廃墟の街

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光の国

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 歩いているうちに色々と気付いて、思った。

 まず、この建物は一つではなくて、部屋がいくつもある。その開けっぴろげになった空洞を潜ると、また傾いだ建物と、床はプールの底のようなタイル張りになっていて、時々そこに水が張っていたりして、藻みたいな草が瓦礫の間から生えていたりする。益々謎だ。

 ……自分にもしもここに来る前の記憶があったら、多分ーーそこまで考えて、頭の中に強烈な横槍のようなバリバリとしたノイズが走る。

 そしてそのノイズの後、何かのイメージが脳の中で描かれ、自分が何かを思い出したことを悟る。

 ああ、サレルテーナ劇場から来たんだ。しかしそれがどこにある何かなのかが分からない。しかも一人ではなかったような、そんな感じまでする。

 同行者はいなかった? 一人で? そもそも山登りをするような格好で来るところなのか?

 人がいなくて、天井はとにかく高いーー螺旋状に続いているようでいて、先の方は白い光で見えない。

 眩しいな。これは多分夢だろう。夢だろうな。うん。



 カッーーーーーーーーーーン……



 変なことを考えていると、そんな音がした。遠い、とても遠い音だ。それから地面に落ちて、硬い音が続く。石ころでも落ちてきたような。とても高いところから、落とされたような。

 落とされた? 何故そう思ったんだろう? いや、そう感じたのだ。何というか、今の音には生き物の意思のようなものが感じられた。試みに少し大きめの石を、下に向かって落としてみたら、どうなるだろう……というような。

 自然、上を見る気になる。眩しいほどの白い光の影に、何かーー一瞬だけ、キラリと何かが明滅した気がする。

 安心しろ、自分。何が起ころうと、それを確認しに行こうだなんて思わないから。そういう非活動精神だけは負ける気がしないんだ、誰にも。

 座って缶詰を開ける。缶切りがなくても開けられる、初心者にとても優しい缶詰だった。

 ズワイガニの缶詰だった。とても身が柔らかくて、何だか久しぶりに微笑んだような気がする。そうだ。人がいないからだ。一人で、広い場所で、外にいるのに、人に見られる心配がない食事。何という贅沢を自分は貪っているのだろう。もう夢でもいいや。

 立ち上がって、ちょっと影に行って、用を足そうと思う……が、上が開きすぎていて、ちょっと躊躇う。

 通路を少し行ったところに、トイレのようなマークがある場所を見つけた。男女のマーク。あれ? 男が赤で、女が青だっけ? 分かんない。どっちでもいい。出せればいいだけだから。

 用を足して出てくる。普通のトイレだった。清潔でもなく、やっぱり斜めになっていてちょっと踏ん張る必要があったけれども。快適ではあった。

 水は出なくて、いや、出はしたんだけれども、この廃墟全体を覆っている圧倒的なまでの白さの延長みたいな白い液体が、チョロチョロと少しだけ出た。まあ、少しは流れただろうと思うことにする。

 それにしても、本当に白いな。

 廃墟の中、埃が舞っていて、光の光線を可視化させている。その下にタイル張りの床。藻みたいな植物。出口が見当たらない。どこまでも道が続いている。前向きな建物だこと。

 とりあえず、降りられるだけ降りてみることにする。

 ……水滴が落ちる音。ピチョン、ぴちょん……、ぽん、……水たまりがどこかにあるんだ。

 下に向かって、斜めになったひび割れた床がすぐ下の床に落ちていて、それが螺旋階段のように間断なく続いている。

 不思議と疲れを感じることがない。歩いても歩いても、ズックの重さが気になることも、脚に痛みを感じるようなことも……。

 楽しいな、何だか。

 ただ降りているだけなんだけど。

 急に意識が暗くなる。何だろう。今度はなんだ?

 私は自分が倒れたことを知る。
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