夏風

歩夢

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 翌朝、可憐は学校には来ず、私は久しぶりに平穏な日常というものを謳歌していた。

 誰も私に話しかけてこず、静謐な時間が私だけの世界に流れ、ラジオから流れ出る音楽だけが、鼓膜を通じて外界の世界とを通じさせていた。

 街全体がざわつき始めたのは、その日の夜の事で、可憐の両親が警察に捜索願いを出したのだ。

 小規模な街で、子供が失踪したとなると皆が駆り出されるのは珍しい事ではなく、実際これまでにも何度かこういう事はあった。

 だが、今回の件は少し毛色が違っていた。

 可憐ほど街や両親から愛されていた人間は、他にはいなかったというのもあるが、捜索の途中で発見された事の方が問題の本質としては大きかったのだと思う。

 雷の壁が揺らいでいたのだった。

 そして初めて、近くにいたものだけでなく、遠くにいる者からも、雷の壁の外にある景色をその揺らぎの隙間から、透かし見ることが出来たのだった。

 その時見えた景色は、言葉を失わせるには充分すぎるものだった。

 街の中の何人が絶句したのだろう。

 壁を透かして見た先には、空を覆い尽くすほどの飛行機の大群が、一つの方角に悠然と飛んでいる姿があったのだ。

 本でも見たことも無い機体で、物々しい先端が尖った物体を機体の下部の辺りに付けて飛んでいる。

 捜索に出なかった母も、その時は外に出て来て、私の傍に立ってその光景を見ていた。

 幾百も見える蟲のような戦闘機の群体を見て、母は何を想ったのだろうか。

 母は何も言わずに、私の制服の袖を掴んだ。

 私もまた、母に袖を握られている事に気付かない程外の景色に魅入られてしまっていたから、もしかしたらこれも後付けの歪んだ記憶かもしれない。

 飛行機の大群は私達の姿を捉えず、ただ一心に一つの方角に向けて飛び続けている。

 そして私は、いや、私だけではなく、殆どの大人達も同じ事を考えた筈だ。

 可憐はその先にいるのだ、と。

 この世界にいる者達が持つ、直感とでも言おうか。

 可憐はもういない。この閉ざされた安全な箱庭を出て、嵐と死と危険が吹き荒れる荒野に一人で出て行ってしまったのだ、と。

 雷の壁が揺らぎ、暫くしてからその揺らぎは治まった。

 そして、それから間も無くして、やがてこの街を沈ませる事になる静かなる雨が、しとしとと降り始めたのだった。






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