夏風

幽々

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滑空

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 雷の壁の麓、『壁』のいななきがこだまし威圧する、私の好きではない五月蝿い場所だ。今も、少し近付いただけで轟音が夏の静寂と余韻を瞬く間に終わらせ、私はゴーグル越しに『壁』を睨み付けずにはいられなかった。

 可憐は座れと言ったのに、相変わらず身を乗り出す格好で、鷹が獲物を探すかのような真剣さで森の奥にあるらしい「何か」を探している。

 プロペラの動きを少し落とし、森に近づき滑空の体勢に入るが、相変わらず私の眼には何物の動きも映らない。

 やっぱり気のせいだったんじゃないか、そう可憐に言おうとしたら、可憐がいきなり叫んで、指を差した。

「カレン、あれ!! あそこ!!!」

 後部座席の不躾さは置いておくとして、彼女が指差す先を私も見てみる。ここまで降りてきて指を指されたら、流石に具体的に場所を見ることもできる。

 私も可憐の真似をするように、食い入るように彼女の細い指の先を見つめた。

 彼女の眼は確かに正しかったようだ。嬉しいような悲しいような……。

 視線の先には、確かに森の一部が揺れ動いているような微細だが不自然な動きがある。だが当然だが、数百m上空から気付ける動きの規模じゃない。

 私は今度は諦めたようにふっと息を吐くだけにした。溜息をついて何になると言うのか、今更そんな不貞腐れた考えが頭によぎって、結局彼女の「優秀さ」に根負けしてしまった形だった。

「とりあえず降りるよ」

「イエッサー!!!」

 可憐が身を乗り出して敬礼のポーズを取っているのが目に浮かぶ。

 私はゴーグルの端に映る微細な森の動きの影に注意を払いながら、ゆっくりと旋回飛行を開始し、降りられそうな畑の近くの砂利道に狙いを定め、緩やかな着陸を試みていった。

 着陸と離陸だけは、彼女には負けないだろうな、いや……。

 よそう。今は。

 私と可憐と機体は緩やかな着陸の衝撃に、一度喜んだように大きく跳ねて、それから暫くして停止した。

 機体が停止したと同時に、可憐が勢い良くゴーグルを脱ぎ捨て、私が呼び止めるのも聞かずに座席を飛び降りるのが目に入った。そのまま「おい!」と叫ぶ私の声も耳に入らないのか、一人で森の方に向かって走って行ってしまった。

「自由すぎる……。あんな飛行機があったとしたら、乗りたくないわ」

 誰もいないのに呟いて、溜息を吐いて、私もゴーグルを外し、勢い良く操縦席を飛び降りた。


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