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破(青鷺編)
6節『彼女の正体』
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「言われた通り、屋敷に結界を張ってきた。鍵を憑影から隠すだけの一応って感じだけど」
霧寺が客間に戻ってきたのを見て俺は頷いた。鏑木も頭に包帯を巻いてもらったところで、ちょうど笹本以外の全員がこの場に揃ったことになる。
「俺の方も大体、情報が揃ったところ。住宅街の方はまだ異常に気付いてないらしい。あくまで俺の友達連中の話だけど」
「それでもいい。そこの執事、青鷺との連絡は?」
「取れませんでした。銃声が聞こえたという話はありませんが、なにぶん霧で周囲一帯が覆われたとのことで……」
「なるほど」
そう言って俺は窓の外へと目を向けた。
正午を回った頃から周囲は初夏にしては異常な涼しさに包まれている。街の方も曇天だ。
「ところで笹本さんの行方は? 連絡ついたの?」
「いや、まだだ」
俺は客間に視線を戻すと不安げな三人に言った。
「あいつのことだから連絡するのも忘れて憑影を倒してるか、街の方まで行って住民にそのことを知らせているかもしれない」
「確かにありえるけどさ……ゾンビがどうのなんて言ったって、誰も信じてくれないぞ」
「だが、俺達が真っ先にすることも住人の避難だ」
「え? 今なんて」
「だから住人の避難だ」
その言葉に遠藤が突然立ち上がった。目を輝かせて俺へと詰め寄ってくる。
「お……おお! 今マジで言ったのか、優介!」
「どうしたんだ。気色悪い」
「今の今までお前が人を気にするなんてなかったからだよ! いやぁ感動した。笹本の影響か?」
「そんなわけないだろ。俺は必要なことしかしない主義だ」
遠藤を押しのけて再び座らせると、今度は「はい」と霧寺が手を挙げた。
「さっきも言ってたけど、私達がゾンビが出たと言っても効果ないんじゃない?」
「俺達はな。だが、ここには街の中だけなら法的機関より強い存在がいるだろう」
「御三家にかけあってもらうの? ということは雨宮神社の神主か」
「いや、ここにいるだろ」
そう言って俺は鏑木を指さした。
「え?」
「神主は氷見との戦いで、それどころじゃないだろう。鏑木だって当主代理と言い張れば話はつけられるはずだ。街を守れるのはお前しかいない」
「いきなりそんなこと言われても」
「大丈夫だ。遠藤も言ったがお前にはガッツがある」
と言いつつ、めずらしく人を褒めたせいで俺も体がかゆくなった。
「どのみち、氷見はここに来る。戦えないやつは全員避難だ。それに俺と霧寺は平行して萩谷家の鍵を探りに行く。青い月の再封印のためにな」
「わ……わかったよ。覚悟を決めるよ」
「あれ、俺は?」
「お前は戦えるんだから俺達についてこい」
「よっしゃ、了解だ!」
遠藤が気合を入れるように大きな声を出す。そして、鏑木の背中を叩くと「心配するな! ゾンビなんて俺がやっつけてやるぜ!」と発破をかけた。
「あれ、俺ってゾンビ映画でいうなら主人公じゃね?」
「現実を甘く見過ぎだなぁ」
霧寺に突っ込まれつつ、非常事態だというのにじゃれ合う二人。俺はそれを見ながら、軽くため息をついた。本当にお前は現実を見なさすぎだよ。
「学生証でもいいから身分を証明できるものを持っていけよ。それですぐに行け」
「わかった。準備するよ」
「こっちも車をもう一台借りてもいいか?」
「いいよ」
俺は頷くと自然に全員が立ち上がった。そこで霧寺が声をあげる。
「ちなみに鍵を手に入れたら雨宮神社に行きましょう。最後の鍵を揃えて青い月に行った瞳さんを迎えるために」
「ああ。望むところだ」
すぐにガレージへと向かうと、黒塗りの高級車をメイドに紹介された。それをぐるりと回って眺めてから俺は最後に後ろのトランクを開ける。
「何してるんです?」
「いや、俺のような庶民には滅多に触る機会がなくてな」
「みんなが情報を集めてる最中にも触ってなかった? 車好きなの?」
「貧乏性で悪かったな」
そううそぶいてから後部座席に霧寺と二人で並んで乗り込んだ。遠藤は助手席だ。車が発進すると同時に霊位磁石を見ると、針がくるくると回っている。しかし、ある程度屋敷から離れると針がぴたりとある方向を指し示した。
「萩谷家の方か……」
やはりとは思っていたが、どこも自分達の領域に隠しているようだ。そのまま霧をなるべく迂回するように遠くから回っていくと、屋敷から少し外れたところが指されている。
「この方向、もしかして湖か?」
「そういえば、萩谷家の窓から見えたな。確かに隠し場所は自分から見える場所が一番よね。萩谷雅人が毎朝、湖を見てる姿を想像するとシュールだけど」
周囲を見やると歩いている人はどこにもいない。異常を感じて逃げたか憑影になったのかのどちらかだろう。車の天井付近に付けられた鏡に視線を移すと、運転手も同じことを考えているのか表情がこわばっていた。
「だいぶ霧が近いが行ってくれるか。ある程度近づいたら俺達は歩いていくから。憑影に襲われないぎりぎりのところで待っていてくれ」
「了解です」
さすが鏑木家の使用人だ。教育ができている。
そして、ものの数分でその境目に来ると俺達は車を降りた。遠藤も降りようとして、
「お前は待機」
「なんでだよ」
「運転手を守る役目だ。俺達が戻ってきた時に何かあると困る」
そう言うと「しょうがねえなぁ」と、どこか嬉しそうに中に戻っていった。
「じゃあ、行きましょ」
「ああ」
霧の中に足を踏み入れる。すると、怨霊が現れた時と同じ悪寒がして思わず震えた。霧寺はと見ると、霊位磁石に目をくぎ付けにしたまま前へと進んでいく。視界は悪いが、これは便利だ。俺も霧寺の後ろについていくとやがて湿った匂いがしてくる。かすかにさざめく水面の音も。
「着いた」
「随分と広いな」
霧で霧の向こう岸がよく見えない。水面は時々魚が泳ぐ以外に波をたてず、凪いでいる。
「この付近に結界で隠されている場所があるのか?」
「むしろ水底にある予感がする」
「薄々感じたが、やっぱりか。泳いで潜れっていうのか?」
「ちょっと見てくれない?」
とはいっても、湖の水は濁っている。一面が青緑色で、潜ったところでわからないだろう。
「早くしないと怨霊が出てくる。ほらほら、よく見て」
「そうだな。遠藤は車、鏑木も置いてきた。今はここに俺とお前の二人だけ。手を下すには絶好の機会だ」
「……え?」
不審な顔を向けて霧寺が俺を見た。俺が湖に注意を向けているうちに彼女は距離を取っている。そして、背中に回した手には何か札のような物を持っていた。
「お前、裏切ってるだろ」
その言葉を口にした途端、周囲が静まり返ったようだった。湖の水面の音も聞こえない。
「一体何を言ってるの。私は怨霊避けの札を出してただけだ。って、まさかそれを言うためだけに、ここに二人で来たってわけ?」
「ああ。一つ一つの違和感を追って辿り付いた答えだ」
「じゃあ、説明してよ」
彼女は信じられないといったように心外な顔をしていた。どう見てもショックを受けた顔だが、それにはひるむ俺ではない。
「鏑木家の鍵に結界が仕掛けられていたことが最初の違和感だ」
「あれだけ重要なものなら逆に結界の一つくらい敷くと思いますけど」
俺は首を横に振った。
「結界を誰が敷いたのかという意味だ。人の視認をごまかすタイプからして間違いなく霧寺家が関わっているだろう。あれはお前が何度も強調した霧寺流巫術だ。それに雨宮家と萩谷家ならともかく鏑木家は巫術には一切、手を出していない」
閉鎖的なこの街に同じ巫術を使うやつがいれば、もっと前に話に上がってくるはずだ。だが、それはいなかった。
「霧寺は怨霊召喚術の話になった時に、『雨宮家や霧寺家でもない第三の巫術機関が堂々と関与してるわけじゃないなら、そんな力を使う人は存在しない』と言った。言い返せば、鍵の結界を敷いたのは霧寺家以外にいないと証言している。事実、霧寺家は外部から呼ばれてきた家だ。鳥の声に参加するというのは隠れ蓑で実際は鍵を隠すためだったんじゃないか。地下道の入り口にあった妙な形の像もよく見れば壺に見えなくもない」
「……さすが。私が言いたくなかったことをよく当てた。でも、それは話がややこしくなるから言わなかっただけ。裏切っていることにはつながりません。結界を敷いたのも数えるのが気の遠くなるほど昔の代の人達ですし」
「とはいえ、全ての鍵の居場所を最初から知っていたはずだ。霧寺家が没落したのは、それが理由で邪魔者扱いされていったんじゃないのか」
その言葉に霧寺が強い眼差しで俺を見た。
「ここまで有能なのに、街の隅でオカルトショップを開いてる時点でおかしいだろう? 家主が早期リタイアして女子高生が経営しているのもおかしな話だ」
「そこまで想像するなんて、なんかあんた変態ね」
「想像じゃない、推測だ」
大体、違和感はたくさんあった。初めて怨霊を見たのに易々と戦えたことや、怨霊に憑りつかれた鏑木を元に戻した一方で地下道では大して戦えなかったこともそうだった。
「全ての鍵の位置を知っているなら、氷見が霧寺邸での戦いのすぐ後に俺達を追って鏑木家の鍵を手に入れようとしたことも説明がつく」
「あれは鏑木のおぼっちゃまが泣いて、屋敷にはないって言ったからでしょう?」
「あの後に鏑木に一体どんな拷問をされたのか聞いたんだよ。そうしたら、あいつは一体なんて応えたと思う? 『屋敷にはないと言い張ったけど、実は僕もどこにあるのか知らなかった』だとさ。家にあるかもしれないのに、氷見は探さず俺達の後を追った。つまり鏑木の誘拐自体がブラフだ。氷見も全ての鍵の位置を把握していた」
「残念だけど、私は氷見とはあの時が初対面だ。あんたの推測は外れてる」
呆れたように霧寺は言った。
確かに、氷見も霧寺も戦いの最中ずっと演技をしていたことになる。いくら中二病のふりがうまいとはいえ、あの場は死地だ。演技をする余裕はないし氷見がそんな回りくどい方法を取るとは思えない。
「一つだけ納得のいく筋書きがある。決定的なことを言ってやるよ」
「何よ」
「お前は笹本と同じ絶対霊的耐性を持つ人間が向こうにもいるから用心しろと言った。だが、透明になる羽織を使って青鷺の中をうろついても誰一人気付かなかった。ということは、そいつは青鷺以外の人間……かつ霧寺邸の仕掛けを全て突破してお前をたきつけた者――真の黒幕。お前も氷見もそいつの部下に過ぎない」
霧寺が目を見開く。当たりだ。
「お前を通じて鍵の居場所を知った黒幕は氷見を使って鍵を奪おうとした。しかし、手際よく鍵を回収しては御三家にばれる可能性がある。そこで青鷺を分裂させ弱体化し、鏑木を誘拐して聞き出すような方法を取った。氷見はただのスケープゴート。もちろん、お前も」
青鷺を弱体化させるうちに霧寺は翁に手を貸したことがばれてしまった。だが、これも筋書きの一つだろう。そこでやってきた俺達を信頼させるように芝居を打ち、青鷺に潜り込んで鏑木家の鍵を手に入れたのだから。憑影になった鏑木を救ったのも自分の功績として無実を偽ることができた。
「さらに今度は最後の鍵を手に入れるために俺達を利用した。表向きは氷見が青鷺を壊滅させて手に入れたってことになるだろう。お前はその前に萩谷家から脱出するために一般人の避難を装った。最後に邪魔になったのは俺達だ。だが、天敵ともいえる笹本は姿を消し、俺が場を整えたことで逃れることは簡単になった」
俺はそこで周囲の霧を見渡した。
「むしろ俺を憑影にして利用するつもりだった。違うか? その力を利用すれば湖の底に穴くらい開けられそうだしな。ここまで考えた黒幕もおそらく俺並みに頭が切れる。そら恐ろしいな」
「そっか……なるほどね」
霧寺は納得したように頷くと、ふと寂し気な表情を浮かべた。
「私もよくわからないところがあったんだけど、今ので解決した。私はあんたの言う通り裏切者だ。でも、それならどうやって逃げる気?」
そこで手に持っていた札を落とした。黒い紙に赤い字で書かれたそれに向けて、呪文らしき言葉を唱えると直後に俺を取り囲むように怨霊が出現していた。
「怨霊召喚術……」
「正確には誰かさんが使う巫術を誰にでも使えるようにしたと黒幕から渡された物。さあ、せっかくだし全問正解したあんたにはご褒美に私のための礎になってもらおうか」
「そこまでわかっていて無様にやられる俺じゃねえよ」
怨霊は俺に近づこうとすると、途端に離れ出した。一体ずつ、その場から距離を置くようにして後退する。
「どういうこと?」
「こーゆうことだよ!」
笹本の声がした瞬間、何もない場所から笹本が飛び出した。手に持っていたのは退魔の札と霧寺の姿を隠す羽織。
「まさか! 一体いつから!?」
「車のトランクの中に隠れてたよ!」
昨日の夜に俺は携帯で笹本に連絡を取っていた。適当なタイミングで抜け出せと。そして、後から誰にも気付かれないように鏑木家に行き、車のトランクの中に隠れていろと。
「二手三手、いや、五手六手は先を見ておかないとな」
「そうか、さっきあんたが車を見てたのってそういうことだったのか!」
「俺としては笹本がここまでうまくやってくれることに驚きだった」
あはははと笑う笹本。あまりに場に合わない彼女はそれでも怨霊を遠ざけるには十分だ。
「さて、ここからが俺のターンだ。ようやく盤面をひっくり返せる時が来たな」
「だ、黙ってやられるかっての! まだこっちには手が――」
「どうせ黒幕に唆されたんだろ、霧寺家を再興させるとか言って」
その言葉に霧寺が動きを止めた。
「……嘘でしょ。いくら何でも、そんなことわかるはずない」
「お前はよく自分のことを『霧寺家の~』とか『メイガス』とか中二病らしく自分が巫術士だってことを主張していたじゃないか。それは劣等感が強いせいだ。御三家には勝てないとも言っていたが、その時のお前の顔はひどく悔しそうだったぜ?」
霧寺は「ぐぬぬ」と言葉に詰まった様子を見せると、自分の胸に手を当てた。
「そこまでわかっているなら邪魔しないで。私の家はあんたの推測の通り、鍵を隠すためだけに外から呼び出された巫術士の一族だ。秘密を守るために鳥の声の代表っていうポストを任されはしたけど、やがては追いやられた。その無念を晴らすためにここにいる」
「そいつが本当に約束を守るという保証はあるのか? 月の封印を解いて、一体そいつは何をする?」
「知らない。けれど、これは霧寺家の末裔である私にしかできないことなんだ!」
「そうか……じゃあ、そいつに確かめに行こうぜ。おい、笹本」
あいつは両手を腰に当てたまま堂々と立っていた。
「俺は正直、お前を頼りたくない。だが、ここではお前が一番役に立つ。そのために少しくらい俺の無茶を無視してくれ」
「え、やだ」
「お前、こういう時くらい空気を読め。黒幕に会って話をつければ何もかも元通りだ」
「おっけい」
笹本はびしっと敬礼ポーズを取った。
「で、それってあたちに聞くくらいなんだよね。何すればいいの?」
「霧寺を見張りながら萩谷家の鍵を取りに行け」
「えー? でも、さすがのあたちでも湖の底に穴なんて開けられないよ」
「大丈夫だ。要は代わりに穴でも掘れるような力を持つやつを用意すればいいんだろ。俺にいい考えがある」
そう言って俺は携帯を取り出して電話をかけた。
数分後、憑影と化した遠藤が湖の前で咆哮を上げていた。
霧寺が客間に戻ってきたのを見て俺は頷いた。鏑木も頭に包帯を巻いてもらったところで、ちょうど笹本以外の全員がこの場に揃ったことになる。
「俺の方も大体、情報が揃ったところ。住宅街の方はまだ異常に気付いてないらしい。あくまで俺の友達連中の話だけど」
「それでもいい。そこの執事、青鷺との連絡は?」
「取れませんでした。銃声が聞こえたという話はありませんが、なにぶん霧で周囲一帯が覆われたとのことで……」
「なるほど」
そう言って俺は窓の外へと目を向けた。
正午を回った頃から周囲は初夏にしては異常な涼しさに包まれている。街の方も曇天だ。
「ところで笹本さんの行方は? 連絡ついたの?」
「いや、まだだ」
俺は客間に視線を戻すと不安げな三人に言った。
「あいつのことだから連絡するのも忘れて憑影を倒してるか、街の方まで行って住民にそのことを知らせているかもしれない」
「確かにありえるけどさ……ゾンビがどうのなんて言ったって、誰も信じてくれないぞ」
「だが、俺達が真っ先にすることも住人の避難だ」
「え? 今なんて」
「だから住人の避難だ」
その言葉に遠藤が突然立ち上がった。目を輝かせて俺へと詰め寄ってくる。
「お……おお! 今マジで言ったのか、優介!」
「どうしたんだ。気色悪い」
「今の今までお前が人を気にするなんてなかったからだよ! いやぁ感動した。笹本の影響か?」
「そんなわけないだろ。俺は必要なことしかしない主義だ」
遠藤を押しのけて再び座らせると、今度は「はい」と霧寺が手を挙げた。
「さっきも言ってたけど、私達がゾンビが出たと言っても効果ないんじゃない?」
「俺達はな。だが、ここには街の中だけなら法的機関より強い存在がいるだろう」
「御三家にかけあってもらうの? ということは雨宮神社の神主か」
「いや、ここにいるだろ」
そう言って俺は鏑木を指さした。
「え?」
「神主は氷見との戦いで、それどころじゃないだろう。鏑木だって当主代理と言い張れば話はつけられるはずだ。街を守れるのはお前しかいない」
「いきなりそんなこと言われても」
「大丈夫だ。遠藤も言ったがお前にはガッツがある」
と言いつつ、めずらしく人を褒めたせいで俺も体がかゆくなった。
「どのみち、氷見はここに来る。戦えないやつは全員避難だ。それに俺と霧寺は平行して萩谷家の鍵を探りに行く。青い月の再封印のためにな」
「わ……わかったよ。覚悟を決めるよ」
「あれ、俺は?」
「お前は戦えるんだから俺達についてこい」
「よっしゃ、了解だ!」
遠藤が気合を入れるように大きな声を出す。そして、鏑木の背中を叩くと「心配するな! ゾンビなんて俺がやっつけてやるぜ!」と発破をかけた。
「あれ、俺ってゾンビ映画でいうなら主人公じゃね?」
「現実を甘く見過ぎだなぁ」
霧寺に突っ込まれつつ、非常事態だというのにじゃれ合う二人。俺はそれを見ながら、軽くため息をついた。本当にお前は現実を見なさすぎだよ。
「学生証でもいいから身分を証明できるものを持っていけよ。それですぐに行け」
「わかった。準備するよ」
「こっちも車をもう一台借りてもいいか?」
「いいよ」
俺は頷くと自然に全員が立ち上がった。そこで霧寺が声をあげる。
「ちなみに鍵を手に入れたら雨宮神社に行きましょう。最後の鍵を揃えて青い月に行った瞳さんを迎えるために」
「ああ。望むところだ」
すぐにガレージへと向かうと、黒塗りの高級車をメイドに紹介された。それをぐるりと回って眺めてから俺は最後に後ろのトランクを開ける。
「何してるんです?」
「いや、俺のような庶民には滅多に触る機会がなくてな」
「みんなが情報を集めてる最中にも触ってなかった? 車好きなの?」
「貧乏性で悪かったな」
そううそぶいてから後部座席に霧寺と二人で並んで乗り込んだ。遠藤は助手席だ。車が発進すると同時に霊位磁石を見ると、針がくるくると回っている。しかし、ある程度屋敷から離れると針がぴたりとある方向を指し示した。
「萩谷家の方か……」
やはりとは思っていたが、どこも自分達の領域に隠しているようだ。そのまま霧をなるべく迂回するように遠くから回っていくと、屋敷から少し外れたところが指されている。
「この方向、もしかして湖か?」
「そういえば、萩谷家の窓から見えたな。確かに隠し場所は自分から見える場所が一番よね。萩谷雅人が毎朝、湖を見てる姿を想像するとシュールだけど」
周囲を見やると歩いている人はどこにもいない。異常を感じて逃げたか憑影になったのかのどちらかだろう。車の天井付近に付けられた鏡に視線を移すと、運転手も同じことを考えているのか表情がこわばっていた。
「だいぶ霧が近いが行ってくれるか。ある程度近づいたら俺達は歩いていくから。憑影に襲われないぎりぎりのところで待っていてくれ」
「了解です」
さすが鏑木家の使用人だ。教育ができている。
そして、ものの数分でその境目に来ると俺達は車を降りた。遠藤も降りようとして、
「お前は待機」
「なんでだよ」
「運転手を守る役目だ。俺達が戻ってきた時に何かあると困る」
そう言うと「しょうがねえなぁ」と、どこか嬉しそうに中に戻っていった。
「じゃあ、行きましょ」
「ああ」
霧の中に足を踏み入れる。すると、怨霊が現れた時と同じ悪寒がして思わず震えた。霧寺はと見ると、霊位磁石に目をくぎ付けにしたまま前へと進んでいく。視界は悪いが、これは便利だ。俺も霧寺の後ろについていくとやがて湿った匂いがしてくる。かすかにさざめく水面の音も。
「着いた」
「随分と広いな」
霧で霧の向こう岸がよく見えない。水面は時々魚が泳ぐ以外に波をたてず、凪いでいる。
「この付近に結界で隠されている場所があるのか?」
「むしろ水底にある予感がする」
「薄々感じたが、やっぱりか。泳いで潜れっていうのか?」
「ちょっと見てくれない?」
とはいっても、湖の水は濁っている。一面が青緑色で、潜ったところでわからないだろう。
「早くしないと怨霊が出てくる。ほらほら、よく見て」
「そうだな。遠藤は車、鏑木も置いてきた。今はここに俺とお前の二人だけ。手を下すには絶好の機会だ」
「……え?」
不審な顔を向けて霧寺が俺を見た。俺が湖に注意を向けているうちに彼女は距離を取っている。そして、背中に回した手には何か札のような物を持っていた。
「お前、裏切ってるだろ」
その言葉を口にした途端、周囲が静まり返ったようだった。湖の水面の音も聞こえない。
「一体何を言ってるの。私は怨霊避けの札を出してただけだ。って、まさかそれを言うためだけに、ここに二人で来たってわけ?」
「ああ。一つ一つの違和感を追って辿り付いた答えだ」
「じゃあ、説明してよ」
彼女は信じられないといったように心外な顔をしていた。どう見てもショックを受けた顔だが、それにはひるむ俺ではない。
「鏑木家の鍵に結界が仕掛けられていたことが最初の違和感だ」
「あれだけ重要なものなら逆に結界の一つくらい敷くと思いますけど」
俺は首を横に振った。
「結界を誰が敷いたのかという意味だ。人の視認をごまかすタイプからして間違いなく霧寺家が関わっているだろう。あれはお前が何度も強調した霧寺流巫術だ。それに雨宮家と萩谷家ならともかく鏑木家は巫術には一切、手を出していない」
閉鎖的なこの街に同じ巫術を使うやつがいれば、もっと前に話に上がってくるはずだ。だが、それはいなかった。
「霧寺は怨霊召喚術の話になった時に、『雨宮家や霧寺家でもない第三の巫術機関が堂々と関与してるわけじゃないなら、そんな力を使う人は存在しない』と言った。言い返せば、鍵の結界を敷いたのは霧寺家以外にいないと証言している。事実、霧寺家は外部から呼ばれてきた家だ。鳥の声に参加するというのは隠れ蓑で実際は鍵を隠すためだったんじゃないか。地下道の入り口にあった妙な形の像もよく見れば壺に見えなくもない」
「……さすが。私が言いたくなかったことをよく当てた。でも、それは話がややこしくなるから言わなかっただけ。裏切っていることにはつながりません。結界を敷いたのも数えるのが気の遠くなるほど昔の代の人達ですし」
「とはいえ、全ての鍵の居場所を最初から知っていたはずだ。霧寺家が没落したのは、それが理由で邪魔者扱いされていったんじゃないのか」
その言葉に霧寺が強い眼差しで俺を見た。
「ここまで有能なのに、街の隅でオカルトショップを開いてる時点でおかしいだろう? 家主が早期リタイアして女子高生が経営しているのもおかしな話だ」
「そこまで想像するなんて、なんかあんた変態ね」
「想像じゃない、推測だ」
大体、違和感はたくさんあった。初めて怨霊を見たのに易々と戦えたことや、怨霊に憑りつかれた鏑木を元に戻した一方で地下道では大して戦えなかったこともそうだった。
「全ての鍵の位置を知っているなら、氷見が霧寺邸での戦いのすぐ後に俺達を追って鏑木家の鍵を手に入れようとしたことも説明がつく」
「あれは鏑木のおぼっちゃまが泣いて、屋敷にはないって言ったからでしょう?」
「あの後に鏑木に一体どんな拷問をされたのか聞いたんだよ。そうしたら、あいつは一体なんて応えたと思う? 『屋敷にはないと言い張ったけど、実は僕もどこにあるのか知らなかった』だとさ。家にあるかもしれないのに、氷見は探さず俺達の後を追った。つまり鏑木の誘拐自体がブラフだ。氷見も全ての鍵の位置を把握していた」
「残念だけど、私は氷見とはあの時が初対面だ。あんたの推測は外れてる」
呆れたように霧寺は言った。
確かに、氷見も霧寺も戦いの最中ずっと演技をしていたことになる。いくら中二病のふりがうまいとはいえ、あの場は死地だ。演技をする余裕はないし氷見がそんな回りくどい方法を取るとは思えない。
「一つだけ納得のいく筋書きがある。決定的なことを言ってやるよ」
「何よ」
「お前は笹本と同じ絶対霊的耐性を持つ人間が向こうにもいるから用心しろと言った。だが、透明になる羽織を使って青鷺の中をうろついても誰一人気付かなかった。ということは、そいつは青鷺以外の人間……かつ霧寺邸の仕掛けを全て突破してお前をたきつけた者――真の黒幕。お前も氷見もそいつの部下に過ぎない」
霧寺が目を見開く。当たりだ。
「お前を通じて鍵の居場所を知った黒幕は氷見を使って鍵を奪おうとした。しかし、手際よく鍵を回収しては御三家にばれる可能性がある。そこで青鷺を分裂させ弱体化し、鏑木を誘拐して聞き出すような方法を取った。氷見はただのスケープゴート。もちろん、お前も」
青鷺を弱体化させるうちに霧寺は翁に手を貸したことがばれてしまった。だが、これも筋書きの一つだろう。そこでやってきた俺達を信頼させるように芝居を打ち、青鷺に潜り込んで鏑木家の鍵を手に入れたのだから。憑影になった鏑木を救ったのも自分の功績として無実を偽ることができた。
「さらに今度は最後の鍵を手に入れるために俺達を利用した。表向きは氷見が青鷺を壊滅させて手に入れたってことになるだろう。お前はその前に萩谷家から脱出するために一般人の避難を装った。最後に邪魔になったのは俺達だ。だが、天敵ともいえる笹本は姿を消し、俺が場を整えたことで逃れることは簡単になった」
俺はそこで周囲の霧を見渡した。
「むしろ俺を憑影にして利用するつもりだった。違うか? その力を利用すれば湖の底に穴くらい開けられそうだしな。ここまで考えた黒幕もおそらく俺並みに頭が切れる。そら恐ろしいな」
「そっか……なるほどね」
霧寺は納得したように頷くと、ふと寂し気な表情を浮かべた。
「私もよくわからないところがあったんだけど、今ので解決した。私はあんたの言う通り裏切者だ。でも、それならどうやって逃げる気?」
そこで手に持っていた札を落とした。黒い紙に赤い字で書かれたそれに向けて、呪文らしき言葉を唱えると直後に俺を取り囲むように怨霊が出現していた。
「怨霊召喚術……」
「正確には誰かさんが使う巫術を誰にでも使えるようにしたと黒幕から渡された物。さあ、せっかくだし全問正解したあんたにはご褒美に私のための礎になってもらおうか」
「そこまでわかっていて無様にやられる俺じゃねえよ」
怨霊は俺に近づこうとすると、途端に離れ出した。一体ずつ、その場から距離を置くようにして後退する。
「どういうこと?」
「こーゆうことだよ!」
笹本の声がした瞬間、何もない場所から笹本が飛び出した。手に持っていたのは退魔の札と霧寺の姿を隠す羽織。
「まさか! 一体いつから!?」
「車のトランクの中に隠れてたよ!」
昨日の夜に俺は携帯で笹本に連絡を取っていた。適当なタイミングで抜け出せと。そして、後から誰にも気付かれないように鏑木家に行き、車のトランクの中に隠れていろと。
「二手三手、いや、五手六手は先を見ておかないとな」
「そうか、さっきあんたが車を見てたのってそういうことだったのか!」
「俺としては笹本がここまでうまくやってくれることに驚きだった」
あはははと笑う笹本。あまりに場に合わない彼女はそれでも怨霊を遠ざけるには十分だ。
「さて、ここからが俺のターンだ。ようやく盤面をひっくり返せる時が来たな」
「だ、黙ってやられるかっての! まだこっちには手が――」
「どうせ黒幕に唆されたんだろ、霧寺家を再興させるとか言って」
その言葉に霧寺が動きを止めた。
「……嘘でしょ。いくら何でも、そんなことわかるはずない」
「お前はよく自分のことを『霧寺家の~』とか『メイガス』とか中二病らしく自分が巫術士だってことを主張していたじゃないか。それは劣等感が強いせいだ。御三家には勝てないとも言っていたが、その時のお前の顔はひどく悔しそうだったぜ?」
霧寺は「ぐぬぬ」と言葉に詰まった様子を見せると、自分の胸に手を当てた。
「そこまでわかっているなら邪魔しないで。私の家はあんたの推測の通り、鍵を隠すためだけに外から呼び出された巫術士の一族だ。秘密を守るために鳥の声の代表っていうポストを任されはしたけど、やがては追いやられた。その無念を晴らすためにここにいる」
「そいつが本当に約束を守るという保証はあるのか? 月の封印を解いて、一体そいつは何をする?」
「知らない。けれど、これは霧寺家の末裔である私にしかできないことなんだ!」
「そうか……じゃあ、そいつに確かめに行こうぜ。おい、笹本」
あいつは両手を腰に当てたまま堂々と立っていた。
「俺は正直、お前を頼りたくない。だが、ここではお前が一番役に立つ。そのために少しくらい俺の無茶を無視してくれ」
「え、やだ」
「お前、こういう時くらい空気を読め。黒幕に会って話をつければ何もかも元通りだ」
「おっけい」
笹本はびしっと敬礼ポーズを取った。
「で、それってあたちに聞くくらいなんだよね。何すればいいの?」
「霧寺を見張りながら萩谷家の鍵を取りに行け」
「えー? でも、さすがのあたちでも湖の底に穴なんて開けられないよ」
「大丈夫だ。要は代わりに穴でも掘れるような力を持つやつを用意すればいいんだろ。俺にいい考えがある」
そう言って俺は携帯を取り出して電話をかけた。
数分後、憑影と化した遠藤が湖の前で咆哮を上げていた。
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そんな中、幼馴染のうちの1人が乳首当てゲームにハマっていると言い出し、ななか以外の3人が実際にゲームをして盛り上がる。
3人のやり取りを微笑ましく眺めるななかだったが、自分も参加させられ、思わず感じてしまい―――。
さらにその後、幼馴染たちから次々と衝撃の事実を伝えられ、事態は思わぬ方向に発展していく。
【登場人物】
・ななか
広告マーケターとして働く新社会人。純粋で素直だが流されやすい。大学時代に一度だけ彼氏がいたが、身体の相性が微妙で別れた。
・かつや
不動産の営業マンとして働く新社会人。社交的な性格で男女問わず友達が多い。ななかと同じ大学出身。
・よしひこ
飲食店経営者。クールで口数が少ない。頭も顔も要領もいいため学生時代はモテた。短期留学経験者。
・しんじ
工場勤務の社会人。控えめな性格だがしっかり者。みんなよりも社会人歴が長い。最近同棲中の彼女と別れた。
【注意】
※一度全作品を削除されてしまったため、本番シーンはカットしての投稿となります。
そのため読みにくい点や把握しにくい点が多いかと思いますがご了承ください。
フルバージョンはpixivやFantiaで配信させていただいております。
※男数人で女を取り合うなど、くっさい乙女ゲーム感満載です。
※フィクションとしてお楽しみいただきますようお願い申し上げます。
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