5 / 15
帳倶楽部
◇
しおりを挟む僕は銀行員として働いていた。外にいた頃の話だ。
その頃はとにかく忙しくて、妻との時間を取るのも一苦労だった。
大都会の一番大きな銀行の下働きだったが、給料は良く、忙しく大変な毎日だったが、毎朝書類鞄を持って青空の下に出るのは、悪い感覚じゃなかった。
いつからか、帳倶楽部の存在を知った妻から、働かなくてもいい、夜が嫌いじゃないなら、二人の時間をもっと取れる。子供も出来るかもしれない。体と心に余裕が生まれて、幸せに生きられるかもしれない。
僕は多分、その時も幸せだった筈だ。
点火棒を鍵のかかった檻の中から取り出しながら、そう思う。
次々に隊員達が棒を取り出していく。
その中に彼女の姿があった。
「リサさん」
顔を上げたリサさんは、僕の顔を認めると、控えめな微笑を浮かべて、棒を取った。
「今日は一緒の日ですね」
僕がそう言うと、リサさんも、
「そうですね」と答えて、微笑った。
僕ら点火士は、点火忘れを防止するために、何人かで組を作って仕事をすることになっている。
今日はリサさんと回る日だった。
リサさんはタイピング関係の仕事をしていると以前話していた。政府や個人から依頼を貰い、記事を書く。時折簡単なフィクションを書くこともあり、充実しているとその時は語っていた。
閑静な住宅街の大通りを、二手に分かれ、両側で一つ一つ、確実に火をつけていく。
また、どこかから花火が打ち上がった音が聞こえてきた。
僕は束の間、棒を持ち上げる手を休め、向こう側で作業をしているリサさんの方を見た。彼女は例の、どこか力の抜けたような目で、無心で、マイペースに火をつけているように見えた。
何故なのかは分からない。けれども僕は、そんな彼女の無心な、自分の時間を作って淡々と火をつけている姿に、密かな安心感の様なものを抱いていた。
彼女が一つ一つ、安全に、確実に火をつけている姿を見ていると、何故かは分からないが、僕にも何か、世界に寄与できる力があるのではないか、という気にさせられるのだ。
彼女が火をつけて回る姿は、僕の中で密かに燃え続ける灯火のように、僕を内側から勇気づけてくれていた。
僕は自分の作業に戻り、再び彼女の方を見ることはなかった。
作業は滞りなく進み、僕は彼女と、大通りの終わりにあるベンチで再会することが出来た。
普段はそこで、自販機の缶コーヒーを買い、ベンチに座って休み、少しの間話をする。
何てことはない、どこにでも落ちている石塊のような、些末な話を。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ワイルド・ソルジャー
アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。
世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。
主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。
旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。
ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。
世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。
他の小説サイトにも投稿しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜
SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー
魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。
「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。
<第一章 「誘い」>
粗筋
余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。
「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。
ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー
「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ!
そこで彼らを待ち受けていたものとは……
※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。
※SFジャンルですが殆ど空想科学です。
※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。
※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中
※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。
炎の騎士伝
ラヴィ
ファンタジー
今から十年前、幼いシラフはとある儀式の最中で火災に巻き込まれ、家族を失いながらも炎の力に選ばれた。
選ばれた炎の力は祖国の英雄が振るったとされる、世界の行方を左右する程の力を秘めた至宝の神器。
あまりに不相応な絶大な力に振り回される日々が長らく続いていたが、ようやく彼に大きな転機が訪れる。
近い内に世界一と謳われる学院国家ラークへの編入が決まっていたのだ。
故に現在の住まいであるラーニル家の家族と共に学院へと向かおうとすると、道中同じく向かう事になった謎の二人組ラウとシンに会遇する。
彼等との出会いを皮切りに学院に待ち受ける苦難の先でこの世界は大きく動こうとしていた。
にゃがために猫はなく
ぴぴぷちゃ
SF
我輩は宇宙1のハードボイルドにゃんこ、はぴだ。相棒のぴぴとぷうと一緒に、宇宙をまたにかけてハンター業に勤しんでいる。うむ、我輩の宇宙船、ミニぴぴぷちゃ号は今日も絶好調だな。ぴぴとぷうの戦闘用パワードスーツ、切り裂き王と噛み付き王の調子も良い様だ。さて、本日はどんな獲物を狩ろうかな。
小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる