夏風

歩夢

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 可憐と私には、思えばそれほど共通点と呼べるものは多くない事を、私は既に知っていた。

 可憐は甘い物が好きだが、私は辛い物が好きだ。

 可憐は刺激的な音楽を好むが、私は穏やかな音色が好きだ。

 可憐の家は円満で、母親も父親も仲が良く、一匹の大きなゴールデンレトリバーを飼っている。

 私は昔、森で出会った傷付いたリスを助け、密かにガレージで飼っていた事があったが、元気になると一人で抜け出て、野生に帰っていった。

 可憐は友達が多い。皆可憐の事が好きみたいだ。そういう風に私には見える。

 けれど、心の深奥を少しだけでも覗かせてくれるのは、私だけのような、そんな特権めいた気持ちが自分の中にある事を、肯定しない訳にはいかなかった。

 可憐を叔父の残した飛行機に乗せたのはどれくらいの数になるだろう。

 可憐の朗らかな笑顔や歓声を空で聞いた事は。

 私達の共通項は確かに多くはない。けれど、多くないからこそ、互いに気楽に接する事が出来たのかもしれない。

 二人とも、空を飛ぶのが好きだった。

 あの銀色に輝く翼を持った硬くて強い背中に乗るのが、面白くて仕様がなかった。

 その事だけは、きっと本当の事で、嘘ではないと思う。可憐は空が好きだった筈だ。

 あの日、私と可憐は、ガレージの外に出て、陰りを帯びた夕陽の光を何も言わずに見ていた。

 話をするには、陽の光は強すぎたのかもしれない。

 可憐はいつの間にか入れていた、飴玉を、口の中で転がして、歯とぶつかった時に奏でられる小気味の良いコロコロという音が時折聞こえてきた。

 可憐は私の方を見ずに、黙って青い包紙に包まれた飴玉を差し出して、私はなにも言わずに受け取って、口の中に放り込んだ。

 振り返ってみて思うのは、可憐がこの雷の走る壁に閉ざされた世界を去る事を決めたのは、あの瞬間だったのではないのか、という事だ。

 理由は判然としない。けれど、あの日のあの時間が、可憐にとって、いや、可憐だけではなく、二人にとっても重要な意味を持つ沈黙だったのではないかと。

 少し年を重ねて、見かけだけ大人になったような歳になってみても、その時の可憐の気持ちは推し量る事はできないのだけれど。

 彼女の決断は、この世界の、あらゆる物からの逃走を意味していたのかもしれない。

 可憐を残して一人、自分の部屋に戻って休んでいた間、恐らくイヴァンと二人だけで密かに話し合い、脱出の話を取り決めたに違いなかった。

 機会はあの時を除いてなかったのだから。

 私の責任といえば、そういうことに出来なくもなかった。







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