めると、控えめな微笑を浮かべて、棒を取った。
「今日は一緒の日ですね」
僕がそう言うと、リサさんも、
「そうですね」と答えて、微笑った。
僕ら点火士は、点火忘れを防止するために、何人かで組を作って仕事をすることになっている。
今日はリサさんと回る日だった。
リサさんはタイピング関係の仕事をしていると以前話していた。政府や個人から依頼を貰い、記事を書く。時折簡単なフィクションを書くこともあり、充実しているとその時は語っていた。
閑静な住宅街の大通りを、二手に分かれ、両側で一つ一つ、確実に火をつけていく。
また、どこかから花火が打ち上がった音が聞こえてきた。
僕は束の間、棒を持ち上げる手を休め、向こう側で作業をしているリサさんの方を見た。彼女は例の、どこか力の抜けたような目で、無心で、マイペースに火をつけているように見えた。
何故なのかは分からない。けれども僕は、そんな彼女の無心な、自分の時間を作って淡々と火をつけている姿に、密かな安心感の様なものを抱いていた。
彼女が一つ一つ、安全に、確実に火をつけている姿を見ていると、何故かは分からないが、僕にも何か、世界に寄与できる力があるのではないか、という気にさせられるのだ。
彼女が火をつけて回る姿は、僕の中で密かに燃え続ける灯火のように、僕を内側から勇気づけてくれていた。
僕は自分の作業に戻り、再び彼女の方を見ることはなかった。
作業は滞りなく進み、僕は彼女と、大通りの終わりにあるベンチで再会することが出来た。
普段はそこで、自販機の缶コーヒーを買い、ベンチに座って休み、少しの間話をする。
何てことはない、どこにでも落ちている石塊のような、些末な話を。
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