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君には翼がある
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それから数ヶ月が過ぎた。
街は最早かつての面影などどこにもなく、辺りは汚濁した水に浸かり、背丈のある建物の先端が時折波間に垣間見えるだけだ。
母はどうしたのか、私は考えるのをいつしかやめてしまっていた。
電波塔に、一緒に住む事も出来たのに。
私の中のもう一人の私が、そう悪気なさそうに呟く。私は応えなかった。
傍には叔父が残したプロペラ飛行機。何故かは知らないが、電波塔には巨大な物体を格納できるだけの違和感のあるスペースがあった。
まるで避難所のような。いや、雰囲気としては、隔離するような目的だろうか。
電波塔は廊下が螺旋型に組まれていて、中に入れてから運ぶのは簡単だった。乗ってエンジンを吹かせれば良いだけだったからだ。まるで車輪を持つ物体を移動させる事を想定していたような造りに思えた。
私は簡単な調理スペースまで備えた部屋の一つに陣取り、時折受信ブースに入っては、窓の先にある世紀末のような風景を見ながら、ツマミを弄っては音が聞こえないか探る毎日を送っていた。
壁の外に消えた住人達の事も気になっていたし、何よりも、外の世界が今はどうなっているのか、知らない訳にはいかなかった。
食糧は尽きかけている。時間の余裕はとうの昔に失われていた。
私はツマミを回し、『合う』周波数帯を見つけ出す為に必死だった。
私の事を見つめる叔父の飛行機の視線が背中に強く感じられるようで、神経が張り詰めた。そんな筈がないだろうに。
そして見つけたのが、『王国』の発信する周波数帯だった。
それによると、今でも謎の国と仲良く戦争中らしい。物資の窮乏及び支給を強い口調で訴えていた。
私の頭の中には、何故か可憐の姿しかなかった。
可憐の横顔。綺麗に整えられた短髪の、夕陽に反射して光り輝くリング。そして、つられそうになるあの、特徴的な柔らかく軽やかな笑い声。
私は明らかに、彼女の影に囚われていた。その事に気付いてもいた。
だが、そうして囚われる気持ちを止められる理由も、自分の中に見出す事は出来なかったのだ。
王国の大体の場所は傍受した内容から検討が付いた。後は、雷が薄くなっているタイミングを狙い、飛ぶだけだ。
私は何度も繰り返してきた動きで、ゴーグルを目に被せ、機体に跨り、エンジンを軽く吹かせた。
機体が熱を帯び始め、微細な振動が生命の気配を伝えてくる。
プロペラが少しずつ回る速度を増し、飛び立つ空を探し始める。
私はそのまま、操縦桿を駆り、螺旋通路を通って、屋上まで進んで行った。
ラジオ等の中央部分には、開けた展望デッキが設置されている。大きな窓を開いて、デッキの手すりを取り除けば、螺旋通路を降りた勢いで飛べる筈だった。
こんな飛び立ち方はした事がない。
だが、私の世界には余裕がないのだ。するしかないのだ。
私は自分に何度も言い聞かせる。何度も、何度も。
もう一度、可憐に会う。
何故いなくなったのか、どうして一人で何も言わずに出て行ったのか、問いただす。何も言わずに一発、殴ってやる。
私は身体中に嵐の洗礼を浴びながら、操縦席のカバーを閉め、ゴーグルを掛け直した。
叔父の機体が、小さく頷いた気がした。
私は操縦席の内側から、慈しむ気持ちで機体を撫で、それから、決意を込めて、操縦桿を握った。
夏の風が、一陣、傍を駆け抜けた。
街は最早かつての面影などどこにもなく、辺りは汚濁した水に浸かり、背丈のある建物の先端が時折波間に垣間見えるだけだ。
母はどうしたのか、私は考えるのをいつしかやめてしまっていた。
電波塔に、一緒に住む事も出来たのに。
私の中のもう一人の私が、そう悪気なさそうに呟く。私は応えなかった。
傍には叔父が残したプロペラ飛行機。何故かは知らないが、電波塔には巨大な物体を格納できるだけの違和感のあるスペースがあった。
まるで避難所のような。いや、雰囲気としては、隔離するような目的だろうか。
電波塔は廊下が螺旋型に組まれていて、中に入れてから運ぶのは簡単だった。乗ってエンジンを吹かせれば良いだけだったからだ。まるで車輪を持つ物体を移動させる事を想定していたような造りに思えた。
私は簡単な調理スペースまで備えた部屋の一つに陣取り、時折受信ブースに入っては、窓の先にある世紀末のような風景を見ながら、ツマミを弄っては音が聞こえないか探る毎日を送っていた。
壁の外に消えた住人達の事も気になっていたし、何よりも、外の世界が今はどうなっているのか、知らない訳にはいかなかった。
食糧は尽きかけている。時間の余裕はとうの昔に失われていた。
私はツマミを回し、『合う』周波数帯を見つけ出す為に必死だった。
私の事を見つめる叔父の飛行機の視線が背中に強く感じられるようで、神経が張り詰めた。そんな筈がないだろうに。
そして見つけたのが、『王国』の発信する周波数帯だった。
それによると、今でも謎の国と仲良く戦争中らしい。物資の窮乏及び支給を強い口調で訴えていた。
私の頭の中には、何故か可憐の姿しかなかった。
可憐の横顔。綺麗に整えられた短髪の、夕陽に反射して光り輝くリング。そして、つられそうになるあの、特徴的な柔らかく軽やかな笑い声。
私は明らかに、彼女の影に囚われていた。その事に気付いてもいた。
だが、そうして囚われる気持ちを止められる理由も、自分の中に見出す事は出来なかったのだ。
王国の大体の場所は傍受した内容から検討が付いた。後は、雷が薄くなっているタイミングを狙い、飛ぶだけだ。
私は何度も繰り返してきた動きで、ゴーグルを目に被せ、機体に跨り、エンジンを軽く吹かせた。
機体が熱を帯び始め、微細な振動が生命の気配を伝えてくる。
プロペラが少しずつ回る速度を増し、飛び立つ空を探し始める。
私はそのまま、操縦桿を駆り、螺旋通路を通って、屋上まで進んで行った。
ラジオ等の中央部分には、開けた展望デッキが設置されている。大きな窓を開いて、デッキの手すりを取り除けば、螺旋通路を降りた勢いで飛べる筈だった。
こんな飛び立ち方はした事がない。
だが、私の世界には余裕がないのだ。するしかないのだ。
私は自分に何度も言い聞かせる。何度も、何度も。
もう一度、可憐に会う。
何故いなくなったのか、どうして一人で何も言わずに出て行ったのか、問いただす。何も言わずに一発、殴ってやる。
私は身体中に嵐の洗礼を浴びながら、操縦席のカバーを閉め、ゴーグルを掛け直した。
叔父の機体が、小さく頷いた気がした。
私は操縦席の内側から、慈しむ気持ちで機体を撫で、それから、決意を込めて、操縦桿を握った。
夏の風が、一陣、傍を駆け抜けた。
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