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レジスタンス
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しおりを挟む液晶タブの中には、仕事の依頼が満載していた。
レジスタンスの技術部門が制作した、旧時代の文明を再利用した特殊な通信機器で、まだ機能している衛星を使う事で、電波を繋ぎ、連絡を取り合うことができる。
私が仕事を初めて数年、信頼を積み上げた事もあって、依頼掲示板の中では私の名前は頻繁に見られるようになった。
私は彼等、匿名者の中では、異質な運び屋として認識されつつあるようだった。
エネルギーはどこでも取れるものではないし、そもそも限られた場所に出向き、危険を掻い潜って、素早く回収する。ただ食糧を運ぶのと訳が違う。自分で危険なエリアを周り、自分でエネルギーの在処まで見つけ、在庫を確保する。
在庫を確保してから、初めて運び屋としての仕事が開始されるのだ。
少なくない量の信頼を確認した後、私は地下道を少し歩き、やがて、遊戯室の扉の前に着いた。
私は部隊のメンバー証を機械にかざす。すると甲高い音がして、厚みのある扉が開き始める。
私は傍に挟んでいる人形の柔らかな感触を確かめるように手で触れながら、中に入っていく。
保護士が数人、そして子供が大勢、遊び道具に満ちた柔らかい素材の床で出来た部屋の中にいた。
それぞれ、保護士が見守る中、玩具を使って思い思いに遊んでいるようだ。自由で、屈託なく、無邪気そうに見えた。
私は中に入ると、まずサラの姿を探すが、姿は見えない。私が保護士の一人に聞くと、部屋の奥の方を指差す。
保護士に指を指された場所は、保護士の他には誰もいない、小さな遊戯用の仕切りに隔絶されたような場所だった。
私はまさか、と思い、その場所に行ってみると、果たして、サラのピンク色に染まった後ろ髪が見えた。
私が軽く息を吐く。
するとサラが、私の気配に気付いたのか、突然振り向いて、瞳を大きくして、それから明らかに輝かせて、こう言ってきた。
「おかえり、ヴェロニカ」
私は微笑を浮かべて答えた。
「ただいま、サラ」
ーーーー
サラには両親がいなかった。
母親はサラを産み落として間も無く、病気で亡くなり、たった一人の肉親となっていた父親は、サラが物心がつく前に、部隊の任務で命を落とした。巡回ドローンに撃たれてしまったと聞いた。
私はそれから、特に理由もない筈なのに、……いや、きっと理由はあるーー……私が認識しようとしていないだけで。親代わりのようなものを、買って出ることにしたのだった。
親代わりとは聞こえはいいが、私も仕事柄、いつも傍にいてあげられることは出来ず、実際、こうしてたまに帰ってくる以外は、いつも保護士に管理を任せている。
私は一体、何がしたいのだろう。そう思う時は正直なところ、頻繁にあり、その思いは私を内側で静かに苛んでいる。その事にも気付いている。なのに、私は行動を取らないでいた。
何かが私を束縛して、何かが私の中の一部分を解放しようとしているのに、それすらも私は、知らず抗っているかのような。そんな奇妙な感覚を抱いているのだった。
サラが、私を真似して髪を赤く染めた時(髪の色素が薄かったせいでそれは桃色に染まってしまったがーー)、私はサラに、肉親が抱くであろうような親愛の情を抱いた事を、よく思い出す。
私はこの子の為に、何をしてあげられるだろうーー。
そう考えていながら、少しばかりの再会の後、私は再び、この家を離れてしまうのだった。
「何考えてるの?」
私はサラにそう問われ、我に返る。
安心させるように、微笑を作って答えた。
「何でもない。サラが元気でいてくれたらいいなって、それだけだよ」
するとサラの顔が影が差したように曇り、私をあの大きな瞳で見つめてくる。
そして私の顔を覗き見るようにして、問いかけてくるのだった。
「私はね、ヴェロニカ。ヴェロニカが元気でいてくれたらそれでいいって思うの。……でも本当は、いつも一緒にいられればいいのになって、そう思うの。私の言ってることはワガママ?」
私はサラの桃色の頭を撫でながら答える。
「いいや、普通の事だよ。サラが私のことを心配してくれるのと同じで、私もサラのことをいつも心配してる。……でも、仕事はしなくちゃいけない。それは、サラがして欲しい事とは違うかもしれないけど、でも……、なんというのかな、それも、回り回ってサラの為になってる、そんな気がしてるんだ。……私も、サラと一緒にいたいんだけどね」
「ヴェロニカにも、よく分かっていないの?」
私はゆっくりと頷いた。
「うん。なんだろうね。私がサラの所から離れて、バイクで旅に出て、わざわざ怖い仕事をしようと思うのか……私にも、よく分からない事なんだ。ごめんね。そんなの、サラにも分かるわけないのに。サラは、私が仕事するのは、嫌?」
するとサラは、横に大きく首を振った。
「全然! いつも一緒にいられないのは寂しいけど、仕事に行くヴェロニカ、格好いいもん! そのコートも、素敵だと思う」
「ありがとう」
苦笑して、自分のコートの裾の辺りを見やる。丈が長いせいもあるのだが、私はよく愛用のコートの裾を砂や埃で汚してしまう。今ではそれが一つの勲章のように、裾の辺りで茶色く閃く光のようになっている。
流石にみっともないかな、と思ってしまう時もある事はあったのだが、サラがそう言ってくれたことは、純粋に嬉しさが優った。
サラの言葉はいつも、宝石で出来ているみたいに煌めいていて、いつも私はその光に助けられていた。
私は微笑みながら、コートの中から人形を取り出す。
人形もまた微笑みを浮かべており、サラが瞳を一際大きくさせ、その顔を見つめている。
サラが、微笑みを浮かべている小さな人形を大事そうに抱え持つのを見て、私は深く暖かな気持ちになる。
「誕生日おめでとう、サラ」
私がサラの頭を撫でてあげながらそう言うと、サラも顔を上げて、言った。
「ありがとう、ヴェロニカ!! 大事にするね!」
私は微笑みを浮かべたまま、遊戯室を後にすることができた。
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