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レジスタンス

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 生きていく為には、糧が必要だ。この限られた世界、レジスタンスという組織内でも、それは同じで、世界との交流が完全に途絶えているわけではない現状、私達は仕事をし、見返りを貰い、作物や家畜を育てることで、生きる糧に変えている。

 私達、と言ったが、当然私も、これから向かう先にいる一人の女性も、何かしらの生きる糧を得るための、「仕事」をしていた。

 私は地上へと戻ってくる時、液晶タブで、あらかじめ彼女に連絡を入れる。彼女が急に来られる事を嫌がる性質だからだが、メッセージを送信すると、すぐにトンカチを握った獣のスタンプで返信があった。

 私は重苦しい気分が、一陣の爽やかな風に吹き消されたような、救われたような気分へと変わる。変な特質を持った女だな、と私は思う。周りにいる人間を、自然と元気にさせてしまう。

 私は思わず綻びかけた頬を、地上扉を前にして、引き締め直した。


ーーーー

 カルネは、レジスタンスの唯一の整備士兼、機械技師として働いていた。

 彼女を手伝って技術を学んでいる見習い弟子のような者も何人かいるが、本業として構えられているのは彼女しかいない。

 私は厩からバイクを解き放ち、彼女の住む少し離れた荒野に向かってゆっくりとした速度で走り始めた。

 彼女はいつも快活で、額に白い薄汚れたタオルを鉢巻のように巻き、スパナを手にしている。

 私の中の彼女のイメージはそんな感じだった。

 数十分もすれば、彼女が暮らしている小さなコロニーが見えてくる。

 幾つかの丸い屋根の家に、長方形の建物。そこが彼女の仕事場だ。

 バイクの速度をさらに弛め、ガレージの前に横付けする。

 スタンドを立てて降りると、果たして、イメージ通りの姿の彼女が、ガレージの中から出てきていて、私の事を見ている。

 私は微笑を浮かべ、彼女を見て、言った。

「カルネ」

 カルネは腰に手を当てて、真っ直ぐな青空色の瞳で、私を捉えていた。

「ヴェロニカ。久しぶり。ひと月ぶりぐらい?」

 私も腰に手を当てて、カルネの瞳を見据えた。

「そうだったかな。あんまり、良く覚えていないんだけど」

「まあいいや、さあ入って。義手の調整でしょ?」

 私は横付けしたバイクを一瞥してから、「ああ、頼む」と言って、彼女に促されてるまま、ガレージへと入っていった。

 ガレージ内は揮発したオイルと金属と、焦げたような匂いが混じりあって渾然としているのだが、不思議と嫌な空気とは感じなかった。

 彼女に整備を任せている内に、慣れてしまったからかもしれないが、この空気を嗅いで出た後は、大抵幾分体が軽くなり、バイクの調子も良くなっているから、そのせいかもしれない。

 ガレージの中央には煤と傷が目立つ旧時代の薄い形の車があり、壁には工具がびっしりと立て掛けられている。

 彼女はガレージの奥にある扉を開けて、入る。私も後に続く。

 彼女がいつも使っている、小さな物を修繕するために使う部屋で、黄色い照明に照らされている中は、大きな木の作業台と、その上にある雑多な工具、背後にある収納棚は、何年も使われていないような風情で立ち尽くしている。

 要は、作業をする為だけに用意されている、シンプルな作りだという事だ。

 パイプ椅子を私の方に滑らせるように放り、自分は作業用の四角い木の椅子に座って、座るように促してきた。

「じゃあ、見せて」

 私はコートを脱ぎ、傍のハンガーに掛け、左腕の裾を捲って、彼女に見せた。

 彼女は興味深そうに拡大鏡を通して見ているが、やがて「もういいよ」と言うと、私の方を真っ直ぐな瞳で見つめると、快活な口調で言った。

「ボロボロ。もっと頻繁に来てね、ヴェロニカ」

「扱いが荒い?」

「それもあるけど」と言うと、

 ひと月前の記録が書かれているノートを引っ張り出すと、彼女は続けて言う。

「ほら、ひと月前は、これだけ直してる。けれども、今見たら、治した所が全部壊れてる。これはつまり……なんだね、ヴェロニカ君。また、戦ったのかね」

「まあ、一月もあればね」

 肩をすくめて言うと、カルネは溜息を吐き、言った。

「……ああ、じゃあ、腕を外して、そこに置いておいてくださいな。出来たら連絡するから。ここには幾日滞在?」

「二、三日かな。前もそれぐらいだったとは思うけど」

「はあ、二、三日ねえ……。そんなに急いで仕事をして、何か得る物があるのかねえ……」

 私は率直な口調で答えた。

「わからない」

 彼女は頭をぽりぽりと掻くと、作業台に乗せられた私のを見て、それから、私の顔を見て、言った。

「お茶でも飲んでいきなよ。ひと月前もそうしただろう?」

「多分」

「ま、二、三時間て所かねえ。ゆっくりしていきなさい。裏のヤギ子にも挨拶していきな。寂しがってるから」

 寂しがって、ねえ……。

 私は番号を描かれた首輪を付けたヤギ子の姿を胸に思い描き、それから首を振って言う。

「とりあえず、勝手にお茶を飲ませてもらうとするよ。コーヒーって、まだあったっけ?」

 カルネはもう私の事を見ていない。ルーペの片眼鏡をかけて、もう既に作業に没頭している。

 私の腕を見ると、分解され、最早原型を留めてはいない。長さも伸長時の二メートル近い長さになって、作業台を占領していた。

 私も軽く息をついて出て行こうとすると、背中から声が飛んだ。

「いつものとこ」

 私は掌で答えて、部屋を出た。


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