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外界
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そっと、音を立てないように窓を閉める。
暗がりの中から、よく分からない生き物たちの視線を感じた気がして、束の間恐怖の感情に襲われる。
首を振って、私は歩き出した。
シャッターは音が鳴るから、慎重にしなければならない。
一つだけの白熱灯が、木々のアーチの間からガレージと砂利道を淡く浮かび上がらせている。
私が歩くたびに、砂利が音を立てる。
シャッターを前にして、玄関の方を見、私は手で少しだけシャッターを持ち上げた。
中は暗いままだったが、微かにあの光が感じられる。私はするりと身を滑り込ませると、音を立てないように閉めた。
ガレージの奥だけが輝き、仄かに火のように燃えているが、私は躊躇わずそちらに向かう。
果たして、男はそこにいた。テントの中で、何やら書き物をしている。
私が溜息をつくと、男が顔を上げてこちらを見上げた。
「なにしてるの」
男はすぐには答えなかった。そしてすぐにまた紙の前に目を戻すと、少しだけ口を開けて、答えた。
「記録だ」
「なんの?」
「ここに来てからの記録。私がここに来て、何を見、何を感じたかの記録だ。王国にとっては、それが非常に重要な事なのだ」
私は軽く息を吐き、あっそ、と呟いた。
そしてタッパーとラップをかけた皿を足下に置く。
「それ、良かったら。夕飯の残りだけど」
しまった。箸がないな。うっかりしていた。
食器を持ってくると言おうとしたら、男があの大きな黒い眼差しを向けてきて、
「問題ない」と言っていきなり食べ始めた。
むしゃむしゃとひたすら手で掴んで食べ進める男を前に、私は質問した。
「ねえ。あんたって壁の向こうから来たの?」
「米だな、これは。国のものとは形状が異なるが、問題ない。いける」
男の背中には模様の入った剣が寝そべっている。
「もしも~し」
もう平らげたのか、男は手に残った最後のご飯粒を舐めとると、ランプの灯りで爛々と光る瞳を私に向け、答えた。
「ああ、私か。私はアロディ国から来た、使者だ。戦争が始まる前に、姫様を迎えに来る所だったのだ」
「姫様?」
男は喉を鳴らし飲み込むと、改まった表情を向けた。
「より正確に言うなれば、姫様の影武者のような者だ。鏡のような存在とでも言えばいいのか」
「それが私たちに何か関係があるの? 壁の中で生きている私たちに」
男は一呼吸置いた。
「ここにいる者たちは皆知っている筈だぞ。お前たちは外の世界のための資産であると。知らないとは言わせない。だから私は来たのだ」
……資産?
「どこと戦争してるの?」
男も溜息をついた。長い時の流れを感じさせる、疲れた溜息だった。
「ずっと同じさ。一つの国と、100年ごとに戦争している。いつまでも終わらない。いや、終わらせたくないのか。それは私にも分からないが、ただ一つ言えることがある。アロディ国には姫が必要で、その為に兵士は戦えるのだ」
暗がりの中から、よく分からない生き物たちの視線を感じた気がして、束の間恐怖の感情に襲われる。
首を振って、私は歩き出した。
シャッターは音が鳴るから、慎重にしなければならない。
一つだけの白熱灯が、木々のアーチの間からガレージと砂利道を淡く浮かび上がらせている。
私が歩くたびに、砂利が音を立てる。
シャッターを前にして、玄関の方を見、私は手で少しだけシャッターを持ち上げた。
中は暗いままだったが、微かにあの光が感じられる。私はするりと身を滑り込ませると、音を立てないように閉めた。
ガレージの奥だけが輝き、仄かに火のように燃えているが、私は躊躇わずそちらに向かう。
果たして、男はそこにいた。テントの中で、何やら書き物をしている。
私が溜息をつくと、男が顔を上げてこちらを見上げた。
「なにしてるの」
男はすぐには答えなかった。そしてすぐにまた紙の前に目を戻すと、少しだけ口を開けて、答えた。
「記録だ」
「なんの?」
「ここに来てからの記録。私がここに来て、何を見、何を感じたかの記録だ。王国にとっては、それが非常に重要な事なのだ」
私は軽く息を吐き、あっそ、と呟いた。
そしてタッパーとラップをかけた皿を足下に置く。
「それ、良かったら。夕飯の残りだけど」
しまった。箸がないな。うっかりしていた。
食器を持ってくると言おうとしたら、男があの大きな黒い眼差しを向けてきて、
「問題ない」と言っていきなり食べ始めた。
むしゃむしゃとひたすら手で掴んで食べ進める男を前に、私は質問した。
「ねえ。あんたって壁の向こうから来たの?」
「米だな、これは。国のものとは形状が異なるが、問題ない。いける」
男の背中には模様の入った剣が寝そべっている。
「もしも~し」
もう平らげたのか、男は手に残った最後のご飯粒を舐めとると、ランプの灯りで爛々と光る瞳を私に向け、答えた。
「ああ、私か。私はアロディ国から来た、使者だ。戦争が始まる前に、姫様を迎えに来る所だったのだ」
「姫様?」
男は喉を鳴らし飲み込むと、改まった表情を向けた。
「より正確に言うなれば、姫様の影武者のような者だ。鏡のような存在とでも言えばいいのか」
「それが私たちに何か関係があるの? 壁の中で生きている私たちに」
男は一呼吸置いた。
「ここにいる者たちは皆知っている筈だぞ。お前たちは外の世界のための資産であると。知らないとは言わせない。だから私は来たのだ」
……資産?
「どこと戦争してるの?」
男も溜息をついた。長い時の流れを感じさせる、疲れた溜息だった。
「ずっと同じさ。一つの国と、100年ごとに戦争している。いつまでも終わらない。いや、終わらせたくないのか。それは私にも分からないが、ただ一つ言えることがある。アロディ国には姫が必要で、その為に兵士は戦えるのだ」
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