上 下
34 / 64
酸性雨の街

しおりを挟む


 外に出ると、雨は止んでいた。一時的なものだろうが、私も管理人の男も、被っていたフードを下ろし、瓦礫の間を歩き始める。

 陰鬱な重い雲が頭のすぐ近く、張り出すようにして広がっている。雰囲気も空気もどこか殺気と酸味を帯びており、これは他の街や国とも同じだがーーとても冷たい感じがする。

 フードを下ろせたお陰で、街の様子がよく見えるようになった。だが、フード越しに予想していた光景とそこまで違いはなかった。

 爆撃を受けたかのような大きな口を天井に開けているビル群が連なり、死体のように累々とどこまでも続いている。

 開かれた天井から内部の荒れ果てた室内の様子が見える。誰も座っていない倒れた回転椅子や何十年も前に座られていた頃のソファなど。至る所に、当時の生活の空気がそこにはあった。

 私はそれらを暫しの間見つめてから、やがて目を逸らし、少し先を行く男の跡を追った。

 雨が再び降り始める前に、雲間に陽の光が差す。

 天に通ずる梯子が、名もなき瓦礫の街に降り、その場を優しく温めた。

 私は和らいできた痛みを感じつつ、意識して体を起こすようにしながら、男の跡を歩いていった。


ーーーー
 地下通路に通ずる場所は、石造りの橋、橋脚の間に出来た穴の先にあるようだった。

 穴の中に入ると、辺りは急に薄暗くなる。灯りもないが、男は構わず中を突き進み、間も無くして目的の場所に着いた。

 古い扉だった。

 男が腰に付けた鍵束を音を立てて探りながら、思い出話をするような口調で言った。

「ここは昔、水門だったらしいんだ。この先には大きな川があってよ。街を造る際、皆で掘って広げて、橋を掛けたんだ。水場が確保されていりゃ、街は発展する。それはどこの街でも同じだろう?

 ま、あの戦争以降、街は機能しなくなって、壊されちまったけどな。

 さあ、ここだ。後はそのまま歩いて出れば、お前さんの倒れてたっていう岩場に出るだろう。

 ……なあ、あと、ヴェロニカさん……」

「何だ?」と私が問うと、男は頭を掻いて、それから決然とした口調になって言った。

「この場所の事は、秘密にしておいてくれねえか。俺達の大事な商売アジトなんでよ……。勝手を言ってるのは分かってる。だが……」

「私を襲おうとした男の台詞とは思えないな、しかし」

 そう言って、私は笑った。

 男も私の顔を見て、気まずそうに微笑った。

 私は言う。

「言わないよ。そんな事をしても、別に私に特になることは何もないからね。

 ……でも、一つだけ聞いていいか?」

 なんなりと、と男が勿体ぶった様子で答え、私は男の方を見ずに言う。

「……あの子達が屠殺されるのは、どのくらい先の話だ? それだけ聞かせて欲しいんだ」

 男は少し考えているような間を置いたが、やがて言った。

「三ヶ月後って所だな。年齢に差があるのは見たらわかるだろう? 特にエル坊なんかはもうすぐ八歳になる。まあ、大体八歳未満で出荷するのが通例だからな。今回の仕事は、持って三ヶ月って所だろう。

 未練があるのなら、連れていっても良いんだぜ?

 今からでも、全員は無理だが、二、三人程度なら……」

「いや、いい」

 私はそう言い、ノブに手を掛け、こちらに引いた。扉が古い音を立てて開き始める。

 無機質なカルキ臭い空洞が現れ、私は中へと入り、男に目を向ける。

「私は、私独りで十分なんだ」

 そう言って、私は扉を閉めた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

SFゲームの世界に転移したけど物資も燃料もありません!艦隊司令の異世界宇宙開拓紀

黴男
SF
数百万のプレイヤー人口を誇るオンラインゲーム『SSC(Star System Conquest)』。 数千数万の艦が存在するこのゲームでは、プレイヤーが所有する構造物「ホールドスター」が活動の主軸となっていた。 『Shin』という名前で活動をしていた黒川新輝(くろかわ しんき)は自らが保有する巨大ホールドスター、『Noa-Tun』の防衛戦の最中に寝落ちしてしまう。 次に目を覚ましたシンの目の前には、知らない天井があった。 夢のような転移を経験したシンだったが、深刻な問題に直面する。 ノーアトゥーンは戦いによってほぼ全壊! 物資も燃料も殆どない! 生き残るためにシンの手にある選択肢とは....? 異世界に転移したシンキと、何故か一緒に付いてきた『Noa-Tun』、そして個性派AIであるオーロラと共に、異世界宇宙の開拓が始まる! ※小説家になろう/カクヨムでも連載しています

異世界でゆるゆる生活を満喫す 

葉月ゆな
ファンタジー
辺境伯家の三男坊。数か月前の高熱で前世は日本人だったこと、社会人でブラック企業に勤めていたことを思い出す。どうして亡くなったのかは記憶にない。ただもう前世のように働いて働いて夢も希望もなかった日々は送らない。 もふもふと魔法の世界で楽しく生きる、この生活を絶対死守するのだと誓っている。 家族に助けられ、面倒ごとは優秀な他人に任せる主人公。でも頼られるといやとはいえない。 ざまぁや成り上がりはなく、思いつくままに好きに行動する日常生活ゆるゆるファンタジーライフのご都合主義です。

ローラシア・フロンティア クロスオーバー!  ソードマスター編

モブ
SF
有名高校に入学したての女子高生、柳沢 巧美(やなぎさわ たくみ)は、友人と一緒に行ったゲームのイベント、VR GAME SHOWで見たVRMMOに一目ぼれしてしまった。 母親に相談したところ、叔父からVR機を貰えることになり……。 新作のVRMMOならやるしかないよね! 不具合修正報告 6/18 『種族の差、職種の差』おいて、本来であれば魔法職が装備出来ない剣を装備していた不具合を修正しました。 6/23 『あれは無理』において、主人公の設定を忘れていたため、文章を一部修正しました。 6/26  『ステータス詳細』において、NFTが正常に表示されない不具合を修正しました。 ローラシア・フロンティアをご利用のお客様にご迷惑をおかけ致しました事を、深くお詫び申し上げます。 ※注意! この小説は、画像をふんだんに使う予定です。 AIのべりすとを使用しています。 下部にトリックスター編のリンクあります

Arseare ~創魔の術師が行なう魔術観光~

柿の種
SF
プレイヤーがアイテムから魔術を創造し、魔の頂を目指すVRMMO『Arseare』。 世界は魔力に満ちていて魔術は常に人のすぐ傍に存在する世界で、主人公である彼女は何を見るのか。

また、つまらぬものを斬ってしまった……で、よかったっけ? ~ 女の子達による『Freelife Frontier』 攻略記

一色 遥
SF
運動神経抜群な普通の女子高生『雪奈』は、幼なじみの女の子『圭』に誘われて、新作VRゲーム『Freelife Frontier(通称フリフロ)』という、スキルを中心としたファンタジーゲームをやることに。 『セツナ』という名前で登録した雪奈は、初期スキルを選択する際に、0.000001%でレアスキルが出る『スーパーランダムモード』(リセマラ不可)という、いわゆるガチャを引いてしまう。 その結果……【幻燈蝶】という謎のスキルを入手してしまうのだった。 これは、そんなレアなスキルを入手してしまった女の子が、幼なじみやその友達……はたまた、ゲーム内で知り合った人たちと一緒に、わちゃわちゃゲームを楽しみながらゲーム内トップランカーとして走って行く物語!

後方支援なら任せてください〜幼馴染にS級クランを追放された【薬師】の私は、拾ってくれたクラマスを影から支えて成り上がらせることにしました〜

黄舞
SF
「お前もういらないから」  大人気VRMMORPGゲーム【マルメリア・オンライン】に誘った本人である幼馴染から受けた言葉に、私は気を失いそうになった。  彼、S級クランのクランマスターであるユースケは、それだけ伝えるといきなりクラマス権限であるキック、つまりクラン追放をした。 「なんで!? 私、ユースケのために一生懸命言われた通りに薬作ったよ? なんでいきなりキックされるの!?」 「薬なんて買えばいいだろ。次の攻城戦こそランキング一位狙ってるから。薬作るしか能のないお前、はっきり言って邪魔なんだよね」  個別チャットで送ったメッセージに返ってきた言葉に、私の中の何かが壊れた。 「そう……なら、私が今までどれだけこのクランに役に立っていたか思い知らせてあげる……後から泣きついたって知らないんだから!!」  現実でも優秀でイケメンでモテる幼馴染に、少しでも気に入られようと尽くしたことで得たこのスキルや装備。  私ほど薬作製に秀でたプレイヤーは居ないと自負がある。  その力、思う存分見せつけてあげるわ!! VRMMORPGとは仮想現実、大規模、多人数参加型、オンライン、ロールプレイングゲームのことです。 つまり現実世界があって、その人たちが仮想現実空間でオンラインでゲームをしているお話です。 嬉しいことにあまりこういったものに馴染みがない人も楽しんで貰っているようなので記載しておきます。

処理中です...